第二十六話 地獄絵図
みなさんが自分の非力さに悔しくなる瞬間ってどんな時ですか?
わたしはやっぱり自分の頭の中にあるイメージをうまく言語化、文字化することができない時ですかね……
もっともっと勉強しないと!
【東京都千代田区 東京駅 丸の内駅前広場】
「な、なんだ……これは……!?」
「こ、こここここは……じ、地獄ですか……!?」
おれと牙恩の目の前に広がっていたのは──
“地獄絵図”としか形容しようのない光景だった。
目を疑うほど凄惨な、悪夢のような現実。
無数の人々が、さまざまな型・属性の悪霊に襲われている。
その数、ざっと見積もっても──500体は優に超えていた。
──しかも、その半数近くが上級悪霊。
この広場一帯は、完全に“霊災”のただ中にある。
火属性の悪霊が、炎をまとった腕で通行人を薙ぎ払う。
刹那、轟音とともに衣服が燃え上がり、炎に包まれた人影が絶叫しながら地面を転げ回る。
水属性の悪霊が、水流から編まれた鎖をしならせるように伸ばし、悲鳴を上げる女性の首に絡ませ、容赦なく締め上げていく。
喉が潰れるような声と、白目を剥く表情が恐怖を倍増させる。
風属性の悪霊が、見えざる風の刃を次々に解き放つ。
何もない空間が裂け、斜めに走る裂傷とともに、赤い飛沫があちこちに舞い散る。
雷属性の悪霊が、稲妻を纏いながら地面を駆け抜ける。
すれ違った瞬間、数人の体がバチバチと痙攣し、そのまま崩れるように崩れ落ちた。
──だが、それはほんの一部にすぎなかった。
広場には、他にも毒や氷など、さまざまな属性を持つ悪霊たちが跋扈していた。
視界を奪い、感覚を狂わせ、理性を削り取っていく異形たちが、次々に人間へと襲いかかる。
悪霊たちは容赦なく、無差別に人間を傷つけ、恐怖に染め上げていく。
人々の悲鳴が交差し、怒号と慟哭が渦を巻いていた。
これほどの規模で、しかも強力な個体ばかりが同時に現れるなど、いままで経験したことがない。
これはもはや災害ではなく、悪霊によって引き起こされた文字通りの──“霊災”だ。
「うわあああああっ!!なんだっ!?
一体何が起こってるんだっ!?離せっ!離せよっ!!」
「きゃああああっ!!誰かっ!!誰か助けてええええっーーー!!」
霊力を持たない一般人に、悪霊の姿は見えない。
彼らにとっては突然の悲鳴、突然の暴力──つまり、“見えない何か”からの襲撃。
パニックにならない方が不自然だった。
逃げ道もわからない。頼れるものもいない。
人々は、理解不能な恐怖に追い詰められ、ただその場に立ちすくむしかなかった。
「牙恩は、そっちの女性を頼む!」
「は、はいっ!
ででで出て来いっ!!じじじ地玄武っ!!」
牙恩は、“地の大精霊・地玄武”を召喚。柄は、“地の精霊大剣”へと姿を変える。
“ノーマルモード”の牙恩は、膝をガクガクと震わせながらも──勇気を振り絞り、女性のもとへ走り出していく。
「来い!!朱炎雀!!」
おれは、“火の大精霊・朱炎雀”を召喚。柄は、“火の精霊刀”へと姿を変える。
──すかさず、上段に構えた。
「火の叫び THE THIRD!!」
刹那、柄から噴き出す業火。
まるで火炎放射器のように空間を焼き尽くしながら、燃えさかる刀身を一気に形成。
5メートルに達する、巨大な“火の刀身”へと変貌する。
「一刀両炎斬!!!!」
刀を振り抜き、男性に襲いかかっていたドーベルマン型・影属性上級悪霊を、悪霊玉ごと真っ二つに斬り裂くと、同時に焼き尽くされるように崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
おれはすぐに男性のもとへ駆け寄る。
男性は茫然とした顔で、腹部を押さえていた。
「あ、あぁ……ありがとう、助かったよ」
Yシャツの腹部が裂け、そこから血がにじんでいた。明らかにさっきの悪霊の爪痕だ。
「ケガは……!?立てますか!?」
「だ、大丈夫だ、これくらいの傷なら……
それにしても、一体何が起こっているんだ……?」
「“霊災”です!
悪霊がいま、ここに溢れています!すぐ東京駅へ避難してください!
そこに十文字学園の仲間が集まってるはずなので、あとは指示に従えば大丈夫です!」
「わ、わかった……!
でも、悪霊って……本当に存在したんだな……
ニュースで“霊災被害”とか言われてても、どこか他人事で聞いてて……
まさか、本当に現実に起こっていることだったとは……」
男性はうつろな目で呟くと、腹を押さえながらふらつきつつも、東京駅方面へと走り去っていった。
「・・・」
……そうだよな。
あの男性が言う通り、自分で見たことも、触れたこともないものを“信じろ”って言われたって、普通は無理だ。
そんなことを考えていた、そのとき──
視線の先に、新たな悪霊が現れる。
数は──ざっと30体。
こちらに気づき、一斉に襲いかかってくる。
「来い……!」
おれは火の精霊刀を構え直した。
だがそのときだった。
──どこからともなく、聞き慣れた、そして頼もしさを感じさせる声が響いた。
「風の叫び THE THIRD!!
鎌韋太刀!!!!」
突如、右前方から飛来した一閃の風。
手裏剣が風を裂きながら、その身に纏った“風の剣身”で次々と悪霊たちを切り裂いていく。
「この攻撃は……!」
次の瞬間、風を切って走ってくる人影があった。
肩で息をしながら、こちらに駆け寄ってくる。
「はぁ……!はぁ……!銀河、無事か!?」
「はい!
謙一郎さんもご無事で……!本当によかった……!」
思わず、胸を撫で下ろす。
仲間の姿に、心の緊張が一瞬ほどけた。
「喜んでくれるのは嬉しいが……くそっ!キリがない!
祓っても祓っても、次から次へと出てきやがる!」
「でも、樹々吏さんが言ってました!
すでに応援を呼んでくれてるって!」
「……そうか!」
謙一郎さんが大きく目を見開く。
「今までおれたち三人でやってきてたから、すっかり忘れていたが──」
「そうです!
ここには──
“東京校”の祓い科の人たちがいます!」
──そう。
ここ東京には、まだ見ぬ──仲間たちがいる。
おれたちと同じ──祓い科の学生たちが。
「よし……!
それじゃあ、東京校のやつらが来るまでの間、まずはここに残された人たちの避難を最優先!
あとは、悪霊たちが東京駅に近づかないように──
ここで食い止めるぞっ!」
「はいっ!」
謙一郎さんはすぐさま風の精霊手裏剣を構え、悪霊が密集する右手のバス停方面へと駆けていった。
おれも気を引き締め、もう一度、火の精霊刀を握り直す。
──ここからが、本番だ!
それからしばらく──
おれたちは多数の悪霊と激しく応戦しながらも、なんとか一般市民たちを東京駅へと避難させることに成功した。
だが、問題はここからだった。
謙一郎さんの言っていたとおり、あとは“応援”が到着するまで──
ここで悪霊の群れを食い止めるだけのはず……だったのに。
「はあっ……はあっ……っ
くそっ……!このままじゃ、まずい……!」
圧倒的な悪霊の数に、徐々に押し返され始めていた。
──そして、次の瞬間。
「あっ……!?まずい……!!」
目の前に広がるのは、悪霊の軍勢。
その中の200体近くが、おれたちを無視し、東京駅の方へと雪崩れ込もうとしていた。
「行かせるかっ!!
火の叫び THE FOURTH!!」
悪霊の軍勢に攻撃を仕掛け、なんとかこちらへ注意を引きつけようとした──その時だった。
「ぐわっ!!」
突然、背中に氷弾が直撃し、凍てつく衝撃が全身を駆け抜けた。
そのまま、おれは地面にうつ伏せで叩きつけられる。
「いっててて……
……後ろからなんて、卑怯だぞ……」
顔を上げると、目の前には──50体以上の上級悪霊たちが、まるで壁のように立ちはだかっていた。
「くそっ……!
上級クラスが、こんなにも……!?
一気に祓うなんてムリだ……!」
焦りの中で、左方にいる牙恩に向かって叫ぶ。
「牙恩!!
あの軍勢を止められないか!?」
だが──牙恩もまた、50体以上の悪霊に囲まれていた。
「この俺様にできねぇことなんざ……って、邪魔だっつってんだろゴラァ!!
俺様の道を塞ぐなんざ、百億年早えんだよ、雑魚どもがーー!!」
いつの間にか“ノーマルモード”に飽きて“怒りモード”に切り替わっていた牙恩が、怒り狂いながら悪霊の群れの中を突っ切ろうとしている。
「これ以上、俺様をいらつかせんじゃねえええええ!!!」
その瞬間だった。
「うわぁああああっ!?」
やぎ型・風属性上級悪霊たちによる暴風攻撃。
牙恩の体が吹き飛ばされ、転がるようにして遥か後方へと飛ばされていく。
「牙恩!!大丈夫かっ!!?」
おれは叫んだが、その声が届く距離ではなかった。
──けれど。
牙恩はすぐさま立ち上がり、何事もなかったかのようにまた暴れ始めていた。
「良かった……!謙一郎さん!」
今度は、右方で戦っている謙一郎さんに助けを求めた。
だが──謙一郎さんもまた、50体を超える悪霊に囲まれていた。
「わかってる!
そっちに行かせてたまるか!
風の叫び THE FIFTH!!
直線風!!!!」
次の瞬間──
風の精霊手裏剣が高速回転。
そして、謙一郎さんの足元には巨大な“風の三角形型霊法陣” が展開された。
霊法陣から真上に向かう暴風が発生。その風に乗って宙へと舞い上がる。
そのまま、悪霊の軍勢に体を向けると、風の精霊手裏剣を構え直した。
「風の叫び THE THIRD!!……っ!?ぐあっ!!」
突然、上空に潜んでいた多数の鳥型悪霊たちが一斉に襲いかかる。
謙一郎さんの体が空中で翻り、重力に引かれるようにして地面へと叩きつけられた。
「うがっ!!」
「謙一郎さん!!」
「だ、大丈夫だ!……だが、くそっ!
こんなに鳥型がうじゃうじゃいると、迂闊に上空には飛び上がれん!!」
──まずい。
牙恩も謙一郎さんも、それぞれの戦線で手一杯だ。応援に来られる状況じゃない。
だったら──
「……おれが、やるしかない!」
おれは立ち上がると、目の前を塞ぐ上級悪霊の集団を無視して突破を試みた。
だが──
「っ……!?」
50体の上級悪霊たちは、まるで一つの意志に導かれるかのように、統制された動きでおれの行く手を封じてきた。
──なんだ、この連携……!?
普通の悪霊じゃない。これは“意志”がある動きだ。
個として動いていない。全体で、統率された“群”としておれを殺しにきている……!
上級悪霊たちが統率されているだって……?ま、まさか……もしかして……!?
いや、それよりも今は……!
──東京駅!!
悪霊たちが次々と、雪崩のように駅構内へとなだれ込もうとしている。
あそこには──まだ仲間たちがいる。
精霊科の生徒たちが、避難誘導のために残っている。
そして、多くの一般人……何の力も持たない人たちが、まだ中に取り残されているんだ。
もし、このまま群れを止められなければ──人が、大勢死ぬ。
嫌だ……!それだけは、絶対に……!
「頼む……どいてくれ!!
そっちにはまだ……まだ、たくさんの人がいるんだ!!
お願いだから、頼むから──」
言い終えるより早く、背後からの重い圧力。
振り返る間もなく、どすん──と大地を揺らす衝撃が背中にのしかかった。
カバ型の樹属性上級悪霊だった。
その巨体が、おれの背にそのまま全体重を預けるようにのしかかっている。
「っぐ……!おっも……っ!!」
骨が軋み、肺が押し潰されるような圧迫感。
地面に顔を押しつけられたまま、呼吸ができない。
視界が滲んで、耳鳴りが響く。
動けない。立ち上がれない。
逃げることすら──できない。
くそっ……!
なんなんだ、これは……
なんで、おれは……なんで、こんなにも……
──無力なんだ!!
悔しい。情けない。恐ろしい。
目の前で人が殺されるかもしれないのに──
誰かを守らなければいけないはずなのに──
それなのに……
いまのおれには……何も、できない。
……涙が、こぼれた。
それは、痛みのせいじゃない。
心の奥底から湧き上がってくる──“自分自身への怒り”だった。
弱い自分。無力な自分。
この手で、何一つ守れない自分に、どうしようもなく腹が立っていた。
お願いだ……
頼む……頼むから……
──そっちへは、行かないでくれ!!
おれは、心の中で悪霊たちに必死に懇願した。
神様にも、仏様にも、何か見えないものにもすがる思いで、心の叫びをぶつける。
けれど──
悪霊たちは止まらない。
無慈悲に、無表情に、地響きを響かせながら、東京駅の構内へと押し寄せていく。
まるで、暗黒の津波だ。
人々を押し流し、踏み潰し、奪い去っていく、“死”そのものだ。
──誰かが、殺される。
──おれは、それを、見ていることしかできない。
「やめてくれ……!
お願いだから、行かないでくれ……!
みんなを……殺さないでくれ……!!」
喉が裂けそうなほど叫んでも、何も変わらない。
おれの声は誰にも届かず、空に溶けていく。
全身の力が抜け、意識がかすみ始めたその時──
──東京駅の構内から、一人の女の子が現れた。
最初は、目の錯覚かと思った。
視界が歪み、意識が朦朧とする中で、脳が勝手に作り出した幻影かと疑った。
だが──それは、紛れもない“現実”だった。
悪霊が溢れかえるこの地獄に、たったひとり。
静かに、しかし揺るぎなく、歩み出てくる少女の姿があった。
黒髪を高く結ったポニーテール。
風に揺れる桜色のリボンが、死の空気を切り裂くようにひるがえる。
すらりと伸びた背筋。和装が似合いそうな、凛々しくも気品ある立ち姿。
その存在は、あまりにも鮮烈だった。
年は──おれと同じくらい。
けれど、その目はずっと遠くを見ているようで…… 怯えも、迷いもない。
ただ、静かに燃えるような覚悟だけが、そこにあった。
悪霊の群れのただ中に、たったひとりで立つその姿は──
まるで、地獄に咲いた一輪の花。
少女は、恐れを見せなかった。一歩も退かず、膝も震わせず。
むしろ、この戦場が“自分の居場所”であるかのように、当たり前のように、そこに立っていた。
──その光景に、おれは──ただ、息を呑んでいた。
なぜか、その姿に惹きつけられ、目を逸らすことができず、息をするのも忘れて、おれはただ──
彼女を見つめていた。
※キャラクター紹介
プロフィール追加
名前:山本 桜蘭々
髪型:黒髪・長髪・ポニーテール
桜色の大きなリボンで結んでいる
(和風をイメージ)
服装:制服上位はボタンをかけずに全開
(本当は全部留めて(閉めて)ちゃんと着用したいが、そうすると胸の部分がきつくなり苦しくなってしまうので仕方なくこのような着方をしている)
(ちなみに制服上位の前にあるボタンは三つある)