第五話 樹の精霊双刀
※用語解説
・祓い科:国立十文字学園は、中等部と高等部に分かれており、高等部には二つの専門家が設けられている。
その一つが「祓い科」であり、これは精霊刀剣の使い手のみが入れる特別な科である。
上級以上の悪霊祓いを専門としており、高度な戦闘技術が求められる。
全国に設置されている十文字学園の中でも、祓い科が設置されているのは、八戸校・神戸校・東京校の三校のみである。
・精霊科:もう一つの専門家である「精霊科」は、霊法を用いて、祓い科の任務を補助・支援する役割を担っている。
また、中級以下の悪霊祓いも担当するが、現場に上級以上がいる場合は、祓い科の補助・支援に徹する形となる。
【現代 兵庫県神戸市 国立十文字学園高等部神戸校 図書室】
「えっ!?本当に!?」
「ほんとほんと!
この前、祓い科の刹那さんが、小学生の男の子と二人で歩いてたんだって!」
「それって弟とかなんじゃないの〜?」
「違うってば!
だって、刹那さんの目が♡マークになってたもの!」
ウチの近くに座っている精霊科の女子生徒二人が、刹那さんの話題で盛り上がっている。
……うるさい。
ここ、図書室なんだけど。静かにする場所でしょ?
まったく!せっかく楽しみにしてたこの『人は好かれ方が九割』って本を読んでるのに、全然集中できないじゃない……!
……べ、別に人から好かれたいから読んでいるわけでもないけど……そ、そう!
ただ、このインパクトのあるタイトルに惹かれただけだもん!
「でさ〜、その小学生がさ〜」
「うんうん!」
……ダメだ。本の内容がまったく頭に入ってこない。
ここはひとつ、ビシッと注意してやらないと──
ガタッ!
ウチは勢いよく椅子から立ち上がった。
「ん?」
女子生徒たちの視線がこっちに集まる。
ぴたりと黙って、じーっとウチを見ている。
「・・・」
うう、視線が痛い……!顔が熱くなってきた。
やっぱり恥ずかしくて無理。
そそくさと座り直して、無理やり本の続きを読み出す。
この、読書をしているウチの名前は伊藤天嶺叉。
国立十文字学園高等部“神戸校”祓い科の一年生。
読書が趣味で、暇さえあればこの図書室に入り浸っている。
さすが国立校だけあって、蔵書の量もジャンルも豊富。
ウチのお気に入りの空間だ。
「はぁ……」
……でも今日は、もう無理か。仕方ない、続きは寮で読もう。
そう思って立ち上がろうとした、その時。
ブルブルブルブル──
机の上のスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前は、精霊科三年の助助さんだった。
ウチは慌てて図書室を出て、電話に出る。
「は、はい……伊藤です」
「桜井だ
悪霊が出た、すぐに来てくれ
場所は“神戸貯水池”だ
集合場所は東側の“亀の子広場”で頼む」
「わ、わかりました……すぐに向かいます……」
通話が切れる。
「ふぅ〜〜……」
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
……どうして助助さんって、いつも電話で連絡してくるのかな。
人見知りのウチにとっては、メールかチャットの方が、気持ち的に楽で助かるのに……
でもあれか。
そういえば、この前メールの内容がこれで大丈夫かどうかいろいろ考え過ぎて、何度も修正してたらあっという間に一時間が過ぎちゃって、
「返信が遅い!」
って、結局電話かかってきて怒られたんだったっけ……
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【神戸貯水池・東側 亀の子広場】
集合場所に着いた頃には、辺りはすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「天嶺叉!こっちだ!」
助助さんの声は遠くからでもよく通る。
というか、大きすぎる。しかも低くて太いから、胸にズシンとくる。
正直、聞くだけで心臓が縮こまる……
身長185センチ、ガッチリした筋肉質の体型。
その見た目どおり、声も迫力満点で、正直、ウチはちょっと……苦手。
「よ、よろしくお願いします……」
「ああ、早速現状報告だが──」
出た。“早速現状報告“。
助助さんは“要件人間”として有名で、要件のあるときしか連絡してこない。
プライベートでも、要件がなければ一切音沙汰なし。
もちろん今だって、雑談なんてあるはずがなく、いきなり本題から入ってくる。
「天嶺叉、聞いているか?」
「あっ、はい、ごめんなさい……えっと……
上級が一体、魚型の水属性
被害にあった人は今のところいない……ですよね?」
「ああ、そのとおりだ」
「そ、それじゃあ……行ってきます!」
ウチは逃げるように助助さんのもとから立ち去った。
……はぁ。
やっぱり苦手だ、この人の圧。
無言の圧っていうか、ピリピリした空気っていうか……なんだか、息が詰まりそうになる。
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【神戸貯水池】
神戸貯水池は、神戸駅から北西に位置する、100年以上前に作られた人工湖。
休憩施設の東屋やトイレなどが設置され、市民の憩いの場としても親しまれている。
地元民からは“神戸貯水池”よりも、ただ単に“水源地”と呼ばれることも多い。
ウチはいま、その湖の周囲を巡る“森の回遊路”という遊歩道を歩いていた。
「どこにいるんだろ……?」
そうつぶやいて立ち止まり、水面を見つめた、そのとき──
「……!?きゃっ!?」
突如、前方から水弾が飛んできた!
ウチはとっさに身をかがめて回避する。
背後で“ズバン!”という音と共に、木々がドミノ倒しのように倒れていった。
「あ、危なかった……」
水弾が飛んできた方に視線をむけると、貯水池の中央、水面の上に一体の巨大なピラニア型の悪霊がいた。
「ギシギシギシギシ……!」
その歯ぎしりの音が、貯水池全体に響き渡る。
『上級悪霊
俗名:高野剛鈍
種別:ピラニア型
属性:水』
ウチは、背中に携行していた二本の刀の鞘から、柄を引き抜く。
そして、柄を強く握りしめ、大声で叫んだ。
「お願い!!青天森!!」
その名を叫んだ瞬間——
ウチの体内から、木の葉が舞い散る。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
大地が唸るような咆哮とともに、巨大な樹木が現れる。
これぞ──
”樹の大精霊・青天森“
両手両足を持つ巨木の姿。
大地を踏みしめるたびに、足元から花が咲き、芽が吹き、生命が芽吹く。
それは畏怖を抱かせるほど雄大で、けれど、どこか穏やかであたたかい……
まさしく、自然の化身だった。
ウチが今、手に持っているのは──
“樹の精霊双刀”
柄は二本。
どちらも日本刀の柄で、黒色の鍔、柄巻きされた黒色の握り、頭の部分は精霊玉で構成されている。
青天森は、ドスドスと地響きを立てながら、ウチの持つ柄めがけて舞い降りてきた。
“精霊玉”に、青天森が吸い込まれる。
次の瞬間──
透明色だった精霊玉が、緑色に染まる。
すると、二本の柄から、太く力強い樹の幹が生えはじめる。
ググッ……と唸るように伸び、ねじれ、割れ、絡み合いながら、幹はその形を変えていく。
幹はやがて刀身のかたちを取り、まるで木刀のような質感に。
木の温もりを保ちながらも、刃先だけは鋭く仕上がっていた。
こうして、二振りの“樹の刀身”を、形作った。
今──
この刀は“真なる形”を顕現した。
“柄”だけだった未完成の刀に、大精霊の力が宿り、“樹の刀身”がここに生まれ、“樹の精霊双刀”は真価の姿を現した。
これこそが──
大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された伝説級の武器。その名も──
“精霊刀剣”。
「ギシギシギシギシ……パカッ!」
悪霊が歯ぎしりを止め、大きく口を開いた。
展開されるのは──
“水の円形型霊法陣”
「ギシッ!」
次の瞬間——
“水の円形型霊法陣” が青色に輝くと、まるでくしゃみのような勢いで、水弾を連射してきた!
「くっ……!」
ウチは、樹の精霊双刀で水弾を次々と捌いていく。
……けど、完全に防戦一方。
このままじゃまずい。
どうしよう……?
一旦退く?それともこのまま突っ込んでみる?
そうやって、またいつものように頭の中でごちゃごちゃと考えていたら──
チャポン。
悪霊が、水中へと姿を消した。
困った。さて、どうしよう……
水中はあっちのホームグラウンド。
相手のホームに、わざわざ飛び込むわけにもいかない。
「うーん……」
考えた末に、ウチは決断する。
樹の双刀身を“幹”から“根”に変換させ、貯水池に浸す。そして──
「いける……!」
池の水を、どんどん吸い上げていった。
時間とともに水位が下がっていき、ついには悪霊の背ビレが水面に露出する。
「見えた!」
樹の双刀身を“幹”へと戻し、構える。
「樹の叫び THE THIRD!!
芽樹丸!!!!」
樹の双刀身が、まるで生きているかのように伸びていき、悪霊の体を絡め取る。
ぐるぐると絞り上げるその様は、まさに“締め殺しの木”・ガジュマル。
「ギシィィィィ!!」
悪霊は絶叫し、もがくが、拘束はどんどん強くなる。
樹の双刀身は容赦なく、心臓部を中心に締めつけていく。
「パキッ…… パキッ……パキンッ!」
やがて悪霊玉が砕けると──
透けた三十代くらいの男性が現れ、ウチに微笑みかけてから、空へと昇っていき、やがて静かに消えていった。
——祓い、完了。
「良き、来世を」
キンッ!
ウチは、樹の精霊双刀を静かに鞘に収めた。
プロフィール
名前:伊藤 天嶺叉
年齢:15歳
身長:148cm
体重:秘密
職業:国立十文字学園高等部神戸校祓い科一年
武器:樹の精霊双刀
召喚精霊:樹の大精霊 青天森
性格:人見知り・引っ込み思案
好きな食べ物:そばめし
最近気になっていること:最近『人は◯◯が九割』という本のタイトルが多すぎて頭がおかしくなってきたこと。
「結局人はなにが大事なのでしょうか?」