第一話
四月、一般的に出会いの季節。
そして、俺が運命の人と邂逅した月である。
『これにて第三十七回笠木葉高校入学式を終了します』
そんな校長の声でふと目が覚める。どうやら知らないうちに寝ていたらしい。あたりを見回すと隣の生徒 がまさにドン引きといった顔をしていた。もしかしていびきでもかいてしまっていただろうか。
だとしたら申し訳ない。
申し訳ないが、入学初日からいいスタートを切れたかもしれない。きっとかなり目立っただろうから。
『起立、気を付け、礼』
立ち上がって、
ついつい一つ大きなあくびをした。早く家に帰ってもうひと眠りしたいなどと考えながら、
「それにしても、式典というものはどうしてこうも眠くなるんだ――」
俺――もとい灰羽祐介は誰にも聞こえない程度の大きさでそうつぶやいた。
灰羽祐介はいわゆる問題児だ。何事にも興味を持たない、それでいてやればある程度はできる。ここまでなら許容範囲かもしれないが、彼は自分を特徴がないやつだとして何とか突出した個性を持とうと非行に走りだすのだから本当に救いようがない。
そんな彼がこの笠木葉高校に入学したのはその”個性入手”の一環でなのだ。というのも、一見普通の高校である笠木葉高校は、ほかの学校とは一つだけ違った校則が存在するのである。
「何が『するのである』だよ!ほんと初日から祐介は絶好調だなー」
「お褒めいただきありがとさん」
隣を歩く中学からの同級生・片岸がご自慢の金髪を揺らしながら言うのでいつも通りに軽く皮肉で返し、やれやれといった表情を見せる。
いつも通り苦笑されるかと思ったが、片岸はなぜか心底呆れたような顔で俺を見てきた。
「いやーオレはそろそろ”それ”やめたほうがいいと思うぞ?ここ入った以上もうモテないと思うしなw」
そう、笠木葉高校は『恋愛禁止』なのだ。確かに、灰羽祐介は珍しい銀髪と端正な顔立ちを携えており、黙っていればモテた。実際中学一年生のまだはっちゃけていなかった時期には随分とモテていた。
いや、まあモテたくて変人行動をしていたわけではないし、全く構わないのだが、こいつはちょっと勘違いしているらしい。なんなら彼も見た目は若干チャラいが別に性格が悪いわけではないし、顔もそれなりにいいのだからモテるだろうに。彼が俺を不思議がるように俺も彼が不思議なのだ。
(やめたほうがいい...か)
実際薄々気づいてはいるこれ以上意味がないし、俺は恵まれているほうなのだろう。それ相応の態度があったほうがいいということも承知している。ただ――
「うわっ⁉」「へあっ⁉」
「…大丈夫ですか」
下を向いていたせいで気づかなかった。
どうやら前にいた誰かとぶつかってしまったらしい。
(しかも結構盛大に相手転んでたけど大丈夫か?というか『へあっ⁉』てなんだよ…)
一瞬黄色いヒトデが思い浮かんだが、それは気にしないでおこう。
こういう方向での目立ち方はあまり得意ではないのだが...
...というかあの人どこいっt――
「いない!?!?」
どうやらこの一瞬でもうどこか行ってしまったらしい。
(いやあの小さい体躯からどうやったらそんな速度が出るんだよ)
思わず心の中で突っ込んでしまった。
一瞬しか見えなかったが少なくとも俺よりは背の低い女子だったはずだ。本当に不思議で仕方がない。
前にいいスタートを切ったと言ったがあれは嘘だったようだ。
友人にはなんだか大人びた対応をされるし、よくわかんない生物にぶつかってしまった。
どうにも釈然としない。例えるならば頭の中がまるで前日に適当に片づけた電源コードのように絡まっている。
思わずため息をついた。なんだか今日は(片岸は絶好調といっていたが)絶不調のようだ。
せめて物理的には上を向こうと首を動かす。なんだか桜の花びらが見えたような気がして、咄嗟に下を再度向く。そこには桜色のハンカチが落ち葉のごとく独りでに落ちていた。
「はぁ…いったいどうしてこんな目に…」
俺は先ほどの少女にハンカチを返すべく、(謝罪も含めて)先ほどの人物を探していた。
彼女が女子高生にしては小柄だったせいで、先輩なのか同学年なのかさえ区別がつかないのだ。
(流石に制服着てたよな...?これでここの生徒じゃなかったら詰みだけど)
これ以上はらちが明かないだろう。それに、確かに俺も前を見ていなかったが、相手も同じでないと人はぶつからない。つまりは、彼女にも罪はあるのだ。ここまでして謝る意味はない...はず...
俺は謝罪をあきらめ、生徒会室前の落とし物一覧にこっそり混ぜておけばバレないまま持ち主のところへ戻るのではと考え、生徒会室へと向かった。
「あのすみませーん。ピンク色のハンカチってこの中にあったりしませんでしたか?」
突然声を掛けられ体が硬直する。生徒会室前でこっそりとハンカチを混ぜようとしたその時だった。
この人は確か…生徒会副会長?桃と蜜柑を混ぜたような髪色が特徴的で、よく覚えている。
間違いないこの人副会長さんだ。というかハンカチ?まさか…
「これ...ですか?」
「あっこれこれ!ありがとうございます!拾ってくれたんですね!!」
合っていたらしい。正直渡すことには少し気が引けたが、なんだかんだ後ろめたかったので一安心だ。
というか、あの人副会長さんと友達だったのか...つまり高校二年生?申し訳ないけど意外だ...
「優姫~!見つかったよ!」
副会長が件の少女に話しかける。
彼女は少し赤身のかかった茶髪と、それに少し不釣り合いな丸眼鏡をしていた。まるで漫画に出てきそうな周りが見えなさそうな丸眼鏡。眼鏡を外した先にはどんな色がまっているのだろうか。ふと気になった。彼女の髪がきれいだから、というよりは直感的に感じたのだ。彼女は鮮やかな色を持っていると。
なぜだか少し心臓がはねた気がした。彼女を知りたいと思った。
「え、ほんと!ってあ」
「あ、あえっと、ありがとう...ございます…」
(ん???え、なんで急にそんな委縮しちゃったの??え????)
副会長さんに見せる笑顔と小鳥のさえずりのような声が、俺を認識した瞬間硬くなった。
先ほどの心臓の鼓動が一気に不穏なほうへと傾いた。
流石にこれはショックだ。確かに俺は変わり者だがそこまでされると普通に傷ついてしまう。
明らかに暗い顔をした俺を見かねたのか副会長がフォローを入れる...いや、入れようとした。
「すみませんこの子人見知りで。ハンカチ、ありがとうございまし「あの!!!!」
「私たちの部活に来てくれませんか!!!!」
「「へぁっ???」」
俺と副会長さんは同時にいつか聞いたような素っ頓狂な声を上げた。