第二十一話 乙女の叫び
今回は神戸三人組の日常話です。
※今話は、国立十文字学園高等部神戸校祓い科一年、伊藤天嶺叉の視線でお送りいたします。
【兵庫県神戸市 国立十文字学園高等部神戸校 校庭】
カカンッ!カカンッ!カカンッ!カカンッ!
木刀と木刀が激しく打ち合う音が、春の空気を裂くように校庭に響き渡る。
──ウチたちは今、校庭のトラック内側。
白線に囲まれた楕円形のスペースで、“刀剣道”の訓練を行っている。
「ほーら、天嶺叉!
また戦いながら考え込んで、下向いちゃってるよ!顔、上げて!
相手から視線を外さない!もっと直感を信じなってば!」
「は、はいっ!」
一年先輩の麻璃流さんが、木刀を両手に構え、ウチに注意しながらも容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
胸、胴、足元。次々と繰り出される一撃は、どれも本気で、手加減なんて一切ない。
──さすが、麻璃流さん……
一見無駄に見える動きも、どこか理に適っている。
いや、むしろ“無駄に見せかけ、相手の油断を誘う”動きなのかもしれない。
独特の間合い、流れるような身のこなし、軽やかなステップ。
そして、躊躇のない判断と鋭い打ち込み。
そのすべてが、「戦いのセンス」ってものを漂わせている。
ああいうの、ウチには……ない。
ウチは、つい頭で考えてから動こうとしちゃう。
そのせいで悪霊祓いの実戦でも、仲間との連携で一歩出遅れることが多い。
気づいた時には、もうタイミングを逃してたり……
──でも、いまは落ち込んでる場合じゃない!
ウチは、麻璃流さんの言葉に背中を押されるように、ぐっと顔を上げた。
目を逸らさず、麻璃流さんを真正面から見据える。
そして、両手に握った木刀で、なんとか攻撃を捌いたり、身体を逸らしてかわしたり──
必死に食らいついて、諦めない。
この訓練で、少しでも──
ほんの少しでも、いまの自分を変えたいから……
「うん!段々良くなってきたね!でも……
この攻撃は、避けられるかな?」
そう言って、麻璃流さんが木刀を構え直す。
両手に握られた木刀が、風を裂くように十字に交差した。
「二刀流の叫び THE FINAL奥義……
その名も──
麻璃流斬!!」
……最終奥義に自分の名前をつけるあたり、さすが麻璃流さん。
いつもどおり珍妙……失礼、独特すぎるネーミングセンスである。
──次の瞬間、麻璃流さんの姿が目の前に迫る。
右手の木刀が風を裂き、私の頭めがけて振り下ろされる!
ウチはとっさにしゃがみ込み、その一撃をなんとか回避した。
でも、これで終わるような単純な技じゃないはず。
相手は二刀流。今の一撃が囮で、本命は──
きっとこの後に来る、左手の攻撃……!
ウチは視線を左手に向け、警戒を強めた。
だけど──
「あれ!?」
……木刀が、ない。
さっきまで、麻璃流さんの左手に握られていたはずの木刀が、忽然と消えている。
え?え?どこいったの……?
木刀が消えた理由について、あれこれ思考が巡る。
でも──いや、待って。
また、ウチの悪い癖が出てる。
こうやって、頭の中で考えすぎてしまうせいで、いつも次の動きが一歩遅れる。
それこそ麻璃流さんに、何度も言われてきたことだ。
「直感を信じろ」って。
だから今こそ、考えるのをやめて──動く。
うん。きっと、最初の右手の攻撃が本命だったんだ。
なら今は、反撃のチャンス!
ウチはすばやく立ち上がると、両手に握った木刀を同時に──
ガラ空きになっている麻璃流さんの左脇へ、振り抜こうとした。
けれど、麻璃流さんはウチを見てにやりと笑っている。
「……あれ、なーんだ?」
麻璃流さんがにんまり笑って、左手でウチの頭上を指差す。
「えっ……?」
思わず顔を上げた。すると、眩しい太陽の中に──
黒い影が見えた。
……棒状の、何か。
──コンッ!!
「いたっ!!」
顔面に衝撃が走る。それは一本の木刀だった。
──そうか。
ウチがしゃがみ込んで、ほんの一瞬だけ麻璃流さんから視線を外したあのとき……
その隙に、左手の木刀を手放して、ウチの頭上に放っていたんだ。
肝心の武器を自分の手から放るなんて……なんてデタラメな戦い方。
でも……そうか。
『相手から視線を外さない!』
って、こういうことだったんだ。
それにしても、直感を信じろって言われて、動いた結果がこれ……
やっぱり、ウチにはウチなりの戦い方があるのかも。
それとも、慣れないことを急にやろうとしたのがだめだったのかな……
──気がつけば、ウチはまた頭の中で、あれこれと考えはじめていた。
「一本!勝者!神戸美少女三人衆が一人……麻璃流!
……ってあれ?刹那さんは?」
さっきまで審判をしていたはずの刹那さんの姿が、いつの間にか消えていた。
と思ったら──
「きゃああああ♡待ってぇえええ♡
わたくしの愛しいダーリン〜♡」
「うわああああっ!?なんなんだ君はーー!!」
刹那さんの悲鳴まじりの叫び声と、それに負けないくらいの男性の絶叫が聞こえてきた。
見れば、刹那さんはいつの間にか学園の敷地を飛び出し、校門前の歩道で、二十代後半くらいの男性を全力で追いかけていた。
「逃しませんわよーー♡」
そう言うと刹那さんは、まるで忍術でも使うように両手で指を十字に組み──
「乙女の叫び THE FIRST!!
恋の全力疾走♡♡……ですわーー♡」
──次の瞬間。
刹那さんの速度がさらに跳ね上がる。
ウチの気のせいじゃなければ……
足元にピンク色の♡ハートのエフェクトが、ステップを踏むたびに弾けている……
「つ〜かま〜えた〜♡もう離しませんわよ〜♡」
「ぎゃああああああっ!!」
刹那さんは勢いそのまま、ヘッドスライディングで男性の背中に飛びつき──
そのまま二人、うつ伏せで歩道に倒れ込んだ。
刹那さんの豊満な胸が、男性の背中にぴったり密着している。
「む、無理だよ!勘弁してくれ!
俺には妻も子どももいるんだ!それに君は……まだ高校生だろ!?
そんなことしたら、俺は犯罪者になってしまう!
だから……俺は、君とは付き合えない!」
「そ、そう……
奥様とお子様が……いらっしゃったのですね……
それは……残念ですわ……」
刹那さんは、見るからにしょんぼりとうなだれていた。
……よかった。
さすがに既婚者にまで交際を迫るようなマネはしなかった。
刹那さんにも、ちゃんと倫理観とか道徳心っていうものがあって、ウチはちょっとだけホッとした。
……けど、いや、ちょっと待って。
この前、小学生の男の子にアタックしてなかったっけ……?
これは前言撤回すべきかな……?
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【国立十文字学園高等部神戸校 食堂】
「ううっ……!
わたくし……また殿方にフラれてしまいましたわ……」
「な、泣かないでください、刹那さん……」
食堂のテーブルに肘をついて、うつむきながら大粒の涙を流す刹那さんの頭を、ウチはそっと撫でてあげる。
「うえーん!
なんて優しいんでしょう、天嶺叉さんは!
わたくしは、良い後輩をもって幸せ者ですわー!うえーん!」
刹那さんはウチに抱きついてきて、そのまま胸の中で思いっきり泣き始めた。
「まあまあ刹那さん、元気出してくださいって!あんな男なんて、世の中にいくらでもいますよ!
それより、ほら!美味しいご飯でも食べて元気出しましょう!」
そう声をかけながら、麻璃流さんが刹那さんの分の食事をお盆にのせて持ってきた。
そのお盆には、明らかにおかわり分の白米が山盛りに盛られている茶碗までのっている。
「まあ♡今日の日替わりは、唐揚げ定食ですのね♡おいしそう〜!」
刹那さんの機嫌は、食事の登場とともに一瞬で回復した。
さっきまでの泣き顔が嘘みたいに、満面の笑顔を見せている。
──すごい切り替えの早さだ……
「ご飯がめちゃくちゃ進むんですよ!
あたしなんてもう、おかわり四回目ですから!」
相変わらず、麻璃流さんはすごい量を食べる。
『食べることも修行のひとつだぞ!』……って、前に白亜先生が言っていたけど──
もしかして、麻璃流さんの強さの秘訣って、ここからきているのかもしれない。
「相変わらず、麻璃流さんの食べっぷりは見ていて気持ちがいいですわね!
……でも、食べ過ぎには気をつけたほうがいいですわよ?
ちょっとした体重の変化でも、体への負担や扱い方に影響しますから」
「大丈夫ですよ!
あたしには、必殺技がありますから!」
そう言って麻璃流さんは、また例のように忍術を使うみたいに両手で指を十字に組みはじめた。
「乙女の叫び THE SECOND!!
飯う満腹ーー!!」
──次の瞬間。
……ウチの気のせいだろうか。
麻璃流さんの頭の上に“kcal” って文字が浮かび始めて、次々とご飯を口に運んでも“0kcal”って表示されてるように見えるのは……
「飯う満腹……?」
ウチは思わず聞いてしまった。
「そう!
“飯うま”と“満腹”を合体させたの!
美味しいものはどれだけ食べても、0kcalになるっていう、あたしの必殺技!
美味しいものを食べて満腹になることで、体も心もハッピーってわけ♪」
「つまり……訓練を頑張った自分への最高のご褒美ってことですのね!」
「そうですそうです!ただし──
訓練後にしか使えないっていう、ちょっと限定的な必殺技なんですけど……」
美味しいご飯を思いっきり食べるだけでも、乙女にとっては最高の幸せ。
それがさらに“0kcal”になるなんて──
……なにその、乙女向け夢チート技。
ウチもぜひ習得したい。
いや、ウチもさっきまでちゃんと訓練頑張ってたし──
もしかしたら今なら……今のウチなら……いけるのか?
た、試してみようかな……?
──その後しばらくウチたち三人は、“乙女の叫び”にまつわるあれこれを語り合いながら、みんな揃って唐揚げ定食を食べていた。
「ほころでへふなはん」
麻璃流さんが口いっぱいにご飯を詰めたまま、なにかを話し出す。
「麻璃流さん
口の中に食べ物が入ったまま喋るなんて、乙女としてはしたないですわよ
せめて、手でお口を隠さないと!」
「はひ!……もぐもぐ、ごっくん!
ところで刹那さん、さっきの人のどこが気に入ったんですか?」
「え……?
じ、実はですね……」
刹那さんは、どこか照れくさそうに頬を染めながらも、少し得意げに語り始めた。
「審判をしていたとき、困った顔で周囲をきょろきょろ見渡しているあの殿方を見かけまして……
それで、ついに気になって、声をおかけしたんですの
『なにかお困りですか?』って」
「それで、その人……なんて言ったんですか?」
「『この近くにパチンコ屋はありませんか?』って」
『はい?』
ウチと麻璃流さんは、声を揃えて絶句した。
しかし刹那さんは気にも留めず、さらに熱を込めて話を続ける。
「どうやら、近くのパチンコ屋を探していたみたいですの……
それを聞いたとき──わたくしの中に電撃が走りましたわ!
平日昼間。多くの会社員が汗水垂らして働いている時間帯に、仕事もせず、しかもギャンブルに興じようとする殿方……!
そんな……そんな殿方、わたくし初めてで……!
気がつけば体が勝手に動いていて、柵を飛び越えて、その方を追いかけていましたの!」
刹那さんは興奮しきっている。
「え〜……そんなクズ男、そこらへんにたくさんいると思うけど……ねえ、天嶺叉?」
「ど、どうなんでしょう……?
よくわかりませんけど、もしかしたら平日休みの仕事をしている方だったっていう可能性も……」
「そ、そういう殿方って、多いんですの……?知りませんでしたわ……
それに、天嶺叉さんのおっしゃるとおり、確かに今日がその殿方にとって休日だったという可能性もありますわね……
ああ、わたくしったら……つい突っ走ってしまって……お恥ずかしい……
まだまだ、勉強不足ですわ……」
少し反省の表情を浮かべた刹那さんだったが、次の瞬間──
目が♡マークに変わった。
「み、みなさんっ!見てくださいっ!あの殿方!」
刹那さんが指差した先には、運動着姿の精霊科の男子生徒がいた。
しかし、なにやら様子がおかしい。
よく見ると──上下の運動着、どちらも裏表逆に着ている。
「運動着の上だけを裏表逆に着る殿方はよく見かけますけど、上下ともに逆に着るなんて……
そ、そんな殿方、初めて♡ ──好き♡」
……次の瞬間、隣にいたはずの刹那さんの姿は、もうどこにもなかった。
気づけば、またもや男性に向かって猛ダッシュしている。
刹那さんは、自分が今までに体験したことのない“初めて”を相手に奪われると──
それだけで、もう恋に落ちてしまう。そして、即座に追いかけてしまう。
その人の性格も価値観も、何ひとつ知らないままで……
ほんと、まさに──
恋は盲目。
……なんとも、おそろしい現象だ。
「……さて、天嶺叉
行きますか」
「そうですね」
ウチと麻璃流さんはイスから立ち上がり、食器を持って食堂内の返却口へと向かった。
「ごちそうさまでした、おばちゃん!
今日もすっごくおいしかったです!」
「ご、ごちそうさまでした」
「いーえ!二人とも、いつも米粒一つ残さず、きれいに平らげてくれてありがとね!
……あれ?刹那ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「刹那さんは、いつも通り恋へと全力疾走していきました!」
「はっはっはっ!そうかい!?高校生らしくていいじゃないか!
二人も訓練ばっかりしてないで、たまには恋愛でもしてみたらどうだい?いいもんだよ、恋愛は!
二人ともかわいいんだから、その気になればすぐに素敵な彼氏が見つかると思うんだけどねぇ?」
見た目は50代くらい。いつも元気いっぱいの食堂のおばさんが、にこにこしながらウチたちにそう言った。
「あたしの胃袋は今、おばちゃんの料理に恋してます!」
麻璃流さんがいつもの調子で、満面の笑みで言い切った。
「はっはっはっ!そりゃ嬉しいねぇ!
じゃあ、また明日も食べにおいで!」
「はいっ!お世話になります!」
ウチと麻璃流さんは、ぺこりとお辞儀をして食堂をあとにする。
──恋愛か……
ウチもいつか、普通の高校生のように恋愛をして、彼氏ができて、デートをして……
そんな日が訪れたりするのだろうか?
「さて!昼休みが終わったら、また訓練再開するよ!」
「はいっ!」
ウチは麻璃流さんとその場で一旦別れて、図書室へと向かった。
というのも、今朝、掲示板の“図書だより”にこんな案内が貼られていたのだ。
「新刊入庫!『人は嫌われ方が九割』」
この前読んだ『人は好かれ方が九割』の続編なのかは分からないけど……
「今度は嫌われ方!?」ってなって、どうしても気になってしまった。
内容が気になりすぎて、ウチの心がこう叫んでいる。
「絶対に今日中に読破しなさい!」──って。
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【校庭】
──やがて、昼休みが終わった正午過ぎ。
天気は午前中と変わらず、雲一つない快晴だった。
午後の授業、五時間目も刀剣道。
ウチは刹那さんにアドバイスをもらいながら、実戦形式の訓練に取り組んだ。
……ただ、審判をしてくれるはずの麻璃流さんは、芝生の上で大の字になって爆睡していた。
普段なら真っ先に叱りつけていたはずの刹那さんだったけど、今日は特に何も言わなかった。
たぶん、自分が午前中に審判を放棄して男の人を追いかけた、後ろめたさがあったんだと思う。
結局その授業は、刹那さんとウチの二人で、休憩をはさみつつじっくり訓練に励むことになった。
──そして、様々なことがこの二週間で起こったが、なんとか全員の力で乗り越え、東京への出発日。
六月一日を迎えた。
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