第七十五話 毒ンッ!
【東京都港区 お台場海浜公園】
「ほら、これが欲しいんだろう?ん?ん?
だったら──もっと豚みたいに、ブヒブヒ鳴いてみろよ!」
「あ、あんっ♡ご主人様、そこは……っ!♡」
「おらっ!
祓け!早く祓けって!
ギャハハハハッ!!」
──パシィンッ!パシィンッ!
──あれからしばらく、No.17はけんさんから“お仕置き”を受けていた。
潮風が強く吹く真昼の公園。
陽光が反射するアスファルトの上で、乾いた鞭の嵐の音がリズムを刻む。
それはまさに、昼間の公園に似つかわしくない──異様な主従関係そのものだった。
「あ、あれがドSモード……。
な、なんかすごいね、萌華ちゃん。」
「あれは男目線の“自称ドS”です。
あんなん、ただの独りよがりで最低ですよ。
本物の“真性ドS”っていうのは、もっとこう……じっくり焦らして、相手を追い詰め──」
「もうダメ?祓きたいって?
そうだよな、苦しいよな……。
じゃあ──あともうちょっとだけ、我慢してみようか♡」
「毒ンッ!……って、なにが毒ンッ!やねん、萌華!!」
萌華ちゃんは自分の頬をパチンと叩き、白い頬に小さく赤みを残した。
「くそっ!不意をつかれた……!
まさかあのおっさん、女目線のドSを理解してやがるとは……だてに老けてはいないということかっ!」
「さっきからなに言ってるの、萌華ちゃん?」
「ほらほら、早く祓きたいんだろ?ん?欲しがりさん♡」
「お、お願いします!これ以上焦らさないでください……!
な、なんだかもう……おかしくなりそうっ……♡」
「残念。……それはまだ、お預けだ♡」
「そ、そんな……!?
ど、どうすれば俺様を…… 祓かせてくれるんですかぁ!?アハンッ!♡」
──パシィンッ!パシィンッ!
真昼の公園に、乾いた鞭の音が何度も響く。
どこから取り出したのか分からないその鞭が、光を反射して眩しく光った。
──しばらくして、けんさんは鞭を振るう手を止め、急に真顔になった。
それまでの狂気じみた笑いが、すっと消える。
「お前らのことを教えてくれたら、すぐに祓かせてやろう。」
「は、はいっ!喜んでっ!」
No.17の表情が一変した。
体中に残る鞭痕など気にも留めず、嬉々とした声音で語り始める。
「“病の大悪霊”様については、もちろんご存知ですよね?」
「知らん。」
「あたしも聞いたことない。」
「わたしも。」
あたしたちは、地面に大の字で磔にされているNo.17を真っ直ぐ見下ろす。
「あ、あの“三大悪霊”と呼ばれるほどのお方ですよ!?」
「“三大悪霊”?」
「なにそれ?」
「なんでしょうね。」
「いやお前も知らんのかいっ!」
──ドスっ!
萌華ちゃんのツッコミが炸裂。
No.17の頭が地面にめり込み、砂がふわりと舞い上がった。
「ま、末端の俺様が知るわけないでしょう!?
俺様だって病の大悪霊様については、“No.零”っていう名前だってことしか知らないんです!
大企業の一社員が社長の名前は知ってても、結局一度も会うことなく定年退職を迎えるのと一緒ですよ!」
「…… ちょっと何言ってるかわかんないけど、あたしらで言うなら──学園長の名前は知ってるけど、顔は知らないって感じだね!」
「んじゃ、そのNo.零ってのが、どんな姿で、どんな能力かも知らないというわけだな?ん?」
「ア、アハンッ ♡そのとおりでございます、謙一郎様♡もっと、そこを……♡」
──パシィンッ!パシィンッ!
けんさんは無表情のまま、ビシッ、ビシッと鞭を振るった。
「絵面つらっ。誰得だよ。」
「……そ、そだね。」
「それじゃあ、“No. 玖”ってのはなんなんだ?」
「No. 玖様は、そのNo.零様に仕える九人の大幹部のひとり。
大幹部は、“赤衣の九天使衆”と呼ばれ、この方々は──
数いる悪霊の中でも、No.零様の命令でしか動きません。」
「九人の大幹部に、No. 玖……。
じゃあ、その赤衣の九天使衆ってのは、No.壱からNo. 玖がいるってことだな?」
「そうです。
そして、その方々に仕えているのが、俺様たち“殉疫の八使徒”。
No.10からNo.17までいて、俺様たちは赤衣の九天使衆の命令で動くというわけです。」
「ふむ……。
会社で例えると──病の大悪霊・No.零が社長。
その下に九人の大幹部──それが、No.壱からNo. 玖 のいる、赤衣の九天使衆。
そのさらに下に、お前たち──No.10からNo.17の、 殉疫の八使徒。
そういうわけだな?」
「そうですそうです!
大企業で例えると、平社員が下級、主任が中級、係長が上級。
そしてそれを従える俺様が──って誰が課長クラスだボケっ!ぶっ殺──はうっ!♡」
──パシィンッ!パシィンッ!
けんさんが、無言で再び鞭を振るう。
「赤衣の九天使衆に、お前ら殉疫の八使徒が仕えているのはわかったが、それだと数が合わなくないか?」
「確かに。
No.壱からNo.玖は九人。だけど、No.10からNo.17だと八人になりますね。」
「さっすが二人とも計算早い!……で、どういうことなの、17課長?」
「だれが17課長じゃ!ボケコラっ!
ブスが俺様に気安く聞いてんじゃ──オフンッ!♡」
けんさんは今度、またもどこから取り出したのか分からない蝋燭を手に取り、溶けた蝋をNo.17の上半身に垂らした。
「……き、聞いた話によりますと、No.壱様には誰も仕えていないとか……。」
「ふーん。一匹狼みたいな悪霊なのかな?」
「こいつから、絞れるだけ絞りとりましょう。
“病の大悪霊”。
“赤衣の九天使衆”。
そして、“殉疫の八使徒”について。」
「そうだな。」
けんさんは蝋燭の本数を一本から二本に増やした。
妖気が空気を揺らすように、No.17を包み込む。
「や、病の大悪霊様については、名前しか知らないとさっき言ったでしょう!?」
「いや、もう一つ情報が残ってる。
お前はそいつのことを“我らが母“って言っていたな。“霊母”とも。
それは一体どういう意味だ?」
「意味もなにも、そのままの意味ですよ!
俺様たちが崇拝する、偉大な母様です!」
「それはつまり、お前ら悪霊を生み出しているのはそのNo.零ということか?」
「わ、わかりません!」
「わからない?
お前自身はNo.零から生み出されたんじゃないのか?」
「俺様が目を覚ましたとき、そこは見たこともない森の中でした。
何が何だか分からないまま彷徨っていたら、突然、No.玖様が現れて──いきなり戦いを挑まれたんです。
結果は完全敗北でした。……でも、俺様の力を認めてくださって、拾ってくださったんです。
それからずっと、No.玖様のもとで過ごしています。
──だから、俺様がどうやって生み出されたのか、正直自分でも分からないんです!
ほ、本当です!信じてください!」
No.17は、その体型に見合った少年のような真っ直ぐな目で、蝋燭の炎が揺れるけんさんを見つめていた。
微かに立ち込める熱と蝋の匂いが、周囲の空気を張り詰めさせる。
その目には、恐怖よりも──純粋な信頼と、必死の誠実さが宿っているように見えた。
「けんさん。あたしの直感だけど、この人、本当になにも知らないと思う。」
「そのようだな。
じゃあ次は、赤衣の九天使衆についてだ。
知ってることを全部吐け。」
「……知っていることは多くありません。殉疫の八使徒についてもそうです。
俺様も、No. 玖様から教わったことはそう多くないですし、他の赤衣の九天使衆、殉疫の八使徒に会ったことはないので……。
知っていることといえば、番号が若くなるほど強さも上がっていくということ。」
そこへ、何かに気づいた萌華ちゃんが、すっとNo.17に近づき、顔の高さでしゃがみ込むと、唇の端を吊り上げて薄笑いを浮かべた。
「No.零からNo.17まででしょ?
じゃあ、あんた……一番雑魚じゃん♡」
「ぶっ殺すぞてめええええ!!!!──オフンッ!♡」
二本の蝋燭から溶け落ちた蝋が、ぽたり、ぽたりと、No.17の全身に滴り落ちた。
「茶化すな、萌華。」
「はーい♡」
「ちくしょぉぉぉっ!!いいかてめえら!?覚えておけ!
No.玖様は、俺様なんかとはまるで違う、化け物級の強さを持ったお方だっ!!
お前らごとき、一瞬で殺されるだろうな!!
あーはっはっはっ!ざまあみろ!──アフンッ!♡」
けんさんの鞭と蝋のコラボが、No.17を容赦なく襲いかかった。
「その、お前の上司だとかいうNo. 玖くらいについては知ってるんだろ?」
「そ、それが……No. 玖様ですら、顔をちゃんと見たことがないからわかりません。いつもフードで隠れていたので……。」
「さっきからわかんないわかんないばっかで、使えねえなこいつ。」
「ぶっ殺すぞてめええええ!!!!」
No.17はジタバタと暴れ始めた。
だけど、全身に突き刺さった風の手裏剣は一本たりとも抜けなかった。
その様子を見ながら、萌華ちゃんは小悪魔のように唇を吊り上げ、目を細めて楽しげに笑っていた。
「ぱっと見の特徴くらいはわかるでしょ、17課長?」
「ふんっ。お前ごときのブスに教えるわけが──いででっ!鼻をつまむな!」
「もうっ!さっきからこんな美少女に向かって、ブスブス言わないのっ!」
──けんさんにかわり、あたしと萌華ちゃんがしばらくお仕置きを与えた。
「で?」
「……俺様と同じくらいの背丈でした。」
「つまり、少年のような姿ってことだね。」
「他は?」
「声が……時々変わってるときがあります。」
「声が変わってる?それってどういうこと?」
「わかりません。
報告でお会いするときに、たまに声が違うような気がするんです。
たぶん、俺様の気のせいかもしれませんが……。」
「あとは?」
「お医者さまが着るような白衣を着ています。色は赤で、フード付きの。
背中には──大きな黒い十字架が描かれていました。」
「なるほどな。
まとめると、見た目は少年。フード付きの赤い白衣を着ていて、背中には大きな黒い十字架。
そして、たまに声が変わる……ってわけか。
能力についてはどうなんだ?一度、戦っているんだろ?」
「……言えません。」
「言えない?」
けんさんはドSの形相で、No.17を冷たく見下ろした。
「No. 玖様には面倒を見ていただいた大恩があります……。
裏切るくらいなら──今ここで自決を……っ!」
No.17は全身に突き刺さった風の手裏剣を必死に引きはがそうと、ジタバタともがき始めた。
だけど、一枚も抜けることはなかった。
「……そうか。」
けんさんは、なぜか優しく微笑んだ。
「わかった。
No. 玖については、もう聞かない。」
「いいの、けんさん?」
「ああ。大事な人を裏切れない気持ちは、オレ様にもわかるからな。」
「なら、もういいだろっ!
俺様が知ってることは全部話した!早くご褒美をっ!」
No.17は、けんさんを見上げ、切望の眼差しを向けた。
「最後にもう一つ。お前がここにきた目的はなんだ?」
「No. 玖様の命令に決まってるだろ!
ほんとのところは、今の精霊刀剣の使い手の実力を試してくるだけでいい、という命令だった。
だが、お前らがあまりにも弱そうだったんでつい……。
どうせ戻ったところで殺されるんだ。ならばせめて、あなた様の手で──ぽっ♡」
突然、顔を赤らめるNo.17。
「最後に……こんな素敵な人に出会えて、幸せでした♡」
「お前も──見事なドMだったぞ!」
──がしっ!
熱い握手を交わし、にっこりと笑うけんさんとNo.17。
「なんです、これ?」
「さ、さあ……?男同士の友情、的なやつかな?」
「そうだ!最後にもう一つあった!」
「おわっ!なに!?びっくりした!
急に大声ださないでよ!!」
突然の大声に、あたしの体は思わず硬直した。
「なんだ?」
けんさんの問いかけに対し、No.17は不敵な笑みを浮かべると──低く冷たい声で……こう言い放った。
「もう少ししたら──
この日本をめちゃくちゃにする、ものすごい作戦が始まるって言ってたな!」
『!?』
その一言は、空気を切り裂くように響き渡った。
全員の顔から血の気が引き、鼻先がツンとするような張り詰めた緊張が、瞬時に場を覆う。
精霊壁の中の昼の光でさえ、どこか鈍く揺れ、世界が一瞬、時間を止めたかのように凍りついた。
──背筋を伝う冷たい感覚。
あたしの胸の奥に、今まで感じたことのない暗い気配が、じわりと押し寄せる──。
「なんだと!?それは一体どういう意味だ!?詳しく教えろ!」
「知らんっ!
No. 玖様がそう言ってたのを聞こえただけだからな!!
だーはっはっはっはっ!!」
No.17の高笑いが公園中に響き渡る。
だけど、その声は鼓動をかき乱すだけで、答えにはならなかった。
やがて、笑い声は宙に消えていって、残ったのは──重苦しい静寂だけ。
「な、なに……?どういうこと……?
こ、これから一体……なにが始まろうとしているの?」
昼の光に照らされる精霊壁の中で、世界は息を止めたかのように静まり返る。
孤立した空間に、迫りくる破滅の気配がじわりと押し寄せ、あたしたちの背筋を凍らせる。
「わかりません。
ただ……起ころうとしているのは、とんでもないことだとしか──」
震える声のまま、萌華ちゃんは口を開いた。
「今のところ、確実に言えるのは二つです。
こいつが化け物級だって言うことは、No.玖を含めた赤衣の九天使衆ってのは全員、超常級以上の霊格だということ。
そしてもう一つが──」
「……ああ。
オレ様たちがもっともっと強くなって、そいつらが企てている作戦を阻止しないと──
この日本が終わってしまうということだ!」
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