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この世界に存在する人類には、総じて神から与えられし力と云われている「魔力」が通っている。
魔力とは、超常現象を引き起こす未知なる力。その力を駆使して、人々は苦難を乗り越え、日々を支えてきた。
しかし、その魔力を持つのは、人類だけには限らない。
正確には魔力に近い力を持っている「奴ら」は、何度も何度も人類を危険にさらした。
時には口から炎の息吹を吐き、時には体外に排出された冷気で全てを凍らせ、時には雄たけび一つで雷を呼び、あまつさえその場にいるだけで嵐を呼び寄せる。
そんな凶悪な力を持ち、人類に敵対心を抱き攻撃してくる醜き「奴ら」を、いつしか人類はこう呼んだ。
災害を呼び寄せる害悪な魔物達――「モンスター」と。
モンスターにも、様々な種類がいた。
緑色の体躯をした小人、熊のように大柄な獣、鋭いツノを生やした小さな虫など、モンスターは多種多様に各地に存在し、そして人類に襲い掛かった。仲には人類に危害を加えないモンスターもいるが、人類に危害を加える害のあるモンスターが遥かに多かった。
その中でも特に危険性が高かったのは、「ドラゴン」というモンスターだった。
刃を通さない強靭な鱗。全てを切り裂く鋭い爪。岩も鉄も砕く牙。大きな体を易々と運ぶ有翼。
ドラゴンは何にも負けない身体を持っているに加えて、知能が高かった。人類に近い思考を持ち、時には誘導して自身を狩りに来た者達を罠に嵌めたり、人の言葉を理解して、人語を話したりと、その知能と肉体を駆使して人類を混沌に陥れたのである。
ドラゴンに襲われ滅ぼされた国や村は数多く、何千、何万の民が亡くなっている。一夜にして王国が滅ぼされた、という話もあるくらい、ドラゴンはこの世界で最も危険なモンスターだった。
その最も危険視すべきモンスターが今、ディア達の目の前にいる。
「ずっとお前達を待っていたよ。ディア=フィアエナ、我が同族。そして、アリス」
嬉しさが隠し切れていないドラゴンは、そう言ってディア達を歓迎した。
その歓迎の言葉のとある部分にディアはピクリと反応し、顔を顰めたまま言う。
「……テメェ、今のオレを見て「同族」って言ったっつーことは……昔この姿で会ったことある同族か」
「……いや、実際に会ったことはない。だだ、お前が同族だと知っているだけだ」
「……?」
含みのある言い方に、ディアは首を傾げた。
当時の記憶を遡ってみるものの、ディアは彼と会った記憶が無い。こんな真っ白なドラゴンに会っていたら記憶に残りそうだが、真っ白なドラゴンに会ったという記憶も、真っ白な人間に会ったという記憶もやはり無かった。
封印されていたせいで記憶が一部飛んだ、と言われてしまえば何も言えないが、とにかくディアは彼と面識が無い。
反応に困っていると、「ぅうん」と呻く声が耳元で聞こえた。視線を下に向けると、ずっと抱き抱えていたアリスがゆっくりと瞼を上げて、寝惚けた目でディアを見ていた。
「でぃー……?」
「起きたかよ。身体は?」
ぶっきらぼうに彼女の身体の心配をすると、アリスは「んー、たぶんだいじょうぶ……」とぽわぽわした声で返す。
アリスは暫くディアの顔を見て、そして植物に囲まれた空間をぐるりと見渡し、その最中に真っ白なドラゴンを視界に収め、ジッと見つめる。
ジッと見つめていると、彼女の目がどんどん見開いていき、そして。
「…………………………どらごんだ!?!?」
「今気づいたんかよ」
ぴょっ!と驚いた。その反応に、ディアは呆れた声を出した。
「ディー!どらごんだよ!どらごんさんがいるよ!ありす、はじめて見た!」
「おうおうそうかいそうかい。暴れんな、落とすぞ」
大興奮してドラゴンに手を伸ばすアリス。面倒臭そうに顔を顰めたディアはかったるそうにそう警告した。まあ冗談ではあるが。しかしその警告も右から左に流れてるのか、アリスは目をキラキラとさせながらドラゴンに手を伸ばすのをやめない。
あまり無防備にならないでほしいとディアは願う。まだ目の前のドラゴンが、こちらに危害を加えないとは限らないからだ。だからディアはアリスを降ろすつもりがないが、この少女はそれがわかっているのだろうか。わかっていないだろうな。
「……おお、アリス。アリスか、嗚呼……」
ドラゴンはアリスを視界に収めると、感慨深そうにアリスの名を口にする。
ドラゴンに名を呼ばれたアリスは、依然興奮した状態でドラゴンに話しかけた。
「うん、ありすだよ!どらごんさん、ありすのことしってるの?」
「……ああ、よく知っている。とても」
「そうなの?どうしよう、ありすなんもおぼえてない……」
「それは当然だ。まだオ……ワタシとは会っていないから」
「…………?」
「……おい、さっきからなんだその言い方。なんか隠してんなら今言え」
先程から含みのある言い方ばかりで、ディアのイライラが蓄積している。
はっきりしない物言いにディアが苛つきながら言うと、ドラゴンはディアの方を向いて口を開いた。
「言ってもわからないからワタシは言わない」
「アァ!?テメェなめてんのか!!」
「相も変わらず短気な奴だ。忌々しい。だがそんな奴でも、これからの物語を紡ぐには必要な人材だ」
心底嫌そうに、吐き捨てるように言ったドラゴン。
言われっぱなしのディアは手が出そうになったが、ドラゴンとただの人間になっているディアとの力の差は歴然。大人しく拳を引っ込めた。
「どういうこと……?」
「ああ、安心しろ、全て話す。どうせディア・フィアエナは全てを話していないだろう。話す気がないのが正しいか」
「あ?」
「どうせお前はアリスに何も言わずに連れまわしていただろう。自分のことも、なにもかも」
「それって必要あるんかよ……」
確かに、ディアは自分のことを話そうとしなかった。話す必要性も感じられないからだ。アリスからも特段聞かれたこともないし、なんだったらアリス自身も何も喋らないから、別に話さなくてもいいかと後回しにしていた。
しかし目の前のドラゴンは、アリスにディアの全てを話すべきだと言っている。正直何故そう言うのかディアには理解できない。
「では話そう、ディア・フィアエナについて」
そんなディアをドラゴンは無視して、アリスに視線を向けながら話し始めた。




