第八十七話 模倣
【東京都杉並区 商店街通り】
是隠さんは、悪霊たちとの距離を一気に取った。
「影の叫び THE SIXTH!!」
影の精霊双短刀。
その“左手”に握られた片短刀が、No.16さんの影めがけて放たれる。
──グサッ!
闇を縫うように飛翔した刃は、No.16さんの足元に伸びる影へ深々と突き刺さった。
「お前の影、借りるぞ。」
次の瞬間──
No.16さんの影が、巨大な鯨に呑み込まれる小魚のように──
一瞬で影の片短刀身へと吸い込まれていく。
「な、なに……!?
わ、わたくし様の影が……消えたッ!?」
足元から影を失い、狼狽するNo.16さん。
是隠さんが左手を差し出す。
ビュンッ、と鋭い音を立て、投げたはずの片短刀が空を裂いて主の掌へと帰還した。
間髪入れず、再び投擲。
次なる標的は──牙恩さんの足元。
──グサッ!
影の片短刀身が牙恩さんの足元に突き刺さった瞬間──
影が十字に地を走ると、やがて鋭角を描きながら影の線は形を成していく。
形成されるのは、二つの──
“影の五角形型霊法陣”。
「──あら?
まあ……!素晴らしいですわ!
是隠さんも、霊法陣の“複数同時展開”がおできになるのね!」
霊法陣の複数同時展開。
それを成せるのは、霊力鍛心訓練を極めた者のみ。
霊力鍛心訓練は、“霊法特化”の訓練。
霊力の質の高さが、そのまま霊法の性能に直結する……が。
先ほど「全力で」牙恩さんを援護すると宣言した是隠さんが、いま展開している霊法陣の数は二つ。
麻璃流さんも天嶺叉さんも、展開可能な霊法陣は最大で二つ。
それはつまり三人とも──まだ伸び代があるということ。
「ふふ♪」と、自然に口元が緩む。
──これは先輩として、さらに霊法を鍛えて差し上げる必要がありそうですわ。
これが終わったら、ダーリンとのデート前に霊力鍛心訓練……決定ですわね。
その時だった──
是隠さんが、まるで忍者が忍術を組むかのように、右手の人差し指と中指を揃え、両目の間へと添えた。
「捕影漁陣!!!!」
霊法発動の刹那。
影の五角形型霊法陣が、深い紺色の光を帯びて輝き出す。
次の瞬間──
霊法陣から、影そのものが花へと変じたかのように、無数の花々が一斉に咲き乱れた。
影でできた花弁が幾重にも重なり、牙恩さんの足元一帯は、いつの間にか“影の花畑”と化している。
「こ、これは……
先ほどNo.16さんが使った樹霊法……の模倣!?」
「な、なんですって……!?」
わたくしもNo.16さんも、思わず言葉を失った。
「さあ、その影花の蜜を吸うんだ!土帝・牙恩!」
「合点承知!」
牙恩さんは一切の迷いを見せなかった。
咲き誇る影花を豪快に手繰り寄せ、花弁をほぐすようにして蜜を掬い取る。
そして──躊躇なく啜った。
「うおおおおおっ!!」
地鳴りのような咆哮が、商店街通りに轟き渡る。
筋肉が盛り上がり、皮膚の下では血管が浮き彫りになる。
牙恩さんの身体は、一回り──いや、二回りも膨張したかのようだった。
濃い茶色の霊力が噴き上がり、放たれる霊圧が周囲の空気を震わせ、地面すら低く唸らせる。
「力が……来る……!
身体の奥から──“本当に”力が湧き上がってくるぞッ!!」
その場にいる誰の目にも、はっきりと分かった。
攻撃力が──目に見えるほど跳ね上がっている。
それは制御された強化というより、一気に臨界点を越えた暴走に近い底上げ。
まるで力のゲージが一瞬で限界値を突き破り、警告音を鳴らしながら赤く振り切れたかのようだった。
「ふ、ふんっ……!
どうせ、ただ見た目が変わっただけのはったりよ。
わたくし様と同じ、味方にバフを与えることなんて──できるはずないわ!」
No.16さんはそう言い放ち、必死に冷静を装っていた。
「これなら──いけるぞっ!!」
牙恩さんは地を蹴り、No.16さん目掛けて一直線に突っ込んだ。
だが、その進路を塞ぐように、巨体がぬうっと立ち塞がる。
フンコロガシ型・毒属性上級悪霊。
黒光りする分厚い外殻。
No.16さんの防御バフを纏い、先ほどまでわたくしたちの攻撃を一切寄せつけなかった存在。
「邪魔だァ!!」
牙恩さんは一瞬も減速せず──通常攻撃。
ただし、今の“通常”は、もはや通常ではなかった。
──バキンッ!!
乾いた破壊音が、商店街に響き渡る。
大剣が叩きつけられた瞬間、フンコロガシ型悪霊の外殻に亀裂が走り、次の瞬間にはボロボロと砕け散った。
悪霊は大きくよろめく。
No.16さんの防御バフを受けた、あの強固な外殻が──たった一撃で破壊されたのだ。
「やった……!」
牙恩さんの顔に、確かな手応えが浮かぶ。
「さっきまで、びくともしなかった攻撃が……
影王・是隠さんの援護で──通じるようになった!!」
「そ、そんな……!?
本当に攻撃力が増しているですって……!?」
喜ぶ牙恩さんをよそに、No.16さんは驚愕し、明らかに動揺していた。
そして──
牙恩さんの勢いは、もう止まらない。
踏み込み、体重を乗せ、次々と大剣を叩き込む。
──バキッ!
──ガキンッ!
──ミシミシッ!!
外殻は耐えきれず、次々と砕け散っていく。
そしてついに──
粉砕された外殻の奥から、不気味な光を放つ”核“が、その姿を現した。
「見えたっ!」
牙恩さんが叫ぶと同時に、その重心がすっと低く落とされた。
一切の無駄を削ぎ落とした構え。
大剣の重さを感じさせない、静謐な姿勢。
刃先だけが獲物を射抜くように、微動だにせず定まっている。
その瞬間──
牙恩さんの背に、一つの英霊が重なった。
それは、幕末に実在した剣士。
新選組一番隊組長──沖田総司。
剣の重さで斬るのではない。
速さと、“一点”のみで命を断つ者。
「地の叫び THE FIFTH!!」
牙恩さんが、大地を力強く踏み込んだ。
それは、もはや“大剣使い”の動きではなかった。
フンコロガシ型・毒属性上級悪霊へ向け、地を滑るように、音すら置き去りにして距離を詰める。
そして──
一突き目。
遅い、と錯覚するほど静かな突き。
二突き目。
一突き目を、完全に置き去りにする速度。
三突き目。
二突き目すら“残像”へと変える、神速。
三つの突きが、空間の中で──
今、一つに重なる。
「いくぞ!!一点突破──
三剣突きッ!!!!」
──パキンッ!!
大剣とは到底思えない速度で放たれた三連突きが、急所のみを、寸分の狂いもなく貫いた。
「速いっ……!」
「おおっ……!
萌華ほどではないが、いい動きだ!」
わたくしも是隠さんも、思わず声を漏らしていた。
今の動き──。
悪霊へ詰めるまでの初速。
一切ぶれない体幹。
合理的で、無駄のない踏み込み。
付け焼き刃ではない。
地道に、身体強化訓練を……努力を積み重ねてきた者の動きだ。
「見事な霊斬ですわ、牙恩さん!」
「くっ……!
霊眼を発動した反動か、今度は左手が疼く……!」
勝ち誇る様子は一切なく、厨二病がぶれない牙恩さん。
「厨二病のノリに付き合うことで、仲間がさらにパワーアップする。
……そうか、これが青春。」
是隠さんは再び“青春ノート”を取り出し、何かに取り憑かれたように熱心に書き留め始めた。
「……ちっ。
味方が一体、やられましたか……。」
No.16さんが、低く呟く。
「ですが……人間だろうと、“病持ちの者”をこのまま見捨てるなど、病の大悪霊様の意に反します。」
独り言のようでいて、その視線は明確に──牙恩さんを捉えていた。
「あの方は、そういうお方。
たとえ人間……敵であろうと、あのお方は決して見捨てない。だから──
必ずあなたを、No.零様のところへ連れていく!」
狙いは、明白だった。
「くっ……!
やはり特別な力を持つと、敵に狙われるのが運命というやつかっ!」
標的である当の本人は、相変わらずの厨二病モード全開である。
「さっきからあの方が言ってる”やまい“って……病気の”病”のことですわよね?」
「おそらくそうだと思います。」
「“病気の悪霊”……。
聞いたことがありませんわね……。」
「”病気の人間“だったら、ここにすでに一人いるんですけどね。」
「うおおおおおっ!!
左手の疼きを……止められないッ!!
この包帯が解かれたら……ぼく氏の秘められていた力が!
隠されていた、すごい力が……さらに解放されてしまうーー!!」
一人、盛大に暴れ回る牙恩さん。
「ちょっと……!
そこの二人からも言ってやって!
その子、完全に……“頭の病“よっ!」
『存じ上げております。』
わたくしと是隠さんは、寸分の迷いもなく、同時に深々と頷いた。
「それなら、早く治療しないとだめじゃないっ!
あの子、あんな風に元気にふるまってはいるけど……本当は、体も心も苦しいはずなのよ!?」
No.16さんは、なぜか一人、真剣に憤慨している。
「……なにを言ってるんだ、あいつは。
もしかして、厨二病を知らないのか?」
「“厨二病”──。
思春期特有の行動で、自分は孤高な存在、周りとは違う特別な存在でありたいために特殊な言動を行うこと……。
そういえば萌華さんから、あなたも厨二病だと聞きましたが……。」
「せ、拙者は違いますよ!
くそっ……!あいつ、刹那さんになんてことを吹き込んでいるんだ!」
わたくしと是隠さんのやり取りをよそに、牙恩さんは再び左手を押さえ、床にうずくまっていた。
「これだから人間は……いつもそうやって、平気で病持ちを……。
こうなったら!」
No.16さんの声が、はっきりと冷えた。
「いきなさい、あなたたち!
あの子を“救って”差し上げないと!それができるのは、No.零様だけっ!
病を患っている“頭部”以外は不要!
胴体を引きちぎってでも、連れてきなさいっ!!」
命令と同時に──
二体の上級悪霊が、牙恩さんへと襲いかかった。
先に動いたのは、ザリガニ型・火属性上級悪霊。
灼熱を纏った巨大なハサミが赤熱し、空気を焼き裂きながら振り上げられる。
──ギチギチギチッ!!
レスリングのチョップのような──
いや、それ以上に質量と殺意を乗せた叩きつけ。
振り下ろされた瞬間、火花と熱風が地面を舐めた。
ほぼ同時に、横合いから跳び込んできたのは、カンガルー型・雷属性上級悪霊。
雷光を纏う素手が稲妻の尾を引き、ボクサーのコンビネーションのように、間断なく突き出される。
──バチバチバチッ!!
それも、一発ではない。
踏み込みからの連打。
速度と衝撃を両立させた、雷の拳。
炎の重撃と、雷の連打──。
属性も、リズムも異なる二重攻撃が、同時に牙恩さんを襲う。
「どうする、土帝・牙恩!?
防御力を上げるか!?」
是隠さんが叫ぶ。
いつでも援護できるよう、牙恩さんのやや後方に陣取っていた。
「いえ!ここは──
このまま一気に攻めますっ!!」
次の瞬間。
牙恩さんは迫り来る悪霊たちの攻撃を、信じられないほど軽やかに、そして──
無駄に格好つけながら避け始めた。
灼熱のハサミが振り下ろされれば、片足を引いて半身を捻る。
その際、なぜか片腕を胸に当て、視線を伏せる意味深なポーズ。
雷の拳が連打で迫れば、後方へ跳びつつ身体を回転させる。
その際もマントが翻る想定の、謎の決めポーズ。
避けるたび、避けるたびに。
──なぜ毎回変なポーズを入れるのかしら……。
一抹の疑問は浮かぶ。
だが少なくとも、攻撃は一切掠っていない。
そして──。
二体の上級悪霊による猛攻をすべてやり過ごしたその刹那。
牙恩さんは、地面に足を踏みしめた。
まるで、野球のバッターボックスに立つかのように、地の精霊大剣を大きく構え直す。
空気が変わる──。
「地の叫び THE……“FOURTH”!!」
『……え!?
“FOURTH”……!?!?』
思わず、わたくしと是隠さんの声が重なった。
同時に衝撃を受け、二人揃って目を見開く。
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