第四十九話 青空教室
机にしがみつくだけが勉強ではない。
外で様々な体験をすることもまた勉強である。
小学校低学年の頃、担任の先生とクラスのみんなで校舎脇に咲いていた桜の木の下にブルーシートを敷いて昼食をとったことがあります。
それまで“ご飯が美味しい”とは、シンプルに食べ物の美味しさだと思っていた幼い私でしたが、どこで食べるかの大切さをそこで勉強させていただきました。
嫌いだったニンジンがなぜか美味しく感じたんですよねえ……ほんと不思議。
誰と食べるか、いつ食べるか(飲むか)の大切さを知ったのはまた後の話で……
【東京都千代田区 東京駅 丸の内駅前広場】
『青空教室……?』
再び、おれたちの疑問の声が揃った。
「なに言ってんだこいつ」
ゴンッ!
桜蘭々さんが萌華さんの頭をど突く鈍い音が、周囲に響き渡る。
「先生に対してそういう口の聞き方をするなと、何度も注意しているはずだが?」
「も、申し訳ございません桜蘭々様!
つい、いつもの癖で」
「『いつもの癖で』?」
桜蘭々さんは険しい顔で萌華さんを問い詰める。
「まあまあ桜蘭々さん、今はそのくらいに
後でゆっくり……
拙者と一緒に説教しましょう」
「何でちゃっかり是隠先輩も加わるんです!?」
「それで、白亜先生
“青空教室”というのは、一体なんなのでしょうか?」
是隠さんが桜蘭々さんを宥めながら、白亜先生に問いかける。
「ん?
その名の通り、この青空の下で授業を行うんだよ!
この授業で教えることはもちろん──
“超常級悪霊の祓い方”について!」
白亜先生は笑顔で元気いっぱいに答える。
「それなら、妾があれと戦うので、その間に白亜先生がこの者たちに解説する方がよろしいのでは?」
桜蘭々さんは雷の精霊長刀を構え始め、今にも超常級悪霊に斬りかかりそうだ。
「大丈夫大丈夫!
あの程度の悪霊であれば、君たちに教えながら戦うことは余裕だよ!」
あの程度……か。
おれたち全員が力を合わせてもあの超常級を祓う未来図が見えなかったのに……
でも、確かに白亜先生ならどんな悪霊が来ようとも簡単に祓ってしまうだろう。
そんな不思議と、なんの根拠もない安心感がある。
──おれたち全員が力を合わせてあの超常級を祓う。
これは“理想”だ。
だが“現実”は、全く足元にも及ばなかった。
──“理想”と“現実”の差。
この差が開けば開いているほど、自分自身の力の無さに悔しさを感じてしまう。
おれは……あの新人教育の頃から……
少しでも成長しているのだろうか?
「それに……
“やってみせ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ“ ──
太平洋戦争において、連合艦隊司令長官として真珠湾攻撃を指揮した山本五十六の名言だ
まずは“やってみせ”……
これをもう少し詳しく言語化するならば……
“自分が率先して行動し、模範を示すことで相手に具体的なイメージを伝えること”!
……ということで、やっぱりここは先生である俺が、かわいい生徒たちのお手本とならなきゃな!」
「おっ!白亜先生が戦うところをまた見れるのかっ!!
よっしゃ!たくさん勉強させてもらおう!!」
「だーーひゃっひゃっひゃっ!♪
白亜先生vsサンドワーム型・地属性超常級悪霊!!
これは……おもしろくなってきたーーーー!♪ !♪」
謙一郎さんと牙恩は目をキラキラと輝かせ、まるで遊園地で一番人気のアトラクションの行列に並んでいる子どものように、とても興奮しているのが伝わってくる。
そうこうしている内に、白亜先生に真っ二つに斬り裂かれ、蹴飛ばされた超常級悪霊の上半分が、下半分へそろりそろりと地面を這いつくばりながら近づき、くっつくとすぐに修復を始めた。
「さて、早速授業を始めるぞ!
それじゃあ……麻璃流!」
「はいっ!お父さんっ!」
「うん、先生な?」
白亜先生がここでもかという顔で、半分呆れつつも優しい声で言う。
「超常級といえど、祓う方法は変わりません!
それは、“悪霊玉”を破壊することですが……
では、超常級の悪霊玉は一体、どこにあるでしょうか!?
前に授業で教えたことの復習だな!」
「はいっ!わかりませんっ!」
麻璃流さんが元気よく即答する。
「おっ!正解!
よく覚えてたな!?」
白亜先生はとても驚いた表情をしている。
想像でしかないが、白亜先生のあの反応。
恐らく麻璃流さんが正答することは珍しいのだろう。
「えっ……!?やったーーーー!♪
当たってた!!
やっぱりあたしってば天才!?
どう!?すごいでしょ天嶺叉!?」
「たまたま、“知識が不足しているわからない”と、“判然としない不明瞭のわからない”が一致しただけじゃないですか……」
麻璃流さんは嬉しそうに飛び跳ね回り、天嶺叉さんはぼそっと静かな口調で真実を指摘する。
「そうだよな、たまたまだよな……
本当は知らない振りをしただけだったとか……
いや、麻璃流に限ってそれはないか……」
白亜先生はなにやら肩をすくめている。
“知っている”、“知っているけど知らない振りをする”、“知らないけど知っている振りをする”、“知らない”。
どれを取捨選択するかはTPOによって大事になってくるし、そういった駆け引きは人間vs人間だけでなく、悪霊との戦いでも役立つって、以前白亜先生が教えてくれたけど……
第一印象でしかないが、麻璃流さんはそういう駆け引きは苦手そうな、とても真っ直ぐな人に見えるし、今ここでそのような駆け引きは不要だから単に知らなかったのだろう。
「えっと……前にも教えたけど、超常級の悪霊玉事情は上級までと変わってくるんだ!
例えば犬型の悪霊の場合、実際の犬の心臓の位置と、犬型の悪霊の悪霊玉の位置は同じ場所にあるわけだけど、超常級にはその常識は通用しません!
ってことで次は……天嶺叉!」
「は、はい……!」
「悪霊玉の位置がわからない!!
それでは一体、どうやって探せばいいでしょうか!?」
「い、いろいろなところを斬りまくります……!」
「正解!偉いぞ!」
「あ、ありがとうございます……」
天嶺叉さんは赤面し、恥ずかしそうに下を向く。
「いわゆる脳筋戦法というやつだな!
ってことで……」
次の瞬間、白亜先生の姿は消え、超常級悪霊の右後方にある光剣へ光速移動していた。
「光の叫び THE THIRD!!」
再び柄から、破壊光線のような激しい光のビームが放たれ、20メートルをゆうに超える長さの剣身となる。
「破壊光線斬!!!!」
光の精霊剣を縦一閃に振りかざすと、先ほどとは違う場所を真っ二つに斬り裂いた。
間髪入れず、その後も光剣から光剣へと光速移動を幾度となく繰り返しながら、超常級悪霊の様々な場所を斬りつけていく。
うまく超常級悪霊の死角から死角へと光速移動しているので、当然超常級悪霊は白亜先生の動きについていけていない。
後手後手に回り、切断された体を修復するのに精一杯といった感じで、全く対応が追いついておらず防戦一方の様子だ。
そういえば、新人教育で白亜先生が上級悪霊を相手にしていた時も、上級悪霊はなにが起きているのか全くわからなくて、気付いたら悪霊玉を破壊されて祓われていたっていう感じだったなあ……
「こんな感じで、とにかくいろんなところを斬りまくって、悪霊玉の位置を探っていくわけだな!
んで、見てのとおり、こいつらはバラバラに細切れにしてもすぐに完全に修復していく
ってことで次、刹那!」
「はいですわ!」
「なぜ、超常級悪霊は修復することができると思う?
これは授業で教えていないから想像でいいよ!」
「はい!
え〜……恐らくですが、その膨大な霊力を利用しているものかと!」
「おーっ!正解!
さすが三年生、いや刹那だ!!」
「あ、当たった!?
やりましたわ!わたくし!」
刹那さんは頬を赤らめ、少し照れているのがわかった。
「超常級悪霊と上級までの悪霊との差は、その圧倒的な霊力量だ!
超常級悪霊はその膨大な霊力によって、体を切断されても修復できるが、上級までの悪霊はそれほど多くの霊力を持っていないので修復できない……
まあ、つまり体を修復するには膨大な霊力が必要というわけだな!
当然、超常級といえど霊力は無限ではない
霊力が尽きれば、霊法も使えなくなるし、修復もできなくなる
じゃあ、そうなるまで攻撃を仕掛けさせて、霊力が尽きた後にゆっくりと悪霊玉の場所を探す……なんてことはあまりにも非効率!
いつ霊力が尽きるか全く不明瞭だし、向こうが攻撃を仕掛け続けている間にその攻撃を喰らって死ぬ可能性だって当然のようにあるからな!
やっぱり手っ取り早いのは、戦いつつ悪霊玉の位置を素早く見極め、そこを破壊することだな!」
そうおれたちに教えつつも、白亜先生は攻撃の手を止めていない。
「じゃあ最後は……
銀河!」
「は、はい!」
急に指名されて驚いてしまう。
「超常級悪霊の悪霊玉の位置を探るポイントはなんでしょうか!?」
これは……前に授業で習ったぞ。
確か……
「えっと……
悪霊玉を守る部位は、他のと比べて固くできています!」
「正解だ!!
ちゃんと勉強していて偉いぞ!!」
「あ、ありがとうございます!!」
その後も、白亜先生は光剣から光剣へと光速移動を幾度となく繰り返し、超常級悪霊をうまく翻弄しながら何度も様々な部位を斬りつけていく。
そして、包丁のような鋭利な刃物となっている末端の尻尾の根元を斬った瞬間、
「ガキンッ!」
と、鈍い音がした。
「そこか!?
こいつの悪霊玉は、あの尻尾にある刃の根元にあるぞ!
よーしっ、みんな!何事も経験だ!
全員、俺の攻撃に合わせろ!!
一斉攻撃で悪霊玉を破壊し、あいつを祓うぞっ!!」
『はいっ!!』
おれたちは白亜先生の合図により、それぞれが精霊刀剣を構えた。
「光の叫び」
「火の叫び」
「地の叫び」
「風の叫び」
「氷の叫び」
「水の叫び」
「樹の叫び」
「影の叫び」
「毒の叫び」
『THE THIRD!!』
各々の刀剣身が勢いよく伸びていく。
「破壊光線斬!!!!」
「一刀両炎斬!!!!」
「地伸太剣斬!!!!」
「鎌韋太刀!!!!」
「滅多大雪斬!!!!」
「柔刃烈水斬!!!!」
「芽樹丸!!!!」
「双臥 影遁斬!!!!」
「毒伸寂淋斬!!!!」
おれたちの攻撃は、一直線に超常級悪霊の悪霊玉へ向かっていく。
白亜先生もいるんだ。
この一斉攻撃でようやく、超常級を祓うことができる!
それだけじゃない。
これで……超常級悪霊を祓ったという経験を得て、おれ自身が一歩成長することができるはず!
そう確信した……のに──
ガキンッ!!
白亜先生のも含め、おれたちの攻撃は全て、悪霊玉を守る硬い表皮に弾かれたのであった。
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