第十七話 ①精霊刀剣について
【青森県八戸市 国立十文字学園高等部八戸校 四階 祓い科の教室】
春の空気はまだ少し肌寒く、窓という窓をすべて開け放つと、冷たい風がふわりと教室に流れ込んだ。
三人の顔色は先ほどよりもずっとよくなり、それぞれ自分の席へと戻っていく。
「コホン……さて、話の続きだったね
えーっと……何の話だったっけ?」
白亜先生が首を傾げる。
「東京校と神戸校の生徒って、どんな人たちなのかって話でした」
牙恩がすかさず答えると、白亜先生は「あっ、そうだったそうだった!」と手を打って頷いた。
「謙一郎と銀河はさておき、牙恩は中等部からこの学園にいるんだから、知ってる子も何人かいるんじゃないの?」
「はい
三年の刹那さんに、二年の是隠さんと麻璃流さん……それから一年の萌華さん
でも、ぼくが一方的に知ってるだけで、話したことはありません」
「へえ……中等部って、東京校の一つしかないんだよね?」
そう、十文字学園の中等部は東京にしか存在しない。
つまり牙恩は、その人たちと同じ校舎で、三年間を過ごしていたということになる。
「先輩はともかく、同級生の萌華さん?……だったら、向こうも牙恩のこと知ってるんじゃないの?」
「どうでしょう……?
クラスが一度も一緒になったことはないですし、あまり近づかないようにしていたので……
だって、萌華さんに限らずというか……さっき言った全員……」
牙恩の言葉が、そこでふと途切れる。
「全員……なに?」
おれが思わず聞き返すと、牙恩は一呼吸おいて、神妙な面持ちでこう言った。
「全員──
“変人”なんです」
「……は?」
おれと謙一郎さんが同時に目を丸くする。
「だから、全員“変人”なんですよ!
中等部でもかなり悪目立ちしてて……だからぼくも、名前まで知っていたんです!」
「ははっ♪
じゃあ向こうも、牙恩のこと知ってるだろうな!」
「だなっ♪」
謙一郎さんと白亜先生が笑い合う。
「えっ、どういう意味です?」
牙恩がきょとんとした顔で首を傾げると、謙一郎さんが満面の笑みで言い放った。
「牙恩も、立派な変人だからな!」
「ぼ、ぼくは違いますよ!?なんてこと言うんですか!
ぼくはいたって、”普通人“です!!」
「“普通人”って、なんだよそれ!」
謙一郎さんは吹き出して、そのまま机に突っ伏す勢いで笑い転げた。
「心配しなくていいよ、牙恩
“変人”ってのは、言い方を変えれば、“個性的”ってことなんだからさ!
社会に出ると、それってすごく大事なことなんだよ!」
「……ぼく、まだ学生ですもん」
白亜先生が優しく笑って言葉を添えたが、牙恩は少し不貞腐れたように、ぽつりとぼやいた。
「それじゃあ、話を戻そうか!改めて俺から説明するよ!」
白亜先生が気合を入れ直すように、声を張る。
「まずは東京校から!最初に、三年の山本桜蘭々ちゃん!
“雷の精霊長刀”の使い手で、どんな子かっていうと……うーん、そうだな
思いきりがよくて、豪快な子かな!」
「さっき話に出てきた、学園の生徒の中で、今一番強い人ですね?」
「そう!んで、次に、二年の……」
白亜先生はそのまま、東京校と神戸校に所属する生徒たちの特徴を、順に語ってくれた。
「精霊刀剣って、そんなに種類があったんですね……!」
おれが思わず感嘆の声を漏らすと、白亜先生がにっこりと笑った。
「そうだよ!
大事なことだから、この機会に精霊刀剣について復習しようか!」
そう言って、白亜先生は教壇に置かれたリモコンを操作し、プロジェクターを格納。
そのまま、黒板の左上に、白色のチョークでさらさらと文字を書き始めた。
やがて黒板に、三つの項目が並ぶ。
①精霊刀剣について
②精霊と悪霊について
③祓い科の使命について
「それじゃあ……最年長の、謙一郎くん!」
謙一郎さんの肩がピクリと跳ねた。
「まずは、①の説明をお願い!」
「……最年長って、それってつまり、”一番老けてる“って意味ですか……?」
しょんぼりと落ち込んだように尋ねる謙一郎さんに、白亜先生はやさしく笑って返した。
「違う違う、“一番大人っぽい”って意味だよ!」
「大人っぽい……!そ、そうですよね!
そうだ、オレは他の人よりも、ちょっと大人っぽいだけなんだ!」
謙一郎さんは一気に元気を取り戻し、満面の笑みを浮かべた。
──なるほど、“大人っぽい”か……
さすが白亜先生、言葉選びがうまい。
今度、謙一郎さんがまた樹々吏さんにいじられて落ち込んでたら、おれもあの言葉を使ってみよう。
そう、おれはこっそり心にメモした。
謙一郎さんは立ち上がり、黒板の左側に、緑色のチョークで要点を書き出していく。
【わかっていること】
・精霊刀剣の持ち主は、原則として高等部の入学式に行われる”精霊刀剣の儀“で決まる。
・“精霊刀剣の儀”では、学生が一人ずつステージに上がり、並べられた持ち主未定の精霊刀剣の柄に触れていく。 そして、大精霊に選ばれた場合、柄にある精霊玉が変色する。
・高等部の入学式は、東京校で一括して行われる。
“精霊刀剣の儀”で、大精霊に選ばれた者は祓い科に、選ばれなかった者は自動的に精霊科に配属される。
・持ち主が決まっていない精霊刀剣は、精霊省が厳重に保管・管理している。
──ちなみに、おれはその入学式に参加していない。
とある理由で行けず、その日も、いつものようにこっちで悪霊祓いをしていたっけ。
謙一郎さんは、黒板の右側へ移動し、今度は赤色チョークで要点を書き出していく。
【わかっていないこと】
・精霊刀剣の使い手は、なぜか高校生になってからしか選ばれない。
・大精霊たちは、なぜ非力な高校生を持ち主に選ぶのか?
・どんな人物が選ばれるのか、明確な基準が不明。
「……こんな感じで、どうでしょうか?」
チョークの粉をパンパンと手ではたきながら、謙一郎さんが自席へと戻る。
「バッチリだね!端的で、わかりやすい説明だったよ!ありがとう!」
白亜先生が軽く拍手を送ると、謙一郎さんは少し照れたように、口元を緩めて笑った。
「そもそも精霊刀剣ってさ、起源や歴史も含めて、まだまだ謎だらけなんだよね〜
ちなみに、現在確認されている精霊刀剣は、全部で10本!」
白亜先生がそう言いながら、黒板に向かう。
先ほど謙一郎さんが書いた内容を丁寧に消すと、新たにチョークで次々と書き出していった。
・火の精霊刀
・地の精霊大剣
・風の精霊手裏剣
・氷の精霊両刀
・水の精霊分離剣
・樹の精霊双刀
・雷の精霊長刀
・影の精霊双短刀
・毒の精霊短刀
「そして最後に──」
白亜先生が左手で、右腰に携行していた剣の鞘から、柄を引き抜いた。
「俺が持つ──
“光の精霊剣”」
プロフィール追加
名前:夜太刀 白亜
武器:光の精霊剣
利き手:左