わたねこと会社員
俺は会社員、28歳(独身)
ブラック企業に入っちまって休みも貰えない、体や精神はボロボロ、もう限界だ…。
幾度となく辞めようと思った。
今日こそは言おう、今日こそは言おうと毎日自分の背を押しているが社長が怖くて一歩が踏み出せない。
勇気が出ない。
「誰か…、助けて…」
ベッドに倒れ込みそう呟いた時だ。
『オタスケシマスニャン!』
耳に可愛い声が入ってきた、顔を上げて部屋を見渡して見るが、当然誰もいない。
「なんだ…?」
疲れすぎて幻聴が聞こえるんだろと、俺は明日の貴重なたった1日の休みだ、早く眠ろうとした。
が。
『ポクガ、オタスケシマスニャン!』
やっぱり夢じゃない!
「ど、何処、どこだ?!」
『アタマ、アタマ』
「へ、あたま?」
言われるまま頭を触れば手触りの良いものが指に当たった。
「うへぇ!?なんじゃこりゃ!?」
声を上げれば、ゆっくりとそれは俺の前に落ちてくる。
ふるる…っ!と体を振るわせモサッとなるそれは俺を見上げてきた。
『ポク、ワタネコ、アナタヲ、オタスケシマスニャン』
わたねこって名前なのか。
ん?今助けるって言ったのか?
確かに世の中には猫の手も借りたいって言葉があるが…、とは言え。
「綿のお前に何か出来るのか?」
ちょっと意地悪に言ってみる、でもわたねこは気にせず胸を張る。
『オタスケシマスニャン、オタスケシマスニャン!』
「お、おう…」
助ける…、その言葉を何回も俺に言ってくれるんだな、なんか心がじんわり熱くなる。
『ナニガノゾミデスニャン?』
「俺は転…、じゃなくて!仕事を2日ぐらい休みたいんだ」
『ニャニュニョ!』
「なんだその返事…(汗)?」
でも、この不思議な生き物にちょっと期待する自分が居る。
『ニャニャニャ…ッ』
わたねこがぷるぷる震えている。
なんとなくだけど・・・。
嫌な予感…。
「ちょ、ちょっとタン…マ!」
『モッフゥゥゥ!』
俺の部屋中に雪、ではなく!綿が満遍なく降り注ぐ。
「あ"ーー?!何すんだぁぁ!?」
『オヤスミデキマスニャン!』
「こ、これがお休み?なんでだよ?!」
『ワタダラケ!』
「大迷惑!?」
いやいや、綿だらけにするってなんだよ!?
意味わからん!?
「ま、まさか…、部屋を掃除するからお休み出来るって、そんな感じ?」
『ニャン♪』
「それで休めたら苦労ねぇよ~~!?」
甘かった、この綿帽子に期待した俺がアホだった。
「無駄な事が増えるだけだ!迷惑だ!!」
『?』
首を傾げている、どうやら分かってないらしい…。
「何が助けるだ、全然ダメじゃん!役立たずにも程が…っ、あ……」
しまった…、何を言ってるんだ俺は。
行動は失敗かも知れないが、こいつなりに俺を気遣ってくれたんじゃないか…。
これじゃ、今の俺は……。
あいつら(ブラック企業)と同じじゃねーか。
ちょこちょこ走る回るわたねこを俺は両手で拾う。
「ごめんな怒鳴っちまって…、実は俺さ…本当は転職したいんだ、でも…怖くて勇気が出なくて…、どうすれば良い…?」
わたねこに聞けば、ちょこちょこ跳ねてきて俺の鼻の頭を舐める。
「…っ」
『ダイジョウブ』
「お前…」
その時だった。
テーブルに置いたスマホが鳴る。
相手は専務だ。
あの怒鳴り声が甦り体が硬直する。
「せ、専務からだ絶対嫌な知らせだ、どうしよう、出ないと長々嫌みを言われる、…出なくても言われるけど」
わたねこと自然に目が合う、小首を、いや体を傾ける姿がちょっと可愛かった。
不思議と恐怖がほぐれ、汗をかいた手をスーツで拭い俺は電話に出る。
「はい」
《早く出ろノロマ》
「も、申し訳ございません」
《ふん、あー、明日お前仕事出ろ》
「は?い、いきなりなんですか?」
《はぁ??いきなりも何もお前の後輩が休みたいって頼んだのに断っただろ、お前先輩なんだから出ろ》
後輩…、あいつか。
俺が次の日が休みと言う時に限って休みをせがってくる性格激悪後輩。
しかもこいつ専務に気に入られてるから、何かアレば何時もこうなる。
なんか…
なんか…
「もう辞めます」
《あ"?》
「俺、もう会社辞めます、辞表も今日出そうと思って机に過去の含め30枚程入ってます、明日確認して下さい」
《な、なんだとふざけ…っ》
「さようなら」
俺は強制的に電話を切る再び来ないようにすぐにブロックする。
「これでよし、………ふぅぅ」
一気に力が抜けた。
でも清々しい気分だ、辞める事ができた。
「再スタートだけど良いかな」
『スニャート?』
「ああ、お前のおかげだありがとう」
『ニャ♪』
人差し指で頭を撫でてやればわたねこは喜んでる。
「さーて、まずは掃除だな」
『チラカッテマスニャン』
「お前がやったんだろ!?」
ピンポーン!
「ん?誰だこんな時間に?」
わたねこを机に置いて玄関に向かう。
玄関の先に居たのはお隣さんだった。
俺より5歳年上の姉さん的存在。
どうやらカレーのお裾分けに来てくれたようで、ありがたい。
「ちょっと!あんたあの部屋の散らかりはなんだい!」
「え?あ、あれはそのわたね……」
「わたね?」
「あ、その、綿の根を探していたら思いのほか激しく散らかって、あは、あははは」
「綿の根だろうがクモの巣だろうが、とにかく掃除するよ掃除!」
「でも下の階にいる…」
「ああ、あの飲んべえはさっき飲みに出掛けたから居ないよ」
『掃除掃除』とカレー鍋を俺に渡し掃除道具を取りに姉さんは一旦帰る。
「姉さんは相変わらずだなぁ、と!こうしちゃいられない!」
姉さんが戻ってくる前に俺はわたねこを隠そうと部屋に戻る。
「おーい!わたねこ!ちょっとすまないが棚にでも隠れててくれないか?んで、掃除が終わったら一緒にカレーでも食っ……、あれ?」
そこに、わたねこは居なかった。
代わりに窓がほんの少し開いていてカーテンがそよいでいる。
軽く綿毛が部屋を舞う。
不思議だけどさ心に余裕が出来たからか冷静になれて、なんか悟った。
「行っちまったのかよ、なんだよろくなお礼もしてないんだぞ…」
鍋を持ち佇む俺を正気に戻したのは戻って来た姉さんだった。
それから俺は。
わたねこの事は伏せた上で一緒に掃除をしながら姉さんに仕事の事を話したら凄い褒めてもらった。
その後も下の階の飲んべえさんが帰って来て姉さんと一緒に色々話を聞いてもらったりもして。
今思えば恥ずかしいけど、でも後悔はしてない、ハッキリ『辞める』と言えたあの時のように。
「うぉうぉうぉうぉ、か、可哀想だなぁ、ひっく…酒飲んで忘れろ世界は広いぞ若造!」
黙っていればかなりのイケオジの飲んべえさんに思わず苦笑いになる。
「あ、は、はい…」
「あんたは飲みすぎなんだよ、てゆうか泣くか飲むかどっちかに出来ないのかい」
「うるせぇお節介」
「なんだってぇ~?」
「お、落ち着きましょう」
それから小さなアパートでの二時間の飲み会が続いた。
後日談だけど、、、
俺はちゃんと新しい仕事を見つけ、その2年後、お隣りの姉さんと結婚する。
わたねこは何しているだろうかと幸せになった今でも白い綿を見るたびにそれを思う。
《ー第1話・完ー》