第五十三話 歓迎会
歓迎会……
結局は“人”なんですよねーー……
私は運良くいい人に囲まれていたので、ありがたいことに歓迎会がつまらないという印象は今のところないです。
【国立十文字学園高等部東京校 屋上】
空に星が瞬く、初夏の夜。
東京の中心にある国立十文字学園高等部東京校、その屋上には、煌々とした照明と高層ビルの夜景を背に、祓い科と精霊科の生徒たち、そして教員までもが勢揃いしていた。
その理由は──
「それでは改めまして──」
祓い科の担任、夜太刀白亜先生がグラスを高く掲げる。
「八戸校、そして神戸校のみなさん!
ようこそ、東京へ!
みなさまの来都に、心からの感謝を込めて──
今ここに、“歓迎会”を開催する!」
一拍の静寂。そして──
「かんぱーい!!」
『かんぱーい!!』
高く掲げられた無数のグラスが、夜空の星と交わるようにきらめき、三校合同の乾杯の声が東京の空に響き渡った。
その日の夜、白亜先生の乾杯の音頭で始まったのは、東京校の人たちが、応援派遣で来たおれたち八戸校と神戸校を迎えてくれた、にぎやかな歓迎会だった。
「見て見て!牙恩!屋上にプールがあるよ!!
都会ってすごいね!!」
おれは声を弾ませて、横にいた牙恩に駆け寄る。
屋上の奥。
透明なパネルで囲まれたエリアには、青くライトアップされた静かな水面。
水の照り返しが夜の風に揺れ、幻想的な光を生み出していた。
「これが……東京……!」
思わず呟いた。
眼前に広がるのは、無数のビルの光。
特に、一際高くそびえる“NTTドコモ代々木ビル”は、まるで東京という都市そのものを象徴するような存在感を放っていた。
テレビで見た景色が、今、目の前に広がっている。
「ドュフフフフ♡
屋上プール……そして夜ってことは──
“ナイトプール”ではないですか!?
ずるい!ずるいぞ東京校!!
こんな、えっちな設備を備えていたなんて!!」
いつのまにか“エロガキモード”になっていた牙恩は、一人で興奮し盛り上がっている。
目を輝かせ、鼻息を荒くし、両手をプールに向かって合わせて拝む姿に気付いた精霊科の女子生徒たちが、多少引き気味な顔をしていたが、こうなった牙恩はもう誰も止められない。
「どうだ謙一郎、味の方は?」
白亜先生が、鉄板を囲んで焼肉を頬張っている謙一郎さんに声をかけた。
「すごく美味しいです!とてもいいお肉を使ってますね!
脂ののりが絶妙で……ってこれは高級和牛!?
しかもA5ランクですと!?」
目を輝かせてそう言った謙一郎さんの笑顔は、まさに食の喜びを体現していた。
しかし、次の瞬間──
「んにゃ、そっちじゃくて、愛淫とのキスの味」
「ウォロロロロロロロッ!!」
謙一郎さんが豪快に肉を吹き出した。
まるで高圧洗浄機のごとく。
「うわっっっ!?きたなっ!!」
牙恩とおれは慌てて横に飛び退いた。
「な、なんてことを思い出させるんですか、白亜先生……」
「だーはっはっはっ♪」
白亜先生が笑い転げる横で、樹々吏さんがすかさずメモ帳を取り出し、
「謙一郎くん、あの時の心情と体感を……ぜひ詳しく教えて」
と、真顔で取材を始めていた。
とても豪華な歓迎会だった。
屋上の一角には、照明に照らされたバーベキュー台と長テーブルが並び、その周囲には色とりどりの具材が並べられている。
肉、野菜、海鮮、果物、デザートなど……
鉄板の上に肉や野菜、海鮮が次々と焼かれていくと炭火の香ばしい匂いが夜風に乗って漂い、空腹の胃袋をやさしく刺激した。
そんな中、おれの視線は、ある一点に吸い寄せられていた。それは──
焼肉のタレの横に置かれたにんにくチューブ。
そして……にんにくのホイル焼き。
その神々しい光景を前に、おれの心は満たされるどころか、沸き立っていた。
さすが東京。
バーベキューに、にんにくが必須であることをちゃんとわかっておられる。
おれは、ホイル焼きのアルミを慎重にめくった。
中からふわりと立ち上る、にんにくの香ばしく甘い香り。
一粒、トングで取り出す。
「にんにくを……このお肉で巻いて……」
隣で焼いていた焼きたてのカルビを一枚。
その上に、先程のにんにくをそっと乗せ、くるくると丁寧に巻いていく。
「できた!“肉巻きにんにく”!」
焼肉のタレをくぐらせ、迷うことなく口へ運ぶ。
「あっつ……!でも……うっまっっ……!!」
肉の旨味と、にんにくの香ばしさが口いっぱいに広がる。
香りのハーモニーが、脳を突き抜ける。
そうか、にんにくは音楽にもなり得るのか。
おれの五感は喜びに満ちていた。
「やっぱり肉!!いや、やっぱり海鮮から!!
いや、乙女として……やっぱりまずは野菜かな!?
うぅぅっ……だめだああああ!!選べないよおおおお!!」
「ぜ、全部食べたい……!」
「種類が多過ぎて選べませんわああああ!!」
一方、具材が並んだテーブルの前で、神戸校の三人が真剣な顔で悩んでいた。
肉、野菜、海鮮など、どれも魅力的で、選びきれないようだ。
だが、彼女たちは諦めなかった。
「こういう時は……
いきますわよ!!麻璃流さん!天嶺叉さん!」
『はいっ!』
三人は揃ってポーズを取り、紙皿を突き上げる。
『乙女の叫び THE THIRD!!
共有食料!!!!』
掛け声とともに、三方向に散開する三人。
まるで軍隊の分隊行動のような素早さと統率力。
「肉!確保完了!!」
「や、野菜の確保完了!」
「海鮮、確保完了ですわ!!」
それぞれが抱えて戻ってきた大量の食材をテーブルに並べると、三人は「焼き」の作業に突入。
そして順に、互いの皿に取り分けていく。
それはまるで作戦行動。
統率されたチームワークが、食卓に華を添えていた。
「桜蘭々様!お肉が焼けました!どうぞ!」
「ありがとう、萌華
でももう大丈夫だぞ、さっきからずっと焼いてばっかりで全然食べていないじゃないか
変わるから、たくさん食べな」
「なっ、なんという……!器の大きさ……!!」
一方、感動に震える萌華さんに、優しい笑みを浮かべる桜蘭々さん。
「ですが、大丈夫です!
そこにいる……暇人にやらせますので!」
トングの先が向いたのは、アウトドアチェアに座り、焼けた肉を頬張っている是隠さんだった。
「おい、誰が暇人だ
拙者はいま、青春観察で忙しいんだ」
是隠さんが半目で答える。
「はいはい、つまり暇ってことですね?
そんなの肉焼きながらでもできるじゃないですか?」
「くっ……ぐうの音もでない
……そうか、これが論破」
「これは、”事実“って言うんですよ、是隠先輩♡
ってことで、じゃんじゃん焼いてくださいね♡
わたし、すごくお腹空いているので♡」
萌華さんは容赦なくトングを手渡した。
「ダーリーーーーッン!!」
「うわああああっ!!」
鬼の形相で迫る刹那さんから逃げるのは、ノーマルモードに戻った牙恩。
「この肉、あなたのことを思いながら一生懸命焼きましたのーー♡
召し上がってくださーーい♡」
「うわああああ!!助けてーーーー!!
ダーリンってだれーーーー!!」
二人とも、屋上を全速力で走り回っている。
「た、助けてください!銀河さん!」
泣き叫びながら、牙恩はおれの背中に飛びついてきた。
「ちょっと!銀河さん、邪魔しないでください!
これはわたくしとダーリンの愛の問題ですの!」
「だ、だから、なんでぼくがいつの間に刹那さんのダーリンになっているんですかぁぁ!?」
しがみつく牙恩はガタガタ震えている。
「ま、まあまあ、刹那さん落ち着いて…… あっ!
これ、めちゃくちゃおいしいので、よかったらどうぞ!」
おれは肉巻きにんにくを紙皿にのせ、差し出した。
「えっ……!?
こ、この香りは……もしかして……!?」
「はい、肉巻きにんにくです!
この肉の中に、にんにくが詰め込まれています!
ここに、焼肉のタレが甘口から辛口まであるのでお好きなのどうぞ♪
あっ!にんにくチューブもちゃんとこちらに!」
しかし、刹那さんはひきつった顔をしている。
──あっ。
そうか、おれとしたことが……相手は女性だぞ。
「すみません、肝心なものを忘れていました」
慌てて近くのサンチュを手に取り、肉巻きにんにくの上にさらに巻いていく。
「はいっ!どうぞ♪」
「えっ、あっいや……そういう問題ではないのですが……
って!……えっ!?ちょっと待って!!」
「な、なんですか!?」
刹那さんが突然叫び出したので驚いてしまう。
「女性に、にんにく料理を食べさせようとするだけでなく、銀河さんの口から漂うにんにくの香り……」
刹那さんの頬が、徐々に赤く染まっていく。
「えっ……!?
今日初対面の女性に、にんにく料理を差し出すだけでなく、普通乙女と話す時って、口臭を整えてからするものなんじゃないの!?
こ、こんな……
にんにくまみれで女性と接する殿方なんて……初めて♡♡♡好き♡♡♡付き合って♡♡♡」
「ええええええええっ!?」
唐突な愛の告白に、おれの目も口も限界まで開いた。
「あらら、刹那さん……
ここでも、またいつもの始まっちゃった」
「そ、そうですね……」
神戸校の他の二人は海鮮をもぐもぐと頬張りながら、特に驚く様子もなく刹那さんの暴走を見守っていた。
「なにかあったんですか?」
そこへ東京校の三人が歩み寄ってきた。
「聞いてください萌華さん!!
わたくし……わたくし……銀河さんに“初めて”を奪われてしまいましたの!!」
「えっ!?もうそこまで!?
お二人って今日、初めて会ったんですよね!?
銀河先輩、見た目は誠実そうなのに……いや、そういう男に限って危ないからな
この男も所詮はヤリチンだったか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!!!
一体何の話をしてるんですか!?!?」
予期せぬ展開に、おれは完全に置いていかれていた。
「お願いします、ダーリン♡
わたくしと──
結婚してください!!」
「えっ!?いや……あの……えっと……
お気持ちは嬉しいんですが、まだお互いのことを何も知りませんし……
と、友だちからでもいいですか……?」
「それはつまり──
結婚を前提としたお付き合いから、ということですのね!?
承知いたしましたわ♡♡♡
この刹那、銀河さんに“本気で”好きになってもらえるよう……
一生懸命、全力で頑張りますっ♡♡♡」
……こうしておれに「友だち?」ができた。
「そういえば、牙恩はまだみんなにちゃんとした自己紹介してなかったよね?
こちら、中村是隠さん……って、牙恩はすでに中等部の時に会ってるんだったっけ?」
「はい、でもこうやってお話するのは初めてです!
八戸校一年、鈴木牙恩です!よろしくお願いします、是隠さん!」
しかし、是隠さんは何も言わず、静かに背を向けた。
「あ、あの……是隠さん?」
次の瞬間──
是隠さんはいきなり、腰に携行していた二本の短刀の鞘から、柄を引き抜いた。
「ぜ、是隠さん!?一体なにを!?」
「やるぞ!!!影鯨!!!」
その言葉と同時に召喚されるは“影の大精霊・影鯨”。
そして、是隠さんの持つ柄が、“影の精霊双短刀”へと姿を変える。
「おっ!?なんだなんだ!?喧嘩か!?
いいぞーー!!やれやれーー!!」
酔っ払った白亜先生が、ビールジョッキ片手にテンション高く叫ぶ。
目の前のテーブルには、白亜先生大好物。
マヨネーズと、一味とうがらしがかかった醤油せんべいが、紙皿の上に置かれていた。
会場中の注目が一気に集まる中、是隠さんは右手に持っている影の精霊双短刀を自分の影に向けて投げ飛ばした。
すると、是隠さんの背中の影がゆっくりと形を変え始める。
その影が象るのは文字。
そして、影文字が順に記したのは──
「ぜ」「お」「ん」
自身の名前だった。
そして、是隠さんは振り返ぬまま、低くこう呟いた。
「男は黙って──
背中で語るものだ」
『か、かっこいいいいいいいいーーーっっっ!!!!』
おれと牙恩、そして謙一郎さんは感極まり、揃って拳を握りしめ、少年のような目で叫んでいた。
「これ、あれだよ牙恩!
前、一緒に見た、アニメにでてくる忍者がやってたやつだ!
そういえば、是隠さん忍者みたいな見た目してるし……
はっ!?もしや是隠さんは忍者の末裔とか!?」
「だから言ったじゃないですか、銀河さん!
忍者は現代にも存在するって!
きっと、隠れ里がこの日本のどこかにあって、そこでひっそりと暮らしているんですよ!」
「やっぱり、喋るときは語尾に「ござる」がつくのか!?」
期待と好奇心に満ちたおれたちの視線が、是隠さんに集まる。
すると彼は、静かに口を開いた。
「拙者、忍者ではないで──」
ごくり!
異様な緊張感が走る。
「ごじゃる」
『ごじゃるーーーーーーっっっ!!』
おれたちの歓声なのか悲鳴なのか分からない叫びが爆発した。
「ほら!?言っただろう銀河!?
忍者だって、時代に合わせて語尾が変わるって!!」
「謙一郎さんの言った通りでしたね!?
あれ?ということは……教育テレビでやってる「ごじゃる丸」って……」
「はい、“ごじゃる丸“はきっと、忍者の殿様だったんですよ!」
おれたちは子どものようにはしゃぎ始める。
「ふっ……拙者がボケ、周りが突っ込む
……そうか、これが“お笑い”」
「それは、“茶番”っていうんですよ、是隠先輩
はあ…… 祓い科の男どもは変な人しかいないんですか……」
萌華さんが呆れたように肩をすくめる。
「ふふふ♪
楽しそうでいいじゃないか♪」
桜蘭々さんは嬉しそうに、その光景を眺めていた。
「これからよろしくお願いします、是隠さん!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく、是隠」
おれたちは一斉に手を差し出し、是隠さんも穏やかに応じた。
「よろしく、銀河さんに牙恩くん、謙一郎さん」
「あっ、ぼく、年下なので呼び捨てで大丈夫ですよ!」
牙恩がにこっと笑う。
「そうか、わかった、牙恩」
是隠さんも笑顔で返す。
「銀河さん」
「はい?」
「銀河さんも拙者のこと、呼び捨てで大丈夫ですよ」
その言葉におれはすごく感激した。
「えっ!?ほんと!?嬉しい!!
実はおれ、是隠と友だちになりたかったんだ!!
おれのことも呼び捨てで呼んで!!」
おれは是隠に歩み寄る。
「改めてよろしくね、是隠!!」
「よろしく、銀河
ふっ、同級生とタメ語で話し、呼び捨てで呼び合う──
……そうか、これが青春」
おれたちは自然と肩を組んだ。
「いいねーー!
男同士の青春だーー!あたしも混ぜてーー!!」
そこへ、麻璃流さんが勢いよく走ってくる。
「ぎっくん!
あたしのことも呼び捨てでいいよ!よろしくね!」
「ぎ、ぎっくん!?
って、おれのこと!?」
「うん♪
“銀河くん”だから“ぎっくん”♪」
「そ、そっか……
わかった、よろしくね麻璃流!!」
「うんっ♪」
麻璃流さん……いや、麻璃流は満面の笑みを浮かべた。
「そういえば、是隠のことも「ぜっくん!」って呼んでたね!」
「そうだよ!
是隠くんは是隠くんだから、ぜっくんだし……
牙恩くんは牙恩くんだから、がっくん!」
そこへ、照れ笑いを浮かべながら近づいてきたのは謙一郎さん。
「じゃあ、おれは謙一郎だから「けんさん!」か……
ふふふ、けんさん……大人の男って感じがしていいな♪
そうだよ、やっぱりオレは周りより少し大人っぽいだけなんだ……
改めてよろしくな、麻璃流!」
「謙一郎さんはねぇ……けっさん!」
「なんでだよおおおおおおおお!!」
謙一郎さんの“嘆きの叫び”を遮るように、白亜先生の声が屋上に響き渡る。
「よ〜し!みんな〜〜!集まれ〜〜!!
集合写真撮るぞ〜〜!!」
『集合写真!?』
気がつけば、中央にはひな壇が設置されていた。
そしてその後……
まずは祓い科と精霊科の全員で。
次に精霊科のみの集合写真が撮られ、そして最後は──
「ちょっとおっさん!
なんであんたが桜蘭々様の隣なのよ!?
そこはわたしの居場所よ!?」
「誰がおっさんだ!?
三年は一番上だって言ってただろう!?
クソガキは一番下だ!」
「んなっ!?
だれがクソガキだ、このクソジジイイイイイ!!」
ひな壇の最上段にいる謙一郎さんと、最下段の萌華さんが遠距離で火花を散らしている。
「ふっ、先輩と後輩の板挟み
……そうか、これが“中間管理職”」
「ほらっ!ぎっくん!もっと詰めて!」
「む、胸が当たってるよ麻璃流!!」
中段にはおれたち二年生。
「が、牙恩くん……ち、近い……」
「ご、ごめん天嶺叉さん……萌華さんが暴れるから……」
「うがああああああああっ!!」
最下段には一年生。
「いや〜〜、よかったよかった♪
正直みんな仲良くなれるか心配だったが、初日からこれだったら安心だな♪」
「はい!
みんな良き者で、妾も安心しました!
はっ……!まさか、みんなが仲良くなるようにこの歓迎会を開催されたのですね!?
さすが白亜先生!!」
「ふふふ♡
ダーリンのつむじ、くるくるしててかわいい♡」
最上段にいる白亜先生と桜蘭々さん、そして刹那さんは、まるで公園で遊ぶ子どもを遠くから眺める親のように、優しい笑顔を浮かべていた。
ひな壇の最上段は、左から順に白亜先生、桜蘭々さん、謙一郎さん、刹那さん。
中段は、左から順に是隠、おれ、麻璃流。
最下段は、左から順に萌華さん、牙恩、天嶺叉さんという配置だった。
「は〜い!それじゃあ撮るよ〜!」
撮影を担当するのは樹々吏さん。
「謙一郎くんがドMモードになるのはPhase……
あっ、ごめん!これ身内ネタだった!
それに「にー」じゃなくて「ツー」だったねこれは、失敬失敬!」
「ん?ドMモード?Phase?
一体なんの話をしているんだ樹々吏?」
謙一郎さんはまるで他人事のようにキョトンとしている。
「俺が説明しよう、ドMモードとは──」
「だ、だめですよ白亜先生!!」
おれは、慌てて白亜先生の言葉を遮った。
なぜなら、前にも言ったが、謙一郎さんはPhase2、“ドMモード”時のことはなにも覚えていない。
なにがあったのか教えてしまうと、記憶が蘇り再びあのモードになり暴れる可能性があるからだ。
「ドMモード?
ああ、あの”人型・ドM属性変態級悪霊“のことか
ううっ!思い出しただけで鳥肌が……」
萌華さんは身震いを抑えるように、両腕をさすり始めた。
「人型・ドM属性変態級悪霊?
そうか、オレが知らないところでそんな悪霊が現れていたのか
勉強のために見ておきたかったな」
「いやいやいや、あんたのことなんだけですけど、ドMクソ豚やろ……」
慌てて牙恩が隣にいる萌華さんの口を塞ぐ。
「だ、だめですよ萌華さん!
あれになったら落ち着かせるの大変なんですから!!」
「っきゃあああああ!!
セクハラだ!なにするのよ狂人牙恩!!
桜蘭々様ーー!お助けをーー!」
暴れ始めた萌華さんを牙恩が必死に抑えている。
「ふふふっ♪良かったな、萌華
是隠以外にも仲のいい男友だちができて♪」
「そ、そんな……!?
そ、それに、べ、別に是隠先輩ともそこまで仲良くないです!!」
「萌華、思い出せ
拙者と共に戦ったあの悪霊を……
そして、共に訓練したあの日を……
そして……
同じ屋根の下で寝食を共にしたあの夜を!!
……そうか、これが“走馬灯”」
「”寝るを共にした“は変な誤解を生むのでやめてくださいっ!!」
相変わらず、東京校の三人は仲良さそうに話している。
「は〜い!それじゃあ、今度こそ本番ね!
みんな、笑って〜!
いくよ〜……はい、チーズ!!」
後日、樹々吏さんから手渡された集合写真を見ると──
白亜先生だけが、きちんとカメラ目線で微笑んでいた。
が、それ以外のメンバーは、見事なまでにバラバラだった。
萌華さんと牙恩は取っ組み合いながら転げそうになり、天嶺叉さんは恥ずかしそうに視線を落とし、頬をほんのり赤らめていた。
刹那さんはおれのつむじをガン見していて、おれは慌ててそのつむじを押さえながら、赤面して彼女を見返していた。
謙一郎さんは牙恩に向かって親指を立て、どこか頼もしくエールを送っている。
桜蘭々さんは、一歩下の後輩たちをやさしく見つめ、まるで担任のような穏やかな微笑みを浮かべていた。
そして──
麻璃流は、なぜか骨付き肉を頬張りながら満面の笑み。
是隠は、唯一カメラに背を向けたまま、ほんの少しだけ振り向き……口元に小さな笑みを浮かべていた。
決して“完璧な集合写真”ではなかった。
でもそこには、あの日、あの瞬間の空気が詰まっていた。
──笑って、ふざけて、語り合った、あの夜の温度が。
おれはその写真を、大事に額縁に収めた。
そして、自宅から持ってきた二枚の家族写真の隣に──
そっと並べて飾ったのだった。
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