桜の花の咲く下で〜ヒロインですが悪役令嬢と仲良くなりました
思いつきで書いてみました。
さらっと読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いします。
誤字報告ありがとうございます!
ヒラヒラと薄紅色の花びらが一面に舞い落ちる。
幻想的に美しい景色の中で、前世の記憶が蘇った。
私の父であるレズン男爵が、迎えに来た。
酷い頭痛もなく、すんなり思い出した。
メイドだった母が亡くなり、娘である私を申し訳なさそうに迎えに来た。私はまだ10歳だった。
桜の花が咲き誇るようなふわりとしたピンクの髪、さくらんぼのような赤い瞳、名前はチェリー。捻りがなさすぎると思う。
ここは、小説「桜の花の咲く下で」の世界だとすぐに気がついた。いわゆる転生ものだ。前世は女子大生だった。最後は覚えていない。
10才だったから、正直助かったと思った。幼女では生きていくには苦労しそうだったから。
「チェリー。これからは、うちで暮らすんだ。おまえはとても可愛い。貴族令嬢として教養を身につけて、玉の輿を目指してくれると、お父さん嬉しい。高位貴族のいる学園にも通わせてやろう」
「ありがとうございます。お父さん。これからは仲良く暮らせたら嬉しいです」
なんて馬鹿正直な父だろう。これまで放置していた10歳の娘に言う言葉ではない。下手すればギャン泣きされて非人道的だと評判駄々下がりだろうに。これでは出世は無理だろう。
それから男爵家に行った。男爵夫人も悪い人ではなかった。貴族の娘としての嗜みは、一応教えてくれた。子どもらしく過ごさせてもらった。悪意も欲深くもなくて安心した。
物語は、アボカ王立魔法学園に入学するところから始まる。貴族なら誰でも入学することになっている。
小説では、そこで魅力的な男性たちと出会い、胸ときめく交流をする。そして学園にある大きな桜の木の下で皇太子と結ばれる。それを妨害してくるのが、悪役令嬢プロム•チョコレ公爵令嬢だ。
さて……、ここが小説の中だとはいえ油断は禁物。お付き合いする男性達が、見た目はいいが中身がクズだったり危険人物だったら困るからね。慎重に観察してから動かないとね。情報収集って、可能性を広げるために大事だよね。それに、他にも転生者がいたら会ってみたい。
聖属性といわれる光魔法は、試してみたら使えた。小説では、入学式前に発現して騒がれて注目されていた。本当は使えるのに気づかなかったのだろう。まだ注目を集めたくはない。もっと情報も集めたい。私は、内緒で魔力の練習をすることにした。
それから、メイドと仲良くなって貴族達の噂話を集めた。神殿にお手伝いに行って、神官や巫女と仲良くなって話を聞いた。図書館で本を借りて読んだ。冒険者ギルドの近くで、いつか冒険者になりたいと言って各国の話を聞いた。
裕福でもない男爵家の子どもなど、これくらいが限界だろう。お茶会の招待状なんて来るわけがない。
小説の中で、仲良くなる予定の男性達の評判は……
第一王子 金髪碧眼、文武両道、眉目秀麗、大神官が頭を下げる優秀さだとか
第二王子 金髪紅眼、文武両道、眉目秀麗、大画家がぜひモデルにと懇願した美貌だとか
騎士団長長男 銀髪紫眼、眉目秀麗、幼いながらも武勇に秀でて、もう騎士団で訓練を受けている
魔法士団長長男 赤髪灰眼、痩身優美、幼いながらも多くの魔法を使いこなすそうだ
悪役令嬢プラム様は、第一王子の婚約者で、騎士団長男の妹だ。銀髪金眼、氷のような印象。あまり家族仲は良くないらしく、性格が悪いらしい。
これらは、小説通りだ。実際はどうなのだろう。会って確認するしかないか。
他に読んでいたネット小説では、ヒロインが悪役令嬢にざまあされることも多かった。いざという時のために、私はこっそり冒険者ギルドに登録した。冒険者ギルドは、12才から登録できる。薬草集めなどの依頼を引き受けて小遣いをためた。メイドの仕事も見よう見まねで覚えることにした。これで、いざという時は他国に逃げて生活しよう。
神殿で、掃除のお手伝いをしていた日のことだった。
神殿の前に、金の立派な紋章と装飾がついた馬車が止まった。あの紋章は、チョコレ公爵家だ。神官様や巫女様が頭を下げて出迎えた。侍従らしき人がうやうやしく馬車の扉を開ける。中から、豪華な服の体格のいい美男子と美女、美少年が降りてきた。少し後から、銀髪の少女が馬車から降りてきた。少女は、ずっとうつむいて猫背だった。
(……あれが、プロム公爵令嬢かな。ちょっと様子が違う。もっと威張り散らしてるはず……)
気になったことは確認したほうがいい。私の直感がそう告げている。
私は掃除をさっと終わらせると、貴賓室の見える2階の廊下へ移動した。廊下の窓を拭きながら、チョコレ公爵家を観察することにした。公爵家は、神殿へ寄附に来たらしい。銀髪の美少年は、巫女達に丁重に神殿内の案内をされるようだ。銀髪の美少女は、神殿の中庭でひとりぼっちで座らされて放置されていた。
(家族の仲が悪いとは、聞いていたけど……)
そっと中庭へ移動して、美しく刈り取られた樹木の陰に潜んだ。プロム公爵令嬢は、俯いて泣いていた。
学園入学まで会う気はなかったけれど、可哀想で声をかけずにはいられなかった。
「……お父様……お母様……お兄様……どうして……」
「あの……! どうして泣いているか分からないけど、これでも食べて元気出して!」
大きな金色の瞳と目があった。私は巫女様からいただいたお菓子をポケットから出して、彼女の手に握らせた。それからハンカチを出して、彼女の涙を拭いた。
「……あの……、ありがとうございます!」
「それ、甘くてすごく美味しいよ! 食べてみて!」
「は、はい……」
彼女は出されたお菓子を口に含むと、大輪の花がほころぶように笑った。可愛い笑顔だった。
「私とここで会ったことは、秘密にしてね」
「どうして? ぜひお礼をしたいです」
「怒られると思う。身分の低い下働きからもらったお菓子を、公爵令嬢が食べてると思われたら。身分ってそういうものだから。私はあなたが笑ってくれたら、嬉しいだけだから」
「あなたは、私が笑ったら嬉しいと思ってくれるんですね……」
プロム様は噛みしめるように、そう呟いた。今の言葉からすると、公爵家では彼女が笑うと怒られるのかな……。それって問題あるよね。
「分かりました。あなたとのことは秘密にします。私はまた会いたいです。どうしたら、会えますか?」
「神殿に時々お手伝いに来てるから、会えるとは思うよ。公爵令嬢だと自由な外出は難しいだろうね。何か秘密の連絡方法があればいいんだけど……」
私は悩んだ。プロム公爵令嬢は、悪い子には思えなかった。誰かがこの子を悪く吹聴していると思った。
「それでしたら、公爵家の廟の前にお花を飾る台があります。そこに手紙を置きましょう。それで連絡を取りあえないでしょうか……」
「いいね! 一見手紙だと分からないように、何かに包んでおこう。私も手紙を書くよ!」
「嬉しい……! 私の……生まれて初めてのお友達です!」
私達は、それから少しお話して別れた。巫女達が呼びに来たのだ。
彼女は名残りおしそうにしていたが、仕方ない。しかし、いくら神殿内とはいえ、公爵令嬢をひとりぼっちで放置する公爵家って問題大ありだ。第一王子の婚約者に、侍女もついていないって、危機管理意識がなさすぎる。誘拐でもされたらどうするとか、思えないんだろうか……。
彼女はいい子だと思う。私は、彼女と文通を続けた。王妃教育とやらが始まって忙しくなったそうで、なかなか会えなかったが、文通は続いた。
私ことプロムは、生まれて初めてお友達ができました。お茶会に呼ばれることはあっても、お母様に注意されるのです。あの子たちは、本当は皆ライバルだから信じちゃいけないって。お友達からの手紙も、お母様が先に読んでチェックされてしまうのです。それが嫌で私が反抗すると、殺されそうな目つきで睨まれます。心配してるのよ! と叫ばれます。お兄様もお父様も、お母様を悲しませた私を悪者のように罵られます。私の気持ちは、どこにも行き場がありません。でも、今日の秘密のお友達は特別です。とても暖かくて優しい人だと思います。私はたくさん手紙を書きました。彼女は、私の話を否定することなく聞いてくれます。たまに会えるのが、とても嬉しい。本当に至らない私ですが
……、いつか彼女とずっと一緒にいたいと願っているのです。
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今日は、王立魔法学園への入学式だ。
私は、学園の入り口で、木の影に隠れて待っていた。今日からプロム令嬢と同じ学園に通うのだ。堂々と会って話せるようになる。とても楽しみだ。プロム様も楽しみを待ちきれない手紙をくださった。
しかし、小説に出てくるイケメン達とフラグを立てたくない。ずっと考えていたが、小説のように玉の輿にのれると思えなかったのだ。万が一、皇太子との恋に落ちたとしても、その後が怖すぎる。反対する貴族達に暗殺されたり、よくて愛妾、悪くて2人とも没落まっしぐらである。小説には恋に落ちた後は書かれていなかった。つまり、幸せで楽な未来は冒険者一択だ。父母よ、期待にそえなくてすまない。
癒しの聖魔力も、鍛えるだけ鍛えて隠している。姿形を変えて、流れの冒険者として使うだけにした。将来設計は、プロム様の侍女になることだ。万が一、プロム様が小説のように身一つで国外追放されたら、一緒に付いていく。
公爵家の馬車が着いた。中から、プロム様が降りてこられた。兄君は、違う馬車で自宅から通われるそうだ。プロム様は、家でもずっと無視されているらしい。彼女の悪評は、家族が立てたものだった。娘が言いなりになるよう、気持ちを潰してきている。反吐が出る。私は絶対にこの兄と仲良くしたくない。自分より立場の低い者に横暴な者は、こっちの立場が低くなると横暴な態度になるから、危険人物である。
大輪の花が咲き誇るように美しいプロム様は、まっすぐ私の所に来られた。周りに人はいない。
私達は、手を取りあって笑いあった。
「やっと2人で一緒に過ごせるようになったんですね! 本当に本当に嬉しいわ!」
「プロム様! 私もです! 誰にも邪魔されずに楽しく過ごしましょう!」
「クラスも同じだから、一緒に勉強できるわね。きっととても楽しいわ」
「ええ! ええ! 楽しく過ごさせてみせます。」
突然、後ろから肩を叩かれた。
浮かれていたとはいえ、気配に気づけなかった。己の迂闊さに腹が立つ。
「やっと捕まえたよ。『暁の聖女』」
ヒュッと喉がしまった。『暁の聖女』は、冒険者としての通称だ。髪を魔法で赤く染めたことから、そう呼ばれた。父親にも教えていない。その名を呼ばれた。
私が慌てて振り返ると、この国の第一王子と第二王子が、素晴らしいアルカイックスマイルで立っている。人生詰んだ気がするのは、なぜだろう……!
「この国の麗しの星、王子殿下達にご挨拶申し上げます」
プロム様が、惚れ惚れするような美しくカーテシーをした。私も真似をして、頭を下げた。
「いいよ。堅苦しくしなくて。頭を上げて。婚約者なんだからね。そちらの令嬢も仲良くしようよ。これから同じ学園に通うのだから」
「そうですよ。プロム様は僕と同じクラスなのだから。仲良く勉強しましょうね」
「光栄です。殿下」
「そちらの令嬢も、プロム様のお友達でしょうか。仲良くしましょう」
「お会いできて光栄です」
頭を下げたまま、私は体が震えている。
「ああ。プロム嬢! 君は僕の婚約者だからね。今日からは、王宮で暮らすことにさせたよ。離宮を君の好きなように改装していいからね」
「……は? あの殿下。それは一体……?」
「影からの報告でね。それが1番君の成長にいいということに決定したのだよ」
ちょっと待って! あの公爵家にいるよりは良いと思うけれど! 王宮!? こんな展開は小説にはなかったぞ! 私とプロム様の楽しい学園生活が危機に晒されている!
私はチラッと、王子殿下達を見た。天使のようなアルカイックスマイルで、こっちを見ていた。
「よかったら、君も一緒にプロム嬢とおいでよ」
「は!? あ、ありがとうございます!」
「逃がしませんよ。暁の聖女」
「あ、あの……暁の聖女って何のことでしょうか……」
私は一応とぼけてみた。誤解ということもある。ごくりと生唾を飲み込んだ。
王子達はニッコリと微笑んだ。
「転•生•者」
「!!」
「いやあ、探しまくったよ。君ったら、上手く平民に馴染んでるんだもの。冒険者ギルドで稼ぎまくってなかったら、見つからなかったよ。君もプロム嬢も、僕達のものだからね。優秀な者達はだいじにするよ」
「幸い私は、まだ婚約者がいませんから、チェリー嬢にお相手に相応しいでしょう」
「いいね! 決まりだ! じゃあ早速入学式が終わったら、王宮に来てもらおう。国王の許可はおりているよ。安心してくれたまえ」
冒険者ギルドで稼ぎまくったのは、プロム様追放後の生活費のためだったし! 転生者!? まさか王子達もそうだったとは! 王族に逆らってはいけない。この国では厳罰に処されてしまう! ああ……どうしよう!?
「まあ! チェリー様と一緒に王宮で暮らせて、学園生活を送れますのね。嬉しいわ! 夢のようです。本当にありがとうございます!」
プロム様が、幸せいっぱいの笑みを浮かべて大喜びをされている。プロム様が喜んでいるのならまあいいか、今はね……。
油断してはいけない。人は裏切るものだ。王子達の考えもまだ分からない。プロム様と一緒にいられるのは、ありがたい。私の目的は、プロム様をたくさん笑顔にしてさしあげることだから。プロム様は、とても不器用だけど一途で純粋だ。私のことを誰よりも大切に思ってくれているのだから。
もう小説の展開なんて、どこいったとい感じだ。
ヒラヒラと舞い散る桜が、学園を薄紅色に染め上げている。
始まったと同時に、小説は完結した。前世の記憶持ちが3人もいた。
ここからは、王子達とプロム様と私とで、新しい物語を紡いでいくのだろう。
不安だし先も見えないが、大丈夫と信じたい。
最後までお読みいただきありがとうございます!