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第五十七話 人は第一印象が九割

【注意!!】

※今話は、国立十文字学園高等部神戸校祓い科一年、伊藤天嶺叉の視線でお送りいたします。


予想よりもだいぶ長くなってしまった六月一日ですが、今話で終わりとなります。

ぜひ、最後までご覧いただけると幸いです。


【国立十文字学園高等部東京校 学生寮10階 大広間“(はる)”】


「……寝れない……」


枕元に置いたスマホを手に取る。

画面を見ると、時刻はもうすぐ日付が変わる頃だった。


本当に、今日はとんでもない一日だった。

朝に神戸を発ち、新幹線で東京へ。

到着してすぐに悪霊との戦闘があり──その直後には、まさかの超常級悪霊と遭遇。

それから歓迎会まで。


あまりにも濃密すぎる一日で、心も体もとっくに限界を迎えているはずなのに、どうしても眠れない。


その理由は……はっきりしている。


「ぐがあああああっ!!ぐがあああああっ!!」


……桜蘭々さんの、まるで猛獣の咆哮のような豪快ないびき。


「ぎしぎしぎしぎしっ!!ぎしぎしぎしぎしっ!!」


……麻璃流さんの、重低音を奏でる歯ぎしり。


「あんっ♡だめよダーリン♡

 まだ、まだわたくしたちは正式にお付き合いをしておりませんのに♡

 ああんっ♡」


……刹那さんの……え、えっちな寝言。


──そう、騒音地獄である。


「すぅぅぅ…… すぅぅぅ……」


こんな状況下でも、萌華ちゃんは逞しく、静かな寝息を立てて眠っていた。

寝相はすごくひどいけど……

抱き枕にグーパンチを繰り出す格好で眠っている。

あの抱き枕、誰を想定してるんだろう……怖い……


この大広間“(はる)”は、つい数時間前に突如として新設されたばかりの、女子専用大部屋らしい。


しかし、“大広間”とは名ばかりで、部屋の広さは12畳程度の縦長和室。

布団を五枚敷いたら、スペースはもうギリギリだ。


本来、10階は、神戸校の学生寮と同様、部屋は全て個室だったと萌華ちゃんから聞いている。

それが白亜先生の一存により、個室の壁は全てぶち破られ、大部屋に改造されたのだという。


ちなみに、気付いた方もいるかもしれないが、男子部屋の大広間の名前は“(あお)”。

そして、この女子部屋の大広間の名前は“(はる)

そう、合わせると──“青春(あおはる)”となる。


……うん、実に白亜先生らしいネーミングセンス。


「……トイレ」


ウチはそっと布団を抜け出し、同じ階にある女子トイレへと向かった。


─────────────────────────────────────


【国立十文字学園高等部東京校 学生寮10階】


薄暗い廊下を歩いていると、ふと前方に“影”が見えた。

人の形をした、暗がりに立つシルエット。


誰か……いる?


月が雲の合間から顔を出し、窓から差し込む月光がその顔を照らした。

その姿には見覚えがあった。

この人は……


「あれ?天嶺叉さん?」


八戸校二年──佐藤銀河先輩だった。


「え、あ、う……

 お、おはよう…ごじゃいます……」


あまりの緊張に思わず噛んでしまう。それに、今の時間帯は深夜なのに朝の挨拶をしてしまった。

恥ずかしさで顔が熱くなる。


「眠れないんですか?」


銀河さんは優しい声で、ふんわりと問いかけてきた。


「え、あ……はい……」


その瞬間──

あの騒音たちが、廊下にまで漏れてきた。


「ぐがあああああっ!!ぐがあああああっ!!」

「ぎしぎしぎしぎしっ!!ぎしぎしぎしぎしっ!!」

「あぁぁぁぁんっ♡そこはだめよダーリン♡

 まだ、まだわたくしたちには早過ぎますわぁぁぁぁ♡ ♡ ♡」


なんと凄まじい。

刹那さんと麻璃流さんの寝相のひどさは知っていたが、今日は特段凄まじい。

きっと慣れない環境によるものなのだろう……


「あはは♪

 みんな、すごい寝相ですね!確かにこれは眠れないかも!」


銀河さんは明るく笑った。


「ぎ、銀河さんも……眠れないんですか……?」


おそるおそる尋ねると、銀河さんは東京の夜景を見つめながら、少し沈んだ声で答えた。


「そうなんですよ……今日のこと、いろいろ思い出してて……」


銀河さんは、今日の出来事を思い出すように、静かに言った。


「大量の上級悪霊たち、そしてまさかの超常級悪霊との戦闘

 それに、白亜先生が言っていた“2nd STEP”に“大精霊モード”……

 情報が多すぎて、頭と心の整理が追いついていない感じで……」

「き、今日だけでいろいろありましたもんね……」

「でも……本当に眠れない理由は、たぶん別にあって……」


銀河さんは、唇をぎゅっと噛み締めた。血が滲むほどに。


「……すごい……悔しかったんです

 ──上級悪霊たちとの戦闘では、桜蘭々さんたち東京校のみなさんに助けられなかったら死人が出ていたかもしれない

 ──超常級悪霊との戦闘では、自分の力がまるで通用しなかった

 ──白亜先生の戦いぶりを見た時……自分とは雲泥の差を感じた

 本当に、自分の力のなさを思い知らされました」


その言葉は、深く心に突き刺さった。


「……悔しくて、悔しくて……

 このままじゃ、大切な人たちを守れない

 もし、自分の無力さのせいで誰かを失ったらって考えると……怖くて、怖くて……」


胸がぎゅっと締めつけられる。


「そ、その気持ち……ウチもわかります……

 ウチも……同じなので……」


その瞬間、銀河さんは優しく微笑んだ。

まるで、ウチの気持ちごと包み込んでくれるような、温かな笑顔で──


そういえばあの時──


『はあっ、はあっ……

 も、もうダメ……

 ウチ、これ以上は走れないです……』

『だ、大丈夫ですか?』


東京駅前の広場──

刹那さんと麻璃流さんを追いかけて走り回って、ウチはもうヘトヘトだった。

そんなウチを心配して、銀河さんが優しく声をかけてくれたのに……

ウチは、恥ずかしくて、その場から逃げるように立ち去ってしまったんだった。


結果的には、銀河さんのことを無視するみたいになってしまった。

ちゃんと謝らないと。

本当は──無視したかったわけじゃない。

ただ、恥ずかしくて、緊張して……

どうしていいか分からなくて、つい逃げ出しちゃっただけなんだと。


「あ、あの……銀河さん……」

「はい?」

「あの、ウチ……ウチ……」


ちゃんと謝らなきゃ。

言え、言うんだウチ!謝罪の言葉を!


「えっと……ウチのこと、天嶺叉って呼んでください……」


──え? 今、ウチ……何て言った?


頭で考えていたことと、口から出た言葉がまるで違った。


「と、年下なので全然……あの…… 敬語も大丈夫です」


まずい。謝るつもりが……何を言っているんだウチは……!?


「そっか……!

 了解!天嶺叉!」


満面の笑みで返されて、また胸が締め付けらる。


「ありがとね!天嶺叉!気遣ってくれて!」


またも銀河さんは優しい笑顔を向けてくる。


違う!違うのにっ!

本当はちゃんと謝りたかったのにっ!


『いい?何度も言うけど、銀河先輩みたいな誠実っぽい人の方が危険なんだからね!

 なにか変なことされたり、言われたらすぐにわたしに教えること!オッケー!?』

『う、うん、わかった……』


ふと、お風呂上がりの大広間で、萌華ちゃんに言われたあの言葉が脳裏をよぎった。


正直、この銀河さんは──よくわからない人だ。


以前読んだ“人は第一印象が九割”という本には、自分が最初に感じた直感は案外正しいものだと書いてあったけど……

歓迎会の様子を見た感じ、みんな、白亜先生の言った通りの第一印象だった。


「お肉ーーーー!!バクバクっ!!……飽きた!

 野菜ーーーー!!バクバクっ!!……よしっ!飽きた!

 海鮮ーーーー!!バクバクっ!!……うんっ!飽きた!

 ケーキーーーー!!」


お肉を食べ始めたと思ったらすぐに野菜へ。野菜を食べ始めたと思ったらすぐに海鮮へ……

八戸校一年、鈴木牙恩くん。

とても飽きっぽい人。


「牙恩!もっと落ち着いて食え!

 さっきから飛び散ってるぞ!」


網の上にのっている野菜やお肉、海鮮などの具材を一つ一つ丁寧に焼いている。

八戸校三年、高橋謙一郎さん。

とても真面目そうな人。


「うん!うまい!」


発泡スチロールのトレーに入った肉を、ためらいもなくそのまま網の上にドサリと放り込む。

ジュウッと音を立てて焼きあがったそれらを、一度にまとめてすくい取り、そのまま豪快に一口で、全部頬張った。

東京校三年、山本桜蘭々さん。

とても豪快な人。


「あっ!是隠先輩!そこのお肉焦げてますってば!早く救出しないと!」

「慌てるな、萌華

 何かを救うとき、一番大切なのはまず、自分の安全を確保することだ

 じゃないと、救出対象がパニックを起こして共倒れになる可能性がある……

 ちなみに、今の拙者はのどが渇いている

 さて、まずは水分補給から……」

「いや、悠長すぎィィィィィ!!」


萌華ちゃんが慌てて注意するも、自分のペースを乱さない。

東京校二年、中村是隠さん。

とてもマイペースな人。


「桜蘭々様!のどは乾いておりませんか?

 ここにお水、お茶、ジュース、炭酸、プロテイン、全てを取り揃えました!」

「それじゃあ、プロテインをもらおうかな」

「お任せください!何味になさいますか!?苺、ココア、バニラ、バナナ、ヨーグルト、ブルーベリー、ストロベリーなどなど、多種多様に取り揃えております!」


まるで忠犬のように常に桜蘭々さん(だけ)に寄り添い、全力で尽くしている。

東京校一年、小林萌華ちゃん。

桜蘭々さん(だけ)にとても従順な人。


そして、銀河さんの第一印象は──

白亜先生が言ったとおり、優しそうな人。

走り疲れたウチに手を差し伸べてくれたあの時、確かにそう思った。


だけど、その後すぐに真逆の印象を受けることになった。


なぜなら、超常級悪霊が現れたあのとき、誰もが恐怖に顔を歪め震える中──

違う反応をしていたのが二人いた。


一人は──桜蘭々さん。

“学園最強の祓い士”とも呼ばれ、既に超常級悪霊も祓ったことがあるのだとか。それも一人で。

あの場面でも、一切の動揺を見せず、ただ堂々とその場に立っていた。

それはまさしく、積み重ねられた実戦経験に裏打ちされた、確固たる自信のなせる技だろう。


そしてもう一人は──この銀河さんだ。

銀河さんもまた、他の誰とも違う反応を見せていた。


ウチは──見てしまったのだ。


『みなさん、構えてください!!

 ——来ます!!』


超常級悪霊が姿を現した、あの瞬間。

銀河さんはほんの一瞬、ほんのわずかだが──


たしかに、嬉しそうに笑っていた。


その笑みは、どこか不気味で、ゾッとするような不敵さを帯びていた。


──あのときからだ。

ウチの中で、銀河さんの印象がガラリと変わったのは。


“優しそうな人”から──

“何か得体の知れない、不気味な人”へと。

謙一郎、牙恩、是隠の、ここだけの内緒話

銀河が歓迎会でにんにくを食べ過ぎたせいで、男部屋はしばらくニオイ地獄。

換気のために窓を少し開けて寝ているけど……本当は、ちょっと寒い。


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