第六十六話 三つの訓練方法
【東京都港区 お台場海浜公園】
「すっごーーい!
あんなにたくさんの竜巻を、敵陣だけに放つなんて!」
「ふっ、どうだ。
見事な制御だっただろう?」
「……ドヤ顔うざっ。」
150にものぼる砕けた悪霊玉から、淡い光がこぼれる。
その光の中に、やがて透き通る人影が浮かび上がった。
──それは、中級悪霊の“元”となった精霊の魂。
オレはただ、その魂たちが空へ還っていくのを、静かに見送った。
「とりあえず、これで一旦は落ち着いたな。
……さて、霊力制御についてだが──萌華。」
「なんです?」
オレは胸にあった不安を払拭するため、萌華に問いかけた。
「お前、今までどうやって霊技を出してきた?」
「霊技ですか?……まあ、大体こんな感じ?で出してましたけど。」
それがなにか?と言わんばかりに、萌華は真っ直ぐオレを見返してくる。
「や、やっぱり……!反応がなんかおかしいと思ったら……!
お前、桜蘭々から霊力制御について何も教わってないな!?
普段、霊力制御訓練はしてないのか!?」
「霊力制御訓練?
桜蘭々様からは、身体強化訓練しか教わってません。
『体が資本だ。だからまずは、体作りから始めるのが基本だぞ』って。」
「いや、正論っちゃ正論だけど……それ、どっちかっていうと社会人の教訓じゃないか?」
「桜蘭々さん、ちょっと脳筋っぽいところありそうだもんね!」
麻璃流がケラケラと声をあげ、楽しそうに笑った。
「んなっ……!?桜蘭々様をバカにしないでくださいっ!!
た、確かに“心・技・体”を、つい最近まで“身・技・体”って勘違いしていた、かわいいところはありますけど……!」
「“身・技・体”って……一番目と三番目、意味丸かぶりだろ……」
「桜蘭々様は心がとてもお強い方なので、“精神を鍛える”という概念がピンとこないんだと思います。
まずは身体を鍛え、次に技を磨き、そして最後に身体をより強くする!
それが桜蘭々様の、後輩教育方針です。」
「ま、まさしく脳筋の思考回路だ……」
──確かに、身体強化は大事だ。
だが、後輩に教えるとなれば、優先順位というものがあるだろうに……。
いや、これ以上他校のやり方に口を出せば、余計に揉めるか。
「麻璃流は?
霊力制御訓練はちゃんとやってるよな?」
「もちのろんですっ!
でも、ぶっちゃけちゃうとー……霊力制御の仕組みって複雑じゃないですかー?
正直、未だによくわかってないっていいますかー……」
「うそ……だろ……?
そんなんで、ちゃんと制御できてるのか?」
「それが不思議なことに!実戦でもちゃんと上手くできてるんですよ!
こう、があーっと!ぐわーっと!心の底から霊技名を叫ぶと、水青龍がうまいことドーン!って! あははっ♪」
「笑い事じゃないぞ、まったく……!
つまり、頭では理解してなくても、感覚でうまくやってるってことか。」
それはつまり、物事を直感や経験で捉え、論理的な思考よりも感性や直感を頼りに行動している状態。
麻璃流はその直感が人一倍優れているからこそ、結果的に上手くいっているのだろう。
霊力制御は、最終的には無意識で行える域に達するべきものだ。
麻璃流もすでに、その域に達してはいるのだろう──だが、それでは危うい。
理屈を理解せず感覚任せでやっていれば、いつかどこかで霊力制御が乱れ、柄への霊力供給が途絶えるリスクがある。すなわちそれは、霊技が発動できないのと同義。
それが大事な局面で起これば、致命的な隙となるのは必然だ。
──だからこそ、やはり原理を理解しておくことは欠かせない。
「二人とも!これが終わったら、帰って霊力制御訓練だからな!
オレが一から鍛えてやる!」
「はーい!」
「えぇぇ……桜蘭々様といちゃいちゃする貴重な時間が……」
麻璃流は元気いっぱいに手を挙げ、萌華は露骨に嫌な顔。
「ふふふ♪」
「なにを笑ってる、麻璃流」
「面倒見いいですよね、けんさんって!
刹那さんと一緒で、後輩思いの良き先輩って感じ!
こんな優しい先輩たちに恵まれて、あたしたちラッキーだね?ねっ、萌華ちゃん!」
「べ、別に……!
桜蘭々様に比べたら月とスッポン……いや、比べるだけ桜蘭々様に失礼……って!
いちいち抱きついてこないでくださいよ!麻璃流先輩!!」
麻璃流に抱きつかれ、萌華は顔を真っ赤にしてじたばたと抵抗する。
──『良き先輩』……か。
ありがとう、麻璃流。そう思ってくれて。
だけど──本当は違うんだ。
オレはただ、そうあろうと必死にもがいているだけの情けない男だ。
理想の先輩像を追いかけ、手を伸ばしては──空ばかり掴んでいる。
それでも、オレは諦めない。
オレのことを本気で先輩だと慕ってくれる──あいつのために。
込み上げるものを堪えきれず、袖でそっと涙を拭った。
「ち、ちなみに、神戸校の方は普段、どんな訓練の仕方をされているんですか?」
抱きついてくる麻璃流を必死に振り払いながら、萌華が尋ねた。
「あたしたち?
基本、みんなで一緒に訓練してるよ!
でも最近は天嶺叉が入ってきたから、一人でやることが増えたかな!
刹那さんが天嶺叉につきっきりで、霊力鍛心訓練を教えてるんだ!」
「霊力鍛心訓練を?
なんでまた、それを刹那は一番最初に?」
「『霊法という、魔法のような摩訶不思議な力を手に入れたのに、それをまず極めようとしないなんておかしいですわっ!』だそうです!」
「ほ、ほう…… それも、どっちかっていうと厨二病男子の考え方だけどな……
なるほど、だから天嶺叉も霊力制御ができていなかったのか。」
──まあ、こんな力を手に入れれば浮かれる気持ちも分かる。
だがこれは遊びじゃない。
命懸けの戦場で生き残るため、どんな悪霊でも祓えるようになるための訓練のはずだ。……とはいえ、刹那なりに考えがあってのことだろう。
東京校と同じく、他校のやり方に口を出すのはやめておくことにした。
「八戸校はどんな感じなんです?
がっくんには、霊力制御訓練から教えてるんですか?」
「もちろんだ。
オレたちの霊技には“霊斬”と“霊法”、二つの種類があるだろ?
身体強化訓練は、霊斬特化。霊力鍛心訓練は、霊法特化。
そして霊力制御訓練は、霊斬と霊法の両方に活用できる。
だからまずは、バランスよく両方に活かせる霊力制御訓練から始めるのが普通だ──って、オレは先輩から教わった。」
「へええ……。
まあ結局のところ、どの訓練から始めるかって、校舎ごとの特色みたいなもんなんじゃないですかね?
神戸校は霊力鍛心訓練から。東京校は身体強化訓練から。八戸校は霊力制御訓練から──みたいな?」
「……確かに。
二人の話を聞いてたら、そんな気がしてきた。」
自然と、麻璃流と顔を見合わせる。
「じゃあ、今までの話をまとめると、訓練は大きく分けて三つあるってことですね?」
萌華が真剣な顔で問いかけてきた。
「そうだ。
刀剣道は基礎だから別枠として──オレたち精霊刀剣の使い手がやる訓練は、大きく三つ。
──身体強化訓練。霊力鍛心訓練。そして霊力制御訓練だ。」
「ほえぇ……そんなにあるんですか……」
「それこそ、さっき話に出てきた“心技体”に当てはめるなら──
霊力鍛心訓練が“心” ──心を鍛えることで、霊力の質を高め、霊法を強化する。
霊力制御訓練が“技” ──技術を知り、習得することで、霊技を自在に扱えるようにする。
そして身体強化訓練が“体” ──身体を鍛えることで、攻撃に重みを乗せ、霊斬を強化する。……って感じだな。」
「それだと最初は、霊力鍛心訓練をするべきでは?」
「うっ……!そ、それは……」
正論を突きつけられ、思わずぐうの音も出なかった。
「ってか、そんなのできたところで、本当に強くなれるんですか?
あいつが言うには、自分の心の叫びがうんだら……って、言ってましたけど。」
「“大精霊モード”だっけ?
すごかったもんね!超常級悪霊を相手に、ババーン!グワーン!って圧倒してさ!
まさに大精霊との一体化!
変身!!モード・水青龍!!」
麻璃流は、水の精霊分離剣をぶんぶん振り回しながら、あの時の白亜先生の動きを全力で真似していた。
「アホだなー、お前は。」
「なにぃ!?」
萌華が剣幕を張って、オレをギロリと睨みつけた。
「お前、このまま霊力制御について何も知らずに桜蘭々と一緒に戦ってみろ?
あっちこっちに飛び散ったり、どこに飛んでいくかもわからない霊技に、一番迷惑を被るのは誰だ?」
「うっ……!そ、それは……!」
「桜蘭々の身体強化も、刹那の霊力鍛心も確かに大事だ。
だけど、霊力制御だって同じくらい大事だとは思わんか?」
「ま、まあ……!一理あるのは認めてあげてもいいかもですね!
た、確かに霊力制御をちゃんとできて、桜蘭々様のご迷惑にならないようになるのであれば、必要かもしれません……
えっ!?ってことは、わたし……もしかして、すでに気付かないところで桜蘭々様にご迷惑を!?」
「可能性は十分あるな。」
「そ、そんな……!
わたし、もう生きていられない……。
大変申し訳ございませんでした、桜蘭々様。
この萌華、腹を切ってお詫びを──!」
「武士かっ!」
「やだーーっ!!萌華ちゃん死なないでーーっ!!」
自分の腹に、毒の精霊短刀の刃先を向けようとする萌華を、オレと麻璃流は慌てて押さえつけた。
「心配するな。
さっきも言ったが、ちゃんと努力すればできるようになる。
ただ、訓練は今できない。帰ってからだ。
だが知識だけでも、今のうちに頭に入れておけ。
今から霊力制御を意識するだけでも、精霊刀剣の扱い方は変わる。
麻璃流、お前も今回でしっかり理解するんだぞ!」
「はーい!!」
麻璃流の持つ水の精霊分離剣──その片剣身が水の手の形となり、ぴょこんと元気に挙手した。
「それでは早速始めよう。
題して──高橋謙一郎先生の霊力制御講座!!」
「お願いします!ハラウンイエローグリーン先生!
ほらほら、萌華ちゃんも一緒に!」
「……お願いします、おっさん先生。」
「謙一郎先生なっ!?」
ぱちぱちぱちぱちっ♪
今度は、水の両剣身が楽しそうに拍手していた。
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