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第七十七話 祓い士の先輩であり、人生の後輩

【注意!!】

※今話は、国立十文字学園高等部八戸校祓い科三年、高橋謙一郎の視線でお送りいたします。


【一年前・夏 (謙一郎・樹々吏:高二/銀河:高一)

 青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 一階 精霊科二年教室】


「今日から祓い科でお世話になります。高橋謙一郎です。

 よろしくお願いします。」


──仙台校の精霊科から八戸校へ。それも、祓い科に。

その初日、オレは各教室をまわって挨拶をしていた。


「おっ!君が噂の心ニさんの弟だね!

 わたしは杉本樹々吏!よろしくー!

 わからないことがあったら、なんでも聞いてね!」

「うおーっ!

 お前が心ニさんのーー!?……なんか、全然似てないな。

 まっ、いっか♪おいらは久保田藩児!よろしくなー!」

「よ、よろしくお願いします!

 早速なんですが、質問よろしいでしょうか?」


『真面目かっ!』


──パシィンッ!


いきなり二人に背中を叩かれる。


「同い年なんだし、全然タメ語で大丈夫だよ!名前も呼び捨てでオッケーだから!」

「おいらもおいらもー!」

「……ありがとう。」


二人は同時に、にこっと笑った。


「んで、なにを聞きたいの?」

「佐藤銀河先輩がどこにいるかわかるか?

 挨拶しようと思って、校舎中探したんだが……どこにも見当たらなくてな。」

「銀河くん?……ああ。

 この時間帯に校舎にいないってことは……。」

「まだ、”あそこ“だろうな……。」

「あそこ?」


─────────────────────────────────────


【青森県八戸市 とある墓地】


八戸校から歩いて二十分ほど。そこは小高い丘にある静かな墓地だった。

並ぶ墓石の前に、ひとりの少年が立っている。

彼は手を合わせ、静かに祈っていた。


「あっ、いたいた!

 おーい!銀河くーん!」

「……あれ?樹々吏さーん!」


──銀河を初めて見たときの衝撃は、今でも忘れられない。


──これが……この人が、火の精霊刀の使い手……?


思わずそう疑ってしまうほど、心配になる外見だった。


まだ中学生のあどけなさが残る、丸みを帯びた顔立ち。

そして、とても戦場に赴いているとは思えないほど、細く華奢な体つき。


さらに──。


──スンスンッ……うっ!こ、この臭いは……!?に、にんにく……!?


──強烈なにんにく臭……。


「どうしたんですか!?こんなところに!?」

「銀河くんに紹介したい人がいてね!」


その言葉に、銀河はオレのほうへ視線を向けた。


「え……?もしかして、この方が……!?」

「そっ!」


──そのときの銀河の表情も、今でもはっきりと覚えている。

ぱあっと花が咲くように、まるで赤ん坊のように無邪気な笑顔を見せたのだ。


「うわぁっ……!!

 初めまして!!高橋謙一郎さん!!

 ぼ、僕──いや、おれ!謙一郎さんと同じ祓い科の、佐藤銀河と言います!!

 よろしくお願いします!」


深々と頭を下げる、礼儀正しい少年。


「た、高橋謙一郎です!こちらこそ、よろしくお願いします!」

「やった!やった!

 なんでもわからないことがあったら、いつでも僕を頼ってくださいね!謙一郎さん!」

「よかったね、銀河くん!仲間が増えて♪」

「はいっ!♪」


銀河は、子どものような満面の笑顔で無邪気にはしゃいでいた。

その姿を見て──オレはなんだか胸の奥が温かくなるのを感じた。


─────────────────────────────────────


【国立十文字学園高等部八戸校 校庭】


「それではっ……う、うん!

 改めまして──今日から謙一郎さんの新人教育を担当させていただきます、佐藤銀河です♡

 よろしくお願いします♡キャピキャピ♡」


満面の笑みでダブルピースを決め込む銀河。


「……え、えっと……あの……。」


突然のキャラ変に、思わず声が詰まる。


「……あれ?おかしいな?白亜先生みたいにうまくいかないぞ。

 どこがダメだったんだろう……?テンションが高すぎた?

 いや、むしろ控えめにしたつもりだったんだけど……。

 ダブルピースが余計だったのかな?それとも別の原因が……ブツブツ……。」


銀河は一人でブツブツと自己反省を始めていた。


「あの、銀河さん。」

「あ、はいっ!なんでしょう?

 なんでも聞いてください!」

「なんでも……。

 違ってたら申し訳ないんですが……今朝、にんにく料理とか食べられました?」

「あっ……!すみませんっ!!またブレスケアするの忘れてましたっ!」


しまった!という顔で、銀河は慌ててポケットをまさぐり、小さなケースを取り出すと、カリッと一粒を口に放り込んだ。


「実はそうなんですよ!

 朝食のペペロンチーノに、つい“にんにくチューブ”を入れすぎちゃって……へへへ♪」


半分嬉しそうに、半分申し訳なさそうに笑う。


「ほんとすみませんでした!にんにくケアを怠るなんて!

 これからは気をつけます!」


深々と頭を下げる銀河。


「あの……ご存じかと思うんですが、銀河さんのほうが先輩なので、タメ語で大丈夫ですよ。

 名前も呼び捨てで構いませんし。」

「それはダメですっ!!」


銀河が、びしっ!と指を立てて言い切った。


「謙一郎さんのほうが上級生ですので、敬語も“さん”付けも当たり前のことです!

 だから、謙一郎さんも、おれのことは“後輩”だと思ってください!

 もちろん、タメ語で、呼び捨てでお願いしますね!」

「いや、でも……精霊刀剣の使い手としては、銀河さんのほうが先輩ですし……。」

「大して変わりませんよ!おれも、これ(精霊刀剣)を持ったのは最近ですし!」

「こ、これ……。」


入学式で、皆が憧れていた精霊刀剣を“これ”呼ばわりとは……。

銀河は特に、祓い士という存在に強い憧れを抱いていたわけではないのかもしれない。


──白亜先生から、銀河のことを聞かされたのは、ほんの少しだけだった。

というのも、教えてもらっている最中に、『東京で超常級悪霊が出現した』との連絡が入り、先生はすぐに現地へ向かわねばならなくなったのだ。


聞けたのは、銀河がオレより年下であること。

そして──「よく面倒を見てやってほしい」ということ。


あとはもうひとつ。


──もし銀河に“異変”が起こったら、すぐに報せてほしい、ということだけ。


“異変”とは、いったい何を指すのか。それがどんな意味を持つのか。


結局、質問する間もなく、白亜先生の携帯が鳴り響き──そのまま東京へと向かって行ってしまった。


「じゃあ、こうしましょう!

 戦闘の時は、僕のことを“祓い士の先輩”として。それ以外の時は、“人生の後輩”だと思って接してください!

 もちろん、どちらの場合でも僕のことを頼ってくださいね!

 どうです!?これならいいですよね!?」

「わかりました……。」


銀河が、むぅっ!と頬をふくらませた。


「わ、わかった……。」


今度は一転、ぱっ!と笑顔になった。


「……しまった!また自分のこと“僕”って言っちゃった!慣れないなあ、この呼び方……。」


またしても、ひとりでブツブツとつぶやいている。


── 一人称に、なにか強いこだわりでもあるのか……?


「……って、すみません!早速、訓練を始めますね!

 白亜先生から聞いたんですけど、謙一郎さんは今まで術士として戦っていたんですよね?」

「ああ、そうだ。」

「じゃあ、基本的な知識と基礎訓練は問題なさそうですね。

 ──それじゃあ、まずは“霊力制御訓練”から始めましょう!」

「霊力制御訓練?」

「はい!……とは言っても、おれもまだ全然なんですけどね。へへへっ……!」


銀河は照れくさそうに、人差し指で鼻の下をかいた。


──その後、銀河は、精霊科で習った内容だけでなく、いろいろなことを教えてくれた。

それも、図で説明したり、例え話を交えたりと、まるで教師のように丁寧に。


あとで樹々吏から聞いて知ったのだが、銀河はオレのために、事前にいろいろと準備してくれていたらしい。

さっき使っていた図や細かい資料など──すべて自作だったそうだ。

さらに、訓練で使う装備の手配から、寮の手続きまで……。


そのおかげで、オレはこの八戸校で、何ひとつ不自由のない生活を送ることができた。


そして──その日から銀河と二人三脚での稽古漬けの日々が始まった。


銀河は、オレが何度質問しようと、嫌な顔ひとつせず、わかるまで親切丁寧に教えてくれた。

訓練で何度失敗しても、できるようになるまで、最後まで付き合ってくれた。


──本当に、優しくて、気が利いて、自分のことよりも他人のことを優先する、良き先輩であり後輩。

……ただ、ブレスケアをたまに忘れて、あの強烈なにんにく臭を放ってくるのはどうにかしてほしいが……。


──不思議なことに、その夏は一度も上級悪霊は発生せず、訓練に専念することができた。

おかげで、オレは霊力制御を完璧にマスターすることができた。

自分のことのように喜び、子どものようにはしゃいでいた銀河の笑顔を──今でも、はっきりと覚えている。


─────────────────────────────────────


【一年前・秋 (謙一郎・樹々吏:高二/銀河:高一)

 青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 一階 食堂】


「なあ、樹々吏。ちょっと聞いてもいいか?」

「どうしたの?」

「なんだなんだ、謙一郎?恋愛相談か?」

「うるさいぞ、藩児。真面目な話だ。」

「知ってるよ!お前、いつも真面目な話しかしないもんな!

 たまにはおちゃらけた話もしようぜ!

 例えば……好きなお尻の形とか……どうよ?」

「はいはい、邪魔しないの藩児くん!

 で、どうしたの?」

「……なんで、ここの人たちはオレに良くしてくれるんだ?

 みんな知ってるんだろ?オレが……高橋心ニの弟だって。」


──八戸校の雰囲気は、本当に良かった。

精霊科と祓い科の間に壁はなく、精霊科同士の間にも歪みはなく、みんなが自然に協力し合い、仲良くやっている。

雑談をしたり、こうして一緒に食堂でご飯を食べたり、遊んだりするのも当たり前の光景だ。

銀河も、毎日みんなと楽しそうにしていた。


──仙台校では、罵詈雑言を浴びる毎日だった。


『精霊刀剣が五本もあったのに、どの大精霊にも選ばれなかった出来損ない』

『高橋家の最低傑作』

『落ちこぼれの大精霊』


これでもほんの一部。

友だちなど、当然いなかった。


一人で図書室で勉強。一人でトイレで昼飯。一人で訓練……。


ここでは、誰もオレを「高橋謙一郎」としては見てくれない。

みんなオレを「高橋心ニの弟」として、勉強も訓練もすべて兄と比べる。

テストの結果は掲示板に貼られ、それを見た周りの反応はいつも落胆で──また新しい烙印が押される。

そんな環境には、慣れてくれば少しは気にならなくなる。だけど……。


──努力して少しでも良い成績を残せば「優秀な兄のおかげ」。

逆に悪い成績を残せば「みっともないやつ」。


自分の努力が報われないのは、仕方ない。

世の中、みんなが努力すれば必ず報われるわけではない。

努力とは、報われるまで続けるものだとオレはわかっていた。


だけど──オレ自身の努力なのに……それを誰も正当に評価してくれないのは、とても辛く、耐えがたいものだった。


そんな世界が、八戸校に来てからも当たり前に続くものだと思っていたのに──ここの人たちは、オレを一人の人間として……高橋謙一郎として接してくれる。評価してくれる。

兄貴がここにいたからこそ、もっとひどい仕打ちを受けるのではと覚悟していたのに……

まるでオレが、蕪島の英雄の弟だと知らないかのように、普通に、優しく接してくれる。


二人は、それまでの平凡な顔から、とても神妙な表情へと変わった。


「そりゃあ、ここにいる人たちは全員、心ニさんのお世話になったし、それに……なあ?」

「うん……。みんな、知ってるからね……。」

「なにを?」

「銀河くんが……あなたたち祓い士が──本当はわたしたちと同じ、ただの人間だってこと。」

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