第四十七話 癌
【注意!!】
※今話も前話に引き続き、国立十文字学園高等部祓い科担任兼精霊省特別顧問、夜太刀白亜の視線でお送りいたします。
【東京都千代田区 東京駅 丸の内駅前広場】
俺は、服装を整えながら全速力で走り、両足に力を込めて、東京駅の屋上から飛び上がった。
その瞬間、サンドワーム型・地属性超常級悪霊が尻尾を高く打ち上げ、地面に叩きつけた。
その衝撃で地震が発生し、それにより銀河たちはその場から身動きが取れなくなる。
超常級悪霊はその隙を見逃さず、即座に全身を高速回転させ、遠心力を利用して鋭利な刃物となっている尻尾で銀河を叩きつけようとした。
空中にいた俺は、地震の影響を受けなかったため、即座に銀河を抱き抱え救出する。
「……は、白亜先生!?」
銀河は目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべている。
両手に感じるこの重量感──
ははっ♪
重くなったな、銀河!
昔はあんなにヒョロヒョロだったのに……
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【一年と数ヶ月前 青森県八戸市 某森林】
「はいっ!
じゃあ、今日から君の新人教育を担当する、夜太刀白亜です♡
よろしくね♡キャピキャピ♡」
「よ、よろしくお願いします……」
銀河はオドオドしていて、とても不安げな様子が伝わってきた。
それも無理もない。
急に『君は火の精霊刀の使い手に選ばれたから悪霊と戦え』なんて言われたら、誰だって混乱するだろう。
しかも彼はまだ中学生で、しかも霊力がつい最近目覚めたばかりの新参者。
悪霊についてもよく知らず、不安になるのは当然だ。
──知らないというのは、とても恐ろしいことなのだから。
例えば、お化け屋敷でこの角を曲がった瞬間、こんな姿の幽霊が現れ、こんな雄叫びで驚かしにくると事前に知っていれば、驚く人はまずいないだろう。
そうつまり──知らないというのは恐怖という感情に直結する。
だから、悪霊について何も知らない銀河が恐怖しているのは仕方のないことだ。
その恐怖を克服させるために、知らないことを教え、育てるのは先生である俺の役目。
先生とは、“先に生まれた”と書く。
それまで培ってきた知識や経験を後に生まれた者に教えるのは、先に生まれた者としての義務だと俺は思っている。
中学生で精霊刀剣の使い手に選ばれたのは前代未聞のことではあったが、残念ながら人手不足のこの業界では貴重な人材を放っておく余裕はない。
だからこそ、俺がしっかりとこの子にたくさんのことを教育していかないと!
「そんなに心配しなくても大丈夫!
初日からいきなり戦わせたりなんてしないから!
今日は俺が戦っているところを遠くで見学してくれればOKだよ!
『へええ、悪霊との戦いってこんな感じなんだあ』ってイメージを持ってもらえれば十分だから!」
「わ、わかりました」
「よし!
それじゃあ早速、悪霊探しにぃぃぃぃ!
しゅっぱぁぁぁぁっつ!♪」
「・・・」
「こう言う時は『オーーーー!!』って言うんだよ!
ビバ!!青春!!」
「オ、オーーーー……!」
銀河は渋々拳を突き上げ、俺たちは歩き始めた。
「樹々吏からの報告によると、この辺りのはずだけど……
おっ!いたいた!」
しばらく森を歩くと、開けた場所に出た。
そこには報告通り、一体の蚊型・水属性上級悪霊が円を描くように飛んでいた。
俺たちは草陰に隠れて、その悪霊を観察する。
「それじゃあ早速、悪霊の祓い方について教えてしんぜよう!」
「は、はい……!
お、お願いします……!」
銀河は震えた声で返事をした。
全身が小刻みに震えていて、とても恐怖しているのが伝わってくる。
「悪霊の祓い方は至ってシンプルなんだ!
それはね……悪霊の体内にある“悪霊玉”を破壊すること!」
「悪霊玉?」
「そう!
悪霊玉っていうのは簡単に言うと、人間でいう心臓のようなもので……
まあ、精霊にとっての癌のようなものだね!」
「癌……ですか?」
「そっ!
悪霊玉を破壊、癌を取り除くことで、精霊の体内が浄化されて、悪さをしない元の精霊に戻るという感じだな!」
「へええ……」
銀河は感嘆の声を漏らす。
「それじゃあ……白亜先生がいつも樹々吏さんたちに悪さをしているのは、白亜先生の体内にも癌があるからなんですか?」
銀河が真顔で質問してきた。
「あ、あれはな、一種のコミュニケーションというやつで──」
会話を遮るように、俺たちに気付いた蚊型・水属性上級悪霊が、口前に水の円形型霊法陣を展開。
細長い口から水をジェット噴射して攻撃を仕掛けてきた。
「おっと!」
俺は即座に銀河を抱き抱えて、攻撃を避ける。
両手に伝わる、この重量感……
──なんて軽いんだ。
筋肉はほとんどついてなくて、骨と皮だけの感触。
風が吹いたら倒れそうなくらいヒョロヒョロだ。
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【東京都千代田区 東京駅丸の内駅前広場】
──それがあの時感じた、俺の正直な感想だった……のに。
両手に感じる銀河の肉付き。
あの頃とは違い、筋肉質で引き締まった逞しい体に成長していた。
ちゃんと日々訓練をしている努力の証だ。
──俺がいなくても真面目に訓練に励んでいたんだな。
それにしても……子どもの成長は早いもんだ。
成長を喜びつつ、俺は銀河を抱き抱えたまま超常級悪霊から距離をとった後、銀河を下ろした。
「よく頑張ったな、銀河」
にっこり微笑みながら銀河の頭を撫でる。
「お前なら……
いや、お前らなら乗り越えられると、信じてたよ」
「え?……」
本当に── 1st stepを乗り越えてくれたことが嬉しい。
1st step ──“恐怖に立ち向かう勇気を持っている”
悪霊の祓い方を知識で得たとしても、実戦では敵が自分よりも遥かに強いものだと知ると、恐怖が湧き上がってくるものだ。
なぜなら戦闘に関しては、「こう戦えば、この強い相手にも勝てる」という答えを知らないからだ。
ゲームであれば何度も死に戻りをして、敵の動きや傾向を知り、勝ち方が徐々に見えてくるかもしれないが、これはゲームではない。
一回勝負の──死ねば終わりの現実なのだ。
戦いながら敵をよく観察し、勝利への道筋を自分で探していくしかない。
残念ながら教育にも限界があり、知識は提供できるが、経験に関しては本人が積んでいくしかない。
俺がいつまでも生徒たちに寄り添っているだけでは生徒の成長は望めないし、生徒を信じて送り出すこともまた教育だと思っている。
生徒たちには戦場を肌で感じ、様々な悪霊と戦いながら、経験という名の成長を掴み取ってもらいたい。
だが、経験の中で必ず生じてくる強敵との遭遇。
その時に、例え相手が自分よりも遥かに強い敵で恐怖を感じようとも、勇気を持って立ち向かった者だけに次の舞台が現れる。
こればかりは、その人の素質や性格も関わってくる部分でもあるので、俺にはどうすることもできない。
これを乗り越えてもまだ、”あのモード“に至るまでのほんの序章に過ぎないが、それでも大きな一歩となる。
「は、白亜先生!!
後ろっ!!後ろっ!!」
銀河が慌てて俺の後ろを指差し、悪霊の攻撃が来ることを知らせた。
「大丈夫
あとは、俺に任せときな」
俺はズボンのポケットから白手を取り出し、両手に身につける。
そして、左手で右腰に携行していた“光の精霊剣”の鞘から、柄を引き抜いた。
──さて、祓りますか!
俺は両手で柄を握り、自身の眼前に構え──こう、喚んだ。
「On Your Mark
麒光麟」
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