第八十八話 愛の試練
【東京都杉並区 商店街通り】
──記憶はまだ生々しい。
つい先日、丸の内で起きたあの戦い。
──そう、あの時。
牙恩さんたちの霊法は、悪霊だけにとどまらず──
わたくしたちの頭上にまで、容赦なく降り注いだ。
あれは紛れもなく、霊力制御が未だ不完全である証。
……とはいえ、それも無理からぬこと。
なにしろ──
牙恩さんは、まだ一年生なのだから。
思えば、わたくし自身も同じ頃は満足に制御などできず、幾度となく先輩方に迷惑をかけてきた。
人は歴史を繰り返すというけれど──それは祓い士とて、例外ではないのかもしれません。
「是隠さん!
SECONDの発動準備を!
また“あれ”がきますわっ!!」
「わかってます!!」
わたくしたちは反射的に精霊刀剣を構えた。
牙恩さんが、まるでホームランを狙うかのように、地の精霊大剣を横一閃。
バットのように豪快に振りぬいた、その瞬間──
ガラスの剣身が柄から分離し、鋭く宙へと舞い上がる。
剣身は天を貫く勢いで飛翔し、その軌跡が空を十字に切り裂いた。
やがて鋭角を描きながら、地の線が形を成していく。
形成されるのは、巨大な“一つ”の──
”地の三角形型霊法陣“
次の瞬間──
牙恩さんの叫びが、戦場に叩きつけられる。
「天地降岩陣!!!!」
霊法発動の刹那。
天に刻まれた“地の三角形型霊法陣”が、鈍く、禍々しい茶色の光を放つ。
直後──
空が唸った。
否。
空が、崩れ落ちた。
上空から降り注がれるは、無数の巨大な隕石。
一つ一つが建造物を粉砕する質量を帯び、まるで天地そのものの怒りが具現化したかのように地表へ突き刺さっていく。
「な、なに!?
この隕石の嵐は……!?
この一帯を丸ごと吹き飛ばす気……!?」
No.16さんの声が、恐怖に歪む。
「──きましたわっ!!
氷の叫び THE──!」
「影の叫び THE──!」
わたくしたちはSECONDを発動しようとした……のですが。
「……あら?」
違和感。
落下してくるはずの隕石が、わたくしたちの頭上を巧みに避けている。
──いいえ。
それだけではない。
隕石は、悪霊の位置のみを正確に捉え、まるで狙撃のように集中して叩き落とされていた。
──あの時とは違う。
かつての無作為な破壊ではない。
狙いは、一切ぶれていない。
隕石は──
“悪霊だけ”を選び、寸分の狂いもなく落下していた。
完全に制御された、牙恩さんの霊法。
「……今回は、完璧な霊力制御ですわ。
あの時の暴走が、まるで嘘のようですこと。」
自分でも驚くほど、素直な感嘆が口をついて出た。
「なぜ、あの時は暴走したんですかね?」
是隠さんは目を見開いたまま続ける。
「霊力制御“だけ”なら……拙者よりもすごい。」
一学年上の是隠さんですら、そう認めざるを得ない精度。
それほどまでに、牙恩さんの霊法には無駄も揺らぎもなかった。
一年生。
それも、まだこの時期。
にもかかわらず──
霊力制御は、すでに完成域にある。
無駄がなく、揺らぎもない。
常識的な成長曲線からは、完全に逸脱した制御精度。
それを可能にした理由は、ふたつ。
一つは牙恩さん自身が、生まれついての才能を持っているということ。
もう一つは──
「さすがですわ、ダーリン♡
見事な後輩教育ですわっ♡」
……ですが。
わたくしは冷静に、上空へと視線を巡らせる。
展開されている霊法陣は──
まだ一つ。
威力は十分。
精度も、申し分ありません。
けれど、数も範囲もまだまだ伸ばせる。
おそらく牙恩さんは──
いえ、八戸校では最初に霊力制御訓練に重点を置いているのでしょう。
霊力鍛心訓練は、おそらくまだ基礎段階。
──霊法が磨かれていないのも無理はありませんわ。
一年生のこの時期なら、通常は基礎訓練に従事。
身体強化訓練、霊力制御訓練、霊力鍛心訓練。
どれか一つに手を付けるだけでも、早いくらい。
それなのに霊力制御だけとはいえ、ここまで到達している時点ですでに規格外。
まさに──
“天才少年”と言っても過言ではない。
是隠さんも見ている感じ、身体強化は完成域。
他二つは平均的。
それでも二年生のこの時期でそこに至っているのは、明らかに常人の域を超えています。
才能か──。
あるいは、血の滲むような努力の賜物か──。
いずれにしても……
二人とも、まだ成長の余地は十分にある。
ですが──
わたくしたちが祓い士として立派に成長するまで、戦場は、敵は、決して待ってくれない。
ならば。
いま、この場で。
わたくしがやるべきことは、ただ一つ。
二人がまだ至っていない──
わたくしが霊力鍛心訓練で培った、本物の霊法。
それを、後輩に行動で示すこと。
─────────────────────────────────────
【数時間前/東京都新宿区 国立十文字学園高等部東京校 正面玄関】
「刹那さん。」
呼び止められ、振り返る。
そこには、愛しのマイダーリンが立っていた。
「牙恩のこと、よろしくお願いします。」
そう言って、ダーリンは深々と頭を下げる。
そして、続けざまに何かを差し出してきた。
「あと、これ作ったので。
是隠にも渡しておいてください。」
受け取ったそれは──
“牙恩取扱説明書”。
堂々たる表紙。
中はすべて手書き──つまり、完全な手作りだ。
戦闘時の特徴を中心に、好きな食べ物、ゲーム、マンガ、アニメなどプライベートに至ることまで。
牙恩さんの“すべて”が詰め込まれた一冊と言っていい。
──なんて、後輩思いの方なのでしょう。
自分が生き延びるだけで精一杯のこの世界。
普通は、こんなものを作る時間があるのであれば、自分のために訓練を重ねるのが当たり前ですのに……。
ダーリンは、白亜先生がおっしゃっていた通りの殿方。
自分のことよりも他人を優先する人。
「本当に、あなたというお方は……。」
思わず視線を上げると、その背後では──
「ぼ、ぼぼぼぼくは……お役に立てそうにないので……
こ、ここで、お留守番してますっ!!」
顔面蒼白。
ガクガクブルブルと震えながら、後ずさる牙恩さん。
「何を言ってる。」
すかさず、ガシっと是隠さんが腕を掴む。
「引きこもっていたら青春は見つけられないぞ、牙恩。」
「ひ、ひえぇぇ……!」
抵抗も虚しく、そのまま車へと押し込まれていく牙恩さん。
──兎にも角にも。
こうしてわたくしはダーリンから、牙恩さんを正式に託されることになったのだった。
─────────────────────────────────────
【現在/東京都杉並区 商店街通り】
ダーリンから、牙恩さんのことを『よろしく』と託された以上──
この子を守る。
そう、つまりこれは──
ダーリンから、わたくしが“将来の妻”としてふさわしいかどうか試されている。
いわばこれは──
“愛の試練”
それに夏の間だけの短い期間とはいえ、牙恩さんを含めこの子たちは皆、わたくしのかわいい後輩です。
ならば後輩を導き、力を伸ばし、ひとつ上の段階へと押し上げることも──
わたくしの務め、というものですわ。
ふと、白亜先生の言葉が脳裏をよぎる。
『──“三人行けば、必ず我が師あり”』
──まったく。
戦場に送り出す前の言葉としては、ずいぶんと教育熱心ですこと。
けれど、“今のわたくしなら”その意味がよくわかります。
教育は、とても大切なもの。
付け焼き刃の速成教育など、もってのほかですわ。
わたくしは、学ぶ側であり──
同時に、皆さんに学びを与える立場にもなる。
「やるべきことがいっぱいですわね。」
そう確信した、その瞬間。
──パキンッ!
──パキンッ!
乾いた破砕音が、二度、響き渡った。
空から降り注いでいた隕石が、No.16さんを除く二体の上級悪霊を正確に捉え──
一切の抵抗を許すことなく、瞬く間に祓い去っていたのであった。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!




