第六十七話 霊力制御講座①
※用語解説
・中精:「中等部精霊科」の略。
・高精:「高等部精霊科」の略。
なお、祓い科は一つしかないため、略語なし。
【東京都港区 お台場海浜公園】
「こほん。
それじゃあ、霊力制御について──教えることは次の四つだ。
①祓い士と術士に共通する“霊脈”について
②祓い士と術士、それぞれの“戦い方”の違い
③祓い士の霊技と術士の霊法、その“発動方法”の違い
④“霊力制御”の仕方」
「はいっ!けんさん先生、質問があります!」
麻璃流が元気よく手を挙げた。
「けんさん先生、か……ふむ、それも全然ありだな。
んで、どうした麻璃流?」
「そもそも“霊力”ってなんですか?」
ズッコーーーンッ!!
思わず、盛大にずっこけてしまった。
「え……?う、嘘だろ……?嘘だよな……?嘘だと言ってくれーーーー!!」
オレは天を仰いで、嘆きの叫びをあげる。
「麻璃流先輩がただバカなだけです。
そこは、中等部の授業でとっくに習ってます。霊脈についても同じく。」
「え?そうだったっけ?」
麻璃流はきょとんと首をかしげ、あっけらかんと笑みを浮かべていた。
「そうか。お前らは中等部の頃からここにいるんだもんな。なら話が早い。
それでは、萌華先生。霊力について。
それとついでに、①祓い士と術士に共通する“霊脈”について、麻璃流くんに教えてさしあげなさい。」
「んっ。」
萌華がいきなり片手を差し出す。
「……なんだ、その手は?」
「授業料10万。」
「金取るんかいっ!」
オレは即座に萌華の手をぴしゃりと叩き落とした。
「ちっ!パパならたくさん金持ってるはずでしょ?ケチなおっさんだな!」
「誰がパパだっ!
オレはまだそんな年じゃない!現役ピチピチの高校三年生だぞっ!
それに、金取るならオレじゃなくて麻璃流からだろ!?」
「あははっ!けんさんおとうさーん!」
「やめろーー!」
麻璃流を追いかけ回すオレだった。
「まったくもう!仕方ないですね。
いいですか麻璃流先輩。
よーく聞いて、その空っぽの脳みそにしっかりぶち込んでください!」
「萌華ちゃん、毒舌過ぎてかわいいー♡」
「んなっ……!?だ、だから抱きつくなってのーー!」
再び麻璃流に抱きつかれ、萌華は顔を真っ赤にしながら全力で引き剥がす。
そしてポケットからスマホを取り出した。
おそらく、中等部の頃に使っていた教材を写真に残していたのだろう。
その画面を麻璃流に見せながら説明を始めた。
「霊力っていうのは簡単にいうと、わたしらでいえば霊技。
術士でいえば霊法を使う時に必要な“霊的エネルギー”のことで、要は体内エネルギーのことです。
ここまではわかりますか?」
「うん!つまり魔訶不思議エネルギーってことだね!?」
「……はい、そういうことです。」
萌華の顔に、早くも先行きの不安が浮かんだ。
──ははっ♪
”バカな子ほどかわいい“ とはよく言うが……なるほど、こういう感情か。
これはもう、バカな子のためにも、一から教えてやるしかなさそうだ。
まったく、手のかかるめんどくさい後輩だ。
「……なにニヤついてんの、おっさん。きっしょ。」
「に、ニヤついてねぇわっ!
あと、“謙一郎先生”な!?」
自然と笑みが漏れていたらしい。
萌華のツッコミに、思わず慌てふためくオレだった。
「んじゃ、次。
①祓い士と術士に共通する“霊脈”について──でしたっけ?」
萌華がスマホをスライドさせ、写真を切り替えて説明を続ける。
「わたしたち“霊力を持つ者”の体内には、動脈、静脈の他に、第三の脈が存在します。
──それが、霊力専用の“霊脈”です!以上!!」
「あっ!思い出した!
霊力が流れてく脈のことだよね!?」
「その通りです。
思い出していただけたようで、なによりです。」
萌華は説明を終えると、スマホをしまい、ふぅっと肩の力を抜いて地面にちょこんと体育座りした。
まるで「もう先生業はやりたくない」とでも言いたげな、やれやれ顔だ。
「ありがとうございました、萌華先生。
あとは、この謙一郎先生が説明いたします。」
オレはグイッと眼鏡を直し、説明を始める。
「②祓い士と術士、それぞれの“祓い方”の違いについて。
中等部の時に術士として活躍していたであろう二人には、今さら説明はいらんと思うが、改めて確認のために話す。」
「なによ、“あろう”って。立派に活躍してたわ。」
「あたしもー!下級なら、ぜっくんよりも多く祓ってたよ!!」
「なっ……!?そ、それならわたしだって、狂人牙恩よりも多く祓ってました!しかも、中級をっ!」
「それだったらあたしは──」
「おいおい……なんでそこで張り合うんだ。
大事なのは“これまで”じゃなく、“これから”だろ。」
まるで学級崩壊の始まりを告げるかのようになぜか揉め始めた二人を、オレは必死に宥めた。
──これじゃあ、まともに授業なんて進められやしない。
「懐かしいなぁーー!
もう、あれから一年も経っちゃったのかーー!
あの頃はみんなして“祓い士”を名乗って、気合い入れて悪霊祓いに挑んでたっけ!
萌華ちゃんたちもそうだったでしょ?」
「そうですね。
高等部では、祓い士といえばわたしたち精霊刀剣の使い手のことを指しますけど、元々は“悪霊を祓う者”のことを祓い士と呼びますから。
わたしにとってはまだ数ヶ月前のことですけど、狂人牙恩以外はみんな喜んで術士ではなく祓い士を名乗ってましたね。」
「だよね!?
あの頃はみんなが、高等部にあがったら『祓い士になれたらいいなー!』なんて言ってたりしてさ!
ほんと、あたしたち大精霊に選ばれてラッキー!ありがと、水青龍!!」
麻璃流は満面の笑みで、自分の剣の柄を撫で回し始めた。
「……そうですね。ですが、今となっては……」
萌華がその小さい顔を伏せた。
その表情になるのも、無理はない。
今聞いた話によると、中等部のやつらから見れば、オレたちは憧れの存在だったのだろう。
実際、入学式の時には周りのやつらがこぞって願っていた。
「大精霊に選ばれますように!」「祓い士になれますように!」
だが今は──そんな声など、影も形もない。
高等部に上がって「祓い士になりたい」と口にする者は、まずいない。
むしろ「大精霊に選ばれなくてよかった」と胸をなで下ろす者がほとんどだ。
理由は単純だ。
下級や中級とは比べものにならない強さを持つ上級悪霊。
さらに、その先に待ち構えるのは超常級悪霊という怪物。
相手にするのは、そんな化け物どもだ。
そして現実は、あまりに残酷。
白亜先生を除けば、この祓い科を卒業してなお現役で祓い士を続けられた者は、一人もいない。
祓い士になれば、死ぬ。
それも──高校生のうちに。
その未来しか残されていない。
過去の精霊刀剣の使い手の中には、死の恐怖に押し潰され、心を病んだ者すらいたと聞く。
だからこそ、中等部では教えていないのだろう。
非情すぎる真実を。残酷すぎる現実を。
──だが、高等部に上がれば、誰もが否応なく思い知らされる。
「祓い士になりたい」なんて言える奴は、もはや普通じゃない。
そいつはきっと──異常者だ。
そう──このオレのように。
「けんさんは、高校からこの学園に入ったんですよね!?」
「ああ。
中学は地元の普通の中学に通ってた。
でも、卒業してすぐに悪霊が見えるようになって……すぐ精霊省に報告したんだ。
たしか広報科って言ってたかな?そしたら、“高校はここに通ってもらう”ってな。」
「へぇー!自分から報告するなんてまじめだぁ!
あたしなんて、中二の時に悪霊が見えるようになったらすぐに白亜先生が来て『明日からここに来てくれ!』って言われたもん!
でも、どうしてあたしが霊力に目覚めたってわかったのかなー?」
「霊力に目覚めた人間は、自然と霊気を放つ。
それを精霊省が感知して、データのない人間は強制的に十文字学園へ。そういう仕組みらしいですよ。」
「へええ!そうだったんだ!萌華ちゃん博識ー!!」
「……それも、一応中等部で習ってるはずですけどね。」
萌華は深いため息をつき、呆れ顔を麻璃流に向けた。
「それじゃあけんさんは、高校入学直前に霊力に目覚めて、そのままここに入学。
しかもすぐ精霊刀剣の儀で、風の大精霊に選ばれたってことですね!
すっごーい!なんかエリートって感じでかっこいいーー!!
ねっ!?そう思わない、萌華ちゃん!」
「全然。
桜蘭々様もそうですよ。」
「えっ!?そうなんだ!?
じゃあ桜蘭々さんもすっごーい!!エリートだーー!!かっこいいーー!!」
麻璃流は興奮のあまり、その場でトランポリンでもあるかのようにぴょんぴょん跳ね回っていた。
「──違う。」
オレは喉を詰まらせながら、重く口を開いた。
「違うって、なにがです?」
麻璃流は首をかしげ、澄んだ瞳で真っ直ぐオレを見つめる。
そのまっすぐさに耐えられず、オレは慌てて視線を落とした。
──オレは全然エリートでもなんでもない。
かっこよくもないし、すごくもない。
──兄貴と比べたら、オレなんて……
義兄の高橋心二は、中等部時代は成績優秀。周りからは兄貴分のように慕われ、みんなから好かれる人気者だったという。
高等部になってもそれは変わらなかったそうだ。
精霊刀剣の儀では、地の大精霊に選ばれ、地の精霊大剣の使い手として数々の任務をこなし、白亜先生以来の優秀な祓い士と評されたほどだ。
そして、あの有名な蕪島事件で──蕪島に封印されていた、とてつもなく恐ろしい超常級悪霊を命を賭して祓い、日本を救った。
今では誰もが兄貴を「蕪島の英雄」と呼ぶ。
そんな超優秀な兄貴と比べれば、オレは何もかもが足りない、ダメな人間だ。
精霊刀剣の儀でも、あんな結果になれば──蔑んだ視線を向けられるのも、当然だ。
──あの人が、あの心二さんの弟なんでしょ?それなのに……
──だっさ。心二さんも出来の悪い弟をもってがっかりしてるだろうな。
──むしろラッキーじゃない?うちらが選ばれる可能性が増えたってことじゃん!
あの時のことを思い出すと、胸がざわつき、視界が熱くなる。
ギュッ!
震える体を、両拳を握りしめることで押さえつける。
唇を噛み、必死に声を絞り出した。
「……オレは、精霊刀剣の儀の時に……どの大精霊にも選ばれなかった。
オレが、風の大精霊に……風の精霊手裏剣の使い手として選ばれたのは──高ニの夏だ。」
『高二の夏──!?』
麻璃流と萌華の声が、同時に重なって響く。
驚きと衝撃が混じった反応。それも当然だった。なぜなら──
「そんな人がいるんですか!?
入学時の精霊刀剣の儀で選ばれなかったら、大精霊に選ばれる素質はもう二度とないと判断されて、精霊科の人たちはその後、みんな精霊省勤務を目指すってのが普通なのに……」
「……普通があるってことは、例外もあるってことだ。
オレはそこで選ばれず、地元の仙台校に配置された。当然──精霊科としてな。
その後、いろいろあって高二の夏、白亜先生に頼んで、もう一度精霊刀剣の儀をやらせてもらった……
そこで──風の大精霊がオレを選んでくれたんだ。」
「へぇぇ……そういうパターンもあるんですね。」
驚く麻璃流をよそに、小指で耳かきしながら萌華が淡々と──こう言った。
「ふぅん……よくわかんないですけど、なんだ。おっさんも最初は……
──“落ちこぼれ”だったんですね。」
──“落ちこぼれ”。
それは、ここに来てから何度も言われた。
オレにとってはもはや──聞き慣れた言葉だった。
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