表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河の叫び ──悪霊となったあなたを精霊刀剣で祓います──  作者: 十文字 銀河
《序章 精霊刀剣》【選ばれし子どもたち編】
2/73

第一話〜前日譚〜 ごく普通の家庭を築き、穏やかに、幸せに暮らすこと

※用語解説

・地の悪霊:“地属性”の悪霊。

 その魂の起源は、土砂崩れや岩盤の崩落、流砂による圧死、または窒息死・溺死など、“大地に起因する死”によって命を終えた者に由来するとされている。


【八年前 青森県青森市】


わたしの名前は、菊地榮吉郎(えいきちろう)。36歳。

青森県青森市で生まれ育ち、今もこの町で暮らしている。

職業は会社員。


小中学校は地元の市立に通い、高校も通いやすさを優先して、家から近い地元の県立高校に進学した。


高校卒業後は、地元にある自動車部品の製造会社に就職。

今もそこで働き続けている。

本当は、都会の大学に進んで“キャンパスライフ”というものを体験してみたかったけれど……

うちは貧乏だったから、それは叶わなかった。


この会社のいいところは、夜勤がないこと。

そして、何より──スーツを着なくて済むことだ。


工場の現場で作業着を着て働くスタイルが、自分には合っている。

どうにもスーツというものは、首元の締めつけが気になってしょうがない。

あの圧迫感が、どうにも苦手。

だから、毎朝スーツをビシッと着て、満員電車に揺られながら通勤する人たちを、わたしは心の底から尊敬している。


わたしのこれまでの人生は──

「普通」というのか、「平均的」というのか、あるいは「一般的」と言うべきなのか。

いずれにしても、いわゆる“その他大勢”の一人に分類されるような、そんな人生だったと思う。


地元の小中学校を卒業し、そのまま地元の高校へ進学。

高校を出てからは、やはり地元の企業に就職した。

都会に憧れたことがなかったわけではないが、結局、生活のすべてをこの町で完結させてきた。


──よくある人生。

きっと、ほとんどの人の記憶にすら残らない──そんな人生。


それでも、わたしは今、心から幸せだと思っている。

なぜなら──


「あなた、おかわりいる?」


優しい声でそう問いかけてくれたのは、わたしの妻、未映子(みえこ)だ。


彼女とは六年前、職場の同僚に紹介されて知り合った。

出会ったその日から、わたしは一目惚れだった。

何度も食事に誘い、五度目のデートでようやく思いを伝えた。


そして去年──

わずかな給料の中から、必死に貯めたお金で指輪を買い、今住んでいるこのボロアパートでプロポーズをした。

彼女は泣きながら笑って「はい」と言ってくれた、あの瞬間の幸福感は、今でも鮮明に覚えている。

いや──きっと、一生忘れることはない。


「大丈夫、自分でよそうよ!」


そう言って立ち上がり、炊飯器のあるキッチンへと向かう。

今、未映子には無理をさせたくなかった。

なぜなら、彼女のお腹の中には──


わたしたちの大切な“宝物”がいるからだ。


出産予定日は、再来月。

医者の話では、男の子が産まれるそうだ。

ただ、肝心なことがまだ決まっていない。

それは──生まれてくる子の名前だ。


「今日は帰り、遅いの?」

「うん、華金だからね……

 会社の人と飲みに行く約束があるんだ……ごめん!」

「ううん、気にしないで!

 それだって、立派なお仕事だもの!

 それで……この子の名前、いつ決めようか?」

「土日は空いてるから、明日、ゆっくり話そう!」

「わかった!」

「それじゃあ、行ってきます!」

「うん、行ってらっしゃい!」


互いに微笑み合い、軽くくちづけを交わす。

そしてわたしは、ボロアパートの扉を開けて外へ出た。


その夜──

わたしは、すっかり酔っ払って帰宅した。


「あなた、大丈夫?」

「うぅ……気持ち悪い……トイレ……」


千鳥足でトイレへ向かい、便器に顔を突っ込んで盛大に嘔吐する。

胃の中身がすべて出ていくような、ひどい有様だった。


「まったくもう……

 もうすぐ子どもが生まれるんだから、しっかりしてよね──

 お・と・う・さ・ん♪」


未映子はそう言って笑いながら、わたしの背中をさすってくれた。


翌朝──


「体調、大丈夫?」


布団から起き上がれないわたしの枕元に、未映子が心配そうな顔で立っていた。

手には、水の入ったコップ。


「……ダメだ、気持ち悪いし……頭も痛い……

 完全に二日酔いだ……」

「そう……じゃあ、落ち着くまでゆっくり休んでて

 何か食べたいもの、ある?」

「んー……味噌汁……飲みたい……」

「わかった、すぐ作るね!」


未映子はそう言って、キッチンへ向かった。


「はああ……何やってるんだよ、お父さん……」


妻に余計な負担をかけてしまった自分が情けなくて、ふと天井を見上げる。


──そのときだった。


ゴゴゴゴゴゴッ──!


突然、地鳴りのような轟音が響き、床が大きく揺れた。


「え!? なになに!? 何の音!? 地震!?」


キッチンから未映子の叫び声。

彼女は慌てて、ガスの火を止める。


「地震か!?」


わたしも咄嗟に体を起こそうとした。

だが、酔いの残る身体はうまく反応せず、バランスを崩してそのまま布団の上に倒れ込んだ。


そして、そのまま──わたしが再び起き上がることはなかった。


なぜなら──


─────────────────────────────────────


【翌日 東京都新宿区 某家電量販店】


「昨日朝、青森県青森市で発生した土砂崩れにより、木造二階建てのアパートが巻き込まれ、住民全員が生き埋めとなりました

 本日も救助活動が行われ、全員が発見されましたが、いずれも死亡が確認されています

 県は、崖の斜面が崩れた原因や周辺地域への影響を調べるため、明日、専門家を現地に派遣し、詳しい調査を行う方針です」

 

東京都・新宿。

家電量販店のテレビ売り場。

壁一面に並ぶ大型画面に、淡々としたニュース映像が静かに流れている。


映し出されているのは──瓦礫と化したアパート。

濁った土砂に埋もれた斜面。無言で作業を続ける救助隊の姿。


よくある災害の報道。

テレビの前を通り過ぎる人々は、それに特別な注意を払うこともなく、音も、映像も、やがて風景の中へと溶けていく。


けれど、その中に──確かに映っていた。

わたしたちが暮らしていた、あの──ボロアパートが。


──ああ……

もう少しで……

あとほんのもう少しで、わたしの夢──


「ごく普通の家庭を築き、穏やかに、幸せに暮らすこと」


──それが、叶いそうだったのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ