第五十四話 男湯での出来事
久々に“男の叫び”が登場いたします!が……
以前にもお伝えしたように、男というと主語がでかく誤解を招くので、私というクズ人間の叫びと捉えていただきますよう……
【国立十文字学園高等部東京校 学生寮10階 男湯】
「あ〜〜〜……生き返る〜〜〜……」
湯けむりに包まれた学生寮10階の男湯。
大浴場の天井には檜の板張りが施され、窓の外には夜の東京の灯が淡く揺れている。
おれたちは今、長い戦いと慌ただしい歓迎会を終え、ようやく束の間の安らぎを味わっていた。
ここ、東京校の学生寮は、国立十文字学園高等部東京校の、広大な敷地の一角にある。
十階建ての巨大なマンション型施設。
上階から順に、十階は祓い科専用フロア。
九階〜五階が精霊科女子寮。
五階〜一階が精霊科男子寮という、八戸校の学生寮と”ほぼ“同じ構造、振り分けになっていた。
「う〜〜〜……心も体も洗われていく〜〜〜……
そうか、これが極楽……」
隣では、是隠がマスクと鉢巻をつけたまま、湯船に肩まで浸かっている。
こんな状況でも、彼は一切それらを外すことはなかった。
「〜♪」
奥のシャワースペースでは、牙恩が鼻歌を口ずさみながら泡だらけの頭を洗っている。
シャンプーハットを被っているその姿は、あまりに無防備で、もはや子どもそのものだった。
「ふっ!ふっ!」
謙一郎さんは湯船の段差に座り、上半身のストレッチを繰り返していた。
筋肉が……うねっている。
「是隠さん、その鉢巻とマスク、外さないんです?」
シャワーを終えた牙恩が、湯をはねさせながら隣に入ってくる。
「そうだぞ是隠!
男たるもの、すべてを曝け出してこそ、本当の“裸の付き合い”というものだ!」
謙一郎さんは腕を組み、どこか哲学的に言った。
今日も変わらず──
謙一郎さんの謙一郎さんは、見事な存在感を放っている。
「……わかりました」
是隠は短くそう答えると、湯の中でそっと手を動かした。
まずは、顔を覆っていたマスクを静かに外す。
「び……」
「び……」
「び……」
『美少年!!』
おれたち三人は、ほぼ同時に叫んだ。
──その顔は、まさに芸術だった。
細く通った鼻梁、品のある口元、整った輪郭、そして透明感ある肌。
まるで、韓流ドラマに出てくるトップ俳優のような美しさを湯煙の中にたたえていた。
「なんでそんな美少年なのに普段、顔隠してるの!?
もったいないよ!」
「そうですよ!宝の持ち腐れです!
すごい……同じ高校生で……こんなモデルみたいな人初めて見ました!」
「韓流イケメンってやつだな!!」
興奮気味のおれたちが次々と詰め寄る中、是隠は居心地悪そうに視線を逸らしていた。
「い、いや、あの……ちょっと、いろいろあって……」
だが、是隠の表情には笑顔はなく、目は怯えていた。
「ほらほら!鉢巻も外そうぜ!」
「ここまできたら、全顔公開しましょう!」
牙恩と謙一郎さんは、完全にテンションが上がっていた。
だが──
是隠は目に見えて動揺し、手が震えていた。
「……是隠?」
おれが声をかけた瞬間──
彼の指が鉢巻を解き、ゆっくりと頭から外す。
その額に現れたのは──
幾重にも押し付けられた……タバコの火傷跡だった。
赤黒く、斑点のように、額全体に広がる無数の痕。
「……っ!?」
男湯の空気が、一気に冷え込んだ。
「ご、ごめんなさいっ!」
「すまんっ!是隠……!」
あんなにはしゃいでいた牙恩と謙一郎さんが、慌てて頭を下げる。
「いえ……大丈夫です」
是隠は小さく微笑んだ。
けれど、その微笑みはどこか痛々しくて──
彼はゆっくりと鉢巻を巻き直し、またその痕を隠した。
「……おれと一緒だね、是隠」
「え……?」
おれは、無言で背を向けた。
そして──湯船から半身を出し、自分の背中を見せた。
「ほら、見て……
おれの背中にも、こんなに大きな火傷跡!
ひどいでしょ?」
その瞬間、是隠が目を見開く。
おれの背中には、肌を焼き尽くすような大火傷の痕が、背面全体にわたって広がっている。
「……それは……」
「白亜先生が言うには、一年前にできたんだってさ、これ!」
「白亜先生が言うには?」
「うん、実はおれその時の記憶も、それ以前の記憶もないんだ!」
「記憶が?」
「そう!自分のことも、家族のこととかも……
だから、この火傷の原因がなんなのかも全然覚えてないんだよね!アハハッ♪」
白亜先生の話によれば──
一年前、八戸市民病院に運ばれたおれは、意識不明の重傷状態。
背中には、ひどい火傷を負っていたという。
おれは意識がない中、一日中叫び、暴れ、何度も治療室のベッドの上でのたうち回り、そのたびに看護師たちが必死に押さえつけていたらしい。
これほどの大火傷であれば、数日、あるいは数週間、あるいは数ヶ月、意識不明の状態でもおかしくないのに、翌日には意識を取り戻したとのことだ。
意識を取り戻した時、背中に熱さを覚えたのは、昨日のことのようにはっきり覚えている。
火傷の原因について、白亜先生はこう推測した。
蕪島が焼け野原になっていた惨状のせいか、それとも火属性の悪霊に襲われた影響か。
どちらにしても、おれ自身はその瞬間の記憶をまるごと失っていたので正確な理由は不明。
だけど、一つだけ、確かに言えることがある。
それは、この背中の火傷を見るたびに、どうしようもなく──嫌な気分になるんだ。
それがなぜなのか、自分でもわからない。けれど、心の奥がざわつく。
焦げた皮膚の感触が、何か大切なものを奪われた気がしてならない。
「まさか……銀河も……」
「?」
是隠の声は、震えていた。
そのとき、隣の女湯から声が漏れ聞こえてきた。
「うわぁぁぁ……
刹那さん、おっぱい大きいだけじゃなくて……
お肌までツヤツヤで超キレイ……!うらやましい!!」
「あら、麻璃流さんだってとってもきれいですわよ!
ちゃんと毎日ケアしている証拠ですわ!
……それにしても……
桜蘭々さん、体つきがすごく引き締まってますわね!
自分のぷにぷにした体が恥ずかしくなってしまいますわ……
もっともっと訓練しないと……!」」
「ふふふ♪
日々の努力、研鑽
体は嘘をつかないからな!」
「っくそぉぉぉ!
なんだってこんなでかいのよ天嶺叉!!
隠れ巨乳なんて卑怯だぞ!!」
「ひゃっ!?っいや……!?ちょ、ちょっと、揉まないでよ萌華ちゃん!?
恥ずかしいよぉっ!」
この男湯と女湯──
実は屋上で空間がつながっており、密閉性に欠ける構造のせいで、女湯にいる女性陣の声がばっちり聞こえてしまうのだ。
「……フッ……フフフッ……!」
牙恩が、静かに桶を積み始めていた。
それはまるで“桶タワー”。
「ん?なにしてるの牙恩?」
「ドュフフフフ♡」
顔は赤らみ、目は据わり、頬の筋肉は痙攣気味に動いている。
この笑い方に、いやらしい顔……
いつのまにか牙恩は“エロガキモード”になっていた。
「女湯が隣にあり、屋上が繋がっているという奇跡の構造──
ということは、こんな状況ですることと言ったら一つしかないじゃないですか?」
「ま、まさか……!?」
「もちろん──
“のぞき”ですよ!」
「バッ!?
やめるんだ!!」
慌てて湯船から立ち上がろうとした瞬間──
「おい!牙恩!」
男湯に響き渡る謙一郎さんの低く、重く、激しい声。
「さ、さすがです、謙一郎さん……
ビシッと叱って止めてください!」
「その積み方じゃ崩れるぞ
もっとこう、ピラミッドのように三角形に積んで土台を安定させてだな……」
「ノリノリだったああああああ!?」
謙一郎さんと牙恩は自前のバスタオルをなびかせながら、職人のような慣れた手つきで桶を積み上げていく。
あっという間に、“桶ピラミッド”が完成した。
「ちょっ……!?どうしよう是隠!?止めないと……!」
「命を賭して、異性の裸を追い求める
……そうか、これが“男気”」
「ちがああああっう!!」
そのときだった。
──バァァァァァンッ!!!
風呂場の引き戸が激しく開かれる。
「貴様らぁぁぁぁぁああああ!!!!
一体なにをやっている!?!?」
湯けむりを切り裂いて現れたのは、白亜先生だった。
肩にタオルを乗せただけ、下はフルチン。
まるで“男湯の大精霊”のように仁王立ちし、おれたちを見下ろしている。
「よ、よかった……!
白亜先生、この二人が女湯をのぞこうとしてて……止めてください!」
「ばかやろおおおおおおっ!!」
白亜先生の怒鳴り声が男湯に響き渡る。
が、次の瞬間──
白亜先生は左手を口に添えひっそりと、おれたちにギリ聞こえる声量で語り出した。
「いいか……女風呂はな……
ここからのぞけるんだよ」
「え?」
白亜先生が指差した先には、壁に空いた小さな穴。
直径わずか数センチ。ちょうど、人差し指の太さほど。
「さすが白亜先生……!なんでもご存じだ……!」
「あたぼうよ、なんてったってこの穴は、俺が高等部時代に作った穴だからな!
この穴は言わば、俺の代から引き継がれている……“神聖なるのぞき穴”
この“神聖なるのぞき穴”から女湯をのぞくことは言わば……この東京校での“伝統行事”だ」
「なんて素晴らしい伝統だああああっ!!」
牙恩が歓喜に満ちた表情で穴へ接近。
「ではまずは、ぼくちゃんがこの目で宝石たちを拝見させていただいて……」
「あっ!ずるいぞ牙恩!
ここは先輩に譲るべきだろう!?」
「ふっ、懐かしいな、俺にもこんなやり取りをした時代があったな……
落ち着けみんな、ここは男らしく、正々堂々じゃんけんといこうじゃないか!
ほら!早く是隠と銀河も!」
白亜先生が湯船に浸かっているおれと是隠に手招きをする。
「じゃんけんで女湯をのぞく順番を決める……
そうか、これが青春」
「お、おれは絶対のぞきませんからねっ!」
是隠は湯船から出てじゃんけんに参加しようとしていたが、おれは断固として出なかった。
それを見た白亜先生が、静かに語り出す。
「俺が教えたこと、もう忘れたのか、銀河?」
「な、なにをです……?」
「超常級悪霊を祓えるようになるために……なにが必要だった?」
「そ、それは……
“大精霊モード”という、大精霊に等しい強大で強力な力を得ること……ですよね?」
「そうだ
では、その大精霊モードになるためには何が必要だと教えた?」
「それは……
2nd STEP、“自分の心の叫びに気付くこと”……です……」
「その通りだ!」
白亜先生はここぞとばかり、目を大きくかっと見開いた。
「今、この穴をのぞけば、あんなかわいい子たちの裸が目の前に広がっているというのに、お前の心はそれを見たいと、本当に叫んでいないのか!?」
「……っくっ!そ、それはっ……!」
「さあ、言え!いや叫べ!!
お前の心は!今、なんて叫んでる!?」
「お、おれの心は……
のぞきたいと!
この穴の向こうにある楽園を、この目で見たいと!
そう──叫んでいます!!
「そうだ!
それでこそ男だ!」
白亜先生のテンションが頂点に達した。
「いいか!?
“男”にはな……“漢”にならなければいけない時があるんだ!
そう、言うなればこれは……
“漢の儀”」
「漢の……儀!?」
なるほど……
“精霊刀剣の儀”が精霊刀剣の持ち主を決める儀式だとすれば、この“漢の儀”は“男”から“漢”に格を上げるための儀式だということか!!
おれは今……白亜先生から試されている!
「さあ!行け!銀河!!
自分の心の叫びに気付いた今のお前なら、のぞけるはずだ!!」
「っはい!!
佐藤銀河、不肖ながら誠心誠意、のぞかせていただきます!」
「よく言った!!」
ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……
心臓が爆発しそうなほど脈打つ。
胸が張り裂けそうだ。
この穴をのぞけば……
おれは2nd STEPを乗り越え、そして大精霊モードという強大な力を手にいれ、超常級悪霊だって祓えるようになるんだ!
ふう……落ち着け……深呼吸だ……
そうだ、こういう時こそ……
「男の叫び THE THIRD!!
のぞき眼ーーーーーー!!!!」
おれは意を決して、穴をのぞき込んだ。
しかし、穴の先に見えたのは──
「何をしているんだ、銀河?」
桜蘭々さんの怒りのこもった鋭い瞳であった。
「えっと……あの……これはその……
青春観察?」
次の瞬間、女湯の方から容赦ない嵐の声が飛んできた。
「ぎっくん、君に──
“スケベ大魔王”の称号を授けよう!!」
「ダーリン!!
一体なにをしているんですの!?浮気だったら許しませんわよ!?
そんなことしなくても、わたくしのだったら、わたくしのだったらいつでも見せますの……に……
きゃああああああっっっ♡♡♡
やっぱりだめよダーリン♡
わたくしたちに、まだ子どもは早いですわぁぁぁぁ♡♡♡」
「だから言ったでしょ、天嶺叉?
ああいう、見た目誠実っぽい人の方が危ないって!
気をつけなよ、あんたみたいなのが一番引っかかりやすいんだから」
「う、うん……銀河さん……危ない人だったんだね……」
──その後、
鬼の形相の桜蘭々さんが雷の精霊長刀を携え、男湯に乱入。
おれたちはまとめてボコボコにされた。
こうして──
白亜先生の代から伝統として引き継がれてきた“神聖なる覗き穴”は、その日のうちに──
モルタルで完璧に埋められたという。
女湯をのぞけなかった悔しさからなのか、それとも自分たちの代で伝統を終わらせてしまった無念さからなのか……数週間。
男湯の湯気の向こうからは、牙恩と謙一郎さん、そして白亜先生による──
「うぉぉぉ……俺の楽しみがああああぁぁぁっ!!!」
「伝統がああああぁぁぁっ!!!」
「漢の儀がああああぁぁぁっ!!!」
──という、“悲痛の叫び”が、夜な夜な聞こえていたという。
※キャラクター紹介
プロフィール追加
名前:佐藤 銀河
背中:大きな火傷跡がある。その原因は……
名前:中村 是隠
素顔:韓流イケメン
額:全体に広がる、幾重にも押し付けられたタバコの火傷跡がある。その原因は……