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「……ぅえ?」
キラキラと。
アリスの身体に纏っていた紫色のオーラが、彼女の手を伝って流れ込むように、ディアの身体に纏わりついた。
そのオーラがディアの全身に回って少しした後、アリスの身体に酷い倦怠感が襲い掛かる。
気を抜けばその場に倒れ込んでしまいそうな程の酷いけだるさ。まるで全身の血を全て抜かれているかのような感覚。吐き気とめまいが一緒に襲い掛かってきて、アリスは思わず顔を伏せる。
「はぁ、はぁ、はぁ……き、もちわるい……!」
――この感覚を、アリスは知っている。
この感覚は、最近体感したものだ。なんだったらそう時間も経っていない。
そう、この感覚は、今朝ディアが突然アリスの手を繋いで、彼女の魔力を根こそぎ持っていこうとした時と一緒なのである。
あの時は何もかもを持っていかれる感覚に恐怖が込み上げてきて反射的に拒否してしまった。
しかし今は、その恐怖は微塵も込み上げてこない。
今は、ディアを助けたい想いが恐怖を上回る。
「……ぅ、うううううううう……!!」
アリスは歯を食いしばりながら、今度は自らの意志で自身の魔力がディアに流れるように念じる。
魔力の注ぎ込み方なんて初めてで、本当に魔力がディアに送られているのかわからない。
そもそも、魔力を注ぎ込むことでディアが治るのかもアリスにはわからないのだ。
――魔力とは、人類が魔物に対抗できるように天界の神々が与えてくれた聖なる力と云われている。魔力を持った神の使いの遺伝子を受け継いで、人類は魔力を得ることが出来、継承することが出来るとアリスは教わった。
その魔力がディアを治してくれるのか、アリスにはわからない。
しかしアリスには、今はこの手段しかないのだ。
自身の魔力をディアに注ぎ込んで回復を試みる、ということしか。
「……おね、がい」
治って、治って、治って。
何度も何度も願いながら、魔力をディアに注ぎ込む。
「……でぃー……!」
魔力が空っぽに尽きそうになって視界が霞んできた、その時だった。
アリスが握っているディアの手が、アリスの手を握り返してきた。
「……!!」
力強く、痛みが感じる程に、ディアがアリスの手を握り返す。
アリスが顔を上げると――折れた四肢が元に戻っているディアの深紅の瞳と、目が合った。
「……」
アリスと同様、紫色のオーラを纏うディアは浅く息を吐くと、アリスを引っ張る。
うわ、と小さな悲鳴を上げたアリスの小さな身体が、すっぽりとディアの身体の中に収まった。
「――さんきゅ、アリス」
「……!ぁ、あああああああああ……!!」
アリスの耳元で、ディアは彼女に感謝を告げる。
その感謝の言葉を聞いたアリスは、声を上げて泣き始めた。
彼の胸元に顔を埋める。温かい。人間の体温。死んでいない。生きている。
治ったんだ。治せたんだ、とアリスの心に安堵が行き渡った。
「……会ったばっかだってのに、こんなに泣くことかぁ?」
一方のディアは、自身が治ったことでアリスが大袈裟な程に泣いたことに戸惑いを隠せないでいた。
彼らは出会って二日しか経っていない浅い関係だ。ディアがアリスと一緒にいるのは、彼女と触れ合っている間だけ自身の力が欠片ではあるものの戻ってくるから一緒にいるだけで、彼女に対しての愛着は何もない。彼女に不思議な力がなければ余裕で囮に出来る。
てっきり彼女も自分と同じ考えかと思っていたが、そうでもないらしい。まあここに来る前に「一緒にいて」と願ってきた程だ。人間が今はディアしかいないから人肌が寂しいのだろう、とディアは無理矢理納得した。
そんなことは置いといて。
彼は自身の身体を見下ろす。紫色のオーラが纏っている、完全に完治した自身の身体を。
――行けるな。
ある確信を得たディアは、今も泣いているアリスの背中を軽く叩いた。
「聞け、アリス」
アリスは涙に濡れた顔を上げて、ディアと顔を合わせた。
「オレは今から、あの巨人をぶっ壊す」
そのディアの発言に、アリスは目を見開く。そして直ぐに、不安の色がアリスの瞳を彩った。
またディアがあんな風になるのでは、と危惧しているのだろう。
しかしそれは心配無用だ。
「もうあんなのにはなんねえよ。そこは断言する。心配するな」
そう断言できる程の力が、今ディアにある。
しかしその言葉を実現させるには、足りないものがある。
「だが、あの巨人を倒すにはテメェの力が必要だ、アリス」
「……ありす、の?」
アリスが言葉を反芻させる。それにディアはこくり、と頷き、そしてまだ繋がっている彼女の手を改めて握り返した。
「ずっとオレと繋いどけ。テメェがいれば、オレはアイツをぶっ壊せる――約束する」
「……ありすと手をつなげてれば、でぃーはしなない?」
「死なねぇ」
「……ずっと、ありすといっしょにいてくれる?」
「……まぁ、いれる時はいてやるよ」
暫く、アリスはディアの瞳を見つめ返す。
そして顔を引き締めると、ディアの手を握り返した。
「……うん、ありす、ずっとディーといる!手もはなさないよ!」
「そいつは心強い返事だなぁ!ぜってぇ離すんじゃねえぞ!」
「うん!!」
力強く頷くアリスに、ディアの不敵な笑みが零れた。
さて、とディアは立ち上がり、背後を振り返る。
彼らの後ろには、依然として巨人が膝をつき、ディア達を警戒するかのように見つめていた。
無機質な瞳と思わしき目と、ディアの深紅の瞳が交差する。
その時間はたったの数十秒だったが、お互いの意志を確認するには十分だった。
巨人が立ち上がり、ゆっくりとディア達に近づいてくる。巨人が歩く度に大地が揺れ、その揺れにアリスが怯えた様子を見せるが、ディアが彼女の手を握り返すことで彼女も意志を固めた。
やがて、巨人が腕を後ろに引き、振り上げる。柱よりも太い剛腕は、ゆっくりとディア達に向かって振り下ろされた。
「ディー……!」
「大丈夫だ」
振り下ろされる腕を見上げてアリスが逃げるように声をかけるが、ディアは動かない。
ジッと振り下ろされる腕を見据えている。
その顔を見て、アリスも逃げるのを止めてディアと一緒に見上げ続けた。
届く。
届く。
ディアの身体を潰していた腕が、ディア達に完全に振り落とされるその瞬間。
「――――ふっ!!」
ディアはアリスとは繋がれていない手で拳を作り、それを巨人の腕に向かって振った。
刹那。
――バキッ。
巨人の腕に亀裂が入り、そして。
――轟音を立てて、巨人の片腕が完全に破壊された。
『――――!!』
ボロボロと巨人の腕だったものの破片が落ちていく。
腕が破壊されたことに、巨人が僅かに目を見開いたように見えた。
その巨人の顔を見て、ディアはニィと笑みを浮かべると、一歩踏み出して宣言する。
「――――さぁ、テメェをぶっ壊す準備が出来たぜ、巨人野郎!!」
そう宣言するディアの身体には、紫色と赤色のオーラが纏われていた。
次から完全なバトルシーンです!頑張ります!




