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第六十八話 落ちこぼれ

※用語解説

・霊格別・悪霊対応ルール:悪霊の強さ(霊格)によって、対応者は以下の通りに定められている。

 ・下級悪霊発生→中精三年が対応。(東京校の場合。他は高精が対応。)

  中級が発生することも稀にある→高精に応援。高精が対応。(東京校の場合。)

 ・中級悪霊発生→高精が対応。

  上級が発生することも稀にある→祓い科に応援。祓い科が対応。

 ・上級悪霊発生→祓い科が対応。

  超常級が発生することも稀にある→白亜に応援。白亜が対応。

 ・超常級悪霊発生→白亜が対応。

【東京都港区 お台場海浜公園】


「萌華ちゃんっ!!

 そんな言い方ないよ!!けんさんに謝ってっ!!」


麻璃流の怒りの叫びが公園に響いた。


「なんでです?最初は“高精”だったんですよね?

 だったら、大精霊に選ばれなかった──“落ちこぼれ”だったんじゃないですか。」

「そんなことないっ!!

 高精の人たちは落ちこぼれなんかじゃない!!みんな大事な……仲間だよ!!」

「なにをいまさら……。

 中等部のとき、みんな口をそろえて精霊科をバカにしてましたよね?

 『高精は、大精霊に選ばれなかった落ちこぼれどもだ!』って。

 だからみんなして必死になって言ってたじゃないですか。

 『俺は絶対そうならない。』『私は絶対大精霊に選ばれてやる。』って。

 ──なにを根拠にそんなこと言えるんだか、意味わかんないこいつら。って、ずっとそう思ってましたもん。

 で、いざ高等部に進学したら、みんなどうなりました?

 精霊刀剣の儀で、結局大精霊に選ばれず、身の程を知って落ち込むもんだと思ったら……」


萌華は小さく鼻で笑い、言葉を畳みかける。


「悪霊祓いの現場で、初めて目の当たりにした上級悪霊。

 これまで相手にしてきた中級までとはまるで違う、明らかに別格の強さ。

 その破壊力の前じゃ、どれだけもがいても自分の力なんか全く通用しない。遠く及ばない存在だって、嫌でも思い知らされる。

 それでも祓い士は、そんな化け物に立ち向かわなきゃならない。

 それだけでも十分すごいのに……追い討ちをかけるように突きつけられる、もっと恐ろしい現実がある。

 それが──“超常級”。上級よりもさらに上の霊格の悪霊たち。

 上級ですら命懸けなのに、それよりもっと強い敵に挑まなきゃならない。

 ──当然、祓い士は短命。高校卒業まで生き残れないなんて──当たり前の話。」


萌華の声は熱を帯び、吐き捨てるように続いた。


「それを知った途端ですよ!

 あんだけ中等部の頃は『祓い士になれたらいいなー!』って息巻いてたやつらが、一瞬で掌を返しやがった!

 『やっぱり選ばれなくてよかった。』

 『大精霊に選ばれるのはきっと、死にたがりのやつだけなんだ。』

 そうやって開き直って、自分たちを正当化してさ!

 んで結局、目標を“祓い士”から、“精霊省勤務”にあっさりすり替えて、“安定”だの“保身”だのに逃げ込んでいった。

 ……ほんと、どいつもこいつも──みっともない!」


萌華の感情が一気に噴き出し、公園に轟いたのは──苛烈な怒りの叫び。

静かな海風さえ、その声に押し流されるようだった。


「た、確かに、みんな高等部に入ってからいろいろと変わっちゃったけど……でも、それでも!

 みんなが助け合わなきゃ生き残れないんだよ!悪霊は祓えないんだよ!」

「祓えないって……祓うのはわたしたち祓い科で、精霊科は安全圏で待機してるだけじゃないですか?」

「そ、そんなことないよ!高精は中級以下出現の現場に赴いて今でも命懸けで戦っているし、それに上級出現の現場だって、あたしたちがもし死んじゃったら──!」

「ちなみに刹那さんから聞きましたけど、おっさんはあの有名な“蕪島の英雄”の弟なんですよね?

 だったら余計に、落ちこぼれ扱いされたんじゃないですか?」

「萌華ちゃんっ!」


麻璃流が再び声を荒げ、空気が張り詰める。

その緊張を断ち切るように、オレは二人の間に身を割って入った。


「いいんだ、麻璃流。

 萌華の言うとおり、オレはここ(十文字学園)に来て、初日からいろんなやつらにバカにされたよ。

 『精霊刀剣が五本もあったのに、どの大精霊にも選ばれなかった出来損ない』

 『高橋家の最低傑作』

 『落ちこぼれの大精霊』ってな。」

「ひ、ひどい……!」

「それでもまだマシな方で、高一の冬に兄貴が死んでからはもっとひどかった。……けどまあ、あんなすごい兄貴と比べられたら当然だよ。

 兄貴は霊力に目覚めたのも早く、中等部の頃にはすでにこの学園にいて、精霊刀剣の儀では地の大精霊に選ばれ、今のオレの頃には、すでに桜蘭々のように単独で超常級悪霊を祓えていたらしいからな。

 なのに……オレはどうだ。

 霊力に目覚めたのは中三の冬。精霊刀剣の儀では、どの大精霊からも選ばれず。

 この前の超常級悪霊との戦いでは、オレ一人の力で祓うどころか……お前らと力を合わせても全く歯が立たなかった。

 ほんと……英雄の名を汚すだけの、最低な弟だよ。オレは。」

「そ、そんな……自分にそんな言い方って……」

「なんか勘違いされているようですが、わたしは落ちこぼれ“だった”と言っただけで、“今も”とは言ってませんよ。

 さっき、おっさんも自分で言ってたじゃないですか。

 『大事なのは“これまで”じゃなく、“これから”だろ』って。

 だったら、過去を思い出してウジウジしてる暇があるなら、今はもう立派な祓い士なんですから、もっと強くなるために……それこそ立派なお兄さんに追いつけるように努力すべきでは?」

「『努力すべき』……か。」


──その言葉に、オレの記憶が揺さぶられる。

気づけば、昔の光景が脳裏に蘇っていた。


──そうだよ。

──精霊刀剣の儀で大精霊に選ばれなかったあと、オレはどうしてた?

──兄貴が亡くなったあと、オレはどうしてた?

──風の精霊手裏剣の使い手に選ばれたあと、オレはどうしてた?

──先輩と一緒に行った、初めての上級悪霊祓い。怖くてそこから逃げ出した、あの日のあと……オレはどうしてた!?


「……くくっ……はははっ……あーっはっはっは!」

「な、なに急に笑ってんの!?ちょっとキモいんだけど……!」

「いや、まさかお前みたいな後輩に説教される日がくるとはな!

 銀河も牙恩も優しいから、オレに気を遣って、そう言う風にはっきり言ってくれることはあまりないんだ!

 だから……ありがとな、萌華。」

「え……?なんでお礼を……?普通に怖いんだけど……」


萌華は引き気味に一歩、オレから距離を取った。


「……改めて大事なことに気付かされたよ。

 そうだ──今までも、そしてこれからも、オレがやることは変わらない。

 オレなんかにもできること。オレができる唯一のことは──“努力し続けること”だ。」


──そう。才能のない人間が才能のある人間に追いつくにはどうするべきか?

答えはただ一つ。努力しかない。


才能のあるやつが一日でゴールテープを切るのなら、オレは数日かけて追いつく。

それが叶わないなら数ヶ月、数年。どれだけ遠回りをしようとも──必ず切ってみせる。


──落ちこぼれならば、努力してエリートに追いつこう。

──出来損ないならば、努力して成功者に追いつこう。

──英雄の弟ならば、努力して英雄に追いつこう。


なんてことはない。

オレに残された唯一の道が“努力”であるのなら──喜んで歩き続けてやる。

大丈夫。今までだって、なんとか踏みとどまってこれた。

なら、これからもきっと……!


「あれ……?

 なんかよくわかんないけど……丸くおさまった感じ?」

「ああ……そうだな。

 麻璃流もありがとな。オレのためにあんなに怒ってくれて。」

「仲間のためなら当然です!!」


麻璃流はふんっと荒い鼻息を出し、両手を腰にあて堂々と仁王立ち。


「でも萌華ちゃん!

 もうけんさんにも、精霊科の人たちにも、あんなひどいこと言っちゃダメだよ!

 白亜先生も言ってたでしょ!

 『精霊省と、国立十文字学園の全員に共通する根本的な使命は──“悪霊の根絶”』だって!

 そのためにあたしたちは、上級以上の悪霊をただひたすらに祓い続ける!

 精霊科の人たちは、そんなあたしたちを支援・補助する!

 やることは違うけど、同じ使命をもった仲間なんだよ!」


麻璃流の真っ直ぐな声が、彼女の心のどこかに触れていた。

忘れたはずの痛みを、無理やりこじ開けるように。


「……仲間……ね。わたしには……」


萌華はそう小さく呟くと、視線を落とした。

その表情は陰を帯び、どこか触れてはいけない傷口を思わせる。

唇を噛みしめ、萌華は小さく拳を握りしめる。


「萌華ちゃんだって、これまで何度も精霊科の人たちに助けてもらってるはずだよ!

 怪我したら治療してくれたり、今日みたいに現場まで送迎してくれたり、悪霊祓いに集中できるように精霊壁を張ってくれたり!」

「ま、まあ、それは確かにその通りですけど……」

「でしょ!?

 だから、あたしたちは協力し合わないといけないの!

 祓い科と精霊科に上も下もない!みんな大事な仲間!オッケー!?」

「お、おっけーです……」


鬼気迫る勢いに圧倒されたのか、萌華は引きつった顔で返す。

麻璃流の気迫に押され、思わず苦笑いを浮かべていた。


「いいこと言った、麻璃流。

 オレも精霊科にいたからわかるが、大事なのはそれぞれの使命を果たすこと。

 使命に上も下もない。単に互いにやるべきことをやる。無理なら助け合う──それだけだ。」


麻璃流も萌華も、まっすぐにオレを見つめていた。

ほんの少し前まで影を落としていた萌華の目にも、光が戻りつつある。


「よしっ!それじゃあ気持ちを切り替えて、改めて授業を続けるぞ!」

「あっ、そうだった!まだ霊力制御講座の途中だった!

 よろしくお願いします!パパ先生!」

「だから謙一郎先生なっ!?」


再び麻璃流を追いかけ回すオレ。

そのドタバタを眺めながら──萌華は小さく肩を揺らし、微笑ましそうに笑っていた。

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