第八十四話 十文字組
※今話は、国立十文字学園高等部神戸校祓い科三年、田中刹那の視線でお送りいたします。
【東京都杉並区 商店街通り】
──精霊壁が張られたここは、高円寺駅から新高円寺駅へとゆるやかに伸びる“商店街通り”。
一歩進むごとに、古くから続く個人商店の看板がぎっしりと並び、手描きの木札や色褪せた暖簾が、下町らしい息遣いをそっと伝えてくる。
とりわけ目を引くのは、軒を連ねる数多の古着屋だ。
店先のラックには、日焼けしたデニム、昭和の香りを残したワンピース、軍放出品のジャケット、主張強めの総柄シャツ……。
本来なら統一性など欠片もないラインナップのはずなのに、この街では不思議と馴染み、風に揺れるたびまるで誰かを誘うようにひらりと形を変える。
ショーウィンドウを覗けば、マネキンたちがそれぞれ異なる時代の空気を纏ったコーディネートで並び立ち、昭和から令和まで、さまざまな年代が一本の通りの中で溶け合っていた。
昭和のぬくもりを色濃く残す、どこか懐かしい商店街。
ふだんなら買い物客や学生、近所の子どもたちで賑わっている場所のはずなのに、今は驚くほど静まり返っている。
……というのも、ここにいた人々はすでに全員、避難済みだからだ。
理由は単純明快。
わたくしたちは現在進行形で──“悪霊祓い”の真っ最中なのである。
とはいえ、その“悪霊祓い”が順調かと言われれば、まったくそうではない。
今まさに、わたくしたちは──苦戦を強いられていた。
「泣かぬなら
“おら”が代わりに泣きます
ホトトギス
……うえーん!」
八戸校一年・地の精霊大剣の使い手・鈴木牙恩さんが、泣き叫びながら勢い任せに斬りかかる。
その標的は、フンコロガシ型・毒属性上級悪霊。
しかし──
──ガキィンッ!
耳をつんざく衝撃音とともに、渾身の一撃は鉄塊のような外殻に弾かれた。
火花だけが虚しく散り、牙恩さんの大剣が大きく跳ね返る。
「そ、そんな……!うわーん!
この悪霊、さっきより絶対固くなってるよー!ひっく……!」
泣き声混じりの牙恩さんの叫びに、わたくしたちは前方へ視線を戻す。
そこに立ちはだかるのは──
・フンコロガシ型・毒属性上級悪霊×1
・ザリガニ型・火属性上級悪霊×1
・カンガルー型・雷属性上級悪霊×1
合計三体。
普段なら苦戦するほどの数ではないのだが──今回は違った。
三体すべての霊気・霊圧・霊力が、さっきまでとは別物だ。
まるで段階をひとつ飛び越えたかのように跳ね上がり、肌に刺さるような圧を放っている。
そして、その原因は明白だった──。
「ふっふっふっ♪
さあ、ゆきなさい……我が僕たちよ!」
三体のさらに後方──。
つい先ほど突如として出現した“人型・樹属性上級悪霊”が、しなやかに腕を広げる。
──そう。
この超常級寄りの霊気を放つ人型悪霊が、三体の悪霊に強力なバフ霊法をかけているのだ。
見た目こそ幼い少女。
しかしその身体は、古木の幹と無数の根が絡み合って形づくられた、不気味な“擬態”にすぎなかった。
肌に見える部分はすべて乾ききった樹皮。
指先で触れれば、たやすく剥がれ落ちてしまうほど脆く、動くたびにささくれがぱらぱらと零れ落ちる。
朽ちた葉さえ風もないのに舞い散り、周囲の空気にひどい静寂を落としていた。
足元では黒ずんだ根がアスファルトへじわりと染み出すように伸び、まるで大地そのものを喰い破るかのように、暗いひびが拡がっていく。
「うえーん!
もう、君いったいなんなのー!」
牙恩さんが泣き声のまま絶叫する。
「わたくし様のことが気になって仕方ないようね、人間!
無理もないわ。だって──これほどの美しさなのだから!」
人型の悪霊は、枝と蔦で編まれた“髪”をゆるりと揺らした。
擦れ合う葉は、ひそひそと囁くような不気味に澄んだ音を奏でる。
「特別に名乗ってさしあげましょう!
わたくし様は──
かの偉大なる、霊母・病の大悪霊様に仕えし大幹部の一人、“No.捌”様直属の部下!
このわたくし様こそ──殉疫の八使徒が一人!
No.16様よっ!」
名乗りを上げたその人型悪霊──No.16は誇示するように胸を張り、優越の笑みを浮かべ、わたくしたちを見下ろすように視線を流してきた。
「……病の大悪霊?殉疫の八使徒?
……なんだそれは。刹那さん、知ってます?」
隣に立つのは、東京校二年・影の精霊双短刀の使い手──中村是隠さん。
問いかけられたが、わたくしは答えられなかった。
──身震いが、もう止められなくなっていたのだ。
「刹那さん?」
「わたくし……わたくし……!
喋る悪霊なんて──
こんな体験、初めて♡好き♡」
胸の奥が、きゅうん、と甘く跳ねた。
わたくしはNo.16さんに“初めて”を奪われ、そして──恋に落ちた。
「刹那さんっ!?」
「ま、待って待って!まず落ち着くのです、刹那……!
相手は悪霊……。
人間・好き=結婚♡
悪霊・好き=……祓う♡」
わたくしはダーリン──No.16 さんの瞳をまっすぐに見つめ──
「俗名のわからないNo.16さん。
わたくしは、あなたのことが大好きです……。だから──
祓わせていただきます♡」
愛の告白を終えたわたくしは、静かに氷の精霊両刀を構えた。
「・・・」
そのとき、なにやら是隠さんがじっとこちらを見ていることに気づく。
「どうなさいましたの、是隠さん?
わたくしの顔に、なにか付いてます?」
「あ、いえ……。
もう銀河よりも、あの悪霊の方を好きになられたのかなって……。」
「そんなことはありませんっ!
人間では、もちろん銀河さんが一番大好きですわっ♡
今すぐ一緒に役所へ行って、婚姻届を出したいほどですもの♡
ですが、悪霊は別腹です♡
今すぐあの大好きなNo.16さんを祓いたいですもの♡」
「そ、そう……ですか。
人間に関しては最初、牙恩に一目惚れしてたような気がするんですけど……。
今ではもう、完全に銀河一筋なんですね……。」
「あら?是隠さん、知りませんでしたの?」
「なにがです?」
「恋愛に関して──
男は”個別保存“、女は“上書き保存”ですのよ♡」
「は、はあ……。」
是隠さんは、なんともいえない複雑な苦笑いを浮かべていた。
「それより……牙恩がさっきからずっと泣きっぱなしですけど、大丈夫なんですかね?」
視線を向けると、牙恩さんは相変わらず涙をぽたぽた零しながら、地の精霊大剣をぶんぶん振り回していた。
もはや、泣きながら暴れるかわいい小型犬である。
「えっと……。
ダーリンからもらった“牙恩取扱説明書”によりますと……。」
わたくしは冊子をぱらぱらとめくっていく。
「あ、ありましたわ!
『一人称が「おら」のときは、“哀しみモード”!
特徴は、泣きながら戦います!』
……だそうですわ!」
「おい銀河、そのまんまの意味だぞ……。もっとまともな情報をくれ。」
「お前らなんかに、“十文字組”が負けるもんかー!
う、うえーん!!」
牙恩さんが泣き叫んだ“十文字組”──。
それは、この先一ヶ月を共に過ごすことになった、わたくしたち三人のチーム名である。
──きっかけは、いつものごとく白亜先生の突発的な発案だった。
・神戸校三年、田中刹那 (わたくし)。
・東京校二年、中村是隠さん。
・八戸校一年、 鈴木牙恩さん。
以上三名で一ヶ月──六月いっぱい、チームを組むことになったのである。
それならばと牙恩さんが、「せっかく一ヶ月も行動を一緒にするんですから、チーム名を決めましょうよ!」と言い出し、
わたくしは「なんでも大丈夫ですわ!」、是隠さんも「拙者も、なんでもいいです」と譲ったため、最終的に提案者である牙恩さんが命名権を獲得し──
チーム名は “十文字組” に決まった。
聞けば、江戸時代末期に活躍した“新選組”にちなんだ名前らしい。
──はあ……。
どうせなら、ダーリンと同じチームが良かったのに……。
心の中でそっと愛の嘆きを叫んでみても、現実が変わるわけではない。
白亜先生がおっしゃっていた──“三人行けば、必ず我が師あり”。
ならば、この一ヶ月…… 一秒たりとも無駄にはしてはいけない。
是隠さんと牙恩さんの戦い方、思考の癖、強みなど。
そのすべてを観察し、吸収し、わたくし自身の力へと変えてみせます。
もっと強く、高みへ──まだまだ足りない。
白亜先生が見せてくださった、今までの常識を塗り替えるほどの、あのとてつもない力──“大精霊モード”に、わたくしも必ず到達してみせる。
そして──ダーリンとの、平凡でラブラブな日常を、この手で必ず守り通してみせますわっ──!
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