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「大穴」の中は灯りもなく、暗闇が支配していた。
唯一の灯りは外の光が差し込む出入口付近で。それ以降の道は先が見えない。音の反響具合から深い、ということは推測できるが、それ以上の情報が得られなかった。
「……ッ」
アリスは繋がっているディアの手を強く握りしめる。ディアもそれに握り返した。
道は急な坂道になっており、下に続いている。一歩間違えれば転げ落ちることになるので、慎重に進まなくてはならない。
「転ぶなよ」
「う、うん」
壁に手をつきながら、ディアとアリスは坂道を下って行った。
数歩も進めば光が差し込まなくなり、視界は完全に真っ暗になる。最早頼れるのは手に伝わるアリスの体温と「大穴」の壁の感触、後は聴覚のみだった。
火になるなるものを調達してから入るべきだったかと今更後悔するが、もう戻っていけない位置まで歩いてしまったので戻ることは出来ない。観念して、そのまま進み続けることにする。
進むにつれてディアの力は段々と強まっていく。ほんの少し掠めた程度の微弱な力だとは思えない程、今ではひしひしと己の力が下から感じ取れた。
間違いなく、ディアの力がこの下にあるに違いない、とディア自身も確信を抱く。
道は、急な坂道を終えて平坦な道となる。相も変わらず壁を頼りに一歩ずつ慎重に進んでいく。
「……は、は……」
「おい、大丈夫か」
先に進むにつれて、アリスの様子がおかしくなる。息も荒くなるし、覚束ない足取りだ。きっと慣れない暗闇の中で緊張して、疲労が今までにないくらい溜まっているのだろう。
本来なら休ませた方がいいのだろうが、右も左もわからないこんな暗闇の中で休ませるわけにも行かず、先に進むという選択肢しかない。幼子には酷だが、頑張ってもらうしかない。
ディアの問いに返事する暇もないアリスを何とか歩かせて前に進み続ける。そうして暫く進んでいった時だった。
「……!待て、何かいる」
何かの気配を感じ取ったディアは、アリスを後ろに下がらせた。
警戒を跳ねあがらせて前を睨みつけると、赤い眼光が暗闇の中で動く。こんな暗闇でも光っているのかと錯覚するほどの赤目が、四つ。その目全てが、ディアの方を睨みつけている。
同時に、グルルルと唸り声が二つディアの耳に届いた。ざり、と地面を擦る音も聞こえ、それは徐々にディア達に近寄ってくる。
音の情報を聞く限り、恐らく敵は二体。どんなモンスターなのかはわからないが、足音を聞く限りは四足歩行のモンスターだと推測する。それ以上はわからない。
敵がこちらに近づいてくると、ディア達も一歩下がる。近づいてきて、下がって、近づいてきて、下がって――。
「――来るぞ!」
ついに痺れを切らした敵が、モンスターが襲い掛かって来た。
グルゥア!と叫びながらこちらに飛び掛かってくる気配を感じ取ったディアは、アリスを抱えて後方に飛ぶ。態勢を立て直そうとするディアに、もう一体のモンスターが横から追撃をする気配も感じ、ディアはさらに後ろに飛んだ。
(クッソ!なんも見えねえし、そもそもこのガキを抱えたまんまで戦えねえ!)
今ディアはアリスを抱えているせいで、両手が使えない状態だ。出来ることと言えば気配を感じ取って避けながら逃げるだけ。
嗚呼、本当に無様すぎる。こんな雑魚モンスター、本来の力が戻れば一瞬だというのに――!とディアは歯噛みした。
「……ッやっべ」
「うきゃ!?」
何とかモンスターの猛攻を避け続けていたが、それも限界が来る。
避けた時に偶々、少し盛り上がっていた土に足を引っかけてしまった。そのせいでディアの身体は転倒し、アリスと一緒にその場に転んでしまった。
それを見逃すモンスターではない。奴らは転んだディア達に向かって、二体同時に飛び掛かった。赤い眼光を歓喜に彩りながら、奴らはディア達に向かって牙をむく。
まずい、これを喰らったら洒落にならない、とディアはアリスに覆い被さり、強く抱き締めた。背中をモンスター側に向けて、せめて彼女に傷がいかないようにと抱え込む。
嗚呼、痛えだろうなあ、とこれから来る痛みに備えて彼女を抱える力を強めて、モンスターを睨みつけた、その時だった。
「――ちょうちょさん?」
アリスがそう呟いた。
次の瞬間、眩いくらいの光とモンスターの悲鳴が、洞窟内に木霊した。




