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さく、さくと木々の合間を歩きながら、先に行く蝶の後を追いかけていく。
歩きながら地面の感触や幹の触感を確かめたが、どれも本物としか思えなかった。
しかし、木や草花が本物だとしても、虫も動物もいないところが異常感を際立たせる。
それだけではなく、この森は洞窟の真下にあるというのに、森の中は太陽が差しているかのように眩しくて明るい。
(一体どうなってんだ、この森……)
疑問を抱きながら、この摩訶不思議な森を歩いてどれくらい経っただろうか。
いつの間にか景色は、四方八方植物に囲まれた場所まで来ていた。先程まで差していた光は植物によって遮られ、今は植物から発せられる光によって辺りが照らされている。
大分奥深いところまで進んだ筈だ。しかし蝶はさらに奥に進んでいる。もう徒歩で進むにも苦労しそうなくらい、植物が生え過ぎている場所まで来た。
「……おいッ、どこまで行くんだよ、目的地はまだなのか?」
堪らずディアは蝶に問いかけたが、蝶がそれに答えることはなかった。
それにディアは舌打ちを零し、改めてアリスを抱え直してから歩みを再開した。
そうして歩いて、歩き続けて。
ディアの体力も底を尽きそうになり、何度もアリスを落としそうになって冷や汗を搔いたその時だった。
突然、目の前が開けたのは。
思わず目を瞑ったディアは、光が治まったのを感知して恐る恐る目を開け、そして――目を見開いた。
そこは、巨人がいた広間よりは狭く、木々に囲まれた空間だった。広間の左右には泉があり、その水面に虹色の蝶が留まる。
天井からは魔力で出来ているだろう鉱石が実っており、そこから溢れんばかりの光が降り注いでいる。その鉱石の上からは、根っこのように幾重もの管のようなものが下に降りていた。
その管を伝っていくと――その存在は、その管に繋がれるようにして、そこにいた。
体長は凡そ一〇メトル程あるその身体には、透明に近い白濁色の鱗が生えている。全身を覆うその翼は力なく畳まれているが、その翼からはみ出るように、鋭くて太い爪が見える。
その存在は、ディア達の姿を認めると、ゆっくりと顔を上げて、ガラス玉のような目をディア達に向けた。
「――よく来たな」
しゃがれた老人の声が、その存在の口から出てくる。
その声と同時に出てきた息遣いは、まるで強風でも吹いたかのような強さでディアは思わずたたらを踏んだ。
「ずっと、ずっと待っていたぞ。嗚呼、気が狂いそうになりかけたが、漸く、漸くだ」
その存在は、嬉しさが隠し切れていない声色でディア達を迎えた。
力なく畳んでいた翼を、僅かながらに広げるくらいには、喜んでいた。
「漸く、私が望む”物語”が進む――ずっとお前達を待っていたよ。ディア=フィアエナ、我が同族。そして、アリス」
その存在は。
――ドラゴンは、口角を上げて、鋭い牙を見せながら、ディア達を歓迎した。




