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銀河の叫び ──悪霊となったあなたを精霊刀剣で祓います──  作者: 十文字 銀河
《序章 精霊刀剣》【選ばれし子どもたち編】
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第三話〜前日譚〜 かわいい孫と、肩を並べて酒を飲むこと

※用語解説

・氷の悪霊:“氷属性”の悪霊。

 その魂の起源は、凍死や水難事故による低体温死、氷河や雪崩の下敷きによる窒息死・圧死など、“雪や氷、凍てつく寒さに起因する死”によって命を終えた者に由来するとされている。


【25年前 青森県中津軽郡西目屋村】


儂の名前は、島田(しまだ)森衛門(もりえもん)。75歳。

今ではもう、どこの会社にも属しておらん。

肩書きも、名刺も全部置いた──ただの無職じゃ。


──若い頃は、東京で働いておった。

介護用品の営業マンとして、毎日飛び込みであちこちの家を訪ね歩いたもんじゃ。

門前払いなんぞ、日常茶飯事。


「寝てたのに起こすんじゃねえよ、このクソやろうっ!!ぶっ殺すぞッ!!」

「なに、この商品?ゴミじゃん、クソじゃん、カスじゃん!!」

「ちょっと!人んちに汗垂らさないでよ!汚いんだけどっ!!」


…… そんな風に罵られたり、怒鳴られたり、説教されたり。

毎日が、地獄のサファリパークみたいなもんじゃった。


──会社に戻れば戻ったで、さらなる地獄が待っとる。


「おい島田ぁっ!!今月の売上どうなってんだよッ!!

 お前だけだぞ、ノルマ達成してないのは!!」


上司からは怒鳴られ、机は殴られ、ペンは飛んできて──

視線を向ければ、ホワイトボードには無慈悲な営業成績の棒グラフ。

この世界は、すべて“数字”で評価される。


営業は、徹底された“成果主義”。

数字を出せぬ者は、怒られ、詰められ、追い込まれる。


「申し訳ございませんッ!!必ず達成させてみせますので!!」

「できなかったら、自腹で買ってでも達成させろっ!いいなっ!」

「はいッ!もちろんです!!」


──そんなやり取りが、もはや日常だった。


ノルマ未達の社員がどうするか?答えは決まっておる。

自腹で商品を買うか、親族や友人に泣きついて買ってもらうか──それだけ。


儂も一度だけ、高校時代の旧友に頼み込んだことがある。

じゃが──それっきり、その友人とは連絡が取れなくなった。

無理もない話じゃ。

欲しくもない、使いもしない高額商品を押しつけられて、友情が続くわけがない。

もし自分が逆の立場でも、きっと同じ行動をとる。


──そんな辛い日々を、高校卒業から定年まで42年間。

よう頑張ったと思うわ、我ながら。

耐えて、しがみついて、なんとか生き抜いてきた。


それも全て──家族を守るため。


一人娘を大学まで出し、家のローンを全て払い終え、婿に毎年贈り物を送って──

苦しくても、やるべきことは全部やったつもりじゃ。


仕事帰りの夜は、よく立ち飲み屋でひとり、安酒をあおった。

それが、儂のひそかな“ご褒美”じゃった。


──そして、定年を迎えた。

長年働いた会社を引退し、儂は地元・青森に帰ってきた。


東京と比べれば、この西目屋村は何もかもが不便じゃ。

電車もバスも、日に数本しか走っておらんし、スーパーまで車で一時間はかかる。

それでも──やっぱり、ええところじゃ。


白神山地の山々は、四季ごとに姿を変え、心を穏やかにしてくれる。

なにより静かで、時間がゆったりと流れる。

──こんな穏やかな老後を、若い頃からずっと夢見ておった。


三年前に愛する妻が先立ち、今はこの二階建ての古い木造の家に一人暮らし。

娘夫婦が弘前市に家を建てておってな、「こっちで暮らしてほしい」とも言われたが──

儂はどうしても、生まれ故郷のこの西目屋に戻りたかった。


この景色、この空気、この雪。

都会で過ごした日々のなか、いつも思い出していたのは、この村の四季じゃったからのう。


ひとり暮らしは、正直言えば少しばかり寂しい。

けれど儂には──楽しみがあった。

それは──年に二回の“再会”じゃ。

盆と正月、孫たちが遊びに来てくれる。


孫ももう、高校生二年生。

よう懐いてくれてな。

テレビを見るにも、風呂に入るにも、飯を食うにも、いつも一緒じゃ。


「じいちゃん、ウイスキー飲んでるの?大人の味ってやつ?」

「ほうよ!

 将来、成人したら一緒に飲もうな!」

「やった!じゃあ、ボクもそれまでに“おつまみ”作れるようになる!」


──そんなことを言うのは儂の初孫……そしてたった一人の孫・航太(こうた)

冗談半分、本気半分。

まだ子どもじゃが、気が利いて、やさしい子でのう。

儂の湯呑みに、お酒を注いでくれては、


「じいちゃん、かんぱ~い!」


と、ニコニコ笑う。

あの笑顔は、何よりの宝じゃ。


「この子が成人する日まで、儂も元気でおらねばのう」


──いつしか、そう思うようになっておった。


じゃが儂ももう、75歳。

そう長くは生きられんかもしれん。

じゃがせめて……航太が成人するまでは。


あと三年で、航太は20歳になる。

そう考えると、儂の心にはひとつの生きる目標……いや、夢ができた。

それは──


「かわいい孫と、肩を並べて酒を飲むこと」


成人を迎えた航太と、夜の炬燵で、杯を傾けながら話をする。

どんなくだらない話でもええ。儂のわからん、最近流行りの歌や物の話でもええ。

笑いながら、ゆっくりと時間を味わう。


そんな日を思い浮かべるだけで、胸が熱くなった。


その日のために──

儂は、長年かけて熟成させている一本のウイスキーを持っとる。

ちょっとばかり高価なやつでな。

昔、営業成績で表彰されたとき、自分へのご褒美として買った一本じゃ。


「航太が20歳になるまで、絶対に開けん!」


そう心に決めて、押し入れの奥にしまい込んである。


「これを航太と開けるまで、死ねんのじゃ……」


航太がそれを飲んで「うまい!」と喜ぼうが──

「おえっ!これがお酒の味かっ!」と顔をしかめようが──

どちらでもええ。

ただただ、航太が笑ってくれたら……もう、それだけで人生に悔いはない。


──じゃが、その日までは、死ねんのじゃ!


そのために、健康には人一倍気をつかっておる。

毎朝の散歩、バランスの良い食事、早寝早起き、そして毎晩のストレッチ。

全部、孫と飲むその一杯のためじゃ。


「ワンワンッ!」


──おっと!

そうそう、大事なことを言い忘れておった。


この、尻尾をぶんぶん振って近づいてくるのは、儂の大事な家族。柴犬の“シロ”じゃ。

名前の由来は、その白い毛並みと、ここ白神山地の“白”からとった。


「おお、今日も元気じゃのう、シロ!

 お前は本当に“めんこい”やつじゃのう!」


頭を撫でると、シロは嬉しそうに尻尾を振る。


“めんこい”というのは、東北の方言で“かわいい”という意味じゃ。

ちなみに東京におったときは“フジテレビ”をよく見ておったが、こっちでは“めんこいテレビ”という。

最初は笑ってしまったもんじゃ。

だって訳すと“かわいいテレビ”じゃぞ?


「明日は、いよいよ孫たちが帰ってくる日じゃのう!」


そう、今日は── 12月28日。

世間的には、明日から1月3日まで、正月休みに入る。

天気予報では、ありがたいことに晴天が続くそうじゃ。


「シロ、明日から賑やかになるぞ!

 その前に……朝一で雪かきをして、車を止める場所を作っておかんとな!」

「ワンッ!」


シロも嬉しそうに吠えた。


久々に家族がそろい、みんなで炬燵に入りながらごちそうを食べ、テレビを見て笑って過ごす。

そして──今はまだ無理じゃが、航太が大人になったら、あのウイスキーを開けて一緒に飲む。

その日のために……明日に備えて、儂は早めに休むことにした。


──翌朝。


儂は太陽とともに起き出し、梯子を使って家の屋根に登り、雪下ろしを始めた。

危険な作業じゃが、積もった雪を放っておけば家が潰れるかもしれん。

ましてや、航太が遊ぶかもしれん屋根の下に落雪でもしたら大ごとじゃ。


「おお!ええ天気じゃな、シロ!」

「ワンワンッ!」


澄んだ空気の中、シロは雪の上を駆け回る。

昨日の予報どおり、空は真っ青で、白神山地が綿のような雪に包まれ、美しい景色を見せてくれる。


「昼頃には着くって言っておったから、急いで準備せんとな!」


儂は急ピッチで雪下ろしを続けた。

──が、ちと焦りすぎたのかもしれん。


「うわっ──!」


足元が滑り、腰を強打。

そのまま、屋根の縁から滑り落ちた。


「ぐっ……!」


落下した先は、ふかふかと積もった雪山だった。

衝撃は柔らかく吸収され、「助かったか……」と思った、その瞬間──。


ズズズ……ドサァァァァッ!!


頭上から、屋根の雪が雪崩のように襲いかかってきた。

視界が一瞬で白に染まり、息をつく間もなく、儂の全身は冷たく、重い雪に呑み込まれた。


「ぐっ……!シロ……っ」


声を出そうにも、腹に力が入らん。

腰の痛みで体は動かず、冷たい雪に囲まれ呼吸すらままならない。


「ワンッ!ワンッ!」


シロの必死な鳴き声が、かすかに聞こえる。

じゃが、雪に阻まれて儂の声も、匂いも届かんらしい。


「シロ……誰か……誰か助けを呼んできてくれ……」


ここは山奥。

周囲に民家はなく、一番近い大西さんの家ですら車で10分はかかる。


「寒い……寒いのう……」


感覚が、意識が……少しずつ……消えていく。

手足の感覚が……ない。

寒い。とても、寒い……

孫たちに……会いたかったのに……

あの酒、まだ開けておらんのに……

もう、時間の流れすら分からなかった。


──昼過ぎ。

息子の運転する車が家に到着した。

じゃが、儂の姿はどこにもない。シロがいつもと違って吠え続けている。


息子はすぐに異変を察し、警察と消防に通報。

捜索の末、数時間後、雪の中から儂の体が発見された。


じゃが、そのときにはもう──

儂は、冷たくなっておった。


──現実とは、やはり厳しいものだのぉ……

夢は、叶わなんだ。


「かわいい孫と、肩を並べて酒を飲むこと」


たった、それだけの夢だったんじゃがなぁ……

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