第二話 地の精霊大剣
※用語解説
・精霊:死んだ人間の肉体。
基本人型で、背中には羽が生えている。
死因によって属性が異なる。
普段は霊体化していて姿は見えないが、詠唱によって実体化する。
人はかつて、精霊をこう呼んでいた──“幽霊”と。
・精霊玉:精霊の体内にある水晶玉の形をした玉。
霊魂が入っている器。
属性によって色が異なる。
・悪霊:人に害なす悪い精霊。
良い精霊と区別するために付けられた別名。
精霊と同じ、死因によって属性が異なる。
精霊とは異なり、その存在は常に実体化されている。
精霊説によると、悪霊は輪廻転生の輪から外れ、いずれ魂は“無”へと還り、二度と転生できないとされている。
悪霊玉を破壊することで精霊に戻る。
脅威度によって下級、中級、上級、超常級の四段階に分類され、上級以上になると無詠唱で霊法を発動してくる危険存在。
・悪霊玉:悪霊の体内にある水晶玉の形をした玉。
精霊とは異なり、どの属性の悪霊も黒く濁っている。
悪霊は肉体を失っても、この悪霊玉が残る限り祓えない。
精霊にとっての癌であり、悪霊にとっての心臓とも言える。
・精霊説:死後、精霊となり、その後また人間に輪廻転生するとされる説。
【現代 青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 学生寮】
「一人ダウンした!
今だ!突っ込もう!」
「わかった!」
「オッケー!」
「あれ!?
屋上に三人きたよ!?」
「えっ!?
……ちょ、それ“べっち”(別チーム)じゃん!!
ダメだ!!一旦引こう!!」
「いや、もうこのまま押し切っちゃおう!」
「あっごめん、おれやられた」
「牙恩!カバー行けない!?」
「無理っっ!
あー、ごめん、ぼくもやられた……」
「うわーおれもだーー!
ごめーん!」
「いやぁ、どんまいです!」
「NG!」
「NGでーす!」
NGとは“NICE GAME”の略で、マッチが終わったときのお決まりの挨拶だ。
この、ヘッドホンをつけながらゲームをしているぼくの名前は鈴木牙恩。
国立十文字学園高等部八戸校祓い科の一年生。
ぼくは今、世界中で大人気のFPSオンラインゲーム、その名も“AX”をネットフレンドたちとプレイ中である。
AXとは、“AOMORI X“の略称だ。
青森発の超人気ゲームで、最近では世界大会も開催されることが決まったほどの超ビッグタイトルだ。
「もう22時か……
そろそろ宿題も片付けなきゃだし、次ラストでもいい?」
「オッケー!」
「ぼくもいいよ!」
ぼくは頷きながら、ゲーム画面に表示された“出撃”ボタンをクリックした。
そのときだった——
「♪〜〜」
スマートフォンの着信音が部屋中に響き渡った。
「いやー……まさかね……お願い!」
嫌な予感を抱きつつ、通話ボタンを押す。
「はい、鈴木です……」
「あっ!もしもし〜!杉本ですけど〜!
今どこにいる〜?」
聞こえてきたのは、精霊科三年、杉本樹々吏さんの陽気な声だった。
「えっと……学生寮にいますけど……」
「ちょうどよかった!
出たから、急いで来てくれる?」
「……はあ、やっぱり……」
ため息が漏れる。
「了解です、場所はどこですか?」
「八戸市営公園!」
「えっ!?」
何がちょうどよかったのかよくわからない。
ここから八戸市営公園までは全力で走っても30分はかかる場所だ。
八戸市営公園とは、八戸インターチェンジから車で10分ほどの距離にある総合公園のことだ。
東京ドーム八個分ほどの広大な園内には、遊園地、植物園、動物園、キャンプ場、大芝生広場、日本庭園、展望台などが併設されている。
「駐車場で待ってるから!よろしくねー♪」
「はい……わかりました……
あっ!!やばい!!」
ぼくは通話を切り、慌ててゲーム画面を見返す。
急いで、出撃キャンセルボタンを押そうとしたが——
「間に合わなかったああああ!!」
すでにマッチングは完了し、キャラクター選択画面が映しだされた。
「なに?なんかあったの?」
「うん……呼び出し……」
「あちゃー、ドンマイ!」
「ごめん!
これって途中で抜けるとペナルティくらっちゃうよね?」
「そうだね、でも別にそのまま放置しとけばいいんじゃない?
敵がいなさそうなところに飛び降りとくから、そうすれば少しはポイント減を防げるでしょ!」
「ありがとうーー!!助かるーー!!」
「頑張ってねー!」
「いってらー!」
ぼくはゲームの電源を切らずにそのまま放置し、制服姿のまま部屋を飛び出した。
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【八戸市営公園 駐車場】
「ぜぇ…… はぁ……」
深夜の空気が肌に刺さる。
ぼくは汗だくの顔を制服の袖で拭った。
「おおっ、来た来た!
牙恩くん、はやーい♪」
手を振って出迎えてくれたのは、通話主の樹々吏さん。
背後には、十文字学園の精霊科部隊が各所に配置され、八戸市営公園全体を包むように“精霊壁”を展開していた。
「ぜぇ……はぁ……
い、急いできましたから……」
「電話切れる直前に『やばい!』って聞こえたけど、何かあったの?」
「あっ、いや、別に……
AXっていうゲームをやってる途中だったので……」
「へー、牙恩くんもやってたんだ?」
「えっ!?樹々吏さんもやってるんですか!?」
「そうよ!これでも一応、最高ランクはアクアマリンなんだから!」
「す、すごい……!
ぼく、最高でも……ルビーです……」
一瞬だけ場が和む。
でも、すぐに彼女の顔が引き締まった。
「じゃ、状況説明するね!」
「あっ、はい、お願いします」
ぼくは姿勢を正す。
「悪霊がでたのは、遊園地エリア
確認されているのは上級が一体
猪型で、色は黄緑色らしいから風属性だね
幸いなことに今日、遊園地エリアは点検日で休園だったらしいから、人的被害はゼロ」
「よかった……」
胸の奥が、とても軽くなる。
「じゃ、今回も無事に帰ってきてね!」
「……は、はいっ!」
ぼくは、左腰に携行していた剣の鞘から“柄”を引き抜いた。
指先が震えている。足も、膝から下がひどく重い。
とても怖い──
けど、行くしかない。
「そ、そそそれじゃあ、いいい行って、きま、きま、きます……」
樹々吏さんが結界の一部を指で弾くと、そこだけが“すっ”と開く。
ぼくはその隙間をすり抜け、精霊壁の内側へと踏み込んだ。
「行ってらっしゃーい!頑張ってねー!」
背後から樹々吏さんの陽気な声が聞こえた。
その声が遠のいたころ、誰かのささやきが微かに耳に届いた。
「……樹々吏さん、あの人大丈夫なんでしょうか?」
「え?なんで?」
「すごく、怖がってるように見えましたけど……」
「あー、それ?大丈夫大丈夫!いつものことだから!
それに……」
「それに?」
「……あの子の“本性”を知ったら、きっとドン引きすると思うよ?」
「え……?」
その言葉が、静かに脳裏に焼きついた。
─────────────────────────────────────
【八戸市立公園 遊園地エリア】
「……な、なんじゃこりゃあ……」
ぼくは呆然とその場に立ち尽くしていた。
夜の園内。
メリーゴーラウンドやジェットコースター……楽しかったはずの場所は、今や破壊の爪痕で満ちていた。
そして、その中心で暴れ回る一体の巨獣。
体長3メートルはあろうかという、黄緑色の猪型悪霊が、咆哮とともに遊具を次々に破壊していた。
「これは……後で直すの、大変そうだなぁ……」
そう言葉にすることで冷静さを装ってみたけれど、やはり足の震えは止まらない。
そして——
「フゴッ!!」
悪霊が、こちらに気付いた。
「うわっ、まずい!!」
「フゴオオオオオオッ!!」
雄叫びとともに、突進してくる。
『上級悪霊
俗名:古川愛蘭
種別:ニホンイノシシ型
属性:風』
ぼくは、とにかく全力で……
“逃げた”
「うわああああっ!助けてええええっ!」
悲鳴をあげながら逃げに逃げまくった。
近くに観覧車があったので勢いで登り、悪霊と距離をとる。
だが——
「フゴオオオオオオッ!!」
悪霊はお構いなしに観覧車に突進。
観覧車が傾き——崩れ始めた。
「うわああああああああああっ!!!!」
ぼくは地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。
土煙が舞い上がる。
鼻の奥が痛い。呼吸が浅くなる。
目を上げると、悪霊が——
「フゴッ!!フゴッ!!」
こちらに牙を剥け、突っ込んできている。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ!!」
恐怖で全身がこわばる。
ぼくは地面にうずくまり、震え、泣きながら必死に謝罪した。
怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。
怖くて怖くて震えが止まらない。
もう嫌だ。逃げたい。誰かに助けてほしい。
でも——
「…………ふーっ」
深く息を吸った。
「飽きた」
そう——
ぼくは飽きてしまった。
「ビビるの、もう飽きたわ」
そう——
ぼくはビビることに飽きてしまった。
「フゴオオオオオオッ!!」
悪霊がもう目の前まできている。
「わかんねえか?……
てめえの面も見飽きたっつってんだよ!」
俺様は立ち上がり、柄で悪霊の顔面を思い切りぶん殴った。
「フゴッッ!!」
鈍い音とともに、悪霊は遠くまで吹っ飛んでいった。
俺様は柄を強く握りしめ、吠えるように叫んだ。
「出て来い!!地玄武!!」
その名を叫んだ瞬間——
俺様の体内から、砂嵐が舞い上がる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
咆哮が轟く。
大地のうねりとともに、巨大な存在が現れた。
これぞ——
“地の大精霊・地玄武”
その身は背に岩の甲羅を背負い、全身が土と岩で構成された巨獣。
目は琥珀色に光り、その体躯は、遊園地の建物を容易に押し潰せそうなほどの威容を放っている。
俺様が今、手に持っているのは──
“地の精霊大剣”
柄は、I字型の長い柄であり、鍔は無く、柄巻きされた黒色の握り、柄頭の部分は通称“精霊玉”と呼ばれる透明色の水晶玉で構成されている。
地玄武は空中から、のしかかり攻撃を仕掛けるかのように、真っ直ぐ俺様の持つ柄へと向かって舞い降りた。
柄頭にある“精霊玉”に、地玄武が吸い込まれる。
次の瞬間——
透明色だった精霊玉が、深い茶色に染まる。
すると、柄の先端から土砂の奔流が噴き出し、巻き上げられた砂と土は凝縮していき、研ぎ澄まされた両刃の“ガラスの剣身”を成した。
そして、柄とガラスの剣身を合わせると、俺様の身長を超える巨大な大剣へと形を変えた。
今──
この剣は“真なる形”を顕現した。
“柄”だけだった未完成の剣に、大精霊の力が宿り、“ ガラスの剣身”がここに生まれ、“地の精霊大剣”は真価の姿を現した。
これこそが──
大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された伝説級の武器。その名も──
“精霊刀剣”。
一見すると、“刀剣身”を欠いた“柄”しか存在しない未完成の刀剣だが、大精霊をその柄に宿すことで刀剣身が顕現するすごい武器だ。
「あーーーっ!!むかつく!!むかつく!!」
怒りが収まらない。常にイライラしてしまう。
そう、今の俺様は──
“怒りモード”
「フゴッ!!」
悪霊が立ち上がる。
その四肢に展開された“風の円形型霊法陣”から、風が巻き起こる。
突風に乗って、雷鳴のような轟音を残しながら——俺様へと迫ってくる。
だが、
「うるせぇ……!」
怒りが爆発する。
「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!!
なんなんだ、てめぇはよォ!!!」
怒りのままに、俺様は地面を蹴って悪霊へ突進。
大剣を思い切り振り下ろし、悪霊の体を横殴りに薙ぎ払う。
「フゴアッ!!」
悪霊は再び吹き飛び、地面を削りながら転がる。
「ちっ!だめだ!
全力で薙ぎ払ったのに、それでも怒りがおさまらねえぜ!!」
でも——
「……ふぅー……」
俺様は深く息を吸った。
「怒るの、飽きた」
そう——
ぼくは今度怒ることに飽きてしまった。
肩から力が抜ける。
ぼくは泣きながら精霊大剣を構えた。
「ひっく!……ごめんね、痛かったよね……
ひっく!……でも、もう大丈夫……
ひっく!……すぐ楽にしてあげるから」
今度は、涙が止まらなかった。
そう、今のぼくは——
“哀しみモード”
なんだか哀しくて哀しくて、涙が一向に止まらない。
「フゴッ!」
悪霊は立ち上がり、再び四肢に風の円形型霊法陣を展開。
懲りずに突進してくる悪霊に対し、ぼくは地の精霊大剣を逆手に握り、構えた。
「地の叫び THE SECOND!!」
地の精霊大剣を地面に突き刺す。
ガラスの剣身が地を貫いた瞬間、土砂が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。
形成されるのは巨大な——
“地の円形型霊法陣”
「地円陣!!!!」
霊法発動の刹那。
地の円形型霊法陣が茶色に輝き、ぼくを中心としたドーム状の結界が展開される。
それは、濃密に圧縮された土砂や小石が織りなす、まさしく鉄壁の障壁。
「フゴオオオッ!!」
悪霊の顔面が、結界に正面衝突する。
バァンッ!!という衝撃音とともに、悪霊はひっくり返る。
ぼくの術技は、硬度の高い砂利や岩石を厳選して構成しているため、この程度の悪霊にこの結界を壊すことは不可能だ。
「ひっく!……終わりにしよう」
ぼくは結界を解除し、渾身の力で、精霊大剣を振り抜いた。
「うわああああああん!!」
ガラスの剣身は悪霊の身体を真っ二つに裂き、その胸部にある黒く濁った悪霊玉を同時に破壊する。
「パキィンッ」
響くような、静かな音。
そして——
砕けた悪霊玉から、微かに光がこぼれる。
その光の中から、透き通るような人影が現れた。
年は、ぼくと同じくらいの女の子。彼女は何も言わず、ただ静かに微笑むと——
そのまま、空へと昇っていった。
夜空の下、彼女の姿は淡い光となり、やがて消えていく。
——祓い、完了。
「良き、来世を」
キンッ!
ぼくは、地の精霊大剣を静かに鞘に収めた。
プロフィール
名前:鈴木 牙恩
年齢:15歳
身長:164cm
体重:48kg
職業:国立十文字学園高等部八戸校祓い科一年
武器:地の精霊大剣
召喚精霊:地の大精霊 地玄武
性格:飽き性
好きな食べ物:◯◯過ぎるもの(辛すぎるもの、甘すぎるもの、酸っぱすぎるものなど)
最近気になっていること:AXを一度プレイしはじめると止まらないこと(特にランク)
(なぜかAXだけは飽きない。
ちなみに樹々吏から「今度一緒にプレイしようよ!」と誘われ、断ることができず一緒にやることになったが、楽しみよりも足を引っ張りすぎて怒られるんじゃないかという恐怖心の方が勝っている)