第七十八話 泣き虫銀河
【注意!!】
※今話は、国立十文字学園高等部八戸校精霊科三年、杉本樹々吏の視線でお送りいたします。
【二年前 三月上旬 (謙一郎・樹々吏:高一/銀河:中三)
青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 体育館】
「はーい!みんなー、注目ー!!」
白亜先生の明るい声が、広々とした体育館に響き渡った。
「今日から祓い科に所属する、佐藤銀河くんだ!
みんな、仲良くしてあげてくれー!」
元気いっぱいの紹介に続いて、先生はマイクを銀河くんへ手渡した。
「さ、佐藤銀河……です……。よ、よろしくお願いします……。」
銀河くんはマイクをぎゅっと握りしめ、もじもじと頭を下げた。
声は震え、視線は定まらず、落ち着かない瞳がキョロキョロと揺れている。
めちゃくちゃ緊張しているのが、痛いほど伝わってきた。
──けれど。
「・・・」
わたしたち高精の生徒たちは、誰ひとりとして声を発さなかった。
無反応。いや、“反応できなかった”と表現する方が正しいのかもしれない。
それも、無理はなかった。
──つい先日、蕪島で起きた“あの事件”。
ここの精霊科には、通信司令室の10人と、三部隊に分かれた精霊科部隊90人。
合わせて100人の生徒が在籍していたのだが──その内、蕪島の応援派遣に向かった第一部隊30名が、全員帰らぬ人となった。
そこには、中等部からの知り合いも、高等部からの同期も、そして、とてもお世話になった先輩たちもいた。
亡くなったのは高精の生徒たちだけではない。
蕪島周辺の住民、高精の先生方、精霊省の関係者。
そして──わたしにもよくしてくれた、祓い科の二人。
地の精霊大剣の使い手、高橋心ニさん。
火の精霊刀の使い手、佐藤金翔さん。
あの現場に向かった者の中で、生きて戻った者は──ひとりもいなかった。
蕪島はもともと、“恐ろしい超常級悪霊”が封印されていると伝えられ、常に“精霊壁”に囲まれた島だった。
後日、精霊省の報告によると──その日、突如として精霊壁が破壊され、封印されていた悪霊が解き放たれたという。
そして、その悪霊を命と引き換えに祓ったのが、高橋心ニさん。
蕪島周辺が“完全消失”するほどの、激戦だったらしい。
その報道が世に流れると、心ニさんは命を懸けて日本を救った“蕪島の英雄”として称えられた。
──けれど、わたしたちにとってそれは、ただ、大切な人たちを奪われた痛みの象徴でしかなかった。
よくしてくれた先生方。憧れていた先輩たち。頼もしい祓い士の人たち。
そのすべてを奪い去った「蕪島事件」。
あの日、非番や公休など関係なく、八戸校の全員に出動命令が下された。
わたしも慌てて支度を整え、車に飛び乗った。
けれど──
向かう途中、遠くの空に真っ赤な炎が立ち上るのが見えた。
そして次の瞬間──轟音とともに、巨大な大爆発が起きた。
あの一瞬で、みんなの命を奪い去った、あの大爆発を──いまも忘れられない。
──それからまだ、たったの三日。
わたしたちの心の傷は、まったく癒えていない。
心の整理など──当然、ついているはずもなかった。
「まっ、仕方ないか……。」
白亜先生が、気まずそうに頭をポリポリとかいた。
その隣で、銀河くんも同じようにうつむき、居心地悪そうに立っている。
──実は、銀河くんを見るのはこれが初めてじゃない。
彼と妹の銅蘭ちゃんには、寮の中で何度か顔を合わせたことがあった。
といっても、挨拶を交わす程度で、ちゃんと話したことはなかったけれど。
最初に見かけたときは、正直びっくりした。
「十文字学園の学生しか住めない寮に、どうしてあの子たちがいるの?」と。
あとで先輩から聞いた話では、どうやら彼らには両親がいないうえに、親戚もいないらしい。
だから本来なら、児童養護施設に送られるはずの銀河くんと銅蘭ちゃんを、金翔さんが学園に直談判して引き取ったのだという。
朝になると、制服姿でスクールバッグを背負った金翔さんと銀河くん。
そして、白いワンピースに赤いランドセルを背負った銅蘭ちゃん。
三人並んで登校する姿を、よく見かけた。
仲睦まじい兄妹のようで、見ているだけで心が温かくなったのを、今でもはっきりと覚えている。
心ニさんもそうだったけれど、金翔さんも本当にいい人だった。
性格は明朗快活、成績優秀でスポーツ万能。
がっしりとした体格で、まさに“戦う男”という言葉がぴったりの人だった。
──これぞ精霊刀剣の使い手!選ばれるべくして選ばれた人!
わたしたちとは違う、別次元の存在!……って感じの人だったのに……。
目の前にいる銀河くんは、その兄とはまるで違っていた。
どこからどう見ても、普通の中学生だ。
背はわたしより少し低く、160センチあるかないか。
体つきは細く、顔立ちはまん丸で、あどけない。まるで◯ンパンマン。
あと一ヶ月もすれば高校生になるとはいえ、今はまだ正式には、卒業式も終えていない中学生。
あんなことがあったばかりで、本来なら中学生どころか大人でさえ、まだこんな場所に立てる精神状態ではないはずだ。
けれど、白亜先生の話によると──銀河くんは記憶を失ってしまったという。
あんなに仲の良かった兄妹だったのに、二人のことさえ覚えていないらしい。
──そんな子が、本当に上級悪霊と戦えるの?
いや、それ以前に……。
──どうしてこんな子を、火の大精霊様は選んだのだろう?
家族を失い、記憶まで失ってしまったばかりの、こんな小さな子を……。
意図せず、知らぬ間に「火の精霊刀の使い手」となってしまった少年──。
──本当に、こんな子が戦えるのか。
その疑念を拭えないまま、みんなが不安を抱えていた。
──そして、その一週間後。
早くも上級悪霊が出現し、現場への臨場命令が下されたのだ。
─────────────────────────────────────
【青森県八戸市 某森林 精霊壁外】
「はいっ!
じゃあ、今日から君の新人教育を担当する、夜太刀白亜です♡
よろしくね♡キャピキャピ♡」
「よ、よろしくお願いします……。」
銀河くんは涙目で、肩を小刻みに震わせていた。
その様子から、不安と緊張が手に取るように伝わってくる。
見ているこっちまで胸が締めつけられた。
「そんなに心配しなくても大丈夫!
初日からいきなり戦わせたりなんてしないから!」
白亜先生は、いつもの調子でニカッと笑う。
「今日は俺が戦っているところを遠くで見学してくれればOKだよ!
『へええ、悪霊との戦いってこんな感じなんだあ』ってイメージを持ってもらえれば十分だから!」
──ほっ……。
そっか、白亜先生が戦うのか。それなら大丈夫だ。
さっきまでの心配が、一転して安堵へと変わった。
「わ、わかりました。」
「よし!
それじゃあ早速、悪霊探しにぃぃぃぃ!
しゅっぱぁぁぁぁっつ!♪」
「・・・」
「こう言う時は『オーーーー!!』って言うんだよ!
ビバ!!青春!!」
「オ、オーーーー……!」
渋々ながら拳を突き上げる銀河くん。
二人はそのまま、精霊壁の中へと足を踏み入れた。
──大丈夫かな、銀河くん……。
きっと上級悪霊……いや、悪霊そのものを見るのも、これが初めてだよね。
上級悪霊……ほんと、怖いんだよなぁ……。
白亜先生の話によると、銀河くんが霊力に目覚めたのと、火の精霊刀の使い手に選ばれたのは同じ日──あの、蕪島事件の日だったという。
わたしが霊力に目覚めたのは中一の春。
今となっては悪霊にも見慣れたけれど、初めて見たときのことは、今でも忘れられない。
人間離れした見た目。人間離れした怪力。人間離れした能力──。
まさに化け物、怪物、妖怪、悪魔。どの表現が当てはまるのか、自分でもわからない。
けれど一つだけ確かなのは──それが“この世のものではない”ということだった。
──でも、銀河くんなら……大丈夫だよね?
だって、なんだかんだ言っても、大精霊様に選ばれるほどの人なんだし。
きっと、わたしなんかとは違う。
不思議な力を持った、特別な人のはずなんだから──。
──しばらくすると、悪霊の霊気が完全に消えたので、わたしたちは精霊壁を解除。
諸々の確認のため、森の中へと足を踏み入れる。
しんと静まり返った森の奥。
そこにいたのは──体育座りで泣きじゃくる銀河くんと、それを慰める白亜先生だった。
「な、なんなんですか……!?あの化け物は……!?あれが悪霊……!?
ぼ、僕はこれから、あんなのと戦っていかないといけないんですか!?」
「そうだ。」
先生は静かに、だがはっきりと答えた。
「病院でも話したが、これから君は、悪霊を祓う“祓い士”としての道を歩むことになる。
精霊刀剣──火の精霊刀の使い手として選ばれた以上、それは逃れられない使命だ。」
「し、使命……。」
「お前が守っていかないといけないんだ。ここの人たちを。そして、この街を。」
「……ぼ、僕が……。」
涙をこぼしながら、銀河くんはガタガタと震えていた。
目は大きく見開かれ、呼吸は浅く速い。
その小さな身体から、恐怖と不安がはっきりと伝わってきた。
─────────────────────────────────────
【青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校】
──それからしばらくのあいだ。
多忙な日々の中でも、白亜先生は銀河くんにつきっきりだった。
校庭での基礎訓練。食堂での食事トレーニング。教室での座学。
白亜先生の時間が許す限り、どこへ行くにも銀河くんと一緒だった。
あの、いつも明るくおちゃらけた先生が、このときばかりはまるで別人のようで。
冗談ひとつ言わず、厳しく、そして容赦がなかった。
──それでも、みんな知っていた。
その厳しさの奥に“優しさ”があることを。
この過酷な世界で生き抜かせるために先生は、心を鬼にして銀河くんを鍛えていたのだ。と。
その思いとは裏腹に──銀河くんはよく泣いていた。
訓練で失敗しては泣き、食事トレーニングで失敗しては泣きながら嘔吐し、テストで0点を出しまくっては泣き……。
やがて、高精からつけられたあだ名が──“泣き虫銀河”。
当初、銀河くんを否定する声は多かった。
──まだ中学生とはいえ、精霊刀剣の使い手のくせして情けない。
──朱炎雀様は、なぜあんな泣き虫を選んだんだ?
──金翔さんは、あんなに立派だったのに……。
──あの様子じゃ、すぐに死ぬだろう。祓い士が一人もいなくなったら、ここは一体どうなるんだ?
そんな声が、あちこちから聞こえていた。
けれど、銀河くんの姿を見ているうちに──みんなの気持ちは少しずつ変わっていった。
失敗しても、泣きながら立ち上がる。
叱られても、涙をぬぐって立ち向かう。
泥にまみれ、地を這い、泥水をすすろうとも──それでも、また立ち上がる。
何度でも、何度でも。
そんな姿が、次第にわたしたちの心を動かしていった。
そして、ようやく気づいたのだ。
── 祓い士も、わたしたちと同じ。
ただの人間なんだ、ということに。
いつしか、みんなの中で銀河くんは“泣き虫”ではなく、“守ってあげたくなる弟”のような存在になっていた。
それからというもの──
白亜先生が会議に出ている間や、事務処理で席を外しているときは、精霊科のみんなで銀河くんの面倒を見ていた。
一緒に授業を受け、一緒に勉強し、一緒にご飯を食べる。
彼が孤独を感じないように──。
まだ、頑張る意味も、戦う意味も見つけられない少年が、その意味を見いだせるようになるまでに──。
わたしたちは、できるだけ笑顔でいた。
──大丈夫。
最強の祓い士が直々に指導しているのだから、きっとすぐに一人前の祓い士になるはず。
──もしもの時は、白亜先生がいるから大丈夫。
みんな、そう信じていた。どこかで安心していたのだ。
しかし──その日は、あまりにも早く訪れた。
──三月下旬。
春の兆しが見え始め、一週間後には新学期を迎える──そんな頃。
神戸で、超常級悪霊が発生したのだ。
当然、白亜先生は現場へ臨場。
そしてその間、八戸校に残っている祓い士は──銀河くん、ただ一人。
──お願い!どうか、上級悪霊なんて出ませんように!
誰も口には出さなかったけれど、全員が心の底からそう祈っていた。
だが── 現実は、あまりにも残酷だった。
──その夜。
八戸市で、上級悪霊が発生したのだ──。
※用語解説
・三大校舎:八戸校・神戸校・東京校の三校舎。
各校舎の所属人数は100人ずつで、内訳は下記となっている。
・通信司令室:計10名。トップは「室長」。三交代制(当番・非番・公休)で24時間稼働。(現場をよく知っている)三年生のみで構成されている。
・精霊科部隊:計90名。全三部隊/各30名ほど。各部隊のトップとして「隊長」が存在し、現場指揮を執る。同じく三交代制。一年生から三年生の混合部隊(各10名ほど)。
そして、全三部隊を束ねるのが「総隊長」。部隊間の調整・指令・判断などを一任される。
現在の八戸校の総隊長は杉本樹々吏。神戸校の総隊長は桜井助助。東京校の総隊長は飯田詩音である。




