第八十二話 銀河育成計画
【青森県八戸市 短根スケート場】
「バカやろうっ!死にてぇのかっ!!」
治療を終えたわたしと藩児くんは、第三部隊隊長・中島隊長の怒号を真正面から浴びていた。
音の衝撃に肩が跳ねる。思わず背筋を伸ばして、わたしたちは揃って深々と頭を下げた。
『す、すみませんでしたぁ……!』
「……あ、あの──。」
おそるおそる銀河くんが口を開こうとした、その瞬間──。
「お前もだっ!
一体どこに消えてたんだ、このバカやろうっ!!」
「ひっ……!
す、すみませんでしたぁ……!」
説教の矛先は、見事な滑らかさでわたしたちから銀河くんへ乗り換わる。
銀河くんも正座させられ、両膝を震わせながら視線を床に貼りつけていた。
──それから、しばらくの間。
中島隊長は「報告・連絡・相談の重要性」について、わたしたちにみっちりと説き続けた。
怒鳴り声があまりに響き渡るものだから、崩れたスケート場の瓦礫さえ震えているように感じた。
やがて──怒号はふっと和らぐ。
「……だが、良かった。三人とも無事で。」
そう言うと隊長は大きく息を吐き、険しかった眉をゆっくりと緩めた。
「いいか?俺たちは仲間なんだ。協力し合ってこその仲間なんだ。
お前たちは一人じゃない。みんながいる。
だから、一人で背負い込まず、頼れるときはためらわず、ちゃんと頼れ……。わかったか!?」
『は、はいっ!わかりました!』
反射的に背筋を正し、畳にめり込みそうな勢いで全員が揃って土下座する。
──こうして、ようやく中島隊長の長い説教は幕を閉じた。
八戸の冷たい風が瓦礫の隙間をすり抜けていくなか、わたしたちは互いに目を合わせて小さく笑い、今回の戦闘で破壊された建物の修復作業に取りかかった。
「──ありがとね、銀河くん。助けてくれて。」
「ほんと、もう死ぬかと思ったよ!ありがとな!」
「い、いえ……。僕のほうこそ、ありがとうございました。」
わたしと藩児くんが声を揃えて礼を言うと、銀河くんは気恥ずかしそうに俯いた。
けれど、すぐにぎゅっと唇を結び、決意するように顔を上げる。
「二人のおかげで、僕……理由ができました。
頑張る理由が、戦う理由が。
それになにより……大切なことに気づけたんです。」
「大切なこと?」
「はい。」
銀河くんは胸の前で拳を握りしめ、静かに言葉を紡ぐ。
「自分のためじゃなくて、大事な人を守るために戦おうと思ったら……不思議と、怖くなくなったんです。
むしろ勇気が湧いてきました。
それに、たとえその先に“死”があったとしても……不思議と、悪い気がしないなって──。」
わたしと藩児くんは思わず顔を見合わせ、にっこりと微笑み合った。
銀河くんはそのまま拳を握りしめ、真っすぐ前を見据えた瞳に力を宿す。
「僕、もっと強くなりたいです!
白亜先生のような祓い士に──。
みなさんの“平和の象徴”でいられるような、立派な祓い士に──。」
その瞳には確かな決意が宿っていた。
「そっか……。
なら、わたしたちも協力するよ!!」
「おいらもおいらも!」
藩児くんも元気よく手を挙げる。
「じゃあ、早速始めよう!!」
「えっ、い、今からですか……!?」
銀河くんは目を丸くした。
「そうだよ!善は急げって言うでしょ?
今からでも、変えられるところは変えていこう!……というわけで。
名付けて──“銀河育成計画”〜〜!!」
『いえーーい!♪』『いやっほーーい!♪』
精霊科のみんなが一斉に歓声を上げ、銀河くんを中心に輪が広がる。
その光景は、冬空の下でほのかに灯った小さな焚き火のように温かかった。
「ぎ、銀河育成計画……!?
な、なんですかそれ……?」
銀河くんが困惑して目をぱちぱちさせる。
「んじゃあ、まずは──その一人称を変えるところだね!」
「……一人称?」
「そう、一人称!
これから自分のことを“ぼく”じゃなくて、“おれ”って言いなさい!」
「えっ……?なんで……?」
「”ぼく“なんて、弱っちくてだめよ。
男ならもっと堂々と!自信に満ちてないと!!」
「“おれ”って……。
なんだかイキってるみたいで嫌ですよ……。」
「そんなことないよ!
むしろ男らしくて、頼りがいがありそうで、なにより強そうじゃない!
白亜先生みたいになりたいんでしょ!?」
「あっ……。
そ、そういえば白亜先生も、一人称“俺”でしたね……。」
「でしょ!?じゃあさっそく──
リピートアフターミー!“おれ”!」
「お、おれ……。」
「もっと大きい声で!はっきりと!」
「おれ……!」
「もじもじしない!背筋をピンと張って!胸板はって!!」
「おれ!!」
「そう!それだよ!それ!」
わたしが満足げに頷くと、銀河くんは照れたように笑った。
すると、周囲から自然と声があがる。
「いいぞ銀河!!」「今のめっちゃかっこよかったぞ!」「ほらほら、もっと言ってみろー!!」
一斉に盛り上がる精霊科の面々。
銀河くんは照れ笑いしながらも、まんざらでもない様子で背筋を伸ばしていた。
「じゃあ、次!
召喚する時の掛け声も変えるよ!」
わたしがぴしっと指を立てると、銀河くんは反射的に背筋を伸ばした。
「聞いてたけど……なによ、『出でよ!!』って。
センスなさすぎ!」
「ひ、ひどい……。」
銀河くんは肩をガックリ落とし、床に影が落ちるほどしょんぼりする。
「じゃあ……どうすればいいんですか?」
「そうねぇ……。
ここももっと男らしく──『来い!!』なんてどう?」
「こ、『来い!!』ですか!?
大精霊様に対して、そんな命令口調なんかできませんよ……!」
「なーーに言ってんのよ!!」
わたしは勢いよく身を乗り出す。
「大精霊だろうと、なんだろうと!
男なら、それくらい足に使う度胸と度量を持たないとダメなの!!」
「えぇ〜〜……。」
銀河くんは眉を思い切りへの字に曲げ、これ以上ないほど渋い顔をする。
その“露骨に嫌そうな顔”があまりにも面白かったのか、周りの精霊科の面々がクスクスと笑い出した。
「ちなみにさ、白亜先生はなんて言って麒光麟様を召喚してたの?」
わたしが尋ねると、銀河くんは少し記憶をたどるように目線を上へ向けた。
「白亜先生ですか?
たしか……『ON YOUR MARK』って……。」
「“ON YOUR MARK”……。
意味は“用意”で、陸上競技のスタートの合図に使われるやつね。
……うん!さすが白亜先生!かっこよすぎ!」
わたしは感心しきりに頷いたあと、ぱっと銀河くんへ向き直った。
「よし、じゃあ変更!
銀河くんは──『COME ON!!』にしよう!」
「えぇー!?」
「なによ!?文句あんの?」
「あっ、いえ……その……。ぼ、僕、英語はちょっと……。」
「なんで!?かっこいいじゃない!!」
「僕には似合わない気が……」
「“僕”じゃなくて“おれ”!
それに、何事もやってみないと分からないでしょ!
はい、試しに一回言ってみなさい!」
「は、はい……。」
銀河くんはしょんぼり肩を落とし、意を決して声をあげる。
「か、かもん!!朱炎雀!!」
「全然違う!!
『COME ON!!朱炎雀!!』」
「カ、カモン!!朱炎雀!!」
「もっと発音良く!もう一回!」
「COME ON!!朱炎雀!!」
「……うん、ごめん。
銀河くんに英語は似合ってないや。
やっぱり『来い!!』でいこう。」
「あっ、はい……。わかりました……。」
銀河くんは完全に力の抜けた顔で、項垂れながら返事をした。
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【一年前・秋 (謙一郎・樹々吏:高二/銀河:高一)
青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 一階 食堂】
「……そんなことが。」
謙一郎くんの目に涙が溜まり、ぽろぽろと頬を伝う。
その涙は静かで、まっすぐで、言葉よりも雄弁だった。
「その日からの銀河くんはね──泣き虫は相変わらずだったけど、それでも勇気を持って悪霊に挑んでいったの。
怖がりながらも、ちゃんと戦いに行ってた。
まるで……“孤独より怖いものなんてない”って、必死に訴えているみたいで。
わたしたちは、そんな銀河くんを後ろから……影から、ずっと支えてきたんだ。」
藩児くんがしみじみうなずく。
「だけど、オレはあいつの泣いてるとこなんて、一回も見たことないぞ?」
「きっと無理してるんだよ。
“祓い士の先輩として、後輩には情けない姿を見せられない!”……みたいなさ。
でも……あの場所に行くと、今でも泣いてるんだよ?」
「お墓……か。」
「そう……。」
わたしたちは一瞬、言葉を失った。
胸の奥がじんわりと熱く、締めつけられるように痛む。
その時──。
「あっ!やっと見つけた!」
弾んだ声が遠くから響き、銀河くんがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「……あの子はね、わたしたちにとっては“かわいい弟”みたいな存在なの。だから──
いい!?あなたたち!
銀河くんに変なこと教えたらダメなんだからね!えっちなこととか!」
「お、教えるかっ!!」
「な、なんでオレも入ってるんだよっ!」
わたしはジト目で謙一郎くんを見つめる。
「ちゃんと知ってるんだよ?
謙一郎くん……いつもわたしたちのおしりを、いやらしい目で見てるって。」
「みみみみ見てねえわっ!!」
謙一郎くんは滝のような汗を噴き出し、耳まで真っ赤になって両手をぶんぶん振り回す。
藩児くんは肩を震わせて笑いをこらえ、銀河くんは「みなさん、何の話をされてるんですか?」と平凡顔。
先ほどまでのしんみりとした空気が嘘のように、食堂に賑やかなざわめきが戻りかけていた──まさにその時だった。
「──ビーッ!ビーッ!」
突如、校内に響き渡る鋭い警報音。
その直後、スピーカーから緊迫した声が飛び込んでくる。
『精霊省から各局。
八戸市沼四丁目地内、ピアドゥイットにて、上級悪霊を確認!
八戸校祓い科および精霊科は、直ちに現場へ臨場されたし。
──繰り返す。
八戸市沼四丁目地内、ピアドゥイットにて──。』
食堂の空気が一瞬で張りつめた。
「行くよ!みんな!」
「お、おうっ!」
「はいっ!」
「よしきたっ!」
椅子が弾けるように引かれ、わたしたちは一斉に駆け出す。
ついさっきまでの賑やかな笑い声は、どこにもない。誰もが真剣な顔つきに戻っていた。
──こうして今日も、わたしたちは悪霊祓いへと出動する。
火の精霊刀の使い手・佐藤銀河くん。
そして今回が、初めての上級悪霊との実戦となる──
風の精霊手裏剣の使い手・高橋謙一郎くんを連れて。
だけど──。
このあと、あんな出来事が起こるなんて──。
この時のわたしたちは、まだ知る由もなかった。
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