第七十六話 人と人が仲良くなる第一歩
【東京都港区 お台場海浜公園】
「──パキィンッ!」
砕けた悪霊玉から、微かに淡い光がこぼれ、その光の中から透き通るような人影が現れた。
それは──サッカーのユニホームを着た、中学生くらいの少年。
少年は何も言わず、ただ静かに微笑むと——そのまま、ゆっくり空へと昇っていった。
——祓い、完了。
「良き、来世を。」
『良き、来世を。』
──キンッ!
あたしたちは、同時に精霊刀剣を納刀。そして──。
「たとえ、神様・仏様・お天道様が許そうと!!」
「この世に蔓延る悪は、あたしたちが許さないっ!!」
「それがオレ様たち!!」
『十文字戦隊・ハラウンジャー!!!!』
三人そろって、戦隊モノのように決めポーズ!
──完璧に決まった!
「……って、やってる場合かーー!!」
けんさんのツッコミの叫びが炸裂する。
「ありがとう!二人とも付き合ってくれて!」
「まあ……。これが終わったら、やる約束でしたからね。
その代わり、今日の料理当番お願いしますね。」
「うん、もちろん!約束だからね!
さて、なに作ろっかなー?
今のあたしの胃袋の叫びはー……うん!肉を欲しがってる!!肉料理でもいい!?」
「それって、いつもと同じじゃないですか……。」
「二人ともオレ様の話を聞けーーーー!!」
再び、けんさんのツッコミの叫びが響き渡った。
「──さて……。」
けんさんは肩を回しながら、低くつぶやいた。
「とんでもないことになってきたな。
“病の大悪霊”、“赤衣の九天使衆”。それに、“殉疫の八使徒”か……。
いやぁ、攻めがいのありそうな連中じゃねぇか。」
ドSな笑みを浮かべると同時に、手にしている鞭をビシィッ!と鳴らした。
「焦っても仕方ありません。
今できることを一つずつこなしていくのがベストだと思います。」
「そうだね!……例えば?」
「まずは報告。
今回収集した情報を精霊科に提出して、精霊省に伝達してもらわないと。
そして、その後は一旦……休養……を……。」
萌華ちゃんの声が途中でかすれた。
肩がわずかに震え、顔から血の気が引いていく。
その表情は、まるで何か嫌な予感を悟ったかのようだった。
「どうしたの?」
「も、もしかして、桜蘭々様のところにも、すでに病の大悪霊の手先が行ってるかも……!
こ、こうしちゃいられませんっ!すぐに高円寺に──!」
「テンパリ過ぎだよ萌華ちゃん!桜蘭々さんチームは渋谷だよ!」
「そ、そうでしたっ!」
萌華ちゃんは顔を真っ赤にして、今にも走り出しそうな勢いだった。
「落ち着け、二人とも。
桜蘭々のところには、銀河がいるから大丈夫だ。」
「だから余計心配なんですよ!
あのにんにく先輩、一番弱そうじゃないですか!?
あの戦場でも、一番役にたってなかったし!」
その瞬間──けんさんの怒りの導火線に火がついた。
それは、これまで見たことのない、激昂。──いや、殺意と言っていい表情だ。
笑みでも嗜虐でもない。獣じみた鋭さを帯びた、今にも人を裂きそうな目だ。
「……は?てめえ今、なんつった?」
言葉は低く、刃のように冷たかった。
けんさんは一気に萌華ちゃんの胸ぐらを掴む。
その手は力任せに煽るのではない。相手を押し潰すための、確信を帯びた一握りだ。
「……一番役にたってなかったって言ったんですよ。
急に四つん這いになったかと思ったら、自分の頭を何度も何度も地面に叩きつけるとかいう、わけわからんことしてたし。
治ったかと思ったら、すぐに殺られそうになってたし。
あの人が死ぬだけなら別にいいですけど、足手まといになって桜蘭々様に迷惑をかけるのはやめてほしいですね。」
「んだとてめえ!!銀河は弱くねえ!!訂正しろよ!!」
「なんで?事実じゃないですか?」
けんさんの親指の爪が萌華ちゃんの喉元に食い込み、そこからは若干の血が流れていた。
「なんの事情も知らねえやつが、銀河のこと悪く言うんじゃねえよ!
殺すぞ、クソガキッ!」
「……はっ!随分とご執心なんですね、あの人に。」
「当たり前だろ!
あいつは、オレ様の大事な──先輩だぞ!!」
真正面から二人の視線がぶつかる。
昼風だけが流れ、場は凍りついた。
──あたしは、その光景を黙って見届けていた。
『いいかい、麻璃流。
その人が“何に”喜怒哀楽するのかを知ること。
それが──人と人が仲良くなる第一歩だよ。』
これは、あたしが大好きだった……おばあちゃんから教わったことだ。
──その時は意味がよくわからなかったけど、今となってはわかる。
“何に”とは、その時々で対象が変わるものだと。
それは人であったり、行為であったり、時間帯であったりする。
英語では、5W1H。
日本語では、六何の原則や八何の原則に当てはめるとわかりやすい。
いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように。
刺激や行為、あるいは言動を受ける、または与えると喜怒哀楽が生じるのか。
──あたしは二人のこと、もっともっと知りたい。
二人と仲良くなりたいから。
あたしは二人のことを──家族だと思っているから。
──刹那さんのように頼れるお兄ちゃん。
──天嶺叉のようにかわいい妹。
だけど……二人にも仲良くなってほしい。
互いを家族……までとは言わないけど、大事な仲間だとわかってもらいたい。
だから、あたしは黙って見届ける。
今のこの場合は──
相手が“なぜ”怒ってるのかを、二人にも知ってほしいから。
そして──“何を”、“誰を”大事にしているのかを、知ってほしいから……。
その時だった──。
「おーい!みんなーー!」
精霊壁が解かれ、八戸校から来た、精霊科三年の樹々吏さんが、手を振りながら駆け寄ってきた。
「ちょ、ちょっとちょっと、二人とも!!何してるの!?」
樹々吏さんは、慌てて二人の間に割って入り、その肩を押し分けるようにして止めた。
「ちっ!」
「ふんっ!」
けんさんと萌華ちゃんは互いに顔を背け、同時に腕を組む。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
「……ねえ、麻璃流ちゃん。どうしちゃったの、この二人?」
「それが……。」
あたしは、樹々吏さんに事情を説明した。
「──そっか、そっか。
謙一郎くん、銀河くんのこと大好きだからなぁ……。
だめだよ、萌華ちゃん。謙一郎くんの前で銀河くんの悪口言っちゃ。
萌華ちゃんだって、桜蘭々ちゃんの悪口言われたら、嫌な気持ちになるでしょ?」
「そ、それは……。」
萌華ちゃんは、しゅんと肩を落として俯いた。
「ねえ、けんさん。
さっき、ぎっくんのこと、大事な“先輩”って言ってたけど……どういうこと?ただの言い間違い?」
「・・・」
けんさんは、背を向けたまま沈黙していた。けど、その肩は、わずかに震えていた。
怒っているのか、あるいは何かをこらえているのか──あたしにはわからなかった。
「実はね、」と、樹々吏さんが口を開く。
「年齢で言えば謙一郎くんの方がもちろん先輩なんだけど、精霊刀剣の使い手としての経歴で言えば──銀河くんの方が先輩になるんだ。」
「え!?そうなんですか!?
……さっき、けんさんから聞きましたけど、けんさんが精霊刀剣の使い手に選ばれたのって高二の夏。ちょうど一年前の話ですよね?
その時ぎっくんは高一だから……。じゃあ、ぎっくんもけんさんと同じ、高精からのパターン?
ぎっくんが精霊刀剣の使い手に選ばれたのって、高一の春とかなんですか?」
「ううん。中三の冬。」
「ちゅ、中三!?」
思わず飛び上がるほど、びっくり仰天した。
「え、えぇ!?それって、一体どういう……!?そんな人いるんですか!?
でも、だとしたら……高等部の入学式には来てるはずですよね!?
だけど──あの場に銀河くんはいなかった!あたし、見た顔は基本覚えてるし……。
あれ……?そういえば、あの時……火の精霊刀の柄もなかった!
……え!?もう意味がわからない!!頭がこんがらがってきたーー!!」
あたしは、頭を抱えてその場でぐるぐる回る。
「銀河くんは、入学式には参加してないよ。
ううん。参加できなかった……が、正しいかな。」
「参加できなかった?」
「そう。
蕪島事件の影響もあって、当時、八戸校には銀河くんしか祓い士がいなかったの。
だから、八戸を離れるわけにはいかなかった……。
それに、もともと入学式は精霊刀剣の儀がメインでしょ?
すでに使い手として選ばれていた銀河くんには、必要のない式だったのかもしれないね。」
「そっか……。
だからぎっくん、入学式にいなかったんだ……。
でも、まさか中学生で精霊刀剣の使い手に選ばれた人がいたなんて……!」
「白亜先生から聞いた話だと、中学生で選ばれたのは銀河くんが史上初なんだって。
だから当時、精霊省はかなり混乱してたみたい。
『大精霊はなぜ高校生以外は選ばないのか?』って研究してたのに、そこへ突然中学生が現れたもんだから、研究対象が広がって、余計に謎が深まっちゃったってさ。」
「そ、そうだったんですね……。
あたしもてっきり、みんな入学式の精霊刀剣の儀で選ばれるもんだとばっかり思ってました!
けんさんみたいなパターンも、今日初めて知りましたもん!」
「謙一郎くんのケースも、前例がないわけではないけど、かなり珍しいみたいなんだ……。」
言葉が途切れ、空気にわずかな沈黙が落ちる。
夏の風が通り抜け、四人の間に残った温度差を、そっと撫でていった。
「じゃあ、けんさんが言ってた“先輩”っていうのは、全部ぎっくんのことだったんですね!?」
「そうだ。オレ様は、あいつから全て教わった。
さっきお前らに教えた霊力制御に関してもそうだ。
あいつは、白亜先生から教わったそうなんだけどな。
本来こういうのは、さっきのオレ様みたいに、代々先輩が後輩に教えるもんらしいんだが……。あいつの場合、それが誰もいなかった。
だから当時、白亜先生も忙しい中、銀河につきっきりで面倒見てくれていたらしい。」
「……すごく辛そうにしてたなあ……。あの時の銀河くん……。
ぐすっ……!あっ、ごめん……ちょっと……!」
樹々吏さんは、何を思い出したのか、声を震わせながらポケットからハンカチを取り出し、そっと涙を拭き始めた。
「あいつはずっと、たった一人で戦っていたんだ。
悪霊とだけじゃない。──孤独ともだ。」
──孤独。
その言葉が、あたしの胸をぎゅっと締めつける。
「ぎっくんは……その……家族とかは……?」
恐る恐る尋ねるあたしに、けんさんが静かに答える。
「あいつも、家族はいない。
全員──亡くなっているそうだ。」
「す、すみません……!」
──そっか……。ぎっくんも、あたしと同じ……。
そしておそらく──
『あいつも、家族はいない。』
この人も……。
「──孤独。
それがどれほど辛く、苦しいものなのか……お前らにわかるかっ!?
あいつは……!あいつは……!!」
けんさんは声を震わせ、そのまま地面に膝をつくと──嗚咽をこらえきれずに泣き崩れた。
その姿を見た瞬間、すでに涙を流していた樹々吏さんの表情が、さらに歪む。
震える肩を抱え、喉の奥から絞り出すような声で泣き続けた。
あたしは、ただただ──その光景を見届けることしかできなかった。
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