表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/104

第八十話 サンドイッチ戦法


【青森県八戸市 短根(たんね)スケート場】


「ふぅ……、ふぅ……。」


吐き出した息が白く揺らめき、瞬く間に凍りつくように消えていく。

冷えきった空気が肺を刺し、胸の奥がきゅっと痛んだ。


八戸校から北へ歩いて五分。

楕円形の屋外スケート場──「短根(たんね)スケート場」に、わたしたちは到着した。


「行くよ、藩児くん。」

「お、おう……!」


張られた精霊壁の内側へと、わたしたちは足を踏み入れる。


──観客席はしんと静まり返り、風の音さえ凍てつくような沈黙。

そして、リンクの中央には、あの異形がいた。


──闘牛型・風属性上級悪霊。


その身体は渦巻く風で形づくられ、輪郭さえ定まらない。

だが、ひときわ鋭く光を放つ角だけは、鋼のように確かな存在感を放っていた。

ひと突きであらゆるものを貫きそうな刃先。

氷を踏み砕くように地を鳴らす四肢。

まるで「狙った獲物は逃さない」と言い聞かせるように、静かに力を溜めている。


その姿を目にした瞬間、背筋が凍りついた。


まとわりつく霊気。体の芯まで貫く霊圧。そして──圧倒的な霊力。


この一年間、何度も上級悪霊と対峙してきた。

それでもこの感覚だけは、どうしても慣れない。


「くそっ……!止まれよ、震え!!」


藩児くんが、ガンガンと自分の膝を叩く。

その音に合わせるように、わたしの手足も小刻みに震えていた。


そして、すぐに悟る。


──無理だ。あれと戦えば、間違いなく死ぬ。


中級悪霊でさえ、命を削ってようやく拮抗できるというのが現状なのに。

あの上級相手に、勝ち目なんてあるはずがない。


──ジリッ。


逃げようと一歩、後ろに下がったその瞬間だった──。


『ぐすっ……!ぐすっ……!』


銀河くんの泣き顔が、脳裏に鮮やかに蘇った。

あの墓地で流していた涙が、今も焼きついて離れない。


──そうだ。何のためにここへ来たの、樹々吏。

銀河くんのために戦うって、誓ったばかりでしょ!


この上級悪霊を祓うことができれば、銀河くんは戦わずに済む。


だから──わたしがやらなきゃ!


「ど、どうする、樹々吏!?」


藩児くんの手の中で、「スリングショット型増霊器(ブースター)」がカタカタと震えている。

わたしも思わず、自分の手元を見つめた。

握りしめた「杖型増霊器」が、同じように細かく震えていた。


「わたしがメインで、藩児くんはサポートお願い。

 まずは、あいつの気を引いてくれる?

 十分に距離が取れたら、わたしはすぐ上級霊法の詠唱に入る。

 精霊の霊気に気づかれて、すぐこっちに向かってくると思うけど、距離を保てば発動は間に合うはず。

 わたしが攻撃を始めたら、すぐに藩児くんも詠唱して、二人で一気に畳みかけよう!」

「サンドイッチ戦法ってわけだな……。わかった!」


藩児くんは短くうなずくと、わたしのいる位置から反対側の観客席へ駆け出した。


「おーい!悪霊!こっちだーー!!」


その叫び声に、悪霊が反応する。

巨体を揺らし、雄叫びを上げながら藩児くんの方へ突進し始めた。


──おびき寄せ成功。


距離がどんどん離れていく。

リンクの中央部から端へ。もう少し、あと少し……!

あと10メートル離れてくれれば、詠唱が間に合う──!


──その瞬間だった。


悪霊が、無詠唱で霊法を発動。

四肢に風の円形霊法陣が展開され、轟音とともに突風が吹き荒れる。


次の刹那──突風が巨体を押し出した。

空気が裂け、信じられない速度で、悪霊は藩児くんのいる観客席へ突進する。


「そ、そんな……!?あんな巨体で、なんて速さっ!?

 危ない、藩児くん!!避けて!!」

「ぐわぁぁぁぁっ!!」

「藩児くん!!」


鈍い衝撃音が響く。

悪霊の突進が藩児くんを正面から捕らえ、鋭い角がその身体を貫く。

次の瞬間、悪霊はその角を勢いよく後方へ突き上げた。


藩児くんの身体が宙に舞う。

観客席から弧を描くように、氷のリンクへと投げ出され──

無惨な音を立てて、氷上に叩きつけられた。


「そ、そんな……!?藩児くん!!」


藩児くんの身体を中心に──赤い血が静かに氷上へ広がっていく。

氷の上で反射した血が、冷たい光を帯びて煌めいた。


藩児くんは、陸に打ち上げられた金魚のように、ビクッ、ビクッと痙攣している。

もう、息も絶え絶えの様子だ。


悪霊はその様子を観客席から見下ろしながら、再び角を下げた。

容赦なく、もう一度、突進の構えを取る──。


──だめだ!

この距離じゃ、上級霊法は間に合わない!

どうする……!?中級に切り替えるか……?


……いや、ダメ。

あの悪霊に中級なんて通用しない。

やはりここは──。


もう、やるしかない!

このままだと藩児くんが死んじゃうっ!


わたしは息を呑み、杖型増霊器を構えた。

一か八かの覚悟で、上級霊法の詠唱を始める。


「精霊よ 我が霊力を糧とし 今ここに大いなる力 火の力を与え賜え──!」

「──ッ!?」


詠唱を終え、多数の火の精霊を召喚した瞬間──やはり悪霊が反応した。精霊の霊気を感知したのだ。

巨体をねじるように方向転換し、轟音を巻き上げながらこちらへ突進してくる。


わたしの周囲に浮かんでいた無数の火の精霊たちが、赤く帯びた光となってわたしの体内へと流れ込んだ。


──その時、すでに悪霊はリンク中央まで到達していた。


──ほどなくして、わたしの足元に赤い火の円形霊法陣が展開される。

霊法発動可能の合図。

わたしは即座に、霊法を杖型増霊器に込めた。


悪霊は、もう目の前まで迫っていた──。


その瞬間、杖型増霊器が赤く輝く。


──間に合った!


わたしは即座に杖の先端を悪霊へと向け──叫ぶ!


「くらえっ──ファイア・キャノン!!」


轟々と燃え盛る、巨大な火の大砲を放つ!


──ドッカアアアアンッ!!


直撃。

爆炎が弾け、烈風が吹き荒れる。

悪霊の巨体が、灼熱の衝撃に包まれながらリンクまで吹き飛んだ。


「やった……!」


立ちのぼる黒煙をかき分け、わたしは駆け出した。

倒れた藩児くんのもとへ一直線に──。


「藩児くんっ!藩児くんっ!」


膝をつき、震える手で触診する。

冷たい。けれど──。


──脈がある!よかった……!


死んではいない。けれど、重傷だ。

早く治療しないと──。


「き、樹々吏……。」

「やったよ!上級悪霊を倒したんだ!

 もう大丈夫!今すぐに治療を──。」

「う……後ろ……。」

「え……?」


その言葉と同時に、背後の空気が裂けた。


──悪霊が、立ち上がっていた。


「そ、そんな……!」


黒煙の中に浮かぶ巨体。

体の一部は焼け爛れ、中心の悪霊玉が露出している。

だが、その表面には──細いひびが一本、走っているだけだった。


「上級霊法を、まともに食らったはずなのに……!?」


悪霊が低く唸り、黒煙を吹き飛ばす。

鋭く光る角を前へ突き出し、再び突進してきた。


「きゃああああああっ!!」


衝撃。

世界が一瞬、真っ赤に染まる。


──悪霊の角が、わたしの腹に突き刺さっていた。


「がっ……!はっ……!」


焼けるような熱が腹の奥を貫き、視界がぐにゃりと歪む。

息が詰まり、喉から掠れた音しか出ない。


「樹々吏……!」


悪霊はその角を勢いよく振り上げた。

わたしの身体は宙を舞い、藩児くんと同じように弧を描くように投げ出され──

無惨な音を立てて、氷上に叩きつけられた。


「ぐはっ……!」


──血が。

自分の血が、氷の上を滑って広がっていく。

赤が白を侵食し、リンクスケート場を赤く染めていった。


体が動かない。

指一本、動かすことすらできない。


その間にも、悪霊は再び体勢を低くし──とどめを刺そうとしていた。


──やっぱり、わたしじゃ無理だったか……。


「はぁ……はぁ……。

 ごめんね、藩児くん。わたしのわがままに付き合わせちゃって……。」

「いいよ、別に……。はぁ……はぁ……。

 仲間のために死ねるなら、それで……。」

「……ありがとう。」


──わたしの人生も、ここまでか。


本音を言えば、まだ死にたくない。

小説家になる夢だって、叶えていない。書きたい物語が、山ほどあった。

これからだったのに──。


でも……かわいい弟のために死ねるなら──ま、いっか。


──ごめんね、銀河くん。


君はいつも一人だったね。

そんな君を見ているだけで、胸が苦しかった。

だから、君が孤独を感じないように、これもずっとそばにいて、君の成長を見守りたかった。


だけど、もう──。


「ほんとに……ごめんね……。」


死ぬ覚悟を決めて、静かに目を閉じた──その時だった。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


──ガンッ!

──ドカァアアアアンッ!!


鈍い衝撃音が響き、何かが砕け散るような音が続いた。

氷のリンク全体が震え、粉雪のような氷片が宙に舞う。


重い瞼を、どうにかこじ開ける。

そこには──リンク端まで吹き飛ばされ、氷上に崩れ落ちる悪霊の巨体。

そして、わたしたちの目の前に立っていたのは──小さな背中の少年だった。


少年は、わたしたちにその小さな背を向けたまま、黙って悪霊を見据えている。


すると、月光が差し込み、氷の上にその輪郭を静かに浮かび上がらせる。


その少年の正体は──銀河くんだった。

プロフィール追加

名前:杉本 樹々吏

武器:杖型増霊器


名前:久保田 藩児

武器:スリングショット型増霊器

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ