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 レイシアを断罪するために立っていたというのに、最早断罪どころではないと焦っているのか。それとも、一番ではなくとも愛していると言われ困惑しているのか。他に何かあるのかもしれない。

 どちらにせよ、断罪にかこつけた冤罪は流れているので、レイシアとしてはどちらでもよかった。


「私はリコリス嬢を愛しておりますが、しがない子爵家の三男です。お傍にいられるだけでよかった。

それが一番ではないにしろ彼女から愛され、こうして守ることをも許されている。私はそれだけで幸運。これからもお二人の傍で剣を捧げる覚悟であります」


 そう言うや護衛騎士は寂しそうな目で、目の前の二人を見る。そこに嫉妬などといった負の感情は見られない。

 それを意外に思いつつレイシアは何も言うことなく、護衛騎士から伯爵令息へと視線を移す。

 彼は他二人と違い伯爵家嫡男。この異様な逆ハーレムに疑問を持たないといけない立場にある。


「伯爵家の跡取りとしてでしか誰も僕を見てくれなかった。彼女だけが、リコリスだけが僕を見てくれたんだ! たとえ他に愛する人がいても僕は彼女の愛が欲しい!」


 護衛騎士とは反対の嫉妬の目をしながら、胸中を吐露する伯爵令息。

 貴族の子供なのだから色眼鏡で見てくるのは当たり前だ。それも家の跡取りならば尚更厳しい目で見てくる。それを窮屈に感じてしまうのは、同じ高位貴族のレイシアとしても分かる。

 しかし跡取り息子、しかも伯爵家にとって唯一の子である彼が言っていい言葉ではなかった。


「そうですか……。では魔術師の方はどうですの?」

「わ、私も同じです。彼女は暗い闇にいた私を救い出してくれた救世主。彼女の愛が少しでもあるのなら、彼女の傍にいたい。彼女が心から笑顔でいてくれることが私の願いです」


 魔術師には同情の余地はある。彼は生れて間もなく魔力が爆発し、以来閉鎖的な教会預かりで育てられた。

 魔力だけを求められ、自我が育たず生気のない人間となっていた所に、リコリスが光を当てたという。教会にケンカを売る勢いで、彼女は周りを叱り飛ばしていたそうだ。

 この点だけは評価してもいい。しかしリコリスに助け出された魔術師は、彼女を崇拝するが如くのめり込んでしまった。彼女もそれを容認、さらには崇めることを誘導すらしている。

 彼はリコリスの言うことは絶対だと思い込みが激しく、一度思い込むと軌道修正できない人間だった。


「わかりました。御三方がそのように決断なされたのなら、わたくしは何も言いませんわ。なんなら五人が共にいられるよう取り計らいましょう」

「本当!?」

「貴様! 今度は何を企んでいる!」

「あら、企むなどと人聞きの悪い。三人の決意に心動かされたと思ってくださいませんの?」

「お前はそんな殊勝な性格ではないだろうが! それにお前にそんな権限はないことは知っている!」

「まあ! 失礼ですこと。ふふ……わたくしの願いなら一つだけ叶えてくださると、王より直々にお言葉を頂いておりますのよ」


 そう。すでに国王とは面通しをしている。

 今回の断罪劇はすでに王家どころか、今回の当事者の各家に知られているのだ。各家の家長は廃嫡を了承、今後彼らとは関わらないと文言を残している。知らないのはここの五人のみ。

 そんなことになっているなど知るはずもない五人は、まさか共にいられることが出来るとは思わず驚きと喜びに顔を綻ばせている。知らないとは幸せなものなのだと、レイシアは内心独り言ちた。


「レイシア様! ありがとうございます!」

「ふふ、いいのですよ」


 よっぽど嬉しいのか、リコリスはぴょんぴょんと淑女にあるまじき跳ね方で喜びを全身で表していた。

 それを微笑みの仮面を被り、聖女のごとき佇まいで受け入れる。ただし手に持つ扇からギリギリとに軋む音を出しながらだ。

 五人とレイシアが和解のようなやり取りをしているのを見て、困惑しているのは断罪をすると言っていたのに、いつの間にか大団円の様相を呈していることで訳も分からずにいる周囲の教師と学生たち。

 彼らは非常識な集団と、それに対峙する侯爵令嬢のやり取りを一部始終見聞きしていた。しかしあまりの急展開に理解が追い付かず、ざわめきだし始めた。


「あら皆様ご心配なさらず。もうそろそろ――」

「パーティー中失礼する。王家よりギニアス第三王子ならびに、そちらの方々には早急に王宮へと出向いていただきたい」


 ざわめく会場に一際大きな声とともに、王宮役人と近衛兵三名が入室してきた。

 平時ではあり得ない事態に混乱する周囲には目もくれず、レイシアは嬉々として役人に声をかけた。

 

「まあ! よいところへ来ましたわ。こちらの要件は終わりましたので、どうぞお連れくださいませ」

「マレーニ侯爵令嬢、大切なパーティーに無粋な真似をして申し訳ありません。ですが今回の件、助かりました」

「ふふ、よいのですよ。ギニアス様、彼らについて行ってくださいませ。後ほど国王陛下へわたくしからお願い申し上げますわ」

「ふん! それくらい自分で願い出るわ! 行くぞ!」

「レイシア様! 嫌がらせのことは、これで水に流してあげますからね!」


 最後まで悪態と見当違いのことを言いながら、ギニアスとリコリス、そして取り巻き達は役人と共に去って行った。

 嵐は去ったとレイシアは閉じていた扇を広げ頬を緩ませていた。彼らの行き先は天国ではなく地獄一択だと聞いている。

 それがいったいどんな意味を持つのか分からないが、知る必要もないとレイシアは笑った。


「さて皆様、このようなことになってしまいましたが、今回のことは既に王家の知るところ。彼らのことは王家が責任を持ってくれますわ。

無粋な真似は入りましたが、まだパーティーは始まったばかりです。今だけはともに卒業できたことを喜びましょう」


 このレイシアの一言にざわめきは次第に収まり、数十分後には何事もなかったかのように参加者たちは各々卒業を喜び合い、パーティーを楽しんだ。

 


***



「そうですか、やはり彼らは態度を改めてはくれませんでしたか」

「ああ、兄二人は優秀だからと、あやつにあまり手を掛けなかったのがいけなかったのかもしれん。

……いや婚約の顔合わせの時のやらかしをきっちり咎め、再教育を徹底させてこなかった我らの咎か。マレーニ侯爵令嬢には長らく辛い思いをさせてしまったな」

「そうですわね。ですがマレーニ侯爵からのお話では、レイシア嬢には想い人と思われる方がいるようだと申しておりましたわ。

婚約者がいる身なので、ひっそりと想われていたとか。あまり身分が高くはない方だという話です。

陛下どうでしょう、今回のお詫びとして、その方との縁組を許可いたしませんこと」

「そうだな。後ほど侯爵に話してみよう」


 王宮の一角、王族のプライベート空間である広間で向かい合い、今回のことを話し合う。

 この国の最高権力者である国王と王妃の二人は、卒業パーティーから連れられて来たギニアス達の話を頭が痛くなる思いで聞いていた。

 事前に断罪らしきことをしようとしていると察知してはいたが、まさか常識を説いただけで断罪するとは思ってもいなかったのだ。

 婚約者がいる者には節度を持ち接することや、態度、マナーなど基本中の基本を指摘しただけだというのに、彼らはそれが嫌がらせだと言い張っていた。

 いや、言い張っていたのはギニアスとリコリスの二人のみで、他の三人は思う所があったのか黙り込んでいたが。

 それでも二人を止めることもなく、まして正すこともなくただ黙り込む姿に失望したのは事実だった。


「……妃よ、今回の処罰は厳しいものだと思うか?」

「いいえ、彼らにとっても、私たちにとっても最善のことでしたわ」

「そうか。そう言ってくれるか……」

「はい」


 三人の息子それぞれに愛情はあった。

 ただ三人目ということもあり、皇位継承も低くスペアでもなかったギニアスにはあまり目を向けてこなかったことが苦しく、国王は悔いるように目元を手で覆う。

 王妃も悲痛の面持ちで国王の空いた手を握り締めた。

 子が罪を犯しそれを罰した。ただその罰し方は、今回被害者であるレイシアの父侯爵により提案されたものだ。


 隣国より画期的な魔法具が数年前に発明され、魔物の生態を知れるようになった。

 それは特定の対象物を水晶の中に閉じ込め、実験動物として観察研究するものだ。

 今回マレーニ侯爵はその水晶の魔法具を使うことを提案してきた。

 侯爵曰く、ギニアス及びリコリスは放逐すれば害悪となるが、処刑には至らない。であれば、「真実の愛」「天が定めた運命」と宣う二人にふさわしい処罰を与えようというもの。

 この水晶には、魔物以外にも人間を閉じこめることができる。それを使い「真実の愛」とやらが本当に存在するのか見せてもらおうというものだった。

 水晶の中で人間が長らく生活できるよう、森の仕様から民家と菜園へと変えれば実現可能であるという。


 何度かの話し合いと、魔法具の調整をし刑は執行された。


 彼らが本当に真実の愛とやらで五人仲睦まじくいられるのか。できたのなら、それはどういった形で収まったのか。

 観察機材ゆえ五人の行動は随時観察され記録が取られる。体のいい実験動物扱いだ。

 中の五人は一切知らされていない。きっと、ずっと仲良くできて最高とでも思っているのだろう。

 男四人に女一人が出口のない閉じられた空間にいるという異常な場所で、長く幸せが続くとは五人以外誰も思っていない。

 それどころか悲劇しか生まれないだろうといった意見が多かった。

 それこそが、マレーニ侯爵の思惑なのだと国王夫妻は確信していた。

 マレーニ侯爵は人好きする顔と、誰でも緊張を解いてしまう雰囲気を持つ男だ。それに騙され痛い目を見る人間を多く見てきた。彼は怒らせてはならない人間なのだ。

 そんな侯爵が愛する一人娘の危機。彼が黙って王家の考える処罰を受け入れるわけはなかった。

 結果、侯爵にとって最良の、国王夫妻にとって最悪の罰――実験動物が決定してしまったのだった。




「水晶の中で幸せに」という言葉とともに。


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