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「ありすの青はねー、お母さまの色なんだって!家の人がそう言ってた!ピンクもそう!ディーは?その白と赤はお母さまの?お父さんの?」
……恐らく遺伝のことを言っているんだろうな、とさすがのディアでも理解する。
本当ならこのまま黙り続けたいが、いつまでもアリスがディアの身体から退かないので、ディアは渋々彼女の会話に乗っかることにした。
溜息を吐いたディアは顔をアリスに向けると、ポツリポツリと話し始めた。
「知らねえよ、産まれつきこうだった」
「そうなの?お父さんとお母さまは?」
「知らねえ。顔も見た事ねえ」
「そういうこともあるの?」
「あるんじゃねえのか?」
――ディアがこの世に生を受けて最初に目に入ったのは、今と同じ鬱蒼とした森の光景だった。
卵の殻の破片が身体にくっついて不快だったのは今でも覚えている。悪戦苦闘しながら這い、産声を上げた時も彼の周りには誰もいなかった。そのまま一匹で過ごし、死なない為に狩りを覚え、空を飛んで森から出た後に漸く同族と出会い、己のことを知れたのである。それまでずっと一匹で生きてきたのだ。
そんな人生を歩んだディアは当然親の顔を知らない。同族の一族にも、彼の親を名乗る者はだれ一匹としていなかった。顔も声も匂いも温もりも、何もわからない。親というものがどんなものなのかも、ディアは想像も出来なかった。この髪色や瞳の色が親の遺伝なのかどうかすらも、ディアにはわからない。
くだらないことを思い出してしまった。億劫そうに頭を掻いたディアは、今もなお身を乗り出しているアリスの顔面に手を乗っけて押し返す。
「うぶ」
「くだらねえこと話してねえでさっさと休め。オレは早く動きてえんだよ」
「うぶぶ……ぷは。いいよ、行こう!ありす、歩けるよ!」
「は?さっきまでへばってたやつが何言ってやがる。強がるのも……」
強がるのも大概にしろと言おうとしたディアの言葉は不自然に途切れる。何故なら目の前でアリスが立ち上がり、ディアの前でぴょんぴょんと跳ねたからだ。
「ほら!元気になったよ!」と言わんばかりの満面の笑みでディアを見るアリスに、ディアはぽかんとした後、「人間のガキってのはこのくらいの回復の速さが普通なのか……?」と人間に対して疑問を抱いた。
まあ、元気になったのなら良い。ここで休憩を取ってから十分も経っていないが、アリスが動けるのなら今動いた方がいいだろう。
立ち上がったディアはもう一度空を見上げる。空は清々しいほどの青色が広がっているが、もう少ししたら夕焼けが空を染めるだろう。それまでに、今日の寝床を見つけなくてはならない。さすがに無防備の状態で森のど真ん中で野宿する気は、ディアは起きなかった。今のディアは人間。すぐにモンスターに殺されてしまうから、猶更。
手を繋ごうと手を伸ばしているアリスの手を繋ぎ、ディアはアリスを連れて再度森の中を歩き始めた。




