第四十話 死地
うーー……
一気に花粉がきた……
花粉症つらっ!
目が痒い……
くしゃみが止まらない……
花見ずが……
あっ!
お花見したい!!
【東京都千代田区 東京駅 丸の内駅前広場】
この場に漂う——霊気。
肌がピリつくどころではない。
空気そのものが重く、肺の奥に張りつくような違和感が、体内へとじわじわ染み込んでくる。
ただ立っているだけで、命が削られていくような錯覚すら覚える。
この場で、まともに意識を保っていられる者が、一体どれほどいるのだろうか。
この場に満ちる——霊圧。
精神も肉体も、容赦なく押し潰してくるような重圧。
強い意志を持たねば、膝をつくしかない。
この空間で、一歩でも踏み出せる者が、果たしてどれだけ存在するというのか。
そして、この場を支配する——霊力。
あからさまに、禍々しい。
濁流のように押し寄せる“霊的エネルギー”の奔流は、ただ浴びるだけで思考を鈍らせる。
それは、大精霊クラスにも匹敵するほどの、規格外の霊力。
こんな怪物と、真正面から渡り合える存在が、この世にどれほどいるというのか。
──これが、“超常級”。
上級悪霊ですら可愛く見えるほどの、圧倒的な霊格の差。
けれど、たとえ超常級であろうと、やるべきことはいつもと同じだ。
それは——祓うこと。
そのためには、悪霊の核——悪霊玉を破壊すること。
——冷静に考えれば、それだけの話のはずだった。
だが、いまの自分は……
目の前にそびえ立つ、サンドワーム型の超常級悪霊を前に——
まるで身体が地面に縫い付けられたかのように、ピクリとも動けずにいる。
『一人では無理でも、ここにいるみんなで力を合わせれば……
超常級悪霊だって、きっと祓えます!!』
──そう叫んだのは、ほんの数分前の“自分”だった。
だが、いざ対峙してみると分かる。
全身に刻まれるのは──絶望的な力の差。
口では強がっても、心の奥では震えていた。
……そう、正直に言おう。
おれは、この悪霊が──怖かった。
全身が硬直していた。
目の前にいる悪霊に対し、人間の本能が「動くな」と告げていた。
それはまるで──
山で熊に遭遇したときのような。
海で人食い鮫に遭遇したときのような。
サバンナでハイエナの群れに遭遇したときのような。
動いた瞬間、殺される。
本能がそう告げていた。
それほどまでに、この悪霊は“圧倒的”だった。
まるでいま、自分が“死地”に立たされているような感覚。
そして、ふと気づく。
……この感覚。
おれは——これを知っている?
「・・・」
桜蘭々さんが、無言のままスッと後退し、おれたちと、そして超常級悪霊から距離を取った。
——様子見……かな?
「だーーひゃっひゃっひゃっ!♪
茶色ってことは、おれっちと同じ地属性じゃーん!
よーしっ♪それじゃあ……
“地属性No.1決定戦”の、開幕だーーーーひゃっひゃっひゃっ!♪
おーもしろくなってきたーーーー!♪ !♪」
牙恩はなんの躊躇いもなく、満面の笑みで地の精霊大剣を構え、足元の大地を豪快に踏み鳴らした。
「よーーしっ!♪
まずは……デカさにはデカさでいくよ!♪
地の叫び THE THIRD!!」
ガラスの剣身が一気に伸びると、5メートルに達する巨大な大剣へと変貌する。
長大で幅広く、分厚いその剣身は、見るからに圧倒的な質量を誇っていた。
「地伸太剣斬!!!!」
牙恩がそれを振り下ろし、サンドワーム型・地属性超常級悪霊の頭部を真っ向から叩き割る……!
——かに、思えた瞬間。
ガキィィィィン!!
凄まじい金属音が辺りに響き渡る。
まるで戦車の装甲に剣をぶつけたような、まったく手応えのない衝撃。
「っだーー!カッッッテぇぇぇーッ!!
なんつー硬さだ!!おもしろっ!♪ !♪
だーーひゃっひゃっひゃっ!♪すっげー手が痺れたーー!♪」
それでも牙恩は怯むどころか、超常級悪霊の異常な防御性能にテンション爆上げである。
「よーし♪
次はもっと剣身の硬度を上げて……斬撃角度も調整して……あと、振り下ろすタイミングも……」
まるで最高の“オモチャ”を手にした少年のように、牙恩は満面の笑みで、次の一手を練り始めていた。
「バカ牙恩!!一人で突っ込むな!!」
「そうですわ、牙恩さん!
ここはみんなで力を合わせないとっ……!!
麻璃流さん、天嶺叉さん!最初からとばしていきますわよ!!
わたくしに合わせてください!!」
「オッケーです!刹那さん!」
「ウ、ウチもっ……!」
「萌華、聞こえたか?
拙者たちも、刹那さんに合わせるぞ」
「ここは、仕方ないですね……
今日三回目の、桜蘭々様からのお褒めの言葉、狙いに行きますか!」
「銀河! オレたちもいくぞ!」
「はいっ! 牙恩もこっちに合わせて!!」
——そうだ。
おれはもう、独りじゃない。
今はこんなにも、頼もしい仲間たちがいる。
——あの頃とは、もう違うんだ。
「いきますわよ!!
氷の叫び THE THIRD!!
滅多大雪斬!!!!」
「水の叫び THE THIRD!!
柔刃烈水斬!!!!」
「樹の叫び THE THIRD!!
芽樹丸!!!!」
「影の叫び THE THIRD!!
双臥 影遁斬!!!!」
「毒の叫び THE THIRD!!
毒伸寂淋斬!!!!」
「風の叫び THE THIRD!!
鎌韋太刀!!!!」
「だーーひゃっひゃっひゃっ!♪
いまのおれっちの、最硬じゃあぁぁぁっっ!!♪
地の叫び THE THIRD!!
地伸太剣斬!!!!」
それぞれの刀剣身が、異なる輝きを放ちながら、鋭く、巨大に変貌していく。
七人の精霊刀剣の使い手たちが、その柄に全霊力を込め、息を揃えて——
一斉に超常級悪霊へと突撃する!
おれもすかさず、火の精霊刀を上段に構え、皆に合わせて叫ぶ。
「火の叫び THE THIRD!!」
柄から、火炎放射器のように激しく炎が放射されると、5メートルに達する巨大な火の刀身へと変貌する。
「一刀両炎斬!!!!」
ズバァァァァン!!
——全攻撃が命中。
怒涛の斬撃が、超常級悪霊の巨体を一斉に貫いた。
無数の閃光が交差し、咆哮すら間に合わないほどの速度で、その体を斬り刻む。
次の瞬間、悪霊の肉体は宙に舞い、九等分にバラバラに裂け散った。
「やった……!」
吹き上がる砂塵が視界を覆い、あたり一面が煙幕のような砂埃に包まれる。
「全員、油断するな!
まだ悪霊玉は破壊していない!」
「そうでした……!
でも、攻撃は通じてます!
このまま畳み掛けて、悪霊玉を一気に叩き壊しましょう!!」
全員が構えを解かず、警戒したまま——
徐々に晴れていく砂埃の向こうを睨み続ける……その時だった。
「ーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
轟くような咆哮が、砂の幕を切り裂いた。
次の瞬間——
巨大な尾が振り払われ、視界を覆っていた砂塵が一気に吹き飛ばされる!
「お、おいおい……」
「まさか……」
「うそ……でしょ……」
そこにいたのは——
完全に元通りになった、超常級悪霊の姿だった。
九等分に裂かれたはずのその体は、見事に接合され、傷跡すら残っていない。
まるで何もなかったかのように——
サンドワーム型・地属性超常級悪霊は、無言のままこちらを見下ろしていた。
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