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――幾つもの国がドラゴンによって滅ぼされた人類は勿論そのまま黙っているわけにはいかず、件のドラゴンを討伐する為に幾人もの戦士を連れてドラゴンを探し回った。
しかしどれだけ探し回っても、件のドラゴンは全く見つからなかったのだ。痕跡のあった足跡や住処の跡は見つかったが、ドラゴンの姿は全く見つからなかった。
あんなにも目につくドラゴンを、人類は何故見つけられなかったのか。それは、永い時を経て判明した。
――ドラゴンは、人間に変身して、人間界に溶け込んで身を隠していたのだ。
人間と同じように食事し、買い物をし、笑い、話して、彼らはまるで人間のように過ごして、討伐隊の目を欺いていたのだ。
後の研究で、とあるドラゴンの種族に人間の遺伝子情報が混じっていることが判明。遺伝子に流れている魔力と、ドラゴンが元々有していた魔力が変化を起こし、魔力を利用することで人間にも、ドラゴンにも姿を変えることが出来ると判明した。
ドラゴンでありながら人間の血が流れている、異質で異例のドラゴン。
その者達は総じて――「フィアエナ族」と名乗ったのだった。
さて、その「フィアエナ」の名を名乗っている者が、アリスのすぐ近くにいる。
アリスはドラゴンから言われた言葉を徐に呑み込むと、ディアの方に顔を向けた。
ディアは心底つまらなさそうで、どうでもいいと言わんばかりの顔をしている。
その顔を見たアリスは、叫んだ。
「……………………ディーってドラゴンに変身できるの!?!?」
「うおっなんだお前。へ、へん……?」
耳元で叫ばれたディアは顔を顰めた。
それに気づかず、アリスはディアの肩を掴んで顔に迫る。
「え、え!?ディーって、ようせいさん?ようせいのくにからやってきたきぼーのせんし?ってやつ!?わるものをたおすためにつよい人をさがしてるの!?!?」
何言ってんだコイツ。
「何言ってんだコイツ」
心の中で思っていたことが素直に口から出てくる。
よくわからないことを喋り出すことはあったが、今回のは本当に頭が理解できなかった。もうなにからなにまで。
ディアは早々に考えるのをやめ、アリスが言うことを右から左に流した。
「……アリス。お前の言いたいことは、まあ、半分はわかっているつもりだが、お前、オ……ワタシが言ったことを殆ど忘れているだろう」
アリスの追及を放置したディアと、そんなディアに構わず頓珍漢なことを言うアリス。
その二人の様子を見ていたドラゴンは、呆れながら口を挟んだ。
アリスは「え?」ときょとんとした顔でドラゴンを見る。
「アリス。そいつは気分次第で幾つもの国を滅ぼし、殺してきた凶悪なモンスターだ。決して希望の戦士でもなんでもない。そんな男の近くにいて、怖くないのか」
「こわくないよ?」
もう一度、ディアの危険性を説くと、アリスは即答した。
これにはドラゴンも、ディアも目を見開き、アリスを凝視した。
アリスは曇りなき眼で、そのまま続ける。
「えとね、まだよくわかんないけど、ディーってやさしいの。ディーといっしょにいるとむねがポカポカするし、それでね、なんか、ディーじゃなきゃダメ!って思う時がいーっぱいあるの!それとね、うんとね、ディーはね、ありすを守ってくれるし、ありすとおててつないでくれるし、いっしょにねてくれるし、それでね、ディーはね」
――いっしょにいてくれるって、約束してくれたから。
「だからありす、ディーのことこわくないよ!ありす、ディーのこと怖いっておもったこと、ないもん!」
うへへ、と笑ったアリス。その言葉に、声色に、嘘偽りはないことは見て取れる。
ディアは絶句した。コイツ、なんでオレのことをこんなに信用してるんだ、と。
(たったの二日だぞ。初対面だぞ)
ディアはただ単にアリスを利用しているだけだ。アリスといる間だけ元の力が少しでも戻るから、アリスを手放したくなくて守っているだけだ。
アリスとの約束もその延長戦で、元の力が戻る間だけは一緒にいるつもりだった。元の力が戻らなくなったら、普通にそこらの街に置いて独りで旅をするつもりだった。
だというのに、何故この少女はこんなにもディアを信用している。いや、これはもう信頼の域だろう。
そして何故アリスのこの発言を聞いて安心しているのか、ディアにはわからなかった。
信頼を得られたから?これで自分の元から離れないから?納得いくようでいかない理由付けだ。
とにかくディアは、アリスが怖がっていないことに、理由がわからずとも心底安心していた。
「……なぜ、そこまで、オレだって、」
……ドラゴンが一瞬悲しみに染まった表情を出したが、すぐに引っ込める。
すぐに真剣な顔つきになったドラゴンは、今度はディアの方に顔を向けた。
「アリスの意志は確認した。次はお前だ、ディア・フィアエナ。封印から解かれた今、聞きたいことは山ほどあるだろう。何が聞きたい」
「ンだよ、急に協力的だな」
今までディアの方はそっけない態度だった為驚くが、ディアは先程感じた安心感を振り払う為に、今まで感じていた疑問をドラゴンにぶつけることにした。
「んじゃ、遠慮なく……オレが封印されてからどれくらい経った?」
それは今まで一番気になっていた部分だ。
ディアが目覚めたあの森林は、間違いなくディアが最後に滅ぼしたとある王国の跡地であろう。王国だったものがあそこまでの大森林に変わっているのだ。数十年ではないだろうと予想がつく。
長くて数百年かそれくらいか。とにかくどれだけ経ったか確認したかった。
そしてドラゴンは、そのディアの最大の疑問にすぐに答えた。
「千年だ」
……………………………………………………………………………………………………………………………………。
「………………は?」
待て、今、なんと答えた、目の前のドラゴンは。
混乱するディアに追撃するかのように、ドラゴンはもう一度、同じ答えを言った。
「――お前が封印されてから、優に千年以上の時が経っている」




