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――身体が、異常なまでに軽い。
先程まで生死を彷徨っていたあの感覚とは比べ物にならない程、ディアの身体は力に満ち溢れていた。
少なくとも、ただ腕を振るうだけで巨人の腕を粉砕出来る程の力は、先程までのディアは持ち合わせていなかった。それは確かである。
それもこれも、彼の身体に纏うオーラ――魔力のオーラが原因だろう。
彼の全身を覆う紫と赤のオーラ。アリスがディアに魔力を流し込んだ事で起こった現象。そのおかげで、ディアは完全復活を遂げた。
巨人に負わされた傷は全て塞がり、しかも力も欠片ではあるものの取り戻したという奇跡を、アリスとディアは引き起こしたのである。
色々と考えることは沢山ある。謎はさらに深まり、一人では抱えきれない程となっている。
だが、そんなこと後回しだ。
今は――無様な姿を曝す原因となってしまった目の前の巨人を壊すことが、ディアの最優先事項であった。
『――!』
片腕を破壊された巨人はたたらを踏んで後退する。
それを見たディアは姿勢を低くすると、アリスに声をかけた。
「アリス、オレに掴まれ!攻めるぞ!」
「っうん!」
ぴょん、とディアの首に腕を回したアリスを片腕で支えたディアは、石畳を力いっぱいに踏んで巨人に向かって駆けだす。
本来の力を欠片だけでも取り戻したディアの疾走は、巨人を翻弄するには十分すぎる程の速さを持っていた。
あっという間に巨人の前まで辿り着いたディアはそのままの速さで巨人の身体を駆け上がる。
『――』
巨人がディア達を掴もうと腕を伸ばしてきたが。
「邪魔だ!!」
それをディアはまたも腕を振るうだけで、もう片方の腕を粉砕した。
両腕を失った巨人はバランスを崩し、その場で尻餅をつく。
「そんなもんかよデカブツゥ!!」
戦う術を失った巨人に、ディアは笑みを隠し切れていないのか、口角を三日月に描いて巨人を煽る。
すると、ガタガタと巨人の顔が揺らいだ。不審に思ったディアが笑みを仕舞い警戒した、その時。
バカリ、と。巨人の顔が縦に二つに割れた。
「……あ?」
パッカリと割れた巨人の顔面。
その奥部には、緑色の球体が輝きを放っていた。
その球体を見てディアが僅かに目を見開いた刹那。
『――――!!』
球体が眩い光を放ち、その光を、閃光を、ディア達に向かって放った。
「どぅわ!?」
「わー!?」
間一髪でディアは頭を下げることでその閃光を避けることが出来た。アリスもディアに捕まっていたおかげで自動的に頭を下げる形になり、直撃は免れた。
しかし無理に回避したせいでディアも態勢を崩し、ズルリ!と足を滑らす。それを逃さなかった巨人は、ぐるり!と身体を回してディア達を落としにかかった。
「ッあっぶね!」
完全に落とされる前に、ディアは巨人の身体を蹴って跳躍し、距離を取った。
何回も地面に足をつけながら壁際まで後退し、態勢を立て直す。
「うぅ……めがまわる……!」
「我慢しろ!」
着地する際、勢いを殺す為に何回も回った為アリスが目を回しているが、ディアはそれを一蹴する。
「アイツの両腕は潰したんだ。妙な力が出てきやがったが、それさえ気を付ければあのデカブツをぶっ壊すのに時間はかからねえ筈……!」
攻撃手段となる両腕は破壊した。両足は巨人の身体なのか愚鈍なので容易く避けられるものなので攻撃の頭数には入れていない。警戒すべきは頭部に隠されていた緑色の球体の攻撃だが、逆に言えばそれさえ気をつけていればあの巨人から攻撃を受けることは相当ないと考えてもいい。
と、ディアは考えていたのだが……現実はそう甘くないようだ。
巨人が上半身を起き上がらせた瞬間、破壊された両腕の瓦礫がピクピクと動いたかと思えば、それは物凄い速さで巨人の腕に纏わりつく。
「……は?」
その瓦礫は次第に形を作っていき――いつの間にか、巨人の腕には、瓦礫を張り合わせて作った歪な両腕がくっついていた。
巨人は散らばっていた腕の破片を全て集めて、新たな腕を作り出したのだ。
巨人は新しく作った腕を、ディア達に向かって振りかぶった。
「――ンなのありかよ!!」
振り落とされた腕に迎え撃つために、ディアは構える。
握り拳を作ると、その拳を振り落とされる腕に向かって放った。
瞬間、先程のように破壊される腕……だったが、先程までと様子が変わる。
破壊された腕は直ぐに集まり、また腕を形成する。そしてまたもや、その剛腕を再度振り落とした。
「ッダメだ!コイツ、何度腕をぶっ壊しても元に戻っちまう!!」
「当たっちゃうー!!」
巨人の特異性に気づいたディアは、一度腕を破壊するのをやめて回避に徹する。
その場で地を蹴ったディアは全速力でその場から離れ、自身とアリスの身の安全を確保する。
やがて、巨人の腕は振り落とされ、その余波に煽られてディアとアリスの身体が浮き上がり、壁に激突した。
「っぐ!!」
「きゅ!?」
咄嗟にアリスを抱きかかえたディアは、背中を壁側に向けてアリスに響くダメージを軽減させる。
結果的にディアはダメージを負ったものの、アリスは無傷に近いダメージで抑えられた。
「ディー!!」
「問題ねえよ……!!」
アリスの心配の声が飛ぶ中、ディアは不敵な笑みをやめなかった。
身体を起き上がらせたディアは、その笑みをアリスに向けると、彼女の手を握る。
すると、壁に激突して負ったディアとアリスの傷口に紫と赤のオーラが集まり、たちまちにその傷を癒し始めた。
「テメェがいれば、全部治るんだ!!」
「……!!うん!!」
魔力を帯びたオーラは、不思議なことにディアとアリスが負った傷を全て癒す力を持っていた。
それは、今まで手を繋いでいた時に発生した回復のスピードを全て上回る程に、瞬間的な回復速度を放っていた。
魔力を供給したことによる変化なのか当人達は全くわからないが、その魔力のオーラが癒す力にも変換されているのであれば、それを利用しない手はなかった。
完治した身体を立ち上がらせたディアは、再度アリスを抱きかかえる。
そして先程のように、巨人に向かって突撃を開始した。
それを見た巨人は、またも腕を振り上げた。
「馬鹿の一つ覚えかよ!!……だが、ありがてぇぜ、その攻撃!!」
ディアが全力を持って地面を蹴り跳躍する。
すると彼らの身体は、いとも簡単に巨人の手まで飛び上がった。
振り上げられた巨人の手まで飛び上がると、ディアはその巨人の手首を、石に食い込む程に力強く掴み、そして。
「……ッうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」
巨人の身体を、進む方向に投げ飛ばした。
『……!?』
ふわり、と巨人の身体が浮かび上がる。
巨人の身体はぐるりと円を描いたかと思うと、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。
ドゴ、バキィ!!という轟音も響き渡り、地面にも大きな亀裂が走る。
辺りを覆う程の砂埃が舞い、叩きつけられた衝撃で発生した風圧は強風の上をいった。
その強風に煽られながらも、ディアは空中で態勢を立て直し、難なく着地する。
ふう、と息を吐いて前を見据えた頃には砂埃は晴れ――瓦礫の山となった巨人だったものの姿が露わになった。
「……や、やった??やったの??」
アリスは完全に壊れた巨人を見て期待に胸を高鳴らせながらディアの方を見たが、ディアの顔は笑みが引っ込められており、警戒の眼差しで前を睨みつけている。
その雰囲気に当てられたアリスが、再度瓦礫の山に目を向けた直後だった。
ガタ、と瓦礫が動く。
やがて全ての瓦礫が微動したかと思えば、その瓦礫は音を立てながら大きな竜巻となって舞い上がった。
瓦礫は意志を持つかのように近くの瓦礫と合わさり、形を作っていく。まるで、先程巨人の腕が形成されたかのように――今度は、巨人そのものの形成を始めたのだ。
『――!!』
竜巻が止んだ頃には、またもあの石の巨人が立っていた。
明らかに繋ぎ合わされた身体ではあるが、腕も、足も、頭も、全てが再生された身体で、巨人は地に足をついていた。




