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ゆっくりと目を開けてみれば、眩しいくらいの翡翠色が視界を覆った。
霞む視界が段々と明瞭になっていくと、視界を覆う翡翠色のそれが、大地を覆う木々の集まりだということに気づく。太陽の光を浴びて爛々と輝きながら揺れる木々の音と、この森に住む小鳥達の囀り、そして、木々の合間を通り抜けるそよ風の音が、一層彼が今いる場所を明確に指し示していた。
起き上がろうとすると身体が鉛のように重いことに漸く気づく。封印されてどれくらい経ったのだろうか。自分としてはあの真っ暗な場所を結構動き回っていた自覚があったのだが、どうやらそれは勘違いらしい。無理矢理身体に言うことを聞かせて、手をついて起き上がる。上半身を起こすだけでも、結構な体力を持ってかれてしまった。自分は一体どれだけ弱ってしまったのか、と彼は渇いた笑いを零した。よくよく見れば人間の姿になっているし、自分は相当弱っているのだろうと悟れる。
暫くその場でじっとしていると、ふと近くから視線を感じる。視線の感じる方に目を向ければ、草むら越しから彼の様子を伺っている二匹の小動物の姿が見えた。茶褐色の体色に、目元や手足が黒い毛で覆われている、太く長い尻尾が特徴的なモンスター――「ビーラクーン」だ。かつては食用として狩っていたモンスターを見つけた彼は、ふと、己の腹からフキュルルと鳴くのを聞く。そういえば、腹が減った。あの世界に居た時は、空腹も喉の渇きも何も感じなかった。『外』の世界に出た影響だろう。
よし、あのモンスターを狩って小腹を済まそうと立ち上がろうとする……が、立ち上がれない。先程身体を起こすのに使った体力が、まだ戻ってきていないのだ。思わず彼は舌打ちを零した。
そうこうしていると、突然顬部分に痛みが走る。顬部分を手で抑えるとぬるりとした感触が伝わってきた。手を見れば、手は真っ赤な血で汚れている。それと同時に顬から何かが頬を伝って落ちていくのも伝わってきた。
ビーラクーンの方を睨みつけると、ビーラクーンは何かを感じ取ったのか、ふるると震え上がった後に叢を掻き分けながら逃げていった。
恐らく今彼は、ビーラクーンに石を投げつけられたのだろう。ビーラクーンは、外敵が無害かどうかを物を使って確かめる習性がある。それに襲われたのだ。
あんな低級モンスターに舐められ、尚且つ狩ることも満足に出来ない自身の身体に、彼は頭を抱える。
暫くして、彼は時間をかけながら立ち上がる。久々に立つ実感を味わい、なんだか不思議な気持ちに包まれた。くらくらと揺れる視界は、恐らくあの真っ暗な世界に閉じ込められたせいで、突然の光に順応できていないせいだろう。その内慣れるはずだ、と彼は言い聞かせた。