第二十五話 人酔い
人がいっぱい密集しているところってたまに味わうくらいがちょうどいいんですよね……
お祭りとかイベント日とか……
【東京都千代田区 東京駅】
「おーえっ!!ゲホッ、ゲホッ!
はぁ……はぁ……」
……みなさんこんにちは。
現在、東京駅構内の男子トイレで、洋式便器に顔を突っ込んでいるのは、わたくし──
国立十文字学園高等部八戸校祓い科二年、佐藤銀河です。
──大変お見苦しい姿をお見せし、申し訳ございません。
どうやら東京の──
いや、都会の人の多さにやられたようで、早速“人酔い”という洗礼を受けております。
「おぇっ……
うっ……!くっさ……!」
便器から強烈なニンニク臭がする……
新幹線で食べたおやつ、全部吐いちゃったかもしれない。
せっかく、おれの“おやつ”……
──“にんにくチップ”、“ポテトチップス(ガーリック味)”、“にんにくせんべい”。
全て死守できたっていうのに……
一位になった人たちが、たまたま全員別の人のおやつを選んでくれたおかげで、自分のおやつは剥奪されずに済んだ。
そのおかげで、禁断症状も治まっていたのに……結局このザマだ。
それにしても──なんだこの人の多さは。
今日って何かお祭りでもあるのか?
このトイレの外だけで、八戸の有名な“三社大祭”並みに人が集まってる気がする……
──これが、都会か。
まさか到着早々、人酔いでぶっ倒れるとは。情けない……
「大丈夫ですか、銀河さん?
はい、これお水です!謙一郎さんが買ってきてくれました!」
「あ、ありがとう……」
牙恩が片手でおれの背中をさすってくれながら、もう片方の手でペットボトルを差し出してくれる。
おれはその水でうがいをし、そのあと少しだけ口に含んで飲み干した。
「ふぅ……もう平気だよ、牙恩
ありがとね」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん、だいぶマシになった
謙一郎さんにもお礼言わなきゃ……って、どこ行ったの?」
「樹々吏さんと一緒に、駅前にいる東京校の精霊科の人たちと合流しに行きました
ちゃんと時間通り着きましたって、報告しに行ったみたいです」
「そっか
確かに知らせておかないと、東京校の人たち心配するもんね
さすが謙一郎さん、対応が大人だ……よし!おれたちも行こう!」
「はい!」
人酔いから復活したおれと牙恩は、トイレの個室から出る。
すると──
「うわああああああっ!!」
「きゃああああああっ!!」
「助けてーーーーっ!!」
突如、男子トイレの外から、地の底を這うような悲鳴が響いてきた。
それは叫びというより──パニックと絶望の塊が裂けて漏れ出した音だった。
「……なんだ!?」
胸がズンと冷える。
おれと牙恩は顔を見合わせ、すぐさま男子トイレを飛び出した。
そして──
目に飛び込んできた光景に、息を飲んだ。
目の前の通路を、夥しい数の人々がなだれ込んでくる。
押し合い、転び、叫びながら、駅構内へ向かって逃げてくる。
まるで何か、目に見えない巨大な“災厄”が──背後から迫っているかのように。
「ひっ……!いやだああああっ!!」
「来るなあああああっ!!」
ただの人混みじゃない。これは、逃げ惑う“群れ”だ。
目の奥に焼きつくのは、血の気の引いた顔、涙でぐしゃぐしゃになった子ども、振り返る余裕すらない大人たち。
足音、悲鳴、携帯の落下音、誰かの悲痛な泣き声が、四方八方から波のように押し寄せる。
冷たい汗が背中を流れる。
ただならぬ空気に、肺の奥がきしむ。
……ここで、何かが起きてる。
普通じゃない何かが。
「銀河くん!!牙恩くん!!」
聞き慣れた声が響く。振り向けば、樹々吏さんがこちらへ全速力で駆けてきていた。
その表情は、今にも泣き出しそうなほど強ばっている。
「一体、何があったんですか!?」
「悪霊よ!!それも──上級がたくさん!!」
「なっ……!?
こ、こんなに人がいる場所で……!?」
「謙一郎くんが今、一人で対応してるの!
わたしも、東京校の人たちと一緒に精霊壁を展開しようとしたんだけど……
数が多すぎて、詠唱の隙すら作れなくて……」
樹々吏さんの声が震えている。
その手はわずかに痙攣していて、恐怖を必死に堪えているのが伝わった。
「でも、もう応援は呼んである!だから──
二人は、お願い……!謙一郎くんのところへ!!
わたしたちは、こっちで一般の人たちの避難誘導してるから!!」
「わかりました!場所はどこですか!?」
「“丸の内駅前広場”!!」
そう叫ぶと同時に、樹々吏さんが震える指で真っ直ぐその方向を指し示す。
「オッケーです!とりあえず、あっちですね!」
「ぼく、場所わかります!行きましょう、銀河さん!」
「よしっ!!」
おれと牙恩は、左腰に携行していた精霊刀剣の鞘から、柄を抜き──
謙一郎さんのいる、“丸の内駅前広場”へと駆け出した。
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