人間は社会性な生き物①
第2話です。基本的には日常生活の描写を重視しますが、バトルもちゃんと書きたいです。
-20XX年-
-日本・東京-
「……」
「……」
「……」
時刻、現在AM5:00。太陽が顔を出すにはまだ早い。時計のアラームはまだ鳴っていないけれど、「私」は目が覚めた。カーテンを少し開けると、朱い朝陽が私を照らす。夜を少し残した濃い蒼と陽の朱が交わる時間帯。私は、この時間帯の空を見るのが好きだ。
さて、日課の早朝トレーニングは欠かせない。我が家、まあマンションの一室なんだけど、そのマンションの近くを流れる川べりの土手を走り込んだり、柔軟体操したり、そんな感じ。さすがに機器を使ったトレーニングはGYMに行かないとできない。
90分ほど軽めのトレーニングを終えて帰宅。ちょっと汗かいたのでシャワーを浴びる事にした。私は、この部屋に一人で暮らしている。まあ、高校卒業直後くらいから。もう3年くらいこの部屋で暮らしているから勝手知ったる我が家も同然だ。我が家…、家族…、そういえば「妹」にしばらく連絡してなかったわね。
(お姉様。時々でいいですから、ご無事をお報せください。)
私の妹、東雲雲母。私が「自分の力だけで生きていけるタイプの人間」であるなら、あの子は「他人に助けられながら生きていくタイプの人間」だ。雲母は心が優しい。だから、周囲の人間はあの子に対する庇護欲をかき立てられる。事実、あの子は周囲の大人達に助けられながら危険とは無縁の生活を送ってきた。それは、きっとあの子の才能なんじゃないかと思う。
「……」
トースターで焼いたパンにマーガリンを塗って、ハムと目玉焼きを乗せる。付け合わせは適当に選んだ数々の野菜を切って盛りつけただけのサラダ。適当にドレッシングをかける。これで良し。
「いただきます」
右手に持ったパンをかじりながら、左手で何も無い空中に触れる。すると、空中にディスプレイが表示された。細胞大の機械が作り出した特殊ディスプレイ、まあ要するにテレビだ。
『7時のニュースです。政府直轄の対災禍獣特殊部隊、『スサノオ』がまたしても災禍獣を撃破しました。国民の生活は彼らによって守られていますが、災禍獣の発生原因の根絶には未だ至っていないのが現状です。政府は特別対策委員会を立ち上げ…』
2020年。あの年に全てが変わった。変わってしまった。大災禍。やたら恫喝してくる事で有名な某国が、どの国にも明かさず密かに開発を進めていたモノ。世界のパワーバランスを一変させてしまう新たな技術。それこそがナノマシンだ。しかし、某国は危険物の管理が杜撰な事でも知られている。厳重に保管していたはずのナノマシンが研究室から漏れ出して、世界中に蔓延してしまった。そして人類の総人口の十分の一が死に至ってしまった。これが大災禍と呼ばれるものだ。一歩間違えれば人類は間違いなく滅亡していた。そうならずに済んだのは、危機に際して世界中の天才的な頭脳を持つ人々が結集して知恵を出し合い、危険なナノマシンを命懸けで採取して研究して、特効薬と成り得る<アンチ・ナノマシン>を作り上げたからだ。アンチ・ナノマシンは即座に量産されて世界中に行き渡り、人々はアンチ・ナノマシンを体内に注入され、更には大気中にも散布された。こうしてナノマシンの危険度はグンと下がって、人類は滅びずに済んだ。しかし、代償も大きかった。まず、自然環境が激変してしまった。私たち人類以上に被った被害が大きかったのが野生動物達だ。彼らは殆どが死に絶えてしまった。生き残ったのは人間が生産用・食用として飼っていた僅かな種だけ。逆に意外と生命力、というかしぶとさが強かったのが植物だった。人間や動物と違って意思を示さない植物は、されどナノマシンを自らの内に取り込んだ。太陽光からエネルギーを発電して、ナノマシンを大気中に散布する別種の存在へと進化した。私たち人類も、酸素の代わりにナノマシンを呼吸で体内へと取り込むようになった。そうして、私たち人類はナノマシンに適応した。そうして、進化が起こった。脳の働きや身体能力が大幅に向上した、人類の形を残しながら『次の段階』へと進んだ人類。
今、人類は私達をこう呼ぶ。<超人種>と。
朝食を済ませ、食器を洗って、そしてコーヒーブレイク。お前働いてるのか、とツッコまれそうだけど、私はちゃんと仕事をしている社会人だ。さっきニュースに名前が出ていた対災禍獣特殊部隊スサノオ、それが私の職場。基本的に、私たちスサノオの隊員は災禍獣が現れなければ暇だ。だからと言って、何もしないで暇を持て余しているわけではない。災禍獣の動向はくまなくチェックしている。そして…
《PPPPP♪》
テーブルの上に置いてある、スサノオの隊員に支給されている専用通信端末からコール音が鳴った。呼び出しだ。
「もしもし?」
『東雲隊員、仕事だ。渋谷区ポイントB-23で災禍獣の発生が確認された。災禍獣の形態は…』
「了解しました。可及的速やかに現場に急行します」
『お、おい!まだ説明は終わってな…』
-ピッ-
隊長が災禍獣についての説明を終える前に、私は通信端末の通話ボタンをタップして通話を終了した。災禍獣は一分一秒でも早く殲滅しなければいけない。防衛網を突破されたりでもしたら、犠牲になるのは<力>を持たない、あるいは未だ目覚めていない普通の人々だ。私はスサノオの隊員が着用する斬撃・銃撃・打撃・衝撃に強い特殊強化装甲服を素早く着用する。日本刀の形状をした対災禍獣特殊武装、<紫電>と<霹靂>を腰部ベルト状の特殊ジョイントに装着する。
「さて、行くか」
ベランダに出る。今は部屋の玄関だけじゃなく窓も思念=脳波で施錠できる時代だ。強化ガラスの窓の鍵がロックされたのを確認して、私はベランダの囲いの縁に立つ。上の階との距離は人間一人が立っても、まだ余裕があるほどだ。
「すぅぅ…」
息を吸い、全身に力を込める。体内に電流が走る、このザワザワした感覚は高校の陸上部で三年間ずっと私と共にあった。ぶっちゃけ、陸上の大会で有り得ない記録を出したのがきっかけでスサノオにスカウトされたわけだし。脚に力を込める。筋肉が膨張したりはしないけど、足全体に大きなエネルギーが集まっているのが分かる。
「ふっ!」
-ダンッ!!-
私は飛び降りる。そして、ベランダの囲いの壁を足裏で蹴った。その瞬間、私の躰はベランダから消え去り、遥か彼方へと飛ぶ。要は、私は自分の躰を電磁砲の弾にしたわけだ。これが私の能力。体内のナノマシンを自分の意思で操り、ナノプラズマ発電で莫大なエネルギーを作り出し、そのエネルギーを使って身体能力や感覚を強化する。超人種は能力が発現する際、その時の自分の意思によって能力が決まる。私は強い躰が、強い力が欲しかった。己の身一つで何でも成し得る、そんな力が。そんな思いが、この能力の発現へと繋がったのだろう。私は飛ぶ。人類に仇成す災禍獣を一分一秒でも早く殲滅する為に。
これが私、東雲千速のいつも通りの朝の光景だ。
千速ちゃんは人間弾丸(笑)