第十四話 北区立赤羽高等学校の戦い
今回は東京組で悪霊たちと戦うお話です。
みんな頑張れ!
※今話は、国立十文字学園高等部東京校祓い科二年、中村是隠の視線でお送りいたします。
【東京都北区 北区立赤羽高等学校】
「はああああああっ!!」
『ゲローーーー!!』
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!!」
『ゲローーーー!!』
稲妻が、砂利敷きの駐車場を縦横無尽に駆け抜ける。
雷鳴が轟くたび、ニホンアマガエル型・毒属性中級悪霊たちは宙を舞い、無様に地面へ叩きつけられた。
そして──
間髪を入れずにその悪霊たちを斬り伏せ、次々と祓っていくのは、一年先輩の山本桜蘭々さん。
拙者と同じ、国立十文字学園高等部東京校祓い科に在籍する、“雷の大精霊・白雷虎”に選ばれた“ 雷の精霊長刀”の使い手だ。
「逃げるな!戦えっ!!」
『ゲローーーー!!』
怒声が雷鳴に重なって響き渡る。
その気迫に圧され、残された中級悪霊たちはビクついたように鳴き声を漏らしながら、校舎の影へと這うようにして逃げ込んでいった──が。
ガッシャーン!バリーンッ!!
「どこに逃げた!?隠れていないで出てこいっ!」
桜蘭々さんはそのまま雷の精霊長刀を構え、校舎の壁や窓を容赦なくぶち壊していく。
雷そのものから形成された刀身は、建材を紙のように裂き捨て、木造の廊下を雷鳴とともに粉砕していく。
──さすが、“何でも派手にぶっ壊すこと雷獣の如し”で知られる“雷獣の桜蘭々”。
敵を炙り出すためとはいえ、あまりにためらいのない破壊行為には、もはや爽快感すら覚える。
……が、壊された施設を後で修復しなければならない精霊科の人たちの気持ちを思うと、少しばかり背筋が冷えた。
「また今日の修復作業も“完徹コース”確定だな……ごめんよ……」
拙者は精霊科の人たちに同情し、そっと校舎の方から目を逸らした。
そのとき──
「ふぎゃああああああああッッ♡♡♡♡♡ 桜蘭々様ああああああああッッ♡♡♡♡♡ 」
駐車場の端から、何かが弾けたような──いや、爆発したような奇声が響いた。
目を向けると、制服姿で鼻息を荒くしながらスマートフォンを構える少女の姿があった。
「かっこいいいいい!美しいいいいいい!素敵いいいいいい!……“い”?」
ふと、なにかに気づいたのか、その少女はぴたりと動きを止めた。
「……はっ!そうか!わたし、気づいてしまいました……」
目を見開き、息を震わせながら、天を仰ぐ。
「“きれい”・“眩い“・”秀麗“・”愛おしい“……
他にもこの世に存在するすべての素敵な形容詞たちって──」
一拍置いて、両手を大きく広げ、まるで神の啓示でも受けたかのように叫ぶ。
「全部……
桜蘭々様がこの世に生まれてくるのを前提に、ご先祖様たちが事前に用意してくれていたんですねっ!!
ありがとう……ご先祖様……
あなたたちの英知、叡智、知恵、そして語彙力……すべてが、桜蘭々様のためにあった……!!」
少女はスマホを落とし、そのままその場にひざまずくと、感極まったように号泣しながら天を仰いだ。
「桜蘭々様ーー!!この萌華、一生どこまでも付いていきますーー!!
例え、火の中水の中、雷の中までも……
雷の中……?
えっ……それってもしかして……
桜蘭々様と一心同体!?
あっ!想像したら鼻血が……!」
ぶしゅうっ!
勢いよく鼻血を噴き出しながら、再びスマートフォンを構えて桜蘭々さんを連写し始める少女。
この少女こそ、一年後輩の小林萌華。
萌華も同じく東京校祓い科の生徒で、“毒の大精霊・毒吐乃大蛇”に選ばれし“毒の精霊短刀”の使い手だ。
……先ほどの光景を見て「正気か?」と思ったそこのあなた、その感覚は極めて正常。
この子は桜蘭々さんのこととなると、頭のネジがたくさん外れてしまう、ぶっ飛んだ子なのだ。
「“一生懸命戦う戦士を応援する”
……そうか、これが青春」
「これは”愛“って言うんですよ♡
是隠先輩♡」
そう、後輩の萌華から説明を受ける拙者の名は、中村是隠。
国立十文字学園高等部東京校祓い科二年。
そして今、拙者が手にしているこの武器の名は”影の精霊双短刀”。
伝説級の武器、“精霊刀剣”の一つで、拙者を選んだのは“影の大精霊・影鯨”。
『ゲロゲロッ! ゲロゲロッ!』
「待てゴラーーーーッ!!」
雷撃の猛追に怯えた中級悪霊たちは、悲鳴を上げながら校庭のほうへと逃げていく。
それを見て、桜蘭々さんがすかさず飛び出した。
「ようやく追い詰めたぞっ!」
しばらくして、校庭の片隅、フェンス際に悪霊たちを追い込んだ桜蘭々さんは──
雷の精霊長刀を構え、足を一歩、静かに踏み込んだ。
「雷の叫び THE FIFTH!!」
その豪胆な性格とは裏腹に、桜蘭々さんはまるで舞を舞うかのように──
しなやかに、そして優雅な所作で、雷の精霊長刀を振り抜いた。
「桜雷吹雪!!!!」
──瞬間。
雷の刀身から放たれたのは、桜の花びらの形をした無数の雷。
それらは空を翻りながら、春嵐のように中級悪霊たちの周囲を舞い、ゆっくりと降り注いでいく。
「ゲ……コ……?」
中級悪霊たちは、その美しくも異様な光景に目を奪われ、ただ立ち尽くしていた。
やがて、ふわりと降りた一片の“桜雷”が、ある悪霊の肩にそっと触れる。
その瞬間──
バチン──ッ!!
「ゲロォォォオオオオーーーッ!!!」
雷撃が炸裂。
電撃が体中に迸り、一体、また一体と中級悪霊たちが悲鳴を上げてのたうち回る。
泡を吹き、痙攣し、麻痺し──雷の閃光に焼かれながら、次々に地へと崩れ落ちていく。
「パキッ……パキパキッ!……パキィンッ!」
悪霊玉が次々に砕ける音が、鈴のように連なって響く。
するとその場には、学生服を着た、透けた男女の霊魂が現れ、静かに空へと昇り、淡い光に包まれながら、ゆっくりと消えていった。
「きゃあああああ♡♡♡♡♡やっっっばーーーーい♡♡♡♡♡かっこよすぎるーーーー♡♡♡♡♡
ちょっと、今の攻撃見ました!?是隠先輩!!
ああ、もうだめ……尊死しそう
その時は是隠先輩、わたしを……!?」
萌華がふと何かに気づいたように、ぴたりと言葉を止めた。
そして突然、くるりと背後を振り返る。
拙者もそれにならって振り返ると──
バックネットの上に、一体の悪霊の姿があった。
それは先ほどの中級悪霊たちと同じ毒属性。トノサマガエル型。
どこか、異様な威圧感を放っている。
こいつは……上級悪霊。
「あいつが親玉か」
桜蘭々さんがすぐさま雷の精霊長刀を構える。
だがその瞬間、上級悪霊が口を開けた。
展開されるのは──
“毒の円形型霊法陣”
「……まずい!攻撃が来ます!
桜蘭々様!急いで、是隠先輩の後ろへ!!
是隠先輩は、ちゃんと肉壁となって桜蘭々様を守ってください!」
──いつの間にか、拙者の背後に隠れていた萌華が、当然のように言った。
「……おい」
拙者はため息をつきながら、右手の方に持っている影の精霊双短刀を、自身の影に突き刺す。
「影の叫び THE FIFTH!!」
影の刀身が影を貫いた瞬間、影が十字に地を走ると、やがて鋭角を描きながら、影の線は形を成していく。
形成されるのは──
“影の五角形型霊法陣”
拙者は右手の人差し指と中指を、両目の間に添える。
「集まれ、影たちよ──」
その言葉とともに、周囲にある建物の影、木々の影、小石の影までもが霊法陣に吸い込まれるように集まっていく。
「出個影の陣!!!!」
霊法発動の刹那。
霊法陣から姿を現したのは、拙者とまったく同じ姿をした“影の分身”たち。
一体、二体……三体……やがて三十体ものデコイが、音もなく現れた。
拙者が右手に持っているのは──
“影の精霊双短刀・陽”
自身の影に刺すことで、その影を自在に操ることが可能となる。
さらに、周囲の影を吸収し体積を増やすことで、影を巨大化させたり、分身体を複数生み出すこともできる。
自分一人の影だけでは、同じ大きさのデコイは一体しか作れないが、周囲から“自分一人分”と同等の体積の影を集めれば、もう一体。
“二人分”の影を集めれば、二体──
影の総量に比例して、複数のデコイを生み出すことが可能となる。
もちろん、生み出すデコイの数を増やせば増やすほど、霊力の消費は激しくなる。
そのため、作れる数には限界があるが……
それでも、十分すぎる撹乱にはなるだろう。
「── 散ッ!!」
拙者の合図とともに、三十体のデコイたちは一斉に四方へと展開。
その動きは本物の拙者と見まがうほどに自然で、上級悪霊の目を完全にかく乱する。
「ゲコッ? ゲ……ゲコッ……?」
戸惑うように目を泳がせる上級悪霊。
──よし、狙いどおり錯乱に成功だ。
「ゲローーーーッ!!」
次の瞬間——
“毒の円形型霊法陣” が紫色に輝くと、上級悪霊は唾を吐き出すように──
液状の毒を、闇雲に吐き散らした。
その毒が一体のデコイに直撃し、デコイは音もなく、しゅん……と掻き消えた。
「是隠せんぱーーいっ!
……くそっ!いいパシリを失ってしまった!」
「……あれはデコイだ」
拙者は、萌華のすぐ背後から静かに告げる。
「うわっ、びっくりした!?……あっ、是隠先輩!
も〜〜♡やだな〜〜♡
消えたのが本物ではなくデコイだってのは、ちゃんとわかってましたよ〜♡
やっぱり、本物の方が100分の1倍かっこいいですね♡」
「……こいつ」
萌華は笑いながら、拙者の背中をバンバンと叩いてくる。
桜蘭々さんに対する敬愛と比べると、拙者への扱いが明らかに雑すぎる気がするが……拙者の気のせいだろうか。
──ドスンッ!!
上級悪霊が、バックネットから地面へと着地した。
身を縮め、弾丸のようにこちらへ向かって転がりながら猛突進してくる。
「しっかし……っ!
桜蘭々様までも巻き込む攻撃を仕掛けるとか……
あのゲロカエル、万死に値する!!」
「いけるか、萌華」
「もちろんです!桜蘭々様!」
叫ぶなり、萌華は腰を落とし、毒の精霊短刀を構える──
獲物を前にした蛇のような、鋭く、妖しい構えだ。
「毒の叫び THE FIRST!!」
逆手持ちしていた毒の精霊短刀を、悪霊の足元に投げつける。
毒の刀身が地を貫いた瞬間、毒が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。
形成されるのは巨大な──
“毒の円形型霊法陣”
「毒沼無暴陣!!!!」
展開されるは巨大な──
禍々しき毒の沼。
「ゲコッ!?ゲコッ!?」
上級悪霊は足元を取られ、毒沼に沈み込みながら、必死に逃れようと足掻く。
だが、もがけばもがくほど、足場は崩れ、身体は泥のように沈んでいく。
「ゲロォォォーーー……」
悪霊の悲痛の叫びは、濁った泡のように濃い毒沼に吸い込まれ、やがて聞こえなくなった。
「パキッ……パキッ……パキンッ!」
沼の中から鈍い音が響く。
悪霊玉が、苦痛に耐え切れず砕け散った音。
そして——
砕けた悪霊玉から、ほのかに光がこぼれる。
それは毒沼を静かに突き抜け、ゆっくりと空へと浮かび上がっていく。
姿を現したのは、学生服をまとう、透き通った少女の霊魂。
苦しみの影はもうなく、安らかな微笑みだけが残されていた。
そして──
少女は空を仰ぎながら、そっと目を閉じる。
そのまま柔らかな光に包まれ、やがて無数の光の粒となって、空へと溶けていった。
——祓い、完了。
『良き、来世を』
キンッ!
拙者たちは、それぞれの精霊刀剣を静かに鞘に収めた。
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