第二十四話 旅立ち
【青森県八戸市 八戸駅】
「久保田さん!本当にありがとうございました!」
おれたち三人は、車から荷物を下ろしたあと、学園から八戸駅まで送ってくれた精霊科三年の久保田さんにお礼を言った。
「みんな、おいらの分まで東京でも頑張ってこいよ!
お土産話、楽しみにしてるからな!」
「はいっ!本当にありがとうございました!
久保田さんも、お身体に気をつけて!」
おれたちが深くお辞儀をすると、久保田さんの車は学園のほうへ走り去っていった。
──ちなみに、日本の道路交通法では、普通車の運転免許は18歳以上が条件だが、国立十文字学園に限っては例外である。
特例により、精霊科の高等部生徒は満15歳から取得が認められており、入学するとまず最初に運転免許を取得するカリキュラムが組まれている。
精霊科では中級以下の悪霊祓いを任される場面も増え、遠方の現場へ向かうこともあるためだ。
これは、精霊省が国土交通省に正式に依頼し、特別に承認を受けたのである。
「おーい!みんなー!こっちこっち!」
八戸駅の出入口で、手を大きく振っていたのは精霊科三年の樹々吏さんだった。
「樹々吏さーん!」
おれたちは手を振り返しながら、駆け寄っていく。
「みんな、遅かったじゃない!
時間ギリギリで、こっちはもうハラハラしてたんだから!」
「ご、ごめんなさい……
ぼくの準備が遅れたせいで、先輩たちを巻き込んでしまって……」
牙恩が申し訳なさそうにうつむき、声を落として答えた。
「まったく……
こういう日の前日は早く寝るもんだぞ、牙恩!
緊張で眠れなかったならまだしも、まさか本当に夜中までゲームしてたなんてな!」
「す、すみません……」
「ま、まあまあ、謙一郎さん
牙恩もちゃんと反省してますし、こうして間に合ったんですから、結果オーライってことで!」
おれが慌ててフォローを入れると、謙一郎さんは小さく息をついた。
「そうそう!牙恩くんはぜんっぜん悪くないわよ!
だって、夜遅くまでAXに付き合わせたの、私なんだから!
ねっ、牙恩くん?」
「えっ!?」
牙恩は驚いた顔で樹々吏さんを見つめた。
すると樹々吏さんは、謙一郎さんの背中にそっと隠れながら、牙恩にだけ見えるようにウインクする。
──ああ、なるほど。
怒りの矛先を自分に向けて、牙恩がきつく責められないように配慮してくれたんだな。
「じ、実はそうなんです……アハハ……」
「なんだ、そういうことか
じゃあ悪いのは樹々吏じゃないか
先輩からの頼みじゃ、断りづらいもんな……すまなかった牙恩、きつく言いすぎた」
「い、いえ……」
気まずそうにしつつも、牙恩はほっとしているようだった。
謙一郎さんの背後で、樹々吏さんは左手の親指を立てて“GOOD!”のポーズをしている。
「よーし!じゃあ、無事に全員そろったことだし、早く改札へ向かいましょ!」
「ですね!……ところで、樹々吏さん」
「ん?」
おれはずっと気になっていた、彼女の足元に置かれた巨大なキャリーケースについて尋ねる。
「その荷物……樹々吏さんも、これからどこかに行くんですか?」
見た感じ、旅行か長期出張レベルのサイズだった。
「な〜に言ってるのよ!
白亜先生から聞いてないの?
私も東京校に応援派遣されるの!八戸校・精霊科の代表としてね!」
「えっ!?」
「はあ〜……
その反応、まさかとは思ったけど、やっぱり白亜先生から聞いてないのね……
あの人、そういうとこホント適当なんだから……」
樹々吏さんは肩をすくめてため息をつく。
「じじじ、じゃじゃじゃあ、本気で樹々吏も東京へ行くのか!?」
謙一郎さんが動揺しまくりの様子で、そわそわしながら尋ねる。
「そうだよ〜♪みんな、よろしくね〜♪
トランプ持ってきたから、新幹線で一緒にやろうよ♪」
彼女は楽しげに笑いながら続ける。
「あっ、それと謙一郎くん、心配しないで
向こうの人たちには、謙一郎くんの“実年齢”はちゃんと秘密にしておくから!」
「いや、隠すもなにも、おれの実年齢は17歳だ!!」
……なるほど。
謙一郎さんが焦った理由、やっとわかった。
向こうでもみんなの前で、いつものようにいじられるんじゃないかってヒヤヒヤしてるんだな……
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【八戸駅 新幹線ホーム】
「12番線だから……これだね!」
目の前には、ホームに停車中の“東北新幹線はやぶさ112号”。
「さあ、みんな!
いざ、東京へ……!」
『レッツ、ゴー♪』
おれ、牙恩、そして樹々吏さんの三人で声を揃え、拳を高く突き上げた。
その勢いのまま、おれたちは新幹線に吸い込まれるように乗り込み、東京駅行きの列車へと足を踏み入れた。
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【東北新幹線はやぶさ112号】
おれたちは、それぞれ指定された二人席へと座った。
通路側のおれの隣には牙恩。前の席には樹々吏さん、その隣に謙一郎さんが腰を下ろす。
樹々吏さんが席をくるりと回し、おれたちと向かい合うように座席を調整した。
「よしっ、準備OK!
さて、東京駅までは三時間近くあるから……みんなでトランプでもやりましょ!
最初はシンプルに“ババ抜き”で、どう?」
「ババ抜き……つまり、樹々吏抜きということだな?」
「そうそう、わたし抜きでみんながトランプを……って、誰がババじゃ!」
謙一郎さんが珍しく樹々吏さんをいじる。おそらく、さっきの仕返しだろう。
「そういえば、ババ抜きの“ババ”って、どういう意味なんでしょうね?」
ふと気になって、おれは素朴な疑問を口にした。
「元々は“お婆抜き”っていう名前だったそうよ!
由来には諸説あるけど……今から150年ほど前に、イギリスで生まれた”Old Maid“ っていうカードゲームが元になってるって言われてるわ」
樹々吏さんが、おなじみの知識トークを始める。
「ルールは、今のババ抜きとほとんど一緒!
ジョーカーの代わりに、クイーンを1枚だけ抜いておいて、最後にそれを持っていた人が負けってゲーム
で、その“Old Maid”が日本に伝わった時に、クイーン=おばあさん=ババ、って連想されて“ババ抜き”になったらしいの!
今はジョーカーが主役になったけど、名前だけはそのまま残ってるってわけ!」
「へぇ〜……そんな歴史が……
さすが博識ですね、樹々吏さん」
「ふっふっふっ♪
小説家を目指す者として、いろんなことに好奇心を持って、知識を蓄えておくことは重要なのだよ、銀河くん!
たとえそれが、雑学だとしてもね!」
樹々吏さんは、ちょっと得意げな笑顔を浮かべた。
「……そんなことより、早速やろうよ!せっかく持ってきたんだからさ!
どうせなら罰ゲーム有りにしない?
例えば……ビリの人は、一位の人に持ってきたおやつを剥奪される、とか!」
「剥奪って……言い方……!」
「みんな、それぞれ持ってきたおやつ見せてよ!」
樹々吏さんの勢いに押されて、おれたちは各自のリュックからおやつを取り出した。
「……えっ!?
みんな、これだけしか持ってきてないの!?」
「白亜先生から『おやつは500円までね!』って言われていたので……」
──そう。応援派遣が決まった日、白亜先生はたしかにそう言っていた。
……けど、よく考えたら先生は同行してない。
もっと買ってきても、どうせバレなかったじゃん……
「小学生の遠足かっ!三時間もあるんだよ!?この量じゃ絶対もたないじゃん!……まあいいわ
足りなくなったら、また別の罰ゲームでも考えればいいし
とりあえず、“一位の人が、ビリの人からおやつをひとつ剥奪する”ルールで、スタートね!」
「……よーし!」
「絶対に勝つぞ!」
三人とも、さっきからおれの“おやつ”をチラ見しているのは知ってる。
──“にんにくチップ”、“ポテトチップス(ガーリック味)”、“にんにくせんべい”。
この三種の神器を、おれは絶対に誰にも渡さない。
この日のために、この瞬間を楽しむために……おれは一週間もにんにくを断ってきた。
今のおれの体は、完全にガーリックを渇望している。
さっきから手がプルプル震えてるのは、明らかに禁断症状の兆候……!
──絶対に負けられない戦いが、ここにはある!
そして、おやつをかけた静かなるババ抜き戦争の幕が、いま静かに開いた。
「ところで、向こうに着いたらどうします?
最初、昼飯でも食べに行きますか?」
おれは、ちょうどジョーカーを引き取ってくれた謙一郎さんに、軽く声をかける。
……さすが謙一郎さん。
表情ひとつかえず、見事なポーカーフェイスだ。
「いや、白亜先生の話だと、東京駅に着いたら東京校の精霊科の人たちが迎えに来てて、そこから車で東京校に向かう段取りになってるってさ」
「そうなんですね……じゃあ昼飯は、どうします?」
「う〜ん……どうするかな〜
駅弁買っておくか、東京校に着いてから適当にどっか食いに行くか……」
そんな会話をしながら、おれたちはババ抜きに興じつつ、東京での最初の予定について話し合った。
……しかし、このときのおれは、まだ知る由もなかった。
東京駅に着いた直後、次々に巻き起こる“事件”で、頭がパニックになることを──
※キャラクター紹介
プロフィール
名前:久保田 藩児
年齢:18歳
身長:178cm
体重:66kg
職業:国立十文字学園高等部八戸校精霊科三年
性格:親切・陽気
一人称:「おいら」
好きな食べ物:アップルパイ
最近気になっていること:東京校応援派遣に、八戸校精霊科代表として選出されたなかったこと(東京でたくさん遊びたかった)