第四十六話 1st step
【注意!!】
※今話も前話に引き続き、国立十文字学園高等部祓い科担任兼精霊省特別顧問、夜太刀白亜の視線でお送りいたします。
【遡ること少し前 東京都千代田区 東京駅屋上】
「ま、まさか……!?
あの爆覇無惡屠が……銀河ちゃんの中に!?」
愛淫の顔に浮かんだ脂汗。
それが彼の動揺を如実に物語っていた。
彼がここまで驚き、混乱するのも無理はない。
俺だって、最初は信じられなかった。
蕪島事件後、八戸市民病院に運ばれた銀河は、軽い火傷や怪我を負ってはいたものの、記憶喪失以外の異常は特に認められなかった。
しかし後日、精霊省が管轄する“精霊病院”で再度精密検査を実施した結果、衝撃的な事実が明らかになった。
それは──
銀河の体内から爆覇無惡屠の霊力が感知されたということだ。
それはつまり──
あの“悪の大悪霊・爆覇無惡屠”が銀河に憑依していることを意味していた。
その衝撃的な事実はすぐに精霊省の上層部に伝わった。
当然精霊省のトップである精霊大臣から非常召集がかかり、東京の霞が関に所在する精霊省で緊急会議が開かれた。
議題はもちろん──“爆覇無惡屠について”。
蕪島事件の概要から始まり
・なぜ、特別危険区域に指定されていた蕪島に人間が侵入できたのか?
・誰が、蕪島にいたはずの多数の超常級悪霊たちを祓ったのか?
・あの大爆発の原因は?
・なぜ、蕪島神社に封印されていたはずの爆覇無惡屠が銀河に憑依しているのか?
等について議論された。
そして、最も重要な議題は──
“佐藤銀河の処分について”
銀河を殺せば、彼の中にいる爆覇無惡屠も同時に祓われるのか、それとも祓われないのかということだった。
しばらくの間、様々な意見や推測が飛び交った。
•何の根拠もなく、銀河を殺せば爆覇無惡屠も祓われると考え、銀河には犠牲になってもらうべきだという処分に肯定的な意見。
•精霊刀剣の使い手が死んでも大精霊は死んでいないので、銀河を殺しても爆覇無惡屠を祓う結果には結びつかないという処分に否定的な意見。
•一先ずは様子を見てみるべきだという保守的な意見。
そんな中、俺に意見を求められた。
「もし銀河を殺しても、爆覇無惡屠が祓われなかった場合、この世にあいつが解き放たれることになる」
「ご存知の通り、悪霊を祓うには悪霊玉を破壊しないといけない
銀河を殺す=爆覇無惡屠の悪霊玉が破壊されるという結果に結びつくのかは俺にもわからない」
「まずは爆覇無惡屠から解放される方法を模索し、その過程で過去に悪霊が人間に憑依した前例がないか調査すべき」
「もし解放される方法が見つかれば、爆覇無惡屠と戦うための準備を万全にしてから解放すべきだ」
俺の意見を力強く述べた。
すると、ずっと静観していた精霊大臣が問いかけてきた。
「爆覇無惡屠が、突如自ら佐藤銀河から離れ、出現する可能性だってある
そうなった場合、今のお前に祓うことができるのか?」
と問われた。
正直、俺は──
「まあ、そこはほら?俺って最強だし?
例え相手が爆覇無惡屠でも、勝てる自信はあるし?」
そう思ったが、それは言葉にはしなかった。
なぜなら、もしそれを口にしたら今すぐにでもこの大臣は銀河殺害に踏み込み、爆覇無惡屠を解き放って祓いを俺に命じるだろう。
そんなことは絶対に許さない。
精霊刀剣の使い手として選ばれた時点で、あいつはもう俺の大事な生徒
──いや、家族なのだから。
あの日、蕪島事件が起きた時。
俺は東京で発生した超常級悪霊の対応に追われていたため、現場にはいなかった。
もし俺がその現場にいたら、違う結果になっていたかもしれない。
もちろんこれは“たられば”の話ではあるが、今でもあの日のことを思い出すと後悔の念が湧き上がる。
「白亜ちゃんがさっき言った『あいつを殺せってことになる』ってもしかして……
爆覇無惡屠を祓うためには、銀河ちゃんを殺さないといけないってこと!?」
愛淫は動揺を隠しきれず、目を見開いて問いかけてきた。
「いいや、絶対にそんなことはさせない
今、精霊省に銀河から爆覇無惡屠を引き離す方法を調査させているところだ」
「よかった……!
じゃあ、ひとまずは銀河ちゃんが殺される心配はないってことね
でも、確かにこの情報は伏せていた方がいいわ
この情報を世間に流してしまったら、銀河ちゃんは世間から化け物扱いされて白い目で見られることになる
そうなれば、銀河ちゃんの心が壊れてしまう可能性は大いにあるもの
まあ、周りの目を気にしない私だったらそんなの大丈夫だけど!!
でも、多感な年齢であるあの子にとって、それはとても辛いことだわ……」
「だから精霊省に口止めさせたんだ
あいつら、人の心ってもんがねえからな」
「それが正解ね
さて、そうなると……
現状、銀河ちゃんは、“火の大精霊・朱炎雀”と“悪の大悪霊・爆覇無惡屠”の二柱を使役しているというの?」
「”使役“ではないな
朱炎雀は使役しているが、爆覇無惡屠は”憑依“している状態だ」
「”使役“と”憑依“って、どう違うの?」
愛淫からキョトンとした顔で尋ねられる。
「簡単に言えば、”力をコントロールできるか“どうかだな
”使役“は、精霊刀剣を使って大精霊をコントロールし、その強大な力を借りることで強い悪霊でも祓うことができる
だが”憑依“は……」
「コントロールできない?
あの強大な力が暴走するかもしれないと?」
「ああ、その通りだ」
「なるほどね……
じゃあ、もし銀河ちゃんから爆覇無惡屠を引き離す方法が見つかったとして、その後に爆覇無惡屠を祓うことができたら、もう悪霊は発生しなくなるってこと?」
「“悪霊はどうやって発生するのか?”
それについては今でも判明していないが、三大悪霊が関与しているのは間違いない
精霊省もその見解を示しているし、俺も同意見だ」
──“悪霊時代の終結”。
これが俺たち、精霊刀剣の使い手に与えられた使命だ。
精霊刀剣の使い手として選ばれた以上、この重責から逃れることはできない。
精霊刀剣の使い手に選ばれた者のみに背負わされる、使命という名の十字架とも言える。
この、自ら望んだわけでもない使命を果たすため、俺たちは日々訓練に励んでいる。
あの子たちも、精霊刀剣の使い手としての使命を果たそうと必死に頑張ってくれている。
そんなあの子たちのためにも……そして、あいつとの約束のためにも……
例え、俺一人だろうが、必ず全ての悪霊を祓ってみせる!
「ところで白亜ちゃん……
そろそろあの子たちと合流しなくていいの?
さすがにあの数はまずいと思うんだけど……」
愛淫が指差した方を見ると、戦場には鳥型の悪霊500体が軍隊のように整列し、隊列を組んで生徒たちの方に向かっていた。
すると、この戦場には超常級がいることを即座に察した桜蘭々がキョロキョロと周囲を見渡しはじめ、こちらに気付いたので俺は笑顔で手を振ると、桜蘭々は笑みを浮かべた。
「ああ、上級悪霊はもうあいつらだけで十分祓える、大丈夫だろ」
俺の予想通り、一年生ズがチームワークとは程遠い、味方をも巻き込んでいる広範囲攻撃で悪霊たちを次々と祓っていった。
「はあ……まったく、なにをやっているんだかあいつらは……
まあでも、今日初めて会っていきなり連携しろってのは無理な話か……
あ、そうだ!!」
その時、俺はあることを閃いた。
「いいこと思いついた♪
せっかくこうやって全員が集まったんだから、これからは──」
我ながら天才と思う名案に耽っていると、
「あっ!!
出たわよ!!超常級!!」
愛淫が突如叫んだ。
「いいの!?白亜ちゃん!?
助けに行かなくて!?」
地面を突き破って戦場に現れたのは、サンドワーム型の超大型悪霊だった。
霊気に霊圧、そして霊力が非常に強い。
間違いない、超常級だ。
全身は茶色で、岩のような強固な外殻で覆われていたので地属性だと即座に察知した。
「ちょっとだけ……
様子を見させてくれ」
桜蘭々がいるから大丈夫だろうけど、必要な時にはすぐに駆けつける準備はできている。
桜蘭々は俺の意図を察してくれているのか、超常級から少し距離をとった。
──さてと、まずは……
あいつらが初めて遭遇した超常級悪霊のこの迫力に臆することなく、戦闘意欲を保っていられるかどうか。
「それで?
実際、今の子たちはどうなの?」
望遠鏡を覗き込んでいる凛花から問いかけられる。
「ありがたいことに、みんな優秀だよ」
「じゃあ、私たちの悲願が達成する日も近いのかしら?」
「さあな
それを今……見極めるつもりだ」
「今……この瞬間が分岐点だと?」
「ああ
俺にとっても……あいつらにとっても、大きな転換点になるだろう」
だが、そんな俺の不安はすぐに解けることとなった。
なぜなら、全員が超常級悪霊に臆することなく攻撃を仕掛けていたからだ。
そして、超常級悪霊が霊法陣を展開。
攻撃を仕掛け、その破壊力に驚いてはいたものの、誰一人として逃げることはせず、立ち向かい攻撃を続けていた。
「よしっ!よしっ!」
俺は思わず喜びの叫びをあげ、気付けばガッツポーズをしていた。
「どうやら全員、“1st step”は乗り越えたみたいね!」
愛淫も嬉しそうに微笑んでいた。
「ああ!
これなら……あいつらも桜蘭々のように、超常級と戦えるようになるかもしれない!」
──良かった!良かった!
本当に良かった!
みんな、よく1st stepを乗り越えてくれた!!
思いがけず嬉しさが込み上げてくる。
後は……
「1st step──
“強い相手でも、立ち向かう勇気を持っている“……だったかしら?」
凛花に問いかけられる。
「若干違うな、正しくは──
“恐怖に立ち向かう勇気を持っている”だな
この1st stepを乗り越えることができなかった精霊刀剣の使い手は過去に大勢いた
・悪霊との戦いに怯え、戦場に行くことに恐怖を感じ、廃人となってしまった者
・自分よりもちょっとでも強い悪霊との戦いは避け、自分よりも弱い悪霊としか戦わない者
自分よりも遥かに強い相手と戦う……
それは恐怖という感情が付き纏ってくるということだ
その恐怖にどう立ち向かうか、戦場では嫌でも自分に何度も襲いかかってくる。
嫌なことから逃げること、それは大人だろうと子どもだろうと仕方のないことかもしれない
みんながみんな強いわけじゃないからな
だからこそ強い者は弱い者にできないことをし、弱い者は強い者にできないことをする
そうやってお互いに支え合って生きていくのがこの世ってもんだ
だが、精霊刀剣の使い手としては、恐怖と立ち向かう勇気がなければ真の強さを手に入れることはできない
到底、“あのモード”に至ることはできない
それはつまり──超常級悪霊に勝つことはできないことを意味する」
「三大悪霊は全て自分一人で祓う……
だけど、生徒たちにはなんとか超常級悪霊を祓えるまでは成長、あるいは、せめて自分の身は守れるほどの力を身につけてほしい……
そんな考え方だと、あなた悪霊に殺られる前に過労死するわよ」
「いいさ
あの子たち──
家族の為なら、俺がどうなろうが構わない」
俺一人の命で家族を守れるのなら、喜んで差し出そう。
「あとは……次の2nd stepさえ乗り越えてくれさえすればだけど……
今日はあいつらが1st stepを乗り越えてくれただけで十分だ
これからまた少しずつ、少しずつ成長してくれれば──」
愛隠が話を遮ってくる。
「話の途中に悪いんだけど、白亜ちゃん
あれは……大丈夫なの?」
「あれ?」
戦場を見ると──銀河が四つん這いとなり、何度も何度も地面に頭を自らぶつけていた。
額から血が流れようと構わず何度も……
「銀河……」
謙一郎から、銀河が戦闘中に時々ひどい頭痛を起こし、そして幻聴が聞こえているとの報告は事前に受けていた。
その頭痛、そして幻聴の原因は──爆覇無惡屠にまず間違いないだろう。
おそらく、爆覇無惡屠が銀河の体を乗っ取ろうとしているのかもしれない。
その報告を初めて聞いた時、俺はとても悔しかった。
なぜなら──それを聞いても俺にはどうすることもできなかったからだ。
──なにが祓い科の先生。
──なにが“歴代最強の祓い士”に匹敵する男。
自分の無力さに非常に腹が立ったのは今でも忘れない。
今もあの時と同じ熱量の感情が湧きあがってくる。
銀河が己の中にいる爆覇無惡屠と必死に戦っているのに、俺は──見守ることしかできない。
今の俺にできることは、銀河を信じることしかない。
頑張れっ!頑張れ銀河っ!
そんなやつに負けないでくれっ!
そう心の中で何度も念じながら、俺は──戦場へと向かった。
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