第二十三話 墓参り
※今話から元に戻り、国立十文字学園高等部八戸校祓い科二年、佐藤銀河の視線でお送りいたします。
【六月一日早朝 青森県八戸市 とある墓地】
おれは、“佐藤家代々之墓”と刻まれた墓石の前に立ち、両手を合わせて目を閉じる。
「……ついに、この日が来ました
正直……けっこう緊張してます
──向こうの生活にちゃんと慣れられるかな、とか
都会の人たちってやっぱ怖いのかな、とか
他の校舎の子たちと仲良くなれるかな、とか……」
ぽつりぽつりと、思いつくまま言葉を紡ぐ。
自分でも、こんなに不安があるのかと少し驚いた。
「でも、一人じゃないってのは本当に心強いです
謙一郎さんと牙恩がいてくれるの、ありがたすぎて……
もしおれ一人だったら、きっと慣れない都会でテンパって、すぐ田舎者だってバレて──
変な商品売りつけられたり……
路地裏でカツアゲされたり……
レストランでジュース一杯しか飲んでないのに、10万円請求されたり……」
思わず苦笑いがこぼれる。
「……うん
向こうに着いたら、絶対に一人にはならないようにしよう
謙一郎さんと牙恩に、もう、べったりくっついて……!
それじゃ、遅刻しちゃうから、そろそろ行きます!
──しばらくはここに来れないけど、お土産話、いっぱい持って帰ってきます!
いってきます!」
軽く頭を下げて、毎朝の日課を終える。
おれがこの墓地に通う理由は、二つある。
一つは、ここに眠る人たちが“家族”だと、白亜先生から聞いているからだ。
『“墓参り”とは、亡くなったご先祖様を供養し、冥福を祈ることで、感謝の気持ちを伝え、故人を偲ぶこと
そして、お墓は故人と心を通わせ、語り合う場でもある』
──以前、白亜先生がそう話してくれた。
不思議なことに……
こうして毎朝ここに来ると、少しだけ心が落ち着いた。
そして、もう一つの理由は──
毎日ここに来て、毎日の出来事を報告すれば、いつか失った記憶が少しでも戻るんじゃないかって……
そんな希望を、どこかで信じていたからだ。
──生まれてから、“あの日”までの記憶は、今も戻っていない。
正直、不安はある。
おれの家族が、どんな人たちだったのか。
あの日、一体なにが起こったのか。
どうしておれは、気づけば火の精霊刀を手にしていたのか──
……うん。現時点で戻ってないものを、いくら考えても仕方ない。
今は、気持ちを切り替えよう。
まずは、目の前のことに集中。
東京での新しい生活。
そして、これまで以上に過酷になるかもしれない悪霊との戦い。
──何があっても、みんなで力を合わせて生き延びる。それを最優先に。
……きっとそのうち、気づいたら記憶なんて戻ってるさ!
そう自分に言い聞かせて、おれは寮へと向かった。
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【国立十文字学園高等部八戸校 学生寮】
八戸校の学生寮は、学校から徒歩およそ10分ほどの場所にある。
10階建てのマンションで、この八戸市という田舎の土地柄を考えれば、十分に高層の建物だ。
周囲にはこれほどの高さの建物はほとんどなく、最上階からの景色は、まるで八戸市全体を見渡せるかのような絶景が広がっている。
寮のフロア構成は、上から順に──
10階が、祓い科専用。
9階から5階が、精霊科の女子生徒専用。
5階から1階が、精霊科の男子生徒専用となっている。
精霊科の生徒たちは、基本的に四人一部屋で共同生活をしているが、10階は祓い科が独占しているため、部屋が余っており、それぞれ個室で暮らしている。
また、10階・5階・1階には、共用の風呂場や調理場、ミーティングルームなどが設置されており、生活面もよく整備されている。
家事は、祓い科も精霊科も分担制。
洗濯・掃除・料理などの担当を日替わりで交代しながら、寮生たちは自分たちの生活を自分たちで回している。
いつもの墓参りを終え、寮の出入口に戻ってくると──
汗をびっしょりかいた謙一郎さんが、半袖・半パンの運動着姿で立っていた。
──相変わらずすごいな、謙一郎さんは。
朝の訓練前にも、自主的にこうやってトレーニングをして。
それも、天気に関係なく毎日やっているのだから、本当に尊敬する。
「おはようございます!謙一郎さん!
いつもの早朝ランニングですか?」
おれはいつものように、元気に声をかける。
「おはよう、銀河
銀河も、いつもの墓参りか?」
「はい、そうです!
今日は、朝の訓練も免除のはずなのに……
こんな日でもトレーニングを怠らないなんて、すごいですね!」
「……ああ
オレには、こんなことくらいしかできないからな」
「……?」
ふと、謙一郎さんの目が伏せられる。
声もどこか沈んでいて──
……あれ?
おれ、何か変なこと言っちゃったかな?
気まずくなりかけた空気は、一瞬だけ。
すぐに謙一郎さんは表情を戻し、汗をぬぐって、笑った。
「さて、シャワーでも浴びてくるか!」
そう言いかけてから、ふとおれの方を振り返った。
「そうだ銀河、一つお願いがあるんだが……」
「えっ?はい、なんでしょう?」
「牙恩が、ちゃんと起きてるか確認してきてくれ
昨日の深夜、ふと目が覚めたら──
あいつの部屋、まだ電気ついてたんだよ
……どうせまた、夜更かししてゲームでもしてたんだろうがな」
謙一郎さんは、まったくあいつは……という顔で、苦笑する。
「了解です!」
おれはそう返事をして、エントランスへ入る。
そしてエレベーターに乗り、10階のボタンを押した。
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【学生寮10階】
──コンコンッ。
おれは牙恩の部屋のドアをノックした。
「・・・」
……返事は、ない。
もう一度、少し強めに。
──コンコンッ!
「・・・」
やっぱり反応はなし。
「入るよ、牙恩」
そう声をかけてから、そっとドアノブを回して中に入る。
「Zzz……Zzz……」
牙恩はベッドの上で、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
毛布は蹴飛ばされていて、片足が思いっきりはみ出している。
「ふふふっ♪あの寝顔……
なんだか、かわいい弟を見てるみたいで、ちょっと起こすのが申し訳なくなってくるよ!」
──とはいえ、起こさないわけにはいかない。
このままだと、遅刻確定コースだ。
「牙恩、起き──」
そう声をかけようとした、そのとき。
「うわああああーーっ!!
漁夫だあああーーっ!!
卑怯者ォォォーー!!」
「うわっ!? な、なんだ!?」
突然の大声にびっくりして、思わず尻餅をついてしまった。
「この漁夫野郎ぉぉぉーーー!!
……あれ? 銀河さん……?」
「お、おはよう……牙恩」
「おはようございます……
まさか、漁夫しに来たのが銀河さんのチームだったなんて……
知ってましたよ……所詮このゲームは、漁夫ゲーですから……
銀河さんのチームだろうと、返り討ちにしてやります……むにゃ……」
「う、うん……とりあえず、起きよっか?」
寝ぼけた牙恩は、まだ夢の世界と現実の狭間をさまよっているらしい。
半分閉じたまぶた、ふにゃっとした口元……
このまま放っておいたら、またすぐ夢の世界に戻ってしまいそうな顔だ。
「遅刻しちゃうよー?」
「……そうだ……
朝の訓練が免除だったから……昨日の夜遅くまで……AXやってて……
……っは!!」
牙恩の目がパチンと見開かれる。
「やっばい!まだ何にも準備してない!!」
バッとベッドから飛び起きると、パジャマのまま部屋の中を走り回る。
「そ、それじゃあ遅れないようにね、牙恩!」
「あれ!? 靴下の片っぽどこ行った!? 靴下!!」
バタバタと部屋中を慌ただしく駆け回る足音と、焦りまくる牙恩の声を背に──
おれは笑いをこらえながら、自分の部屋──1001号室へと戻った。
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【学生寮10階 1001号室 (銀河の部屋)】
白亜先生の話によると──
おれは三年以上前から、この部屋で暮らしているらしい。
その頃は、兄の金翔さんと、妹の銅蘭さんと、三人一緒に一部屋で生活していたそうだ。
今もなお、部屋のあちこちには、金翔さんや銅蘭さんの私物と思われるものが置かれている。
整頓された引き出しの奥、クローゼットの隅、壁にかけられたままの帽子。
どれも使い込まれていて、誰かが確かにここで暮らしていた”証“が、やわらかく残っている。
──『過去の記憶を取り戻す何かのきっかけになるかもしれないから、処分しないように』
白亜先生にはそう言われている。
だからおれは、配置も手をつけず、そのままにしてある。
……触れるのが、少しだけこわい気もして。
「さてと……念のため、忘れ物がないか、もう一度確認するか!」
おれは、昨日のうちにまとめたキャリーケースを開き、中身を丁寧に点検していく。
「制服の着替えに、運動着の替え
バスタオルに、フェイスタオル
歯ブラシセットに、ブレスケア一ヶ月分……」
そこで、ふと手が止まる。
「……あれ?なんでおれ、にんにくチップをこっちに入れたんだ?」
手に取ったのは、にんにくの香りが強烈そうな、袋入りのおやつ。
これは道中、新幹線で食べるために買っておいたものだった。
「これは行きの新幹線で食べるおやつだから、学生バッグの方に入れないと……!」
にんにくチップを、学生バッグへと移し変える。
「あとは……」
再びキャリーケースの中を見やり、おれは最後の荷物にそっと手を伸ばした。
それは……
──家族と思われる人たちが写った、二枚の集合写真。
一枚は、後列に父親と思しき男性と、銅蘭さんと思われる赤ん坊。そして、その赤ん坊を抱き抱える、母親と思しき女性。
前列には、幼い日の金翔さんと思われる少年と── おれそっくりの少年が並んでいる。
もう一枚は、後列に祖父と思われる年配の男性。
前列には、いまのおれと同じ、十文字学園高等部祓い科の制服を着た金翔さん。
八戸市立長寿中学校の制服を着たおれと、そして、かわいいワンピースに身を包んだ銅蘭さん。
写真の中の自分たちは、みんな笑っていた。
──その笑顔が、ほんの少しだけ、胸に沁みて……
不思議と泣きそうになる。
「向こうでもどうか……おれのこと、見守っててください!」
──パンッ、パンッ。
おれは両手を合わせ、静かに目を閉じて、写真へ祈りを捧げる。
ゆっくりと瞼を開け、呼吸を整える。
「……よし、行くか!」
キャリーケースの取っ手を握り、学生バッグを肩にかけて。
少しの緊張と、少しの決意を胸に──
おれは、扉を開けて部屋を後にした。
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