20
螺旋階段に連なるように窓なる空洞がある為、外の様子を常に窺うことが出来る。
とっ、とっ、と螺旋階段を一段ずつ降りながら、ディアは時折外の覗き込んで警戒していた。
この螺旋階段を降り始めてからまた随分と時間が経ったような気がする。もうそろそろ下が見えてもいい頃合いなのに、まだ最下層は見えてこない。
一体どれ程深いんだと文句が言いたくなってくる。
「……」
段々とイライラが募ってくると、ふとアリスが頻りにディアの方を見つめてくる。
普段ならそんなことで気にも留めないのだが、あんまりにもこちらを見ているせいで気になってしまい、ついディアは声をかけてしまった。
「どうした」
「……?」
「オレに何か用かよ。めちゃくちゃ見てくるじゃねーか」
「そんなにみてた?」
「見てた。で?なんか用かよ」
自覚がなかったようで、アリスは驚いた顔をした。
再度問いかけると、アリスはうーんと首を傾げた後、ポツリと言う。
「……なんかね、むねがポカポカするの」
「……は?」
「ポカポカして、ゾワワーってして、なんか、変な感じ!ディーと手繋いでると、すっごいそうなる!」
擬音だらけで全くわからない。睥睨すると、アリスはうーんと、うーんととさらに言葉を探し始めた為、「もういい」と無理矢理打ち切らせた。
なんだか気にして損をした気分だ。もう気にしないようにしよう、とディアは心に誓った。
「……ねぇ、ディー」
「……ンだよ」
また無言で螺旋階段を下りていると、今度はアリスから声をかけてきた。
おざなりに返事すれば、アリスはそのまま話し始める。
「……ディーは、ずっとありすといっしょにいてくれる?」
「……突然どうした、テメェ」
脈略もなくそう聞かれて、ディアは思わず聞き返した。
アリスはええと、と慌てながらも話を続けた。
「あのね、ありすね、おうちにかえれないの」
「ア?追い出されたのか」
「ううん、ありすがおうちをでて、そんで、とおくに来たの」
「……お前、家出したのか?意外に行動力があるんだな」
たどたどしいアリスの話に補完を加えながら、ディアはアリスに話を促した。
アリスは続ける。
「それでね、とおくに来ちゃったから、ありす、おうちにかえれないの。お父さんにも、お姉ちゃんにも会えないの。もうぜったい会えないの。……ありす、ひとり、なの」
最後にポツリと落とされたそれは、本当に消え入りそうな声で、まるで「認めたくない」と言わんばかりの弱弱しい言葉だった。
”ひとり”と心の中で反芻するディア。
ディアも、産まれて同族に出会うまでは孤独だった。独りで卵の殻を割り、幼き頃から独学で狩りを学んで、翼で飛ぶ術も自ら身に着けた。
雨が降る日も、雪が降る日も、雷が鳴る日も、雲一つない晴天の日でも、ディアはずっと独りで過ごしてきた。
最初は独りでいることに寂しさを覚えていたディアであったが、成長していくにつれてその寂しさは全く感じなくなっていった。慣れたのだ、独りでいることが。独りでもやっていける、仲間なんていなくても平気だと、そう思うようになった。それは同族と出会ってからも根底に張りつき、同族と出会って長になった時も、ディアは基本独りで行動していた。
だからあのクソ大賢者に苦戦して封印されたとかいう間抜けな失態を起こす羽目になるのだが、ここは割愛とする。
ディアは独りに慣れてしまった。しかしアリスは幼さ故か、まだ独りに寂しさを覚えている。独りでずっと過ごしていれば自ずと慣れるものだが、ディアと出会ってしまった為その寂しさがさらに強まったのだろう。
今は一緒にいてくれるけど、いつか離れたらどうしよう。そうなるとまた独りになる。それだけはやだ、とアリスは考えてしまったのだろう。どうしてこんなタイミングでそう考えてしまったのかわからないが。
「ひとりになっちゃったら、すごく、さびしい。だから、えっと……ディーと、ずっと、いっしょにいたい。ひとりになりたくない。だから、ディーはありすといっしょにいてくれる?」
要はアリスは確約が欲しいだけだ。ディアとずっと一緒にいれる、確実な言葉が。それで安心を得たいのだろう。
その場で立ち止まると、アリスも立ち止まる。やがて蝶も動きを止めて八の字を描くように飛ぶが、二人はそちらに見向きもしない。
互いに、互いの瞳にお互いの顔を映り込ませる程、見つめあう。決して逸らさず、じっと、動かず。
やがて口を開いたのはディアで、ディアは溜息を吐きながら答えた。
「……今のところだが、オレはお前を手放すつもりはねえ」
「!」
「テメェといた方がオレにとっては都合がいい。その都合がいい間までは、一緒にいてやるよ」
そうディアが言い切ると、アリスは僅かに目を見開いた後、ほっ、と肩を撫で下ろして「よかったぁ……」と安堵した。
”ずっと”とは言わなかったが、取り合えず今のアリスにはこれで満足らしい。余計なことを言わずにさっさと話を切ろうと、ディアは話は終わりだと言わんばかりにアリスの手を引いて、蝶の後を追うのだった。




