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「………………………………は」
巨人はギギ、ギギと身体を微動させると、腕を重たく上げて、そして。
「――――ッ!!」
それを、思いっきりディア達がいる方に振り下ろした。
腕が振り落とされる直前、ディアは反射的にアリスを抱えて横に飛ぶ。その直前にディア達がいる方に腕が振り下ろされ、ディア達がいた場所に大きな亀裂が作られた。
あれをまともに受けていたら、瀕死どころでは済まなかっただろう。
「な、なに……!?」
「おいおいおいおい……マジか」
混乱するアリスを背に、ディアは立ち上がって巨人を睨みつける。
巨人は振り下ろした腕を見下ろすと、次第にギギ、と機械のようにディア達の方を見た。
無機質な赤い瞳がディア達を捉えると、振り下ろしていた腕を上げて、音を立てて立ち上がる。
そしてディア達の方に身体ごと向けると、コヒュー、と石と石の隙間から息を吐き出すように、煙を放出した。
「……おい、まさかよぉ……」
ひく、と頬を引き攣らせたディアは、辿り着いた可能性を零した。
「――まさか、コイツを倒せって、言ってるんじゃないよな?」
その質問の先には、石の巨人の前で飛ぶ、虹色の蝶。
蝶はひらひらとその場に留まって飛んだかと思えば動き出す。動き出した蝶の後を追うように鱗粉が落ちていき、蝶の動きが止まった頃には、その鱗粉は形を作り出してた。
――『〇』と。
「――ふっざけんなぁ!!」
ディアの怒号が飛ぶと同時に、巨人が一歩踏み出した。
そして、ディア達の方に手を伸ばしてくる。
捕まるわけにはいかないと、ディアはアリスを抱えて走り出した。すぐに動いたおかげで巨人に捕まることはなかった。
「でぃ、ディー!ど、どうするの!?」
「どうもこうもねえ!」
何故蝶が喋り、突然巨人を倒せと言ったのか理由は定かではないが、それを今考えるのは違う。
今考えるべきは、この状況をどう打破すべきかだ。
本当ならディアが胸を張って巨人を倒すと言えればこの問題はすぐ解決する。実際、ディアに元の力があれば、あんな大きいだけの石の建造物なんて一瞬で壊せるのだ。
しかしそれは、ディアに元の力があればの話になる。
力を全て失い、アリスと接触していなければ本来の力の半分も使えない今の自分では、あの石の巨人に一撃を入れるどころか、そもそも軽く振られるだけで瀕死になるだろう。
「悔しいが、今のオレにアイツをぶっ壊すことは不可能だ……!」
「な、ならどうするの!?」
「ンなもん決まってる――今は、この場から逃げるんだよ!」
今のディア達に、石の巨人に対抗できる術は存在しない。
だからこの場にいても、広間をめいいっぱい逃げ回っていても、時間の問題だ。
だからまずはこの広場から出て態勢を立て直し、あの巨人をどうするか術を考える。今のディア達にはそれしか方法がなかった。
この場から逃げて洞窟から出てあの石の巨人のことを忘れる、という選択肢もあるが、ディアがこの洞窟に入ったのは、自分の力がこの洞窟から感じたことがきっかけである。何故自分の力が感じるのか、その謎を解明していない為、この洞窟から逃げるという選択肢はディアには存在しない。
加えてその感じていた自分の力は、最下層に近づくにつれて強くなっていっている。つまり今石の巨人がいる広間に、その謎が隠されている可能性が高い。だから石の巨人を倒すのはどの道必須事項だった。
「広間の入り口に戻るぞ!そんで上に戻って対策を……」
「!ディー危ない!」
螺旋階段の方に走っていたディアに、アリスの切羽詰まった声がかかった。
ハッと顔を上げた時には、巨大な石の腕が迫っていた。
「ッ!!」
僅かに頭を下げて衝突は避けたものの、振られた影響で風圧が生み出され、ディアとアリスの身体が簡単に浮き、そしてそのまま吹き飛ばされてしまう。
「やー!?」
「がっ!?」
吹き飛ばされた拍子に背中を強く打ち付けたディアは、その反動でアリスの身体を離してしまった。
アリスの小さな体がさらに後ろに転がっていき、小さな傷を作る。
「っやべ……!?があああ……!!」
慌ててアリスの元に走ろうとしたその時、ディアの身体に影がかかった。
見上げれば、ディアの身体より数倍大きな手のひらが迫ってきている。
気づいた時には遅く、ディアの身体は、その大きな石の手に押さえつけられた。
「ディー!?」
アリスの悲鳴のような呼び声が広間に響き渡る。
ディアの身体を押さえつけた石の巨人は、そのまま上から伸し掛かるようにして、押さえつけている手を強めた。
「――あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
ぼき、ゴキゴキボキ――――!!と、何本もの骨が折れる音が、ディアの身体の中に響き、その衝撃に耐えきれず、ディアは絶叫を上げる。
口から、鼻から、目から、至る所から血を流し、その場で血だまりを作り出した。
「ディー!!いやーーーーーー!!!!!!」
その光景を見てしまったアリスの悲鳴が木霊する。
骨が折れた影響で四肢が曲がり、体躯もくの字になりつつある。最早人間としての原型をとどめることが難しいくらいの凄惨な状態となっているディアに、アリスは絶望した。
「……ぉ、が……」
もう、声を上げる力も残っていない。寧ろ、まだ息があることが奇跡である。
かひゅ、かひゅと掠れた呼吸音を吐き出すディアに、石の巨人は構わず力を強め続ける。
また、ゴキ、と嫌な音が聞こえる。
「……や、めて」
もう、ディアは声を上げない。
身体が、沈んでいく。
「……やめ、てよ」
視界が黒くなる。
あれだけ暑かった身体が、冷えていく。
そうして痛みも無くなってきて、微睡の中に沈みかけたその時だった。
「――――やめてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!!!!!!」
アリスが涙を流しながら叫んだその瞬間。
広間が、眩い光に包まれた。




