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ハイボール

作者: 平 良介

バーで二人の男が飲んでいます。話が続いていくと、少しおかしなことになってきて……

鶏肉を腐らせるととんでもない匂いがするので絶対にやめましょう。

 肉が腐る匂いってどんなのか分かるか。

 俺はロックで頼んだジャックダニエルを舐めながら隣の友人に尋ねた。


「さあ。冷蔵庫の中で鶏肉の消費期限を切らしたことはあるが、そのまま縛って捨てたからな」

「冷蔵庫の中だと腐敗は進まないだろう。俺は常温で肉を腐らせたことがある」


 友人は同じく頼んだジャックダニエルのハイボールを一口煽る。

 ジャックダニエルをハイボールとは味のわからない奴め、と心で謗りながら俺は続けた。


「不思議なことにな、匂いなんてしないんだよ」

「そんなわけないだろ、腐乱臭なんていうじゃないか。それとも何か特別な肉だったのか」

「肉の種類は普通だ。ごく一般的な鶏肉だよ」

「なら尚更。鳥が一番菌を持ってるから匂いもするはずだ、焼肉でも鶏はよく火を通すように言われるし」

「まあ、聞いてくれ。これは何か重要なことな気がするんだ」


 そう言ってからもうひと舐めウイスキーを味わうと俺は話を始めた。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


 状況設定はこうだ。

 ある夏の暑い日にな、冷凍の鶏むね肉をスーパーで買ってきたんだ。YouTubeで見たレシピが無性に美味そうで、腹一杯に食べたくなった。特別な調味料は要らず、調理も簡単でとても美味かった。そこまでは良かったんだ。


 鶏肉の入っていた袋を放置してたんだ。気づかなかったよ。何日もしてから流しにそのまま置いていたのが目に入った。鶏むね肉のドリップが袋の隅に小さく溜まって、緑に変色してた。

 気になって袋に顔を近づけたとき、鼻の受容体に腐敗の粒子が付いたと思った。顔をすぐさま遠ざけたよ。



「おかしな話だな」

「そうだろ、おかしいんだよ。匂いを嗅いだのに匂いがしなかったんだ」

「いや、俺がおかしいと思うのはそこじゃない。匂いを嗅いだから顔を遠ざけた、つまり匂いがしたから離れたんじゃないのか」

「どういう意味だ」

「つまりだな、当たり前だけどお前は匂いを知ってるはずで、忘れているだけなんだ」


「だから、肉は腐るとちゃんと匂いがするんだよ、肉の腐ったとしか形容のできない匂いが」

「それなら覚えているはずだ、強烈な刺激臭なら」

「忘れたくなるくらい衝撃的なことだったんだろ」

「……」


「お客さま、次の一杯をお作り致しますか」

「ああ、そうだな同じのをもう一杯」

「かしこまりました」



 ━━━━━━━━━━━━━━━


 次の酒が来るまで、しばしの沈黙が続いた。

「もう肉が腐った話なんてどうでも良いだろ、あまりの臭さに記憶が飛んだんだ。それより楽しい話は」

「ああ。すまない、そうだな。何かあるかな」

「つまみになるようなので頼むよ。下世話なの以外で。新婚の惚気話なんて聞きたくないからな」


「お待たせしました、ハイボールです。チェイサーもどうぞ」

 酒が来ると、今度は向こうから切り出した。


「新婚といえば、嫁さんは料理とかできるタイプなのか」

「いや、あまり上手くないよ。味が濃いものばかりで舌が痺れる」

「俺は味が濃い方が嬉しいけどな、人それぞれか。そういう小さいわだかまりは早めに解決した方がいいぞ」

「なんだ、説教か。彼女もいない男に説教されるとはな。それに料理だけじゃない。他の家事だっててんでだめだ。それこそ()()ばかりだよ」


 友人からハイボールを奪い、グイッと飲む。

 こんなもの飲んでいるから女の一人もできないんだ。

 テネシーは、ロックかトゥワイスアップに限る。


「だいぶ酔いが回ってるみたいだな。そろそろお開きにするか」

「ああ、いや、まだ。というかここ最近家に帰りたくないんだ。カプセルホテルに泊まっている。仕事にだってそこから通ってるんだ」

「おいおい、新婚なのにもう別居か。いいじゃないか、俺がいる今日こそお前は家に帰るべきなんだ」


「そのために俺を呼んだんだろ」


 何か言おうとしたが吐き気が込み上げる感じがしてつい黙った。

 友人は立ち上がり会計を済ませると、俺を支えるようにして店を出た。


 まるで児童の二人三脚のようで情けなくなった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


「なあ、なんで家に帰りたくないんだ。ほんとに喧嘩中ってことか」

「喧嘩なんてならないよ。あいつは謝るばかりで、衝突なんてならない」

「お前、このままだとすぐ離婚だぞ。優しくしろとかいうつもりはないが、対等でないなら結婚なんてするもんじゃない」

「うるさい。お前に何がわかる。未婚の非モテのくせに。」

「あーあー、悪かったよ。じゃあなんで帰りたくないんだ。家じゃ王様なんだろ」


 俺は言葉が出てこなかった。今度は酔いのせいじゃあなかった。


「匂いか」

「匂いがするんだろ、いや匂いがしないのか。肉の腐った匂いが」


 友人は一人合点が言ったように、得意げに語る。


「匂い!匂い!全部それだよ、それが原因。いやもっと根本的な原因はお前の性格か」


「なあ、聞かせてくれ。匂いがしないってのはそれも幻覚に分類されるのか」


「いいや!答えなくていいぞ!俺は全部知ってるからな!」

「確かめよう!一緒には行けないがな。お前が確認してくれればわかる」


 一つ、答えが分かりきってる質問がしたい。


 あるべきものがなくて、ないはずのものがある。

 実在と虚構があべこべの世界、それはお前にとってのなんだ。

 さあ、さあ、さあ。さあ!


 それは間違いなく、現実だった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


 気づくと俺は家の前にいた。

 友人はいつの間にか消えていた。

 遠くからサイレンが聞こえてくる。これも幻聴なのか。

 酔いはとっくに覚めていた。もはや酔っていたのかすらわからない。

 そのまま俺は現実を確かめるためドアノブに手を掛けると、開いて中に入った。




評価、感想お待ちしています。

ここを変えた方がいいなどのご指導があれば是非。


以下、蛇足的ネタバレ

男はウイスキーをロックで飲めない

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