第三十五話 食虫植物
サボテンとか育ててみたいなあと思う今日この頃です。
【東京都千代田区 東京駅丸の内駅前広場】
二手に分かれた悪霊の軍勢。
残るもう一方が、小さな女の子のもとへと向かっていく。
「天嶺叉!!そっちに行ったよ!!
あとは任せた!!」
「わ、わかりました!」
麻璃流さんから声をかけられた「天嶺叉」と名のつく少女は、慌てた様子で返事を返すと、両手を背中へと伸ばし、何かを取り出した。
彼女の両手に握られていたのは、二本の日本刀の柄。
どちらも黒い鍔を持ち、柄巻きも黒。
握りの先端、柄頭の部分は、精霊玉で構成されていた。
あの制服に、あの柄。そして『天嶺叉』という名前──
つまり彼女こそが──残る最後の精霊刀剣の持ち主。
“樹の大精霊・青天森”に選ばれし少女──
“樹の精霊双刀”の使い手──
神戸校一年、伊藤天嶺叉さん!
そう確信したその瞬間、彼女が大声で叫んだ。
「お願い!!青天森!!」
その名を叫んだ瞬間——
天嶺叉さんの体内から、木の葉が舞い散る。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
大地が唸るような咆哮とともに、天空に届かんばかりの巨大な樹木が現れる。
両腕と両脚が備わり、大地を踏みしめるたびに足元から花が咲き、芽が吹き、生命が芽吹いた。
それは圧倒的な存在感を放ちながらも、どこか穏やかであたたかい。
まさしく自然の化身。
その姿は、まるで北欧神話に登場する世界樹「ユグドラシル」を彷彿とさせる、神々しさを湛えていた。
やがて、その超巨大な青天森が、柄の精霊玉へと吸い込まれていく。
すると、透明色だった精霊玉が、緑色に染まる。
次の瞬間──
二本の柄から、太く力強い樹の幹が生えはじめる。
ググッ……と唸るように伸び、ねじれ、割れ、絡み合いながら、幹はその形を変えていく。
幹はやがて刀身のかたちを取り、まるで木刀のような質感に。
木の温もりを保ちながらも、刃先だけは鋭く仕上がっていた。
こうして、二振りの“樹の刀身”を、形作った。
「こっちに向かってきている敵は……
狐型・影属性上級悪霊が10体に、中級が15体ほど……
カピバラ型・氷属性上級悪霊が10体に、中級が15体ほど……
つまり、全員が地面に足をつけて移動するタイプで……空に逃げることはできない……なら……」
天嶺叉さんはブツブツと独り言を呟きながら、何かを考え込んでいるようだった。
「だったら……!」
ようやく何かに踏み切るように、彼女は樹の精霊双刀を逆手に持ち直し、片膝を地につける。
そして静かに、しかし力強く叫んだ。
「樹の叫び THE FIRST!!」
樹の精霊双刀を地面に突き刺す。
樹の双刀身が地を貫いた瞬間、樹の根が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。
形成されるのは巨大な──
“樹の円形型霊法陣”
「植壺堕露武!!!!」
霊法発動の刹那。
樹の円形型霊法陣が緑色に輝いた。
おおっ!?一体どんな攻撃が来るんだ!?
胸を高鳴らせながら、息を呑んで見守る……が。
「……あれ?」
──何も起こらない。
ま、まさか……
まさかの──不発……?
いや、もしかして……東京校の人たちと同じで、ここに来るまでの間に何度も戦闘していて、すでに霊力を使い果たしてしまっているのかもしれない。
もしそうだとしたら……まずい!
「助けに行かなきゃ!」
そう思ったおれは、迷わず彼女のもとへと駆け出した。
悪霊たちも、彼女が攻撃を仕掛けた瞬間は警戒して足を止めたが、しばらくしても何も起こらないのを見て、再びじりじりと進軍を始める。
──しかし、そのときだった。
ズボッ!!ズボッ!!ズボッ!!
悪霊たちが次々に、忽然と視界から消えていく。
「な、なんだ!?」
驚きとともに地面が揺れ、そこから次々と現れたのは、まるで巨大な植物のような存在。
それは、食虫植物の一種として知られる──“ウツボカズラ”だった。
生物学の授業で学んだことがある。
食虫植物には、さまざまな捕食方法があり──
まずは、“ミミカキグサ”のように、昆虫をスポイト状の器官で吸い込む「吸い込み式」。
次に、“モウセンゴケ”のように、粘着液を出す腺毛で昆虫を絡め取る「粘着式」。
さらに、“ハエトリソウ”のように、葉を開閉して昆虫を挟み込む「挟み込み式」。
そして最後が──
このウツボカズラのように、筒状の袋に落とし込んで捕える「落とし穴式」だ。
つまりこれは──
悪霊たちが、ウツボカズラの上を通過した瞬間に作動する、罠型の霊法!
悪霊が袋の中に落ちると、ウツボカズラは即座に「パタンッ!」と蓋を閉じて閉じ込めた。
外側からは、袋の中でもがき暴れる悪霊の姿が、シルエットとしてはっきりと浮かび上がっている。
そのとき、天嶺叉さんが静かに口を開いた。
「暴れても無駄です、悪霊さんたち
この“植壺堕露武”は、自身の上を通過した霊気を感知し、即座に袋の中に落とし込む罠型の霊法
袋の内側は非常に滑りやすく、落ちたら最後、二度と這い上がることはできません
しかも中には、あなたたちの霊力を吸収し、ゆっくりと身体を溶かしていく消化液がたっぷり
最終的にあなたたちは……この“植壺堕露武”の養分になっていただきます」
まさにその言葉のとおり──
袋の中の悪霊たちは、みるみるうちに痩せ細り、縮んでいく。
霊力を吸われ、肉体を溶かされ、そして──
「パキッ……パキッ……パキン!」
悪霊の核、悪霊玉まで砕ける音が、静かに響き渡った。
やがて、すべてのウツボカズラが地中へと戻っていくと、戦場に残されたのはただ一人──
平然と立ち尽くす、天嶺叉さんの姿だけだった。
そう──
彼女ただ一人の手によって、残りの悪霊たちは、すべて祓われたのだった。
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