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第八十五話 「十文字組」VS「No.16組」


【東京都杉並区 商店街通り】


「あなたたちが“十文字組”なら、わたくし様たちは”No.16組“よ!

 さあ、あなたたち!

 またバフをかけてあげるから、さっさとその人間どもを始末しておしまいっ!」


──人型・樹属性上級悪霊。

自らを『No.16』と名乗ったその異形は、どうやらバフ(強化)霊法を得意とする悪霊らしい。


右手を配下の悪霊たちへ向けた次の瞬間。

掌前の空間に“樹の円形型霊法陣”が展開されると──緑色に輝き始める。


(いつき)霊法・攻密度(こうみつど)!!」


叫びと同時に、霊法陣から花々が一斉に咲き乱れた。


悪霊たちは狂ったように花へ群がり、貪るように蜜を啜った。

すると──その身体がみるみる膨張し、血管まで浮き彫りになるほど肥大化。

全身から濃い緑色の霊力(オーラ)が噴き上がり、空気を震わせるほどの霊圧が周囲を叩きつけた。


まさに──“攻撃力ゲージが一気に赤まで振り切れた”という表現がぴたりと当てはまる凶暴化。


とりわけ変化が顕著だったのが、他の悪霊を押しのけて大量の蜜を啜っていた、フンコロガシ型・毒属性上級悪霊である。


アスファルトに頭を擦りつけ、尻を天へ突き上げ、後肢で器用に転がしているのは──

一目で“触れれば即死”と分かる禍々しい“毒糞玉”。


そこにバフが重なった瞬間、毒糞玉は「ボゴンッ!」と脈動するように膨れ上がり、毒気の霧を撒き散らしながら、さらに凶悪な塊へと変貌していく。


同時にフンコロガシ型悪霊の後肢に宿る力も桁違いに跳ね上がり、さっきまでより明らかに重量を増した毒糞玉を──まるで紙玉のように超加速で蹴り飛ばすほどの怪力を得ていた。


アスファルトを抉る音が、もはや先ほどまでの比ではない。

耳に痛いほどの破砕音だけで、その攻撃力の異常な跳ね上がりを否応なく思い知らされる。


「ま、まただーー!

 さっきよりも、もっとでっかい毒う◯こが迫ってくるんですけどーー!

 いろんな意味で嫌だーー!!うわーーん!!」


牙恩さんは涙をぼたぼた零しながら、右往左往していた。

視界は絶対にぐしゃぐしゃのはずなのに、それでも剣だけはしっかり握っているところは健気である。


「はあ……。またですわ。」

「”また“とは、どういう意味でしょう?」

「以前にも似たような目に遭っているんですの。

 樹属性の鳩型悪霊から糞をぶつけられそうになったことがありまして……。

 鳩の糞爆弾のように、丸太を雨みたいに投下してきたんですのよ。」

「え……?

 つまり、糞をぶつけられそうになるのは、今回が初めてではないと……?」


そう、これも──すでに体験済みの出来事。


──ああ、なんてつまらない悪霊。


マイダーリンはいつもわたくしに刺激と、ときめきと……。

そして何より“初めての体験”を与え続けてくださるというのに。


──マイダーリン。

八戸校二年・火の精霊刀の使い手・佐藤銀河さん。


ブレスケアをうっかり忘れて、にんにくの香りをほんのり漂わせながら話しかけてくるダーリン。

新天地の挨拶だと言って、わたくしたち神戸校組と桜蘭々さんたち東京校組に、“青森県産にんにく”を堂々と手土産として渡してきたダーリン。

大運動会の夜。

疲れ果てて可愛らしく寝落ちしていたダーリンの布団に、わたくしがこっそり潜り込んだら──ダーリンが……きゃっ♡

……こ、これ以上は言えませんわ!破廉恥すぎますもの♡


──ああ、ダーリン。ダーリン!ダーリン♡


いつも突然、わたくしの“初めて”を、まるで風のように軽やかに奪ってしまうダーリン。

わたくしの知らない景色を、知らない感情を、知らない震えを、惜しみなく与えてくださるダーリン。


わたくしの“初めてを奪う”。

このような素晴らしい体験を、途切れることなく与え続けてくれる存在に出会えたのは──

ダーリンが、生まれて初めてだった。


早く会いたい。

もっともっと、わたくしの知らない世界を見せていただきたい。

もっともっと、わたくしの“初めて”を奪ってほしい。


──こ、これが終わったらダーリンに……

デ、デートをお誘いしてみようかしら……♡

きゃっ♡


妄想と興奮が頂点に達したわたくしは、気づけばその場でぴょんぴょん跳ね回っていた。


「ふっ……。さすが三年生。いろんな修羅場をくぐってきているということか。

 見ろ、牙恩。拙者たちとは面構えがまるで違う。」

「是隠さんがなに言ってるのか、おらにはわかりませーーん!うわーーん!!」

「高度なボケに、ツッコミが追いつかない。

 ……そうか、これが青春。」


是隠さんはどこからともなく“青春ノート”と書かれた謎のノートを取り出し、さらさらとメモを書き始めた。


その間にも、フンコロガシ型悪霊の毒糞玉が凄まじい轟音と共に迫ってくる。

アスファルトを削りながら跳ねる巨玉は、風圧だけで肌がひりつくほどの殺気を放っていた。


「来ますわ──!」


わたくしたちは反射的に身体を捻り、迫る毒糞玉の軌道からぎりぎりで跳び退く。

直後、毒糞玉が風切り音を残して横を通過し、鼻を刺す刺激臭と紫がかった毒霧が尾を引いた。

通り過ぎた空気が肌に触れるだけで、ぴりりと痺れる。

背筋をひやりと冷たいものが走った。


毒糞玉は勢いそのままに商店街の奥へ突進し、閉店中の店舗シャッターへ激突。


──ガシャァンッ!!


鈍い衝撃音のあと、金属片や木片が雨のように跳ね散る。


飛び散った毒糞玉がシャッターの残骸に触れた瞬間──金属がじりじりと腐食し、紫色へと変色していった。


息を整える暇なんて一切ない。

わたくしたちはその勢いのまま、フンコロガシ型悪霊へ一斉に斬りかかった。


いまの回避は完全にまぐれ。

この狭い商店街通りで次を食らえば、逃げ道などどこにもない──!


その切実な危機感が、握った刀の柄にさらに力を込めさせた。


次の瞬間、No.16さんが今度は左手をフンコロガシ型悪霊へ向けた。

掌前の空間に“樹の円形型霊法陣”が展開されると──緑色に輝き始める。


「樹霊法・防密度(ぼうみつど)!!」


叫びと同時に、霊法陣から再び花々が一斉に咲き乱れた。


フンコロガシ型悪霊はまたも花へ飛びつき、貪るように蜜を啜る。

すると──今度は身体がみるみる縮んでいき、外殻がぎゅう、と締まり始めた。


表面は濡れた金属のように黒く光沢を帯び、まるで多層装甲が 内側から圧縮されて積み重なっていくように厚みを増していく。

その変質の過程で、殻の内部から低く重い響きが鳴り、空気を震わせた。


続いて、全身から立ち上った緑色の霊力(オーラ)が──

先ほどのように噴き上がることなく、鎧の継ぎ目を埋める樹脂のように外殻へ吸い込まれ、塗り込められ、層を締め固めていく。


まさに今度は──“防御力ゲージが一気に赤まで振り切れた”と言わんばかりの凶悪な変質だった。


──ガキンっ!!


わたくしたちの攻撃が、またしても跳ね返される。


「いったーーいっ!!

 またこいつ、防御力上げてきたぁぁぁーー!うわーーん!!」


No.16さんの防御バフが、完全にわたくしたちの通常攻撃を上回っていた。

牙恩さんは半泣きどころではなく、もはや全泣きで悲鳴をあげる。


「通常攻撃じゃ埒があかないな。

 ここは、拙者の霊技で一気に──!」

「ちょっと待って!是隠さん!」


影の精霊双短刀を構え、飛び出す寸前だった是隠さんの腕をわたくしは慌てて掴んで静止した。


「どうしたんですか?」

「あれをご覧になって!」


わたくしが指差した先──そこには。


「ふーっ……。」


胸の底から空気を吐き切るように、長く深く息を吸い込む牙恩さんの姿。


「あれって、もしや……。」

「ええ……。おそらくあれが──。」


“牙恩取扱説明書”に記されていた──

牙恩さんが、別モードへ移行するときの合図──!


「泣くの、飽きた。」


ぽつりと漏らしたその一言に、わたくしは思わず身構える。


さて、次はどのようなモードが来るのかしら?

どんな状態(モード)になろうとも、臨機応変に対処できるよう備えなくては。


そう身構えた、次の瞬間──。


「ぐっ……!

 うわあああぁぁぁぁっ!」


牙恩さんが突然、胸を押さえて膝をつき苦しみだした。


「が、牙恩さん!?

 一体どうしましたの!?」

「どうした、牙恩!?」

「み、みなさん……!

 “ぼく()”から……離れてください……!!

 抑え込んでいた力が……ぼく氏の中に封じ込めていた力が……目覚めようとして……ッ!

 だ、だめだ……!

 も、もう……自分でも……止められ──

 ぐわあああああああッ!!」


叫びと同時に、牙恩さんは地の精霊大剣をアスファルトへ叩きつけた。


──轟音。


アスファルトを押し割るような衝撃波が奔り、わたくしの足元まで伝わる震動が、骨の奥まで響いた。


次の瞬間──

周囲の砂と塵が爆発するように舞い上がり、まるで砂嵐に呑み込まれたかのように視界が一瞬で真っ白にかき消された。

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