14
出入口から照らしている朝日と小鳥の囀りに、ディアは目を醒ました。
重たい瞼を上げてみれば、視界に金青色の髪が広がる。それと同時に上半身と左手に伝わる温もりを自覚したディアは、「そういえばクソガキを抱き枕にして寝たんだったな」と昨日の自分の行動を思い出した。
くあ、と大きく欠伸をするディア。頭をガリガリと掻いた彼は、手が繋がれていない右手を握ったり、広げたりしてみる。
(やっぱこいつに触ってると回復が早えな)
ディアの体力はすっかりと回復している。今なら森の中を走り周れるくらいに身体は健康に戻っていた。それもこれもアリスとずっと手を繋いでいたおかげだろう。元の姿の時と比べると回復は遅いが、今の人間の状態からしてみれば結構早い方だろう。
自分の身体の状態を知ったディアはそのまま立ち上がった。アリスが寄りかかっているのにも関わらず、だ。そのせいでアリスの身体はどしゃ!と地面に崩れ落ち、「ぷぎゅ!」とアリスの口から情けない声が漏れる。
そんなアリスを一瞥もせず、繋がれている手をさっさと解くと、ディアは洞穴の外に出た。
外に出ると、眩しいくらいの朝日がディアを照らす。良い天気だ。雲一つもないし、風も気持ちいい。
「こういう時は自由に飛んでたんだが……」
そう呟いたディアは、己の身体を見下ろした。
貧弱な人間の姿になった、自分の仮の姿を。
かつての力も失い、ただの人間に成り下がったディアではあるが。
――試してみる価値は、ある。
そうディアは、決意を固めた。
「ディー……?」
そうしていると、洞穴から目を擦りながらアリスが出てきて、ディアに近寄った。
「おはよ……」と今にも寝そうなアリス。そんな彼女に、ディアは「おい」と声をかけた。
「ん……?」
「手貸せ」
そう言いながら差し出されたのは、ディアの左手。
その左手に、アリスは躊躇うことなく己の右手を差し出し、ディアの手を握った。ディアも、その手を握り返す。
途端に流れてくるディアの力。それを身体で感じながら、ディアはよし、と意気込み、そして。
「――ッッ!!」
全ての魔力を、自分の体内にある一部分に注ぎ込んだ。
「え……うぐっ!?」
アリスが苦痛に顔を歪め、ディアから手を離そうとするが、それはディアが許さない。がっちりとアリスの手を握り、話してなるものかと力を強める。
そんなアリスを無視して、ディアはさらにさらに、魔力を己のとある場所に送り込み続ける。
その場所は、自分が元の姿に戻る為の「核」。
すっかり枯渇して何も残っていない器となってしまった「核」に、今戻って来ている魔力を全て注ぎ込む。
しかし――。
「――ヤ!!」
「ッ!?」
それは、アリスが無理矢理ディアの手を振り解いたで中断となった。
バチィ!とディアの手を振り解いたアリスは、おえ、と口を押えて蹲る。はぁー、はぁー、と荒く息を吐き出し、なんとか息を整えようと試みているようだが、上手くできていないようだ。
対して手を振り解かれたディアはというと、大量の汗を流しながら息が荒くなっていながらも、アリスよりは酷くなっていないようだ。すぐに息が整い始め、汗も段々と引いていく。
体調がマシになったところで、ディアは振り解かれた左手を見下ろした。
――今ディアが試したのは、今の力……つまり、魔力を元の姿に戻る為の力に注ぎ込んだら元の姿に戻れるのか、という実験だった。
ディアは身体の中に存在する「核」に魔力を注ぎ込むことで、人間の姿と元の姿を変えることが出来た。「変身魔法」と呼んでいるそれを、ディアは封印されるまで何回も使っていたのだ。敵から身を隠したり、人里に降りて人間の生活を知りたい時などで使い分けていたが、今は魔力が足りない為それが出来ない。いつまでも人間の姿で過ごすわけにはいかないと試したことだったが、やはり今の力、それもアリスと触れ合っていなければ戻らない力を注ぎ込んだところで、元の姿に戻ることは不可能だったようだ。あのまま続けても、元の姿に戻ることはなかっただろう。正直予想はついていたが、こうもはっきりと現実を突きつけられるとショックがでかい。
まあ、今は元の姿に戻ることが出来ないと知れただけでも御の字だと思っておこう。そうしよう、とディアが決めたところで、漸く彼はアリスに意識を向けた。
「……おい、大丈夫か」
今もなお荒い息を吐いているアリスに、ディアは無感情に声をかける。
アリスと触れ合っていないと力が戻らないので彼女と手を繋いだ上で実験を試みたが、どうして彼女までも疲弊することになったのだろう、とディアは疑問を抱いた。無意識の内に彼女の中にある魔力も注いでしまったのだろうか。しかし確か基本的に他者と他者の間で魔力の受け渡しをするのはリスクが大きいと聞いたことがある。相性が合っていればいいのだが、相性が合っていないと大変なことが起きる、と噂で聞いたことがあるが、もしかしてこれのことだろうか。しかし今まで手を繋いでいてもお互いの不利益になるようなことは何もなかったはず、とディアが色々考えていると、ずっと顔を下に向けていたアリスが顔を上げた。
アリスがキッとディアを睨み上げると、低い声で唸りながらディアにこう言った。
「――でぃー、きらい。もうおててつながないもん」
……………………………………………………………………………………………………。
(――……それは、マズい!!)
事態を重く見たディアはこの後、めちゃくちゃアリスを宥めて機嫌を取った。




