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第十九話 ③祓い科の使命について

※今話は、国立十文字学園高等部東京校祓い科三年、山本桜蘭々の視線でお送りいたします。


【東京都新宿区 国立十文字学園高等部東京校 七階 祓い科の教室】


「それじゃあ最後──

 ③祓い科の使命について……を説明する前に、この学園について少し復習しておこうか!」


教壇の前に立ち、にこやかに語りかけるのは、妾が心から尊敬する白亜先生。


ここ、国立十文字学園高等部“東京校”は、七階建ての鉄筋コンクリート造り。

各階には明確な用途が割り当てられており、上から順に──

・七階:祓い科専用フロア。

・六階:剣道場・柔道場・トレーニングルームなどの訓練施設。

・五階:情報室、図書室といった資料関連の施設。

・四階:教職員専用フロア。

・三階〜一階:精霊科専用フロア。


校舎は新宿の中心部に位置しており、正面には甲州街道が走り、平日も休日も車と人の流れが途切れることがない。

教室の窓からは、高層ビル群の合間に、新宿の象徴ともいえる “NTTドコモ代々木ビル”が姿を見せる。

その風景はまさに、大都会東京。


学園の敷地には、正門と裏門があり、校舎裏には広々としたグラウンドとテニスコートが整備されている。

また、特筆すべきはその構造。

体育館は六階に、プールはなんと七階の屋上に設けられており、他校ではなかなか見られない、珍しい設計となっている。


「みんな知っていると思うけど、改めて……」


白亜先生は教壇の前で手を組み、黒板を軽く叩きながら、少しだけ真面目な口調になった。


「ここ、国立十文字学園は──

 1960年、日本政府の精霊省によって設立された、悪霊を祓うための教育専門機関だ

 中等部は東京の一校しかなく、高等部は全国47都道府県すべてに配置されている

 高等部の生徒数は、全国で総勢461名

 そのうち、祓い科はたったの9名!──君たちを含めて、東京校・神戸校・八戸校にそれぞれ3名ずつ在籍しているってわけだ

 対して、精霊科は合計452名

 内訳は、東京校・神戸校・八戸校にそれぞれ100名ずつで、残りの44校舎には8名ずつ

 計算すると……はい、352名になるね!」


白亜先生はそこで話をひと区切りつけると、ぱんっと軽く手を叩いて言った。


「──はい、ということで、中等部からこの学園にいる是隠と萌華!

 どっちか、中等部についての説明を頼んだ!」


そしてふっと力を抜くように笑い、


「フランダース……俺もう…… しゃべり疲れちゃったよ……」


やや芝居がかった口調でぽつりとこぼすと、白亜先生は教壇を離れ、教室の隅にある職員用デスクへとゆるやかに歩を進める。

椅子に腰を下ろすと、どこからともなく醤油せんべいを取り出し、引き出しからはお馴染みのマヨネーズと七味唐辛子。

たっぷりと塗りつけたそれをためらいなく口に運ぶと、ばりばりっと乾いた心地よい音が教室に響き、白亜先生は満足そうに頬をゆるめた。


「どっちがいく?」


妾のかわいい一年後輩の是隠が、隣の席に座る萌華に尋ねた。


「白亜先生からの頼みとはやる気がでませんが……

 高等部からこの学園にご編入され、中等部のことをよくご存じない桜蘭々様に、わかりやすく、そして丁寧にご説明差し上げるのは、わたしの大切な責務……!」 


そう口にしてから、萌華はすっと小さく息を吸い、背筋を正す。


「……ですので、わたしが行きます!」


そう言って、席からすっと立ち上がる。その姿勢にはどこか使命感すら漂っていた。


そして教壇へと向かい、堂々と前に立つと、静かに説明を始めた。

ただ一つだけ気になったのは──

その説明のあいだ、白亜先生と是隠が、まるで最初からこの教室に存在していなかったかのように、妾の方だけを見て語っていたということ。

少しばかり不思議な気もしたが……まあ、それはいずれ考えることにしよう。


萌華が語った中等部の内容を、妾なりに整理すると──

以下のようなものだった。


・霊力を持つ子どもは、法律によりすべて十文字学園に入学させられ、精霊省の管理下に置かれる。

 霊力を持っているということは才能であると同時に、国家にとっての“管理対象”でもあるということ。


・中等部の一年生・二年生には、霊法を教えず、まず徹底した「人格教育」が施される。

 礼儀作法・マナー・気遣い・思いやり・奉仕の心・サービス精神・集団行動──

 これらを身につけさせるため、授業の内容はひたすら「人としての基礎」に費やされる。

 霊法を悪用させないためには、まず心の土台を築くことが最優先ということらしい。


・中等部も全寮制であり、生徒は日々、厳格な規律のもと生活している。

 休日には学外でのボランティア活動が義務づけられ、街に出てのゴミ拾い、困っている人への声かけ・荷物運びなど、地域社会とのつながりの中で「人としての心構え」を実践的に学んでいく。


・本格的な霊法教育は三年生から始まる。

 この段階になってようやく、霊法の基礎、精霊と悪霊、そして精霊刀剣の知識などを学び始める。

 そして授業も後半になってくると、下級悪霊を祓う実戦が始まる。


実際のところ、妾は中等部を経由せずに高等部へと転入した身であり、この説明のほとんどを初めて聞いた。

しかし、話しながらこちらをじっと見つめてくる萌華のまなざしは、どこか誇り高く、凜としていて──

まるで、中等部で過ごした日々そのものが、彼女の人格の“核”なのだと語っているようにも思えた。

萌華は、白亜先生を相手にすると性格が悪くなる傾向があるが、妾は知っている。

本当の彼女は、子どもにも優しく、情にも厚い……根の良い子なのだと。


「──以上で、中等部についての説明を終わります……

 いかがでしたでしょうか!?桜蘭々様!?」


勢いよく締めくくった萌華の視線が、廊下側の席にいる妾に注がれる。


「うむ、実にわかりやすい説明だったぞ、萌華」


妾が微笑みながらそう返すと──


「きゃあっ♡桜蘭々様に褒められちゃった♡

 今日の“桜蘭々様からの一日一褒められ”、達成です♡」


くるりとターンでもしそうな勢いで、ルンルンと足取り軽く自席に戻った萌華は、右隣に座る是隠へ向かって嬉しそうに言った。


「どう?うらやましいです?是隠先輩♡」

「ソウダネ、ウラヤマシイヨ」


是隠は無表情のまま、棒読み口調でそう返す。

それはあまりにも機械的で、まるで四角いボディの無感情ロボットのようだった。


「もぉ〜♡そういうのを“嫉妬”って言うんですよ? 是隠先輩♡」


萌華は両手を頬に添えて身をくねらせると、そのまま熱量たっぷりに語り始めた。


「残念ながら……わたしと桜蘭々様の間に入り込む隙は、一ミリたりともありませんからね♡

 それほどわたしと桜蘭々様は、相思相愛……♡赤い糸で結ばれていて……♡

 そして最後には……♡」


──そのとき、鼻から突然赤い一筋が。


「……あっ!興奮しすぎて……鼻血がッ!!」

「ったく……ほら、ティッシュ」


是隠はため息交じりにポケットからティッシュを取り出し、無言で萌華に手渡す。

鼻を押さえながらそれを受け取る萌華の姿が、なんとも言えず微笑ましい。


妾は思わず小さく笑みをこぼす。


──今日も二人、仲睦まじいようで何よりだ。


「はい、萌華ありがとう!」

「別にっ!桜蘭々様のためにしただけですよーだ!べーっ!」


萌華は舌を出して、教壇の方。白亜先生に向かってあっかんべーをしてみせる。

……まったく、この子は相変わらず白亜先生への敵意がすごい。


実のところ、萌華はなぜか白亜先生のことを公然と毛嫌いしている。

是隠の話では、日々どうやって「痛めつけてやろうか」と企んでいるらしい……


──ちなみに今日の萌華の作戦はこうだった。


毒の精霊短刀の“毒の刀身” を液状化し、それをたっぷりと注いだバケツを、教室のドアの上部に仕掛ける。

ドアが開けばバケツが傾き、入ってきた人物の頭上に液状の毒がドバッと降り注ぐ──という、なかなかに悪趣味なトラップ。


もちろんその“毒”は、人を即死させる類の猛毒ではなく、麻痺や服だけを溶かすといった、いたずらレベルで霊力調整された比較的安全な毒……であったと信じたい。


だがあいにく、白亜先生には見破られていたのか、先生は何食わぬ顔で、もう一方の扉からすっと入室。

罠は完全に空振り、未遂で終わったのである。

そしてその瞬間の萌華はといえば──

まるで、ご飯をおあずけされた犬のような目でバケツを見上げ、たいそう悔しがっていた。


「じゃあ次、是隠!

 高等部の精霊科について、説明を頼んだ!」

「はい」


簡潔に答えた是隠は、妾と萌華に挟まれるかたちで中央列に座っていた席から立ち上がると、教壇へと歩いていった。

そしてそのまま、感情をほとんど表に出すことなく、淡々と語り始めた。


彼が説明した「高等部・精霊科」に関する要点は──

おおよそ、次のような内容であった。


・中等部で優秀な成績を収めた者は、東京校・神戸校・八戸校という“三大校舎”のいずれかに配属される。

 それ以外の生徒は、全国に点在する44の“一般校舎”へと振り分けられるのが通例だ。


・精霊科を卒業した後の進路は、大きく二つに分かれる。

 一つは精霊省に所属し、後方勤務に就く道。

 もう一つは、国立十文字学園の教員として、引き続き人命と隣り合わせの前線任務に従事する道である。


・三大校舎で卒業することができれば、精霊省への就職に際し、優先的な推薦を受けられる。

 ゆえに、それは精霊科に在籍する者たちにとって、大きな目標の一つとされている。


・精霊省には、たとえば悪霊を調査・解析する“分析科”や、霊災通報を受理し、ただちに現場を管轄する校舎へ連絡・出動指示を行う“通信指令科”といった部署が存在する。

 これらはいずれも前線には立たないが、その分、専門性と安全性に優れ、高給でもある。

 そのため、精霊科の生徒たちの多くは、こうした後方部門での勤務を理想とし、日々、学業と実務訓練に励んでいるのが現状だ。


・年に三回実施される査定では、学力テストに加えて、実務での評価も重視される。

 それに基づいて校舎の配属が見直されるため、たとえ入学時に三大校舎へ配属されたとしても、努力を怠ればすぐに一般校舎へ降格となる。

 逆に言えば、高等部での成績次第では、下位だった者が三大校舎へ昇格し、その先にある精霊省への道を切り拓くことも十分に可能だ。


・悪霊への対応についても、明確な基準が定められている。

 中級以下の悪霊であれば、精霊科の生徒たちでも十分に対処できる。

 そのため、このレベルの出現時は、原則として精霊科のみで現場に対応する。

 しかし、上級以上の悪霊ともなると話は別だ。

 霊力不足などの問題から、精霊刀剣を用いなければ対応が不可能なため、まずは祓い科への出動要請が最優先とされている。

 精霊科は、先んじて現場に急行し、“精霊壁“を展開して被害の拡大を防ぐ。

 もし祓い科が到着していなかった場合は、無理な戦闘は避け、できる限りの情報収集を行い、一般人が取り残されていれば、最優先で救護活動にあたる──それが、現場での基本的な行動方針である。


「──以上で、高等部・精霊科についての説明を終わります」

「うん、是隠もありがとね!」


白亜先生は満足そうに頷くと、再び黒板に向き直った。


「精霊省と、国立十文字学園の全員に共通する根本的な使命は──“悪霊の根絶”

 そこから分かれるとすると、精霊省の直接的な使命は“悪霊の全容を解明すること”

 そして精霊科の使命は、“祓い科の支援・補助”、それに“中級以下の悪霊祓い”……ってところかな!」


くるりと振り返った先生は、教室を見回しながら満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ肝心の、祓い科の使命とは!?──はい、桜蘭々!」


名指しされ、妾はすっと立ち上がる。


「上級以上の悪霊を祓うこと、です」

「Simple is the best!大正解っ!」


白亜先生はハイテンションで両手を叩く。


「そう!君たち祓い科の使命は、ただ一つ!

 それは──出現した上級以上の悪霊を、ただひたすらに祓い続けること!」


先生のテンションは加速する。


「そして、祓い科を卒業すれば──


 ・超常級以上の悪霊祓い!

 ・そして、祓い科の担任として、次世代の指導と教育!

 ・そしてそして、精霊省のお偉いジジババたちとの報告会!

 ・そしてそしてそして、精霊省と連携して悪霊発生の根本原因を究明!


 ──そう、これ全部……

 今の俺の仕事でーーす♡キャピキャピッ♡」


白亜先生は満面の笑みで……両手でハートをつくっていた。

……が。


「……これさ、悪霊にやられるより、過労死の方が早くない?」


唐突にテンションが落ち、項垂れる白亜先生。


「そのまま過労死しちゃえばいいのに」


ボソッと萌華が小さく呟いた。


「けっこう……重労働なんですね……」


是隠がどこか気遣うような声で言う。


「妾たちでも、何か手伝えることがあれば、ぜひお申し付けください!」


妾が勢いよく申し出ると──


「ありがとう、桜蘭々!」


先生はいつもの笑顔で応じたが、すぐに少し真剣な目に変わる。


「でもね……忘れちゃいけないよ」


静かに、けれど心に深く響くような口調で、白亜先生は語りかける。


「君たちは“祓い士”である前に──“高校生”だ

 そのことを、決して忘れないでほしい

 三年間なんて、長いようで……本当に、あっという間だから……」


言い終えた先生は、ふっと力を抜いたように微笑んだ。

その横顔には、どこか切なさが漂っていた。


だが、次の瞬間──


「いいか、君たち!」


突然、声のボリュームが跳ね上がる。


「高校生の、最大にして最重要の使命は──“青春を謳歌すること”だ!

 そう、言うなれば──!!」


先生は机をバン!と叩き、身を乗り出すと、最高潮のテンションで叫んだ。


「高校生の叫び THE() FIRST(ファースト)!!


 VIVA!!青春!!」


拳を天へ突き上げ、眩しすぎるほどの笑顔を浮かべて。


全力で叫ぶその姿はまるで──

一瞬だけ高校生に戻っているかのようだった。

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